弱肉狂食
うさちゃんとぶーちゃんが跳び回る。木の幹と枝が張り巡らされた森は足場が豊富で、それすなわちトッププレイヤーの変態機動に拍車がかかるということだ。
ヒヅメの貫手を膝を折りたたんだ跳躍で躱したウサちゃんは、天地を逆にした姿勢で直上の枝に足を着けて反転、急襲。攻守の入れ替わりが早すぎる。
重力の勢いを借りたうさパンチとヒヅメ貫手がぶつかり合う。ぶわと発生した余波で森が揺れる。絨毯のように敷き詰められていた木の葉が勢いよく舞い上がり、僕は目を眇めた。
互角。そう評していい。実力は伯仲している。
うさちゃんの着地際を狙い、ぶーちゃんの破城槌のような豚足が放たれる。疾い。だが躱された。うさちゃんの体のキレが素晴らしい。過去に類を見ないほどだ。
屈んだうさちゃんは自慢の脚力でカポエイラのような蹴り技を繰り出した。ぶーちゃんが退く。食らうと危険だと野生の本能で感じたのだろう。それを見てますますうさちゃんが勢い付く。
バネのように飛び出したうさちゃんは、木の幹と枝を足場にして縦横無尽に跳ね回る。その速度は目視が至難な域に達する。見ているこっちは呼吸を忘れそうになる。このゲームは呼吸を一分ほど止めると唐突に死ぬので注意が必要だ。
うさちゃんが仕掛けた。木の幹から幹へ移ると見せかけて【空間跳躍】を発動。軌道変更と同時に強襲。身体をクルンと一回転させギロチンのような踵落としを見舞う。
これに対し、ぶーちゃんはヒヅメをクロスさせた受けの構え。【空間跳躍】を吐いた後は無防備だ。受け止めきれれば仕留められる。消極的に映るが、その実、身を捨てた特攻のような前のめりの策。
衝突。【踏み込み】を使用して強化しているはずのぶーちゃんの豚足が屈する。ヒヅメのガードが下がり、そしてうさちゃんの残る片足がぶーちゃんの顔を強かに打ち据える。有効打。先手を取ったのはうさちゃんだ。
これは……凄いな。僕は息を呑んだ。予想以上だ。
恨みがましく睨むぶーちゃんに対し、うさちゃんは何の気負いもない。ぴょんぴょんと跳ね、拳をクイクイと動かして挑発した。調子に乗っている。だから強い。
シリアの強さはちょくちょく変動する。モチベーションとでも言うのか。根っこにある欲求をどれほど満たせる状況下にあるかで動きのキレが変わるのだ。
人の嫌がる顔が見たい。それがシリアの原動力。
ふわちゃんという大物配信者の下に集ったリスナーは驚くほどマナーがいいらしい。姫プレイをしないのはもちろん、妨害禁止の掟を仲良く遵守するなど稀だ。肥溜めをホームグラウンドに構える僕としてはにわかには信じ難い。
だが、彼女の底抜けの明るさを見るとなんとなくそれもわかる気がする。保護欲とでも言えばいいのか。のびのびとしているさまを見守りたいという層が多いのだろう。
故に妖怪が目を付けた。
それは例えるなら、アクアリウムを見て癒やされている人の目の前で水槽に手を突っ込んで掻き回すような暴挙、であろうか。外道かよ。
人の悪感情をオカズにして白米をかっ食らうような妖怪は、配信をめちゃくちゃに邪魔されて発狂するリスナーの姿を想像するだけでポテンシャルを最大限まで引き出せるのだろう。
負の感情の新陳代謝が妖怪をさらに上のステージへと押し上げる。悪質にも程がある。
機械のように冷徹であることが是とされるVRゲームにおいて、テンションが実力に直結するプレイヤーは珍しい。メアリスは特殊すぎてこの例に加えていいのかわからないな。他には……ノルマキさんか。
ノルマキさんは蓄積型だ。闇を溜め込んで解放する瞬間が最も強く、闇を吐き出し終えるにつれて徐々に弱っていく。
……あの人もかなり特殊だな。今頃は順調に闇を蓄えている頃だろう。いつもお疲れさまです。
状況はシリアに有利だ。加えて、あっさんにとって不利な要素もある。ラグスイッチの冴えが無いのだ。着ぐるみという拘束具のせいでキレがない。なによりあの豚足……動きづらいはずだ。足がスラリと伸びたうさぎの着ぐるみと比べると、その操作難度は段違いのはず。
得意とする距離の問題もある。ある程度の長さを持つ得物で戦うことを好むあっさんに対し、普段から短剣を使っているシリアは超クロスレンジでのやり取りを好む。
徒手空拳。初めは両者ともに得物を構えていたものの、勢いよく剣を振ったらすっぽ抜けたので流れるように肉体のぶつかり合いに移行した。そこまで万能ではなかったようだ。
着ぐるみだと例の謎拳法も発動しないらしい。スキルがあれば出来ると言っていたし、誰にも明かしていないスキルなのだろう。それが使えないのは厳しい。
とまぁ、これだけの要素が重なると立場が逆転するらしい。裏を返せば、これだけの要素があって初めてシリアはあっさんの上に立てるということだ。
やっぱり雑魚狩りじゃないか。この前ノルマキさんに釘バットで頭カチ割られてたし。情けない奴め。
「はわぁあー。もしかして、このゲームって……こんな動きができないとお話にならなかったりするんですかね……? なんか、みんながやめておけって言ってた理由がわかるかも……」
首からイって死んだふわちゃんは無事森の入口でリスポーンした。あんなダイナミックプロレスを体験しても一分したらケロッとしているあたり大物だ。超合金メンタルかな?
そして今はこの森の頂点争いを身を乗り出して眺めている。参考にしないほうがいいよ。この森の二匹の猛獣は肉食動物以上に好戦的だ。多分人肉とかもイケるクチだろう。猟友会の派遣が待たれる。
しかし不穏な流れだ。自重しなよ二人共。ふわちゃんが引いてるよ。
しかたない。僕はふわちゃんの前へと躍り出た。軽くストレッチをしてスキルを発動する。
【踏み込み】! 【空間跳躍】!
ゴロゴロと地面を転がった僕は着ぐるみに付いた汚れをばっぱと払い、こちらを見ているふわちゃんに告げる。
「これだけしか動けなくてもレベル12にはなれるよ。そう、火薬師ならね」
「うわぁ……! すごい! すごいすごい! えっ、わたしより下手な人初めて見たかもっ! やったぁっ! え、嬉しいっ! なんか感動しちゃいました! 握手してください」
「どうぞ」
「わぁい!」
グッドコミュニケーション。こうやるんだよ。
着ぐるみの手を両手で握り込んでブンブンと振っているふわちゃんのすぐ側をぶーちゃんが転がっていった。衝撃が吹き抜ける。いつまでやってんのよ君ら。
飽きもせずヒヅメとうさパンチの応酬を繰り広げる二匹。もういいよ。僕は小型爆弾に着火して二匹の間に放り投げた。
二匹が野生の勘を発揮したのかグリュンと振り返り、爆弾を目視した瞬間にバッと弾かれたように離脱した。くそっ。仕留めそこねた。
ザアッと四足で地を掻いて着地した二匹。どうやら人であることを捨てたらしい。こちらを威嚇するように唸った。
「カロロロロロロ……」
「フシュッ! フシュッ!」
もうこの配信は取り返しが付かないかもね。顔を引き攣らせるふわちゃんを尻目に、僕はどうやってこの二匹を穏便に殺処分するかの計画を練り始めた。
▷
あの後、三分ほど掛けて理性を取り戻した二匹を従えて猪を探す。木の倒れる音がした方向に行けば見つかるだろう。
「うさちゃん! どうやったらあんなに跳び回れるの? わたしにもあんな動きできるかなぁ?」
「できるよぉ! まずはその砂糖菓子みたいに甘ったるい性格を変えようか。人の首を掻き切ることに快感を覚えるようになろ? どうすればもっと上手くやれるかって真剣に考え続けてると自然にブッ」
頭のおかしいうさちゃんは豚足に吹き飛ばされた。
「真に受けちゃダメぶー。精神付随式は爆発力はあっても安定性に欠けるぶー。波を排した上で高いアベレージを弾き出すのが最も効率的なんだぶー。感情なんて足を引っ張るだけなんだブッ」
頭のおかしいぶーちゃんはウサ脚に吹き飛ばされた。
そのままドツき漫才に移行する二人。猟友会はまだか。
「…………ろんちゃん」
「彼らは義務教育を半分くらいすっぽかしてきたんだろう。真に受けないほうがいい。あの二匹は教師役には向いてないみたいだ。僕が言えることといえば……習うより慣れろ、かな」
「そ、そうですよね! わたしはどんなに下手くそって言われても時間をかけて上達してきたんだし、今回だって根気よくやればいいんです!」
「あぁ、ちなみに僕はこのゲームを始めてそろそろ一年になるけどさっきのが限界だよ。いやぁ、必死に練習してるってのに全っ然上手くならないんだよねぇ。はは」
「えぇ……」
「あぁでも心配しないで。そんなふわちゃんにおすすめな職業があるんだ。火薬師って言ってね、初心者向けの職業なんだ。火薬師は動くのが苦手でも根気さえあれば強くなれる。レベルも上がりやすいし、どんな格上プレイヤーだって隙を見て大型爆弾で吹き飛ばせば一発で倒せブッ」
僕は豚足とウサ脚に吹き飛ばされた。
ふわちゃんの配信時間は二時間らしい。そろそろ一時間が経とうとしている。猪を狩れる見込みは、今のところ無い。




