ダイナミック辞表
見張り尖塔を降りた僕は速やかに大型爆弾を起爆した。北西区画の最奥に位置するその建造物はレッドネームによって占拠されていた建物だ。
彼らは上空からプレイヤーの動きを観測し、危険が迫ったときや餌を見つけたときに速やかに下知を飛ばすのだとか。
本来は街の防衛のためにあるような建物なのに、ゴミみたいな用途で使い潰される見張り尖塔君には同情の念を禁じ得ない。この大型爆弾は僕からの労いだ。ゆっくり休むといい。塔はポリゴンと化した。
民度の浄化は順調だ。南端に聳える城の崩壊を皮切りに外周部分からひっきりなしにポリゴンが舞っている。
以前は噴水広場を爆破することで街の外へのリスポーンを促したが、今度は逆の発想でいく。封じ込めだ。
まずは街の外周を爆弾で削り取っていく。殆どのプレイヤーは外周付近を自宅登録しているので、大多数が自宅を喪失することになるだろう。そして街の中央の噴水広場をあえて残すことで敵のリスポーン地点を一点に絞る。包囲網の完成だ。
もちろん相手も馬鹿ではない。戦力を結集した一点突破を試みることだろう。
だがこちらには広範囲を灰燼に帰す大型爆弾がある。突っつく箇所を誤ればたちまち全滅だ。キルレシオはどれほどの数値になるのだろうか。非常に見ものである。
要は超規模のリスキル作戦だ。彼らはコード・ハリケーンアイなどと小洒落た名前で呼んでいたが、やることは民度浄化作戦とほぼ同じだ。コソコソと隠れ回る悪を一網打尽にするといった最終目標は何も変わらない。
更地と化した街中を歩む。北西部から中心へと向かっていき、未破壊地帯を吹き飛ばすのが僕の役目だ。ただ完全な更地にはしない。リスポーン地点を確保するためだ。
僕らは所々に残った空き家を適宜自宅登録し、噴水広場にリスポーンして狩られてしまう事態を未然に防ぐ。
さすがは犯罪者集団といったところか。細かい部分の詰め方が『花園』連中とは違って徹底的だった。計画には寸分の穴もない。
レッドネーム連中は犯行計画を企てている時だけは脳みそが退化した猿から知的キャラに変貌するようだ。眉間にシワなんかを寄せて高名な学者よろしく粛々と議論を進めるさまはタチの悪い悪夢を見ているようで戦慄した。
彼らがプレイヤーキルに賭ける情熱をほんの少しでも善行に割いたら世界は救われるんじゃないか。そう思わずにはいられなかった。人ってのはつくづく難儀な生き物であるよ。
世のままならなさを嘆いていたら未破壊地帯に到達したので大型爆弾を起爆する。爆炎が地を舐める。醜悪な病巣が光の粒へと変わっていく光景はいつ見ても美しい。現実のようなリアリティで、しかし現実であったら一生お目にかかることのない光の乱舞。その只中に僕はいる。晴れやかな気分になるね。
正義の咆哮に呼応するように各所で華が咲く。こだまのように連なって響く爆音は輪唱のような美しさを帯びる。ああ、やはり爆発は芸術だ。
惜しむらくは時間帯か。やっぱり夜のほうが映えるよね。六日に一回しか夜が来ないってのはこういうときに都合が悪い。
せめて三日に一回くらいにしてほしいものである。僕はご意見フォームから要望を送った。無事に送信された。おお、マジか。正常に送信されたのは初めてだ。都市伝説かと思ってたよ。
どうやら今の僕は攻撃的な脳波を出していなかったらしい。試しに仕事しろと要望を送ったら攻撃的な脳波云々のテンプレ回答をよこされた。クソ運営め。運営死ね。
そうこうしているうちに外周部分がだいぶ削れてきた。妨害は今のところ無い。どうやら封じ込めが上手く行っているらしい。よきかなよきかな。
次々と咲き乱れる爆発と光の乱舞を目に焼き付ける。正義の光だ。あぁ、なんて美しい。
「あぁ! あぁッ!! これが愛の光だッッ!! なんて、なんてッ! 美しいッッ!!」
うわぁやべぇやついるよ。お祭り会場ってたまにこういうの出てくるよね。
周囲の迷惑を一切考えないチンピラ崩れの猿人間。生まれる時代を間違えたアウストラロピテクス。骨格標本から蘇った常識知らずの原始人。現代社会の敗北者。
義務教育で備わるはずの知性がまるで見当たらない。まったく、晴れやかな気分が台無しだよ。僕はすみやかに進路を変えた。
「民度浄化作戦のときはキルされたあとは画面越しに指を咥えて見てるしか無かった。だが、今はッ! どうだッ! 見遣れ燐光ッ! 刻め胎動ッ! あぁ……世界が、愛でッ! 融け合っていくッッ!!」
ついてくるよぉ……。
僕はご意見フォームを開いた。防犯ブザー実装してください。無事に送信された。吉報を心待ちにしよう。
「ついてこないでよ」
「感動を分かち合う同志がいる。これがどれほど素晴らしいことか理解できない君じゃないはずだ」
「同志? 利害関係が一致しただけの他人でしょ」
「ボクら共に常軌を逸し、且つ軌を一にする。これを同志と呼ばずしてなんと?」
「知らないよ」
システムの改正が必要だ。こういう人に擬態した猿を炙り出すために常識テストを必須にするべきだよね。私は猿ではありませんっていうチェックボックスを搭載するべきだと本気で思う。
「それよりのこのこ歩いてていいの? 役に立たないなら隅っこで静かにしてればいいのに」
みずっちは極度のVRオンチらしい。弓での狙撃以外は大したことが出来ないとは彼の談だ。心底安心した。この猿に力をもたせたらゲームオーバーだよ。ラスボスになりかねない。
そしてレベルも1なので殆ど役に立たない。ほぼ裏方専門だ。人材管理と作戦立案、ゲーム内の動向把握と他戦力の分析。あとは各種掲示板を利用した情報操作。それが主な仕事らしい。悪の組織の親玉も大変だね。同情する気はないけども。
「ボクがここにいるのはその必要があるからさ。目当ての人物がいるんだよね。彼にボクの愛を捧げたい」
「気持ち悪いなぁ」
「嫌よ嫌よも好きのうちという解釈は好きかい?」
「気持ち悪いなぁ」
ほんとよくこんなのが潜んでたな。石を投げたらゴミに当たるのがこのゲームだが、これほどの大物にはなかなかお目にかかれないよ。出来ることなら一生じっとしててほしかった。
「街に入ったしそろそろ起爆するよ。死にたいならついてくればいい」
「言われなくても死ぬさ。ほら、彼が来るよ。上だ」
「は?」
「じゃ、ボクはそこの家に隠れてるから。あとはよろしく」
「何を……ッ!」
部分日蝕。いや、違う。それはあの日の光景の再現だ。
あっさん。常識の埒外の化け物。空に身を躍らせたあっさんは眼下に広がる街並みとプレイヤーを睥睨し、そして……どうやらこちらに目を付けたらしい。
見張り尖塔の役割をその身一つで再現するプレイヤーが居るらしい。メアリスもそうだけど、やっぱりあの廃人も大概だな。
濃密な死を纏った影が逆光を従えて迫る。大型を起爆すれば倒せるか。
いや……少し話したいこともあるしいいか。僕は丸腰であっさんを出迎えた。
轟音と砂煙を伴って怪物が降り立つ。それはどこまでもあの日の光景の再現であった。覚えている。着地の姿勢も、その後の身のこなしも、表情すらも。やはりAI……。インプットされたモーションがあるとしか思えない。
「やって、くれたな」
おまけにセリフまで同じと来た。コピペかな? エコで何より。僕は努めてにこやかな笑みを浮かべた。
「今回先に宣戦布告したのはそっちだしなぁ」
「言いたいことはそれだけか」
剣呑な双眸に光が灯る。
思うに、普段の彼は省エネモードなのだろう。一度スイッチが入ると普段の腐り始めた魚のような目とは違うギラつきを瞳に宿す。言葉遣いもだ。会話のデッドボールを投げつけるモードと違い、ストライクゾーンに投げるくらいはこなせるようになる。
高パフォーマンスモード……Pモードとでも呼ぼうか。Pモードあっさんがすらりと剣を抜き放つ。やろうと思えば瞬殺できるだろうに見せつけるような動作をするのは命乞いの時間でも恵んでくれてるのかな? それとも対話の余地ありとの判断なのか。
まあいい。好都合だ。僕は口を開いた。
「言いたいことならあるよ。正直、僕はあっさんにすごくイラついてるんだよね。デスペナ食らってレベル1になればいいのにって思ってる」
「……ッ?」
あっさんの眉と頬がヒクリと動いた。やっぱりPモードだと感情表現が豊かになるらしい。感情を殺せと言っておいてこれはどういうことなのか。だが……こうなったあっさんは強い。変則的な蓄積型か? 謎は多い。
「……お前が面と向かって暴言を吐くのは珍しいな」
「これでもマナーには気を払ってるからね。でも信条を曲げてでも言っておきたいことはあるんだよ。それこそ、過去を掘り返すのは馬鹿らしいと思ってる考えを曲げてでもね。僕との約束を守らなかったあっさんなんて何もかも失えばいいと思ってるよ。どうやら反省もしてないみたいだし」
僕はここぞとばかりにあっさんを否定した。時間稼ぎ半分だ。残りの半分は本音だけど。
ダメ元の策だったのだが、どうやら上手くハマってくれたらしい。目を閉じて沈黙するあっさん。恐らく記憶を探っているのだろう。隙だらけだ。今なら僕でも大型を取り出して着火すれば簡単に殺せる。まあしないけど。
ゆっくりと目を開いたあっさんが一呼吸置く。人間らしい反応だ。自信なさげに眼球が揺れる。精神的なダメージを受けている……? 感情が顕わになっているときは精神攻撃が効く? そういえばシリアの挑発にも反応してたな。Pモード……奥が深い。
「メアリスとの戦い、か?」
「白々しいなぁ。それしか無いでしょ」
メアリス対あっさんの試合は記憶に新しい。試合時間にしてたった五分だが、あっさんの先手奪取と奇策の展開、攻めあぐねるメアリスの姿やラストの攻防など盛り上がりどころが多かった。
映りの良かった動画の再生数は今も右肩上がりを続けている。どの動画にも出てくる名人様コメントを無視すれば評価は非常に高いと言っていい。
だけど僕は許せない。あんなのただのクソ試合だ。
「……協力するからには勝て、だったか。善処するとは言ったが必ず勝つとは言っていないはずだ。あいつのことは甘く見ていない」
「ずれてるなぁ。そこじゃないよ。僕は勝敗なんてどうでもいいんだ」
「なら何がそこまで気に食わなかった」
どうして分からないのか。こういうのは本人が一番分かってるだろうに。省エネモードで過ごしてるから感情の機微に疎くなってAIになるんだよ。僕は憤慨した。
「本気で言ってるなら腹立つなぁ。ああ……今日は嫌なことばっかりだ。なんか本気で腹立ってきたかも」
「……質問に答えろ」
「自分で言っててわからないの? 善処するって言ったじゃん。ならさぁ」
「なんで本気を出さなかった」
「――――」
「本気でやって負けたなら何も言わないよ。僕はそこまで狭量じゃないと思ってる。でもさぁ、僕に協力を要請しといてあんなクソ試合で終わらせるってのはどういう料簡なのさ。後足で砂をかけられた気分だよ。初めから勝つ気なんて無かったんじゃないの? 何か理由があるって言うなら聞くけど」
僕の詰問に対してあっさんは沈黙を貫いた。長い、長い沈黙だった。生き急ぎすぎているあっさんらしからぬ時間の浪費。腕がだらりと下がり、剣の鋒が敵を見失ったかのように地を差す。急かすように、詰るように、遠くで爆音が轟いた。
あっさんが僅かに震えの混じった深呼吸を吐き出す。全ての澱を排出したのか、スッと上げた顔には動揺の色は残っていなかった。平坦な声で言う。
「効率だ」
「…………そうか。それを言われたら、もう何も言えないなぁ」
効率。廃人が掲げるそれは時間効率の意味で使われることが多いが、別の意味がないわけではない。
ゲームの寿命の維持。本来は運営が無い知恵を絞って行うはずのそれを、このゲームでは廃人連中や大手ギルドが主導で行っている。
新規の保護やユーザーイベントの開催。頭のおかしいレッドネームの抑え込み。挙げ出したらキリがない。
つまりはメアリスが最強の座に君臨している現状は都合が、そして効率がいい、と。華やかさか。
まあ中肉中背特徴皆無クソネーム廃人男よりも、厨二死神ルック現役女学生がトップの方が映えるよね。廃人がトップとか当たり前すぎてね。ふーんって感想しか抱かないもんね。
そういうことなら仕方ない。仕方ないって分かってるんだけど……。
「僕はそれでもあっさんに勝ってほしかったなぁ」
「…………そうか」
再びの沈黙が訪れる。
あっさんは二位に甘んじている現状をどう思っているのか。心の底から納得しているのか。本当は最強の座を誰よりも欲しているんじゃないか。
……やめよう。本人がこう言っている以上、その心理を推し量るのは礼を失する。
「リーダー!」
嫌な沈黙を切り裂いたのはシンシアだ。屋根を足場に飛び跳ねて来たシンシアがザッとあっさんの背後に降り立つ。そして剣をすらりと抜いた。行動が早いなぁ。
「どうしたんですかリーダー。取り込み中ですか?」
「……いや。何でもない。やるぞ。この凶行を止める」
もはや迷いは無いようだ。端的な殺害予告を済ませたあっさん。剣の鋒が再び僕へと向けられて、あっさんの心臓から剣が生えた。ナイスぅ。
「かっ……ハ……? な、に、を」
「あれだよ。それはそれとして、ってやつだね」
剣をグリっと捻ったシンシア。殺意の乗った一撃。一拍おいてガッと剣を引き抜く。楔を失ったあっさんはドチャリと血溜まりに倒れ伏した。あっけないなぁ。これが準最強かぁ。
シンシアがブンと剣を払って血脂を落とす。チン、という音が仏様に捧げる鎮魂のように響いた。
僕は悠々と歩いてあっさんの傍らに立つ。血溜まりを踏んづけ、ヤンキー座りをして驚愕に染まった顔を見下ろした。冥土の土産だ。僕は彼に敗因を説くことにした。
「僕も今日知った話なんだけどね? ヒアリングとケアを怠ったら何をしでかすか分からないプレイヤーって多いらしいよ?」
割と簡単に寝返ったよね。シンシア。
僕への伝言役としてパシられていた彼女はちょっと荒れていた。同盟だかを組んだせいで長期拘束は決定したようなものだし、結局待遇は改善しなかった。意識も依然として変わらずだったらしい。
そこへ来てふわちゃんだ。自分以外にチヤホヤされる存在が現れたことで彼女の立場は崩壊の危機を迎えていた。不安定だったんだよね。ちょっとつつけばすぐにこっちへ傾いたよ。じゃあ全員爆殺っちゃおうよって。快い二つ返事をくれたよね。いやぁ楽な仕事だったよ。
見開かれた目を覗き込む。目に映る僕を覗き込むつもりで、深く。深く。ちょっとしたブラフってやつだ。隠蔽工作くらいはしてあげよう。
「あっさん。今日はもう退場だ。ゆっくりと休むといいよ」
「ッ!?」
あっさんの顔が驚愕に染まる。何か悍ましいものを見た生娘のような反応。おやおや、随分と感情を剝き出しにするじゃないか。
僕は感じたことは無いが、プレイヤーキルペナルティが付与された瞬間はアナウンスが流れるらしい。録画や配信には乗らないので、経験した本人にしか分からないシステムだ。あっさんは今、あの日と同じく濡れ衣を着せられている。
赤く染まったプレイヤーネーム。
みずっち。与太話の線もあると踏んでいたが……まさか本当にこんな悪質な業を使えるとはね。やばいな。単純な破壊力でいったらユーリを優に超えるよこれ。
「――――」
死後の十秒は言葉を発せない。声にならない叫びを堪能した僕はすっくと立ち上がる。足取りは軽い。跳ねる血を躙りながら血溜まりを行く。どうせすぐに消えるからね。
「じゃ、行こうか」
シンシアを従えて僕は街中へと歩を進める。やがて靴を穢していた血は光となって消えた。さぁ、もっと多くの罪人の血を光に変えるんだ。民度浄化作戦リターンズ、佳境の時だ。




