メアリスvs廃人
メアリスがログインするらしい。SNSで告知があったとか。
メアリスは最近になってから滅多にログインしてこない。彼女は学生、しかも受験生の身分であるということが明らかになっている。そりゃこんな肥溜めに顔だしてる暇ないよね。しっかりと勉強しておくべきだと思う。
そんな彼女であるが、どうやら民度浄化作戦の時に暴れまわったらいい気晴らしになったらしい。もう夏休みも終盤。最後にもうひと暴れしておこうという魂胆なのだとか。
これを受けプレイヤー達は大興奮。今度こそブチ殺して泣き顔を拝んでやると意気込むプレイヤーと、そんな連中がバッサリと首を落とされる光景を楽しもうという二派に分かれた。
廃人連中やレッドネームが特にやる気を出している。メアリスに煮え湯を飲まされたのは主にこの二つの勢力だからだ。
あっさんを祀り上げたい廃人連中は、闇魔法などという意味不明なシステムを使って最強の座に居座るメアリスを引きずり下ろしたいと考えている。
彼らにとって真に最強なのは、寝食も私生活の全ても削り、文字通り命を懸けてNGOをプレイしているあっさんでなければならないのだ。
ぽっと出の小娘が玉座に胡座をかいている現状は堪え難い屈辱なのだろう。なんとしてでも土を付けたいらしく、あれやこれやと策を練っている。
そしてレッドネーム達は単純な私怨だ。殺伐殺し合いオンラインを経験してきた頭のおかしい猛者たちは、ちょっと調子に乗っているメアリスとやらを軽く捻ってやろうとちょっかいをかけたところ物の見事に全滅。赤っ恥をかかされた過去がある。
勢い付いたメアリスに数回転がされてレベルがいくつも下がったプレイヤーもいるという。そんな彼らは常に復讐に燃えている。
キルされた恨みはキル仕返すことでしか晴らせない。クズ達がゴミみたいな文化の中で醸成した醜い澱のような感情が今、メアリスに向けられる。
といった状況であるらしい。なるほどね。
「で、僕にどうしろと?」
僕の目の前にいるのは、誰あろうあっさんだ。
準最強。バグのような強さと謳われながら、チートのような強さのメアリスがその上に君臨しているために不名誉な称号を授かっている男だ。彼我の間には、闇魔法という超えられないシステムの壁が立ちはだかっている。打ち崩すのは至難だ。
競り市に並んでいる魚の様に濁った、しかし静かに輝く目。深呼吸を一つ。効率の二文字を人生哲学に掲げる廃人は、らしくない溜めを作った後に絞り出すように呟いた。
「頼みがある」
▷
草木も眠るよる夜中。『花園』ギルドハウス前でログイン後の闇討ちを狙っていたレッドネーム集団を無事刈り取ったメアリスがコロシアム上空へと姿を現した。
月のような衛星をバックに従え、黒翼付きの新衣装をバサリと翻す。双子の月のような金眼が光る。掲げた鎌をブンと一振り。虫のように地を這う群衆を睥睨して言う。
「贄の自覚がある愚物から降りてくるといい」
相変わらず役に入り込んでるなぁ。そんなふうに感心していたら爆発的な歓声が上がった。誰も彼も狂ったように雄叫びを上げ、舞台に飛び降りては闇魔法で浮かされて首を刎ねられている。
もはやそういう儀式だよね。コロシアムならデスペナつかないからって理由で記念に首を落とされに行く連中が大半だ。プロレスラーに張り手をしてもらいに行く感覚で命を投げ出す輩が多すぎる。
「強いな」
「……」
隣では廃人連中がスポーツ漫画の強豪校ごっこをしている。腕組みをして呟くシンシア。鼻を鳴らして睨めつけるフレイヤたん。柱に背を預け、目を瞑って微動だにしないあっさん。
その他の廃人さんも、椅子に変なポーズで座っていたり、転落防止の欄干にヤンキー座りをしていたりと、どうにかして個性をアピールしようと必死だ。メアリスのロールプレイにあてられたのかな?
コロシアム場内にリスポーンした虫ケラ達が飽きもせず吶喊していく。まるで誘蛾灯だ。中には本気で打ち倒そうと武器を投げ付けたり銃を発砲してるプレイヤーもいるが、メアリスには闇魔法がある。
重力操作のような能力。メアリスに向かって行った銃弾も武器も、ある一定の距離に入った途端に不自然に軌道を曲げて夜の闇へと消えていく。どうやって倒すのあれ。
通算五百キルほど達成しただろうか。何度も首を刎ねられて満足したプレイヤー達が観客席に腰を落ち着ける。やがて舞台に降りていくプレイヤーが減っていき、最後の贄が首を刈られてポリゴンになった。
ブンと鎌を振って残心を解くメアリス。被弾回数、ゼロ。当然のように無傷だ。
いやもうあれチートでしょ。敵を蹴散らす系のゲームのシンプルモードに出てくる雑魚を処分するみたいな手軽さでプレイヤーをキルするなって。別ゲーじゃん。
暴君の威容をこれでもかと魅せつけたメアリスは、つや消しされた黒一色の鎌をクルと回してこちらへと――いや、廃人連中へと突き付けた。挑発するような不敵な笑み。作ったような低い声で、しかし高らかに告げる。
「腑抜けたか?」
返事は無い。ただ、地を蹴る音が複数響く。
ギュンと飛び出した影は三。廃人ギルド『先駆』の精鋭達だ。私生活よりもこのゲームに人生の比重を傾ける練達。有象無象とは一線を画す機動力で跳び出した彼らは、浮かされる前に決着を付けるつもりなのだろう。
一番槍が【踏み込み】付与の脚力で大砲のように跳び出し串刺しを狙う。目にも留まらぬ速さ。闇を切り裂く流星のような一撃は、更に高みへと身を躍らせたメアリスに躱される。
追い縋るように二番手、三番手が飛び出すも、空を自由に飛び回るメアリスを捕らえることが出来ない。そうしている内にいつの間にか自分達が囚われている。
闇魔法。それは【空間跳躍】というプレイヤーの機動力の要であるスキルを封じる。ハエのような鬱陶しさを可能にする羽をもがれた時、プレイヤーは悲しいほどに無防備だ。
浮かされた廃人が剣を捨て銃を構える。首を落としに来たその瞬間、相打ち覚悟で撃ち込む気なのだろう。
しかしメアリスも馬鹿ではない。正直に突っ込まず、高度を落としてからの再浮上で射線を外す。お得意のVの字軌道。哀れ三人の廃人は決死の抵抗虚しくポリゴンとなって闇へと消えた。
戦闘態勢の廃人は残り十二。内六人が動く。
得物はなんと鎖鎌だ。初めて見る戦略。浮かされる前に散開して互いに距離を取った六人。なるほど、同士討ちを防ぐため、か。
闇魔法が発動し、六人が宙に浮く。本来であればここで詰みだが、なるほどそのための鎖鎌だ。振り回した分銅と鎌がメアリスを近付けさせまいと乱舞する。無秩序なプレイヤー集団では為せない統率の取れた戦法。リベンジに燃えていた彼らが編み出した策なのだろう。
更に残りの四人が動く。舞台へと飛び出した彼らは、浮かされる前に鎖鎌を振り回しているプレイヤーの直下へと降り立った。ちょうど浮かされた時に鎖鎌持ちのプレイヤーの陰へと隠れるようなポジショニング。
恐らく味方を盾にするつもりなのだろう。そして目論見通りの結果になった。味方の陰という安全地帯を確保した四人が同時に唱える。あれは……上級魔法。なるほど、範囲攻撃で圧殺するつもりか。
鎖鎌で牽制し、その裏ではフレンドリーファイア上等の魔法を準備する。無事に魔法が発動すれば、メアリスとて逃げる術はない。
上級魔法は発動までに一分かかる。メアリスは鎖鎌の嵐を突破した上で魔法を唱えている四人を処分しなければならない。メアリスの猛攻を耐え凌いで魔法で圧殺し、舞台に一人でも残っていれば廃人連中の勝利だ。
「賢しらな。魔法とはこう遣う」
廃人の編み出した策を鼻で嗤い、バッと手を振るうメアリス。法則が塗り替えられる。鎖鎌を振り回していたプレイヤーはトンと押されたように遠ざかり、魔法を詠唱しているプレイヤーはグイと手を引かれたように呑まれていく。
鎖鎌の攻撃が止まる。味方に命中しかねない。魔法の詠唱は攻撃を食らった瞬間に中断される。攻撃の手を止めざるを得なかったのだ。闇魔法……そんな使い方も出来るのか。
攻撃してこないなら好都合とばかりにメアリスが動く。ブンと鎌を一振り。浮かされたプレイヤーがメアリスを中心に回りながら引かれていく。それはさながら太陽系のように。しかし核に据えるは昏く輝くブラックホール。
光すら呑み込む闇が牙を剥く。渦のような一回転。魔法を唱えていた四人の首が飛ぶ。囚われたら逃れる術なし。それが闇魔法だ。
残る二人が飛び出す。シンシアとフレイヤたんだ。シンシアは上空へ。フレイヤたんは地を舐めるような勢いでメアリスの直下へ。
「メアリスッ! 終わりだッ!」
浮かされる前に【踏み込み】と【空間跳躍】を駆使してメアリスを超す高高度へと躍り出たシンシアが、インベントリを操作して冗談のようにデカい投網を放り投げた。コロシアムの舞台を覆うほどの大きさ。メアリスを討つためだけに一体どれほどの下準備をしてきたというのか。
鎖鎌部隊も動く。牽制を主軸とした動きではなく、仕留めるために狙いをつけて振り回す。鎖を引くことで分銅が踊る。弾を飛ばして終わりの銃とは異なり継続的に圧をかけることができるのが鎖鎌の利点だ。
そして仕上げがフレイヤたんの仕事だ。
メアリスの直下という位置取り。重力の加護を抜くつもりだ。メアリスに対しての遠距離攻撃は上方に逸れて狙いを外される。ならば真下から撃てばどうなるか。
当たる。だがそんなことはメアリスだって百も承知。彼女は常に空を翔け、その小賢しさを嘲笑うかのように力でねじ伏せてきた。
だからこその網と鎖鎌か。籠に閉じ込めて翼をもぎ、自由を封じた上で必中の一撃を撃ち込む。対メアリス包囲網。その最終形。
穴があったとすれば、メアリスが馬鹿正直に付き合ってくれるほどのお人好しでは無かったということか。
「手緩いな!」
直滑降。猛禽の如く空を滑るように落ちたメアリスが、不遜にも銃口を向けた贄に食らいつく。
この作戦はトドメを差すフレイヤたんがあまりにも無防備だ。そこを見逃すほどメアリスは愚かではない。廃人連中なら分かっていたはずだ。
……この陣形は完成形じゃない。僕はチラと振り返る。
あっさん。恐らく、最後のピースはこの男だ。だったはずだ。彼は未だに柱に背を預け、強キャラぶった姿勢を貫いている。手出しはしない、と。ここで跳び出していけば勝ちの目もあったろうに。
フレイヤたんが引き金を引く。バレルロール。至極あっさりと凶弾を躱したメアリスは勢いそのままにフレイヤたんの首を刎ねた。運悪く脳天に流れ弾を食らったシンシアは死んだ。
ゆっくりと落ちてきた投網が鎖鎌部隊を巻き込んだ。メアリスはギュンと投網を迂回するように飛び回って上空に躍り出ると、水揚げされた魚の様にもがく廃人を順繰りに斬って捨てた。決着だ。
「無駄知恵を絞り、数を恃み、力を全うしてこの程度、か。期待外れも甚だしい」
ここまで悪役に徹するといっそ清々しいな。
嘲るように吐き捨てたメアリスに、観客達がこぞって歓声を上げる。もはやそういう見世物のようなものだ。
「キャー! メアリスちゃんカッコいい〜! こっち! 目線こっちにちょうだい! きゃ〜!」
「マスター……ちょっと、落ち着いて下さい……」
「ふむ……未だに底が知れないな。闇魔法、是非とも検証に協力してもらいたいものだ。百時間ほど」
「目に焼き付けておけよお前ら、アレが闇魔法だ。正直まるで意味分からんがな」
「っべ……マジでこれ同じゲームっすか?」
「チーターかよ……」
一方僕の隣では少年誌に出てくる一般モブのような連中が騒いでいる。主人公を持ち上げるためだけに配置されたモブ臭が凄い。特に初心者二人がいい味を出している。けして表舞台に上がれないモブの鑑のようなセリフだ。
「あっ、あっ、こっち見た! メアリスちゃ~ん!! ポーズ! ポーズお願い!」
「マスター……ほんと、その辺で……」
『花園』の馬鹿二人が騒いでいるが、違う。メアリスが見ているのはただ一人だ。ビッと鎌を突き付けた直線上にいるのはとあるプレイヤー。
「あっさん。ご指名みたいだよ」
僕もモブに徹することにした。
柱に背を預けて強キャラムーブをしていたあっさんがゆっくりと動く。カツカツと歩み寄り、僕の前で停止する。言った。
「例のものを」
「はい。あげたからには、勝つんだ」
「善処する」
僕は大型爆弾をインベントリから取り出してあっさんに手渡した。どよめきがコロシアム内を満たす。これほどの衆目がある中で、僕が誰かに大型爆弾を手渡したことは無い。
僕が大型爆弾を手渡したことがあるのは民度浄化作戦の時と、あとはホシノだけだ。それくらい僕は大型爆弾を厳重に扱っている。兵器だからね。当然だ。
今まで手放すことが少なかったそれを、PvPというコンテンツの為に手渡した。それが中々に衝撃的だったのだろう。まぁあれだけ頼み込まれちゃったらこのくらいの演出は買って出るよ。
あっさんの手に渡った大型爆弾がインベントリへと格納される。物権の委譲が完了した証だ。切り札を携えたあっさんの姿がブンと消える。
カ、カンという音。欄干に着地したあっさんがスラリと剣を抜き放ち、返礼のように突き付け返す。月のような衛星を従えたメアリスへ。それは宣戦布告のように。目に光を取り戻したあっさんが言う。
「先に言っておく。卑怯とは言ってくれるなよ」
あっさんの宣言。言い終えると同時、あっさんの姿が消える。疾い、という問題ではない。違う。そもそもが違う。本当に"消えた"のだ。
「【死々羽織】」
声の出どころは遥か上空。メアリスの背後。瞬間移動のスキル……だと!?
「ッ!?」
斥力か、引力か。間一髪で闇魔法を展開したメアリス。振り下ろされた凶刃は黒衣を掠め、しかし届かず。刃圏から逃れたメアリスの顔に走るのは驚愕だ。あわや剣の錆になっていた。その事実が顔を歪ませる。余裕を剥ぎ取る。
だが囚えた。足を、羽を奪う暴君の治世。未だ破られぬ絶対王政。下々の民は頭を垂れ、首を落とされるその時をただ待つのみ。
だが。革命はいつだって唐突だ。
剣を逆手に構え、鋒は王の心の臓へ。それは天に弓を引くかの如く。
あっさんが剣の柄尻を左手の平で叩く。
【馬車馬貫】
それは直感か。すんでのところで飛び退いたメアリス。
だが、遅かった。夜の闇に朱が散る。脇腹。黒衣から飛び散るポリゴンは被弾の証明。
飛ぶ刺突……。あっさんは、あの男は、一体どこまで……。
「……ッ! 貴様……ッ!」
「その座を明け渡せ。もう満足しただろう?」
「笑止!」
最強対準最強。初手を制したのはあっさんだった。下剋上の舞台の幕が今、上がる。




