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責任ドッジボール

「ライカン! ユーリ! ホシノ! 全員大人しく投降しろッ! 貴様らは既に包囲されている!」


 彼らはレッドネームたちのリスキルを粗方済ませて暇になったのだろう。淀みない動きで僕たちを遠巻きに取り囲んだ『ケーサツ』連合の頭であるショチョーさんが形式上のネゴシエートを開始した。

 警告するやいなや、プレイヤー達が一斉に数十丁の火縄銃の銃口を突き付けてきた。完全に殺す気じゃんね。こういうのって普通犯人を刺激しないように武器を隠すもんじゃないのか。


 なにか突破口はないか。ぐるりと周りを見渡すと、あっさんに額を打ち抜かれて気絶したままのシラギクが拘束されて連行される現場が目に入った。貴重な戦闘職がいなくなった……詰みかな?


 どうするか……大型爆弾を起爆すれば全員処理出来る距離ではあるが、肝心のモノがない。ユーリも持っていない。ホシノの幽世渡しをなんとかして奪えないだろうか。

 僕は一縷の望みを託すようにホシノを見た。あっさんによる安全装置なしジェットコースターの衝撃から何とか回復したホシノが、ぷるぷると両足を震わせながら立ち上がり吠えた。


「ざッ……けんな! なんで俺まで犯人みたいな扱いをッ!?」


 乾いた発砲音が二回響く。突然大声を出して暴れようとした凶悪犯は両膝を撃ち抜かれてドシャリと倒れ伏した。鮮やかな制圧の手腕。練度の程がうかがえる。


 土を舐めさせられたホシノは、それでも何とかして『ケーサツ』に抵抗しようと両腕で上体を起こそうとしたところ、頭部におかわりの一発をもらって腕立て伏せに失敗した人みたいになって潰れて死んだ。クソッ! 味方(たまよけ)が一人やられたッ!


「バカヤロウッ! ()()殺すなと言っただろうがッ! あいつは数字が取れるんだぞ!」


 そしてこのクズ発言である。真っ当な組織を装っただけの芸人集団の闇は深い。実行犯は『花園』なわけだし、司法取引持ち掛けて無罪放免を勝ち取れたりしないかな。


 揉めている『ケーサツ』連中を無視してユーリを見ると、なにやら苦い表情で虚空を眺めていた。配信でも見ているのか? 僕はダメ元でユーリへと問い掛けた。


「ねぇ、ここにいる全員にペナルティ押し付けることって出来ないの?」


「あれかなり疲れるし複数人になるとイメージが固まらなくて厳しいかな。そもそもこの人数は、ムリ」


「だよねぇ」


 むしろ出来たらヒく。ペナルティ押し付けの時点でバグみたいなもんなのに、無差別にプレイヤーを排除出来たらそれはもう新種のコンピューターウィルスみたいなもんだ。悪質に過ぎる。


「それより……少し時間稼げない? なんか面白い芸とかやって気を引いてよ」


「僕をなんだと思ってるのさ」


「貴様ら! 何をコソコソと喋っている!」


 ショチョーさんが手に持っている火縄銃を空に向けて発砲した。いよいよ交渉という化けの皮が剥がれて武力制圧の色が顔を出してきている。


 とりあえず撃たれたくないので両手を挙げた。ユーリも僕に倣って続く。

 こちらに抵抗の意思がないことを察したショチョーさんが凶悪な笑みを浮かべた。包囲するべきはソイツじゃないのか。


「ついに……ついにやらかしやがったなァ、ライカンよォ。見ろ! この惨状を! 随分と殺風景にしてくれたもんだな? こんだけやりたい放題やらかして、何か申し開きはあんのか!? えぇ!?」


 両手を広げて胸を開いたショチョーさんが臨場感たっぷりにこちらを糾弾する。随分とノリノリで楽しそうだ。

 開き直ってエンタメ方向に舵を切ったのだろう。『ケーサツ』も大概したたかだ。


「君らがいつまでもレッドネームと遊んでるから治安維持に協力してあげたんだよ」


「言いたいことはそれだけか? 傲慢と独善、それがテメェのやり口だ! あとは署で聞く……っと、署は爆破されちまったか、おい! 誰か素材と金持ってるやつ署を復旧しとけ! ンンッ。とにかく、あとでゆっくりと言い分を聞くとしよう。魔女ユーリ、貴様も付いてきてもらうぞ。実行犯が花園所属のプレイヤーであることは既に調べがついている」


「私達はライカンさんに脅されただけです。従わなければギルドハウスを爆破すると脅されました。私達は被害者です」


 は? 僕は自分の耳を疑った。

 おいおいここへ来て裏切りとかどういう神経してるんだこの女は。毒を食らわば皿まで。今更他人に責任をなすりつけるとか性根腐りすぎだろう。腹の中に蠅でも集ってるんじゃないか。

 三つ子の魂百までというが……ここまで汚い真似が出来るなんて生まれ落ちた瞬間から汚れていたに違いない。産湯にドブの水でも使ったのかな?


 ユーリの戯言を聞いたショチョーさんがますます笑みを浮かべた。交番の指名手配ポスターに載っていてもおかしくない顔で言う。


「ほう、ほう。だ、そうだが、真偽の程はどうなんだライカン?」


「僕はシリアに拉致されて脅されました。全部シリアが考えました」


 僕は全てうやむやにするためシリアに全ての責任を押し付けることにした。こうなればヤケだ。しっちゃかめっちゃかにかき回してから引退してやろう。


「うわ、ひどいな〜。シリアちゃんが聞いたら怒るよ?」


「だって本当の事しか言ってないし」


「おいおいここへ来て仲間割れかぁ? くくっ。醜いねぇ……。おう、見てるか! これが吹き溜まりの底の底! 見るに堪えねぇ濁りの(おり)ってやつだ! くっはっはァ!」


 泥沼化が進んでいよいよ収拾がつかなくなってきた。なんかもう強制ログアウトしようかな。

 そんなことを考えていたら今まで黙って見ていた廃人が輪に混ざってきた。


『先駆』の二番手と三番手。シンシアとフレイヤたん。先程までいた他の廃人達の姿はないようだ。


 ショチョーさんとの間を遮るように割って入ったシンシアが鋭い三白眼で睨みつけてきた。親の仇のような視線を寄越しながら言う。


「茶番は見飽きた。ライカン、ユーリ。言いたいことは沢山あるが、単刀直入に聞く。リーダーはどこだ」


 一触即発の雰囲気にあてられ、それまではしゃいでいた『ケーサツ』連合が黙り込む。猫被り状態のシンシアしか見たことがない人は若干引いているようにも見える。残念ながらこれが素なんだよね。


 シンシアはあっさんの行方が気になるようだ。それこそ演技を忘れるほどに。

 あっさんは一人先行してここへ来た。ホシノからタレコミを受け、誰よりも早く駆け付けてきた。

 そのあっさんがこの場にいない。街の中にも見当たらないとなると、シンシアは僕達があっさんをキルしたと疑っているのだろう。ユーリがペナルティの押し付けをしたことに勘付いていてもおかしくない。


『先駆』の連中にとってあっさんは象徴のような存在だ。常に人の先を往き、けして他人の後塵を拝することはない。そういう看板を背負った存在。

 それが後塵を拝するどころか土を付けられたとなると穏やかではいられないのだろう。剣の柄に掛けられた手は、ともすれば命を狩るために躊躇いなく振るわれることは明白だ。


 セクハラペナルティ押し付けて強制ログアウトさせましたと素直に答えたら、その瞬間僕たちはシンシアとフレイヤたんに斬り捨てられるだろう。

 はてさて、どう答えるのが正解か。考えたけどどうあっても斬られる未来しか見えなかったので僕はユーリに丸投げすることにした。


 ユーリに顔を向け、お前が答えろと言外に促す。ぎょっとした表情を浮かべたユーリは抗議の声を上げようとしていたようだが、シンシアが苛立たしげに鞘を鳴らしたのを見て思いとどまり、わざとらしく一つ咳をして口を開いた。


「あ〜、あっさんね〜。うーん……シンシアちゃん、答える前に一つだけ聞いてもいい?」


「……チッ。なんだ」


 ユーリの茶を濁すような回答に、キャラを取り繕うのを忘れたシンシアが舌打ちをした。多分カメラ回ってるけど大丈夫なんだろうか。


「さっきまでいた先駆のメンバーがいなくなってるけど、あの人達はどこに行ったの?」


「知れたことを聞くな。テロ行為を繰り返す花園の残党狩りに決まっているだろう。レベルが下がってても文句は受け付けないぞ。お前らはそれだけ馬鹿なことをした。……さぁ、吐け。リーダーは、どこだ!」


 シンシアとフレイヤたんが気勢を上げるとともに剣を抜き放った。鈍く光る切っ先が僕とユーリの眉間を捉えている。この近距離……二人の腕を鑑みると僕ら二人をキルするのには一秒もかからないだろう。


 どうする気だ、ユーリ。さっきの質問の意味は何だ。何が知りたかった。本当の目的は何だ。


 ユーリが手を叩いた。乾いた音が響き、周囲が水を打ったように静まり返る。


「……!」


 突然の奇行にシンシアが眉を顰め、フレイヤたんが一歩距離を詰めてきた。


 衆目を集めたユーリは穏やかな笑みを浮かべた。軽く釣り上がった口角。下がった目尻。作ろうと意識しなければこういう表情にならないわざとらしい笑みだ。


「十九時。ようやく、時間が来た。私の計画なら余裕で間に合ってたはずなのに、誰かさんがボロ出したから予定狂っちゃったよ〜」


「何だ! 何の話をしている! 質問に答えろ!」


 はぐらかし続けるユーリの態度に業を煮やしたシンシアが剣を突き付けたまま歩み寄ってくる。わりと本気でキレているらしく、いつ斬られてもおかしくない。

 一人だけ状況を理解していて余裕ぶっているのが気に入らないのだろう。僕も気に入らない。


 なにせ、計画に加担している僕ですらユーリが何を言っているのかわからないのだ。十九時。間に合う。何の話なのか。そんな話は一切聞かされていない。


 僕の疑問を察したのか、手品の種明かしをするような得意げでわざとらしい顔をしたユーリが朗々と解説を始めた。


「万が一情報が漏れたら大変なことになると思ったから全員に秘密にしておいたんだよねぇ。実は今回の計画には特別ゲストを一人呼んでるの! ダメ元だったんだけど、ちょっと本気のお願いしたら快諾してくれたんだよね〜。ねぇ、シンシアちゃん。あれな〜んだ?」


 ユーリが空を指差す。場にいるプレイヤーが催眠に掛けられたかのように指の先を追った。


 そこにあったのは月に似た衛星。それを背に浮かぶ影。逆光を従えた一人のプレイヤー。

 先程のあっさんと状況が似ているが、最大の違いはその影が空中で静止していることだ。浮遊。その現象を自在に操れるプレイヤーは唯一人。


「まさか……メアリスか!」


 誰かが叫んだその言葉は、とあるプレイヤーの名前だ。

 圧倒的な強さを誇るあっさんが、それでも準最強の位置に甘んじている理由。『先駆』の全プレイヤーを相手に無傷で勝利を収めた正真正銘の最強。


 闇魔法。運営が用意した公式のシステムを、誰もが発動できなかったシステムを、唯一使い熟すことに成功したイレギュラー。プレイヤーネーム、メアリス。


 地上に咲いた華の光が、数多の命を刈り取ってきた得物の鎌と少女の姿を照らし出した。

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