盛大に何か始まりそう
自宅にログインしたら四人掛けのテーブルに三人のモブが座っていた。すごいな。堂々たる不法侵入だよ。最近もう突っ込むのも面倒になってきたよね。
無視して残りの席に座る。インベントリを操作して容れものと爆薬を取り出し、日課の爆弾作成を始める。今日は花火玉を三つほど作っておきたい。手を休めている暇は無いのだ。
「…………揃った、か」
テーブルに肘をついてカッコつけ、指を絡ませて口元に添えていたモブが呟く。以下モブAとしよう。
「もう二度と集まることはねぇと思ってたんだがな……未来ってのぁ分かんねぇもんだな」
テーブルに足を放り出し、手を頭の後ろで組んでいる行儀の悪いモブが呟く。以下モブB。
「我々とて全知全能というわけではありませんからね。イレギュラーはいつだって起こりうるでしょう」
スカした態度のモブが伊達メガネを中指でクイッとしながら呟く。モブC。
「君たちは、本当にこれがただのイレギュラーだと思っているのかい?」
僕は言った。注目が集まる。モブABCが騒ぐ。
「何が……言いたい?」
「お前のその言葉を濁すクセ、やめろよな?」
「イレギュラーではない……? ッ! まさか……!」
ハッとした表情のモブC。カッと目を見開き、取り乱した自分に今更気付いたのか、落ち着かせるように眼鏡をクイッとした。
「分かったことがあるなら言え」
「ったくウチのブレインどもは思わせぶりで困るぜ。俺らに分かるように説明してくれよ?」
「……いや。自分の勘違いという可能性も捨てきれません。憶測の段階で口にするのは避けておきましょう」
モブCは言葉を濁した。
僕は作りかけの爆弾をインベントリに放り込んで立ち上がった。そのまま玄関へ向かう。
「……行くのか?」
「まぁた一人で無理する気なのか?」
「あなたの単独行動癖は……あまり歓迎しませんね」
モブABCがはしゃぐ。僕は振り返らずに言った。
「少し遠出するだけだよ。コーヒーでも飲んでくる。それだけさ」
僕は応えを聞かずに逃げ出した。集中できないんだよ。
常に心に留めて置き、忘れてはならないことがある。このゲームのプレイヤーは、頭がおかしい。
▷
バザー通りを歩く。普段はヤク中店主がボケっとしているだけなのだが、今日に限っては様子が違った。
歌膝座りで周囲を厳しく睨めつけるモブD。
結跏趺坐の姿勢で瞑想しながらコォォォと息を吐きだしているモブE。
「平和だな〜。なんか起きねぇかな〜」とか言いながら寝そべっているモブF。
屋根の上で仁王像の様なポーズを取っているモブGとH。阿形像と吽形像かな?
道端に座り込んでいたモブIがすっくと立ち上がる。ボロボロの服を着たモブだ。
モブIはゆっくりと通りの中心まで歩み出て、僕の方へと進路を変えた。黒ずくめの格好。テンガロンハットなど被っていてその表情は探れない。
お互いに歩み寄る。アイコンタクトは無かった。すれ違いざまに紙片を受け取る。僕はそれとなく路地裏に入り、紙片に書かれている内容を確かめた。
『045105110』
古代暗号文、か。
僕は指を鳴らして紙片に着火し、そのまま捨てた。
路地裏から出ようとしたところ、モブJが後ろを見ながらドタドタとこちらへ走ってきた。衝突寸前にこちらに気づいたJが目を見開き、クルンと足を折りたたんだジャンプを披露して僕を飛び越した。
「わりっ! 今ちょっと厄介なやつに追われてるんだ!」
そしてそのままピューと駆けていった。特に誰かが追ってきているという事実はなかった。
今日は一段とバリエーション豊かだなぁ。
路地裏から出ると、対面の家の壁に背を預けていた仮面の男――モブKがちょいちょいと手招きをしていた。
無視するかどうか迷い、付きまとわれても面倒なので従うことにした。モブKはククと喉を鳴らして一言。
「貴様……死相が浮き出ているぞ」
どうやら死相が出ているらしい。そっか。僕は言った。
「あいにくと、素顔を晒せないような人間の言うことは信じないタチでね」
「クク。手厳しい。だが事情があってね……こういうことだ」
Kは仮面をずらした。金の右目に銀の左目。おお……オッドアイモブだったのか。だがどういうことなのかはさっぱり分からない。僕はそれっぽい雰囲気を作って言った。
「忌み子、か」
「そういうことだ」
そういうことらしい。
「で、僕にどうしろと?」
「別に、どうも。俺はただ忠告するだけさ。非力な存在が運命に抗う様を見物するのが二つと無い趣味でね」
なるほど。なるほどね?
僕はザッと身を翻して歩き出す。振り返らずに言う。
「運命は、僕が決める」
「グッドラック」
逃走成功。
このゲームのプレイヤーは頭がおかしい。
▷
噴水広場前のオープンテラスカフェで爆弾を作っている。ここなら邪魔が入らないと踏んでのことだ。
爆薬を詰め、半円状の二つの容れものをカポッと合わせてからぐるぐるとテープを巻きつける。ようやく一つ完成だ。ポンと叩いてからインベントリへとしまう。
「あっ、先輩! この席空いてますか〜?」
後輩の女モブLだ。飲み物を手に持ったモブLが僕の返事も待たずに対面に腰を下ろした。ニコニコと笑いながら言う。
「あれ? 先輩は何も飲んでないんですか? カフェなのに? 良かったらコレどーぞ!」
「……他人の用意した物は喉を通らないんだよ」
「あははっ! 先輩相変わらずだなぁ〜!」
ケラケラと笑うモブL。ひとしきり笑って満足したのか、スッと表情を消して言う。
「…………"レッド"が動くみたいですよ」
「そうか……まいったな。僕はコーヒーは"ブラック"しか飲めないんだけどなぁ」
「はは……。変わらないですね、先輩は」
黙り込むモブL。陰のある表情。じっと見つめると、視線に気づいたモブLがハッとした顔をして取り乱した。
「あっ、すみません、私……。あの、先輩……もしも、私が……」
随分と歯切れが悪い。真意を探るように目を細めると、居心地悪そうに身をよじったモブLが慌てて立ち上がった。
「っ、その、あはは! なんでも、ホントなんでも無いんです! 忘れてください! それじゃ!」
気丈に振る舞ったモブLがタタっと駆け出し、チラとこちらを振り返って一言。
「……ごめんね」
モブLはなにやら後ろめたいことがあるようだ。ふむ。僕は爆弾作りを再開することにした。
容れものと爆薬を取り出すと、間髪いれずにモブMが対面に腰を下ろした。デスクをダンとブッ叩き、舌打ちを混ぜて言う。
「おい……あの女は"レッド"と繋がってんだぞ。それが分からないほどテメェは鈍くねぇ。なんで見逃したッ!」
モブLはどうやらスパイのようだ。初耳だよね。いよいよ状況が混沌としてきたな。相関図の糸がこんがらがってきた。僕はニヒルに笑って言った。
「女のワガママを受け容れるのが甲斐性ってもんでしょ」
モブMはダンとデスクをブッ叩いた。
「そのせいで何人死ぬと思っているッ!」
僕はダンとデスクをブッ叩いた。
「そのためのお前だろ!」
カッと目を見開いて硬直するモブM。ゆっくりと目を瞑り、盛大なため息を吐き出す。乱暴に立ち上がり、ガリガリと髪を掻いて一言。
「……チッ。今日のところはお前の口車に乗ってやる」
モブMはどうやら協力してくれるらしい。
インベントリから火縄銃を取り出し、スチャッと僕の額に照準を合わせて言った。
「だが、二度はない。分かったな?」
僕は努めてにこやかな笑顔を浮かべた。フンと鼻を鳴らしたモブMは銃を肩に担いで去っていった。間髪入れずに男が席に座った。モブNである。
「誰を消せばいい」
暗殺者のモブNである。これは頼りになりそうだ。僕は腕と足を組み低い声で言った。
「さっきの男を」
「えっ?」
予想外だったのか間抜けな声を出したモブN。初心者め。僕はキッと睨みを効かせた。
「不服かい?」
「いや、その、いいのか?」
「君は手足となって働けばいい。感情は捨てるんだ。いいね?」
「……高く付くぞ?」
僕は十Gをコイン化させてパチリと置いた。指でスッと滑らせて言う。
「これで満足だろう?」
「…………いいだろう」
いいらしい。意外と安い男だった。
懐から出した短剣をチャキチャキと弄んだモブNがついさっき去っていった男の後を追う。健闘に期待したいところだ。モブOが腰を下ろす。多すぎない?
僕はチラと後ろを振り返った。あと五人も順番待ちをしていた。暇してるなら君ら同士でやりなよ。僕は見なかったことにした。
「やあ。私が"レッド"のボスだ」
モブO……お前だったのか。お前律儀に順番待ちしてたのか……。
いや、違う。そんなわけないだろ。僕は否定した。
「違うよ。君は"ホワイト"のボスだ」
「!?」
用意していたセリフが全て飛んだのだろう。アドリブ力の無いやつめ。
目をキョロキョロと泳がせたモブOはコホンと咳払いし、不敵な笑みを浮かべて言った。
「……よく、分かったね」
とても苦しそうだ。僕は心を鬼にして無言を貫いた。
困った顔をしているモブO。だが助け舟は出さない。よくわからない組織のボスを名乗ったからには自力でなんとかしてもらう。
「…………何故わかったか、聞いてもいいかな?」
「勘」
「……そう、か」
気まずい沈黙が流れる。もう引き出しが底をついたらしい。
スゥーと気の抜けた呼吸をしたモブOはすごすごと去っていった。次はもう少し頑張るといい。僕は椅子から立った。そのまま立ち去る。
「えっ……」
対面に腰を下ろしかけていたモブPが悲しそうな顔をした。残念ながらもう閉店だよ。僕もそろそろ疲れたんだ。
列を成していたモブQRSTが眉を八の字にしてこちらを見ている。だから君ら同士でやればいいでしょ。
と、そこでタイミングよくプレイヤーがログインしてきた。光の粒がプレイヤーを形作る。ログインしたプレイヤーはガクリと膝をつくと、ウッとうめきながら頭を抑えて呟いた。
「ここは……まさか……っ! また、召喚されたというのかッ! 一体何が……何も、思い出せない……」
記憶喪失かつ召喚モノの主人公モブUであった。
属性モリモリのモブが現れたことによりモブ軍団は歓喜。ニコニコ顔でモブUに群がった。スッと険しい表情を作り、次々に口を開く。
「記憶がないのか? まさか……失敗か?」
「フン。力さえ使えればそれでいい」
「召喚歴あり、か。出涸らしでなければいいがな」
「耐えうるか、見ものだな」
「ウッ……なんだ、貴様らッ!」
僕はそそくさとその場をあとにした。もはやロールプレイってよりも悪ふざけじゃないか。恒例行事とはいえ、正直意味がわからないよ。
▷
僕はホシノの家に逃げ込むことにした。
モブたちが前衛彫刻みたいなポーズで並んでいる通りを抜けホシノ邸へ。ドアを開けると、そこにいたのは十人ほどのモブたちであった。僕は帰宅することにした。
運が悪いことに取り憑かれた。モブVである。
黒いコートを着込んだ不審者が三歩後ろから付いてきている。メアリスに強く影響を受けているのか、黒い鎌を背負った不審者だ。家まで付いてくる気だろうか。防犯ブザーの実装が待たれる。『ケーサツ』あたりにしょっ引かれてくれないかなぁ。
「……あぁ。奴らが動いた。今から向かう。俺が着くまで……死ぬなよ」
モブWだ。独り言を言いながら小走りで駆け抜けていったモブW。不審者二号である。
「……ほう?」
不審者同士は惹かれ合う。何が琴線に触れたのか分からないが、モブVはモブWをストーキングすることに決めたようだ。
いい加減収集つかなくなってきたな。メアリスが暴れ回った次の日はいつもこうだ。自分でも闇魔法を使えるのではないかと勘違いしたモブがはしゃぎ回る。ロールプレイって、そういうことじゃないでしょ。
自宅に帰ってきた。モブABCは居なくなっていた。代わりと言わんばかりにモブXYZがテーブルを占拠していた。なんなのさ。
「時が満ちたようだな」
「ああ。機は熟した」
「潮時の到来、というわけだ」
まるで中身の無い会話だ。せめてキャラを分けろって。思わせぶりキャラが三人もいたら胃もたれするだろ。
場を収める自信がなかったので、僕は家を出ることにした。ドアノブに手を掛け、ふと後ろを振り返る。そこには眉を八の字にしてこちらを見つめるXYZの姿があった。
「…………」
このゲームはモブに優しくない。類稀なVRセンスがなければ上位陣との勝負の土俵に立てないのだ。一つの職業のレベルをカンストさせるのにも膨大な時間がかかるので、中途半端なプレイヤーはその他大勢の括りからいつまで経っても抜け出せない。
それでも。それでも闇魔法さえあれば。
そんな淡い期待を抱いたモブはこうして奇行に走る。それは、あるいは彼らの心の悲鳴なのかもしれない。
僕は身を翻した。椅子に座り、腕を組む。瞑目一秒。ゆっくりと目を開き、それっぽい雰囲気を作って言う。
「そうだね。頃合いだ。この機は……逃せないね」
何を隠そう、僕もそんなプレイヤーの一人なのであった。




