争いは同じレベルの者同士でしか発生しない
空を自由に飛べるフルダイブVRゲームがあるらしい。
未だに地面を歩くだけで多少の違和感を覚えるような操作性のVRゲームが多い中、そんな噂が流れたのはNGOのリリース直後だった。
実際は【空間跳躍】というスキルを使用した空中ジャンプが出来るだけだったが、その事実が誇張されたのか捻じ曲げられたのか、まるでプレイヤーが翼を得て空を飛び回れるゲームであるかのように喧伝されていた時期があった。
悪ノリしたプレイヤーが、さも空を飛んでいるかのように見えるアングルで撮影した動画は国内外含めて話題になった。
『おいおいマジかよ俺このゲームやるために日本に移住するわ』といった海外勢のコメントが相次いだ結果、有識者達がNGOがいかにクソゲーであるかという長文をコメント欄に英語で書き連ね、是が非でも考えを改めるよう勧告する事態に発展した。
いくら民度がゴミだったとはいえ、自らの生活圏を捨ててまで肥溜めに飛び込もうとする人を見過ごすほどのゲスに堕ちたわけではなかった。あるいは、恥部を見られるような気恥ずかしさから来た拒絶反応のようなものであったのかも知れない。
そんな働きかけが功を奏したのか、海外勢の方がNGOの被害に遭ったという報告は無かった。これにより、国内の人間だけでゴミ蠱毒を続行する運びとなった。
そしてリリースから数ヶ月が経ち、プレイヤーが激減して民度が少しだけ落ち着き始めた頃に事件が起きた。メアリスというプレイヤーの登場だ。
闇魔法という謎のシステムの力を十全に発揮した彼女は、空を跳び回りながら鎌を振るい既存プレイヤーを鏖殺するという鮮烈なデビューを果たした。
NGOはクソゲーという認識が周知され同時接続者数が右肩下がりを続けていたなか、メアリスの戦闘風景を映した衝撃的な動画が出回ったことでプレイヤー人口は驚異的なV字回復を果たした。
ネトゲは基本的に後発は先人のケツを眺めることになるので、新たに始めるには何かきっかけが必要だったりする。例えば大型アップデートや、新規プレイヤー優遇のキャンペーンなどだ。
メアリスの登場。それは、ゲームを始めるきっかけとしては上出来であった。
空を飛べるという魅力。新規が古参を打倒するという可能性。闇魔法という自分でもチャンスがありそうな要素。
動画に感化された新規や復帰勢が大挙して押し寄せ、しかし誰一人として闇魔法の発現に成功しなかった。結局、メアリスという個人があまりにも特殊だったという結論に至った。
それを知らない海外勢は動画を見て『マジかよ! 俺日本に移住する! もう荷物纏めた!』といった旨のコメントを大量に残した。
これを重く見た有識者達は、NGOというゲームのシステムがいかにブラックボックスであるかを説き、統計からすると闇魔法を使える可能性は0.1%にも満たないので諦めたほうがいい、という長文を六カ国語で書き連ねて犠牲者の発生を未然に防ごうとした。
しかしながら有識者達の奮闘虚しく、今回は少数ではあるが海外勢の犠牲者を出してしまった。確証バイアスに敗北した瞬間である。
闇魔法は、つまりそれだけ魅力的だった。
重力操作。他者に頭を垂れさせ、自身は空に君臨する王の律。
暴君の治世は未だ破られたことはない。
▷
最後の一人が光の粒となって空に消えていった。
雑草を刈るような気軽さで屍を量産したメアリスは、わざわざ月のような衛星を背景に背負う位置へと移動し、勿体ぶった動作で鎌をブンと一振りした。動画映えを狙っているのだろう。役への入り込み方が違う。
「ぶえっ」
メアリスが鎌を振り終えると同時に浮遊感が唐突に消え、それまでユーリに足を掴まれて風船のように浮いていた僕は重力に引かれべチャリと地に倒れ伏した。痛覚は無いが、鼻が痺れる。
身体を起こして空を見ると、メアリスが黒衣をはためかせながらこちらへと降りてきていた。所々に穴が空き、端が擦り切れたようなデザインの外套は、なんというか、中学生あたりが妄想する死神のような格好そのものだ。
音もなくふわりと着地したメアリスにユーリが駆け寄る。そのまま抱きつこうとしたが、闇魔法で浮かされた後に蹴りを入れられくるくると回転したあとべチャリと地に倒れ伏した。
「ぶえっ」
「色情魔は相変わらず、か」
「その言い方やめてよぉ。私は皆を等しく愛してるだけなの! それはともかく、久しぶり、メアリスちゃん!」
「ああ、久しいな」
起き上がったユーリが満面の笑みで仏頂面のメアリスに手を差し出し、両者は握手して旧交を温めた。
リアルで呼び出した、と言っていたので薄々察していたが、どうやら二人はそれなりの仲のようだ。
握った手を引き寄せて抱きつこうとしたユーリが闇魔法で五メートルほど浮かされ、そのまま地面に叩きつけられた。
「ぶえっ」
「四半刻の間は力を貸すという契約だったが……貴様の情慾を晴らす戲れに付き合う義理はない」
作ったような低い声。創作物の中の人物のような独特の言い回し。堂に入った役作り。そして一切の照れや恥じらいを感じさせない所作。究極的なロールプレイ。
唯一無二の逸材だ。なかなか出来ることじゃない。シラギクのような化けの皮ぺらっぺらのそれとは違う、一個のキャラクターに生まれ変わったかのような没入度。
闇魔法の発動条件がロールプレイであると言われる所以だ。過去多くのプレイヤーがこぞって彼女の真似をして、何も得られず心を折ったり愧死したりといった悲劇を生み出した。
ユーリが起き上がってぱっぱと土を払い、にへらと笑って言った。
「受験で忙しい時期なのにわざわざ呼び出しちゃってゴメンね? ほんとに大丈夫だった?」
「見縊るな。試される刻までは幾分かの猶予がある。この程度で揺らぐほどの凡愚だと思われるのは、心外だな」
「ん、ありがとね。ほんとに助かったよ」
「言葉はいらん。契約の履行を以て礼と取る」
「分かってるって! 次にメアリスちゃんがログインするときまでに腕によりをかけてカッコいい翼付きの衣装作っておくからね!」
「分かっているならばそれでいい」
メアリスがリアルでは受験生で滅多にログインしないのはわりと有名だが、どうやらユーリは物で釣ったようだ。翼付きの衣装……これは『ケーサツ』あたりが数字のために躍起になるな。
会話に一段落ついたのか、メアリスはユーリとの会話を切り上げてこちらへと歩いてきた。ばさりと黒衣を翻すいつもの動作をした後に言う。
「お初にお目に掛かる。メアリスだ。卿の四方千里まで轟く悪名は予予。凶悪犯に加担するのは不本意だが、これが最期というなら引導を授けるのもまた一興。宜しく」
挨拶は謙譲から入ったのに、次の言葉は目上の者からの呼び方だ。多分用法が適切かという点よりも言葉の響きとかを重視しているのだろう。
ロールプレイに突っ込むのは無粋の極みだ。僕は努めて柔らかな笑みを浮かべて返礼した。
「どうも初めまして。君の七面六臂の活躍の報はかねがね。最期にこんな有名人に直接会えるなんて光栄だよ。……しかし悪名というのはご挨拶だな。まさか君ほどの人物が下衆の流した悪意ある風評を真に受ける凡愚とは思えないし、まぁ冗談だと受け取っておくよ。けどあんまり面白くなかったから、次はジョークセンスを学ぶといい」
和やかな挨拶もそこそこに、僕は差し出された右手を笑顔で握り返そうとした。手を引っ込められた。おや、何故だろう。
「……卿の異常な精神性については今更問うまでもないが、少し認識を誤っていたようだ。申し訳ない。悪に加担する、というよりは愚昧な偏狂の戲れに付き合ってやることで満足させて厄介払いする、という認識が正しかった。狂人の駄々に付き合うと聞いたときは同胞の頭を憂慮したものだが、なるほど英断だったようだ。徒花に終わらないよう精々手助けしてやろう。宜しく」
メアリスが痴呆の戯言としか思えない口上を垂れ流した後に手を差し出してきた。僕は手を引っ込めた。
「老婆心で言うけど、他人を見下すような発言は控えたほうがいいよ。親しき仲にも礼儀あり。親しくなかったら尚更だ。教養は学ぶだけじゃ意味がない。それを活かさないとね。君はそこが足りてないよ。少し難しかったかな? コミュニケーション取れてる? ユーモアってのは教科書と向き合うだけじゃ磨けないからね。難読漢字を読めても人の機微が読めない人間は大成しないよ? ここまで親切にアドバイスしてあげられるのは僕くらいだね。引退する前に忠告できてよかったよ。それじゃ、宜しく」
和やかなやり取りもそこそこに、僕は差し出された右手を笑顔で握り返そうとした。手を引っ込められた。おやおや。
「卿は」
「はいストーップ! 下らないことでマウント合戦しないで! 大人気ないよ二人共」
ユーリが和やかな挨拶に無理やり割って入った。放置されているのが気に食わなかったのだろうか。
ユーリにぐいぐいと肩を押されて僕と距離を離されるメアリスは、いまだに仏頂面でこちらを睨んでいたので僕は努めて柔らかな笑みを返しておいた。笑顔はコミュニケーションの潤滑剤だ。
「……ッ! わたし、あいつ、嫌い」
「うんうん、誰も好きな人なんていないから安心して。それよりメアリスちゃんはあいつらチャチャっとやっつけちゃってよ」
メアリスのことを適当になだめすかしたユーリが指差した方向からは、街の外でリスポーンした廃人連中と『ケーサツ』連合が徒党を組んでやってきていた。
廃人は雪辱を果たすため、『ケーサツ』連合は特ダネを撮るためだろう。懲りないなぁ彼ら。
メアリスはしばらく僕のことを睨んでいたが、ユーリに促されてか小さく鼻を鳴らすと渋々といったていで飛んでいった。ふん、まだまだ子供だな。
「まったく、子供みたいな真似しないでよ。見てて恥ずかしいったらない」
「節操なく抱きつこうとして転がされる人の言うことは重みが違うなぁ。闇魔法でもう少し軽くしてもらったほうがいいんじゃない?」
「……私も、あんた、嫌い」
「嫌いbotかな?」
「夫婦漫才してるところ悪いな。少し話を聞かせてもらおうか」
唐突に背後から掛けられた言葉にぎょっとして振り返る。そこにいたのは闇に抗うかのような白衣を纏った集団だ。
『検証勢』。その頭を張っているヨミさんが、こちらへと冷ややかな視線を向けていた。
メアリス! 早くきてくれー!




