あ
あというプレイヤーの、他を圧倒する強さは三つの要素によって成り立っている。
一つ目はレベル。
戦闘職のレベル20というのは一つの到達点であり、また出発点でもある。
レベルが上がると基礎能力が上がる。敵の攻撃を耐えられるようになったり、より少ない攻撃で敵を倒せるようになったりと、一般的なRPGのレベルアップと大差はない。
しかし、それがVRゲーム、とりわけNGOになると話が変わる。レベルが上がるとほんの少し疾く動けるようになるのだ。そして、そのほんの少しが積み重なるとそこには圧倒的な差が生まれる。
よっぽど技術に差がない限りは、レベルが5も開けば勝負を覆すのは難しいと言われている。
現状判明してる必須スキルの【踏み込み】と【空間跳躍】は誰でも取得できるので、あとは立ち回りの問題となる。基礎スペックが低いよりは高いほうが有利なのは当然の帰結である。
レベル20が出発点と呼ばれるのは、フルスペックでどれだけ立ち回りを極められるかが対人のモノを言うからだ。理論上、レベル19以下は最強にはなれないのである。
レベル20最速到達者のあっさんは、それだけ多くの時間を研鑽に充てられたということだ。小手先の技術で覆せるほどその地盤は脆くない。
二つ目はVR適性。
プレイヤースキルやセンスと言い換えても間違いではない。NGOでは現実と大差ない感覚でアバターを動かせるが、それは現実の感覚に引っ張られているとその程度の動きしか出来ないことを意味する。
特にスキルを織り交ぜた動きは現実では到底不可能な動きであるため、物理法則の枷に囚われているといつまで経っても上達しない。
VR適性が高い人達が初心者に向けて指南する動画では、上達のコツは俯瞰視点と自己暗示であると解説されている。アバターを現実の自分から切り離した上で、超人的な動きが出来るのはゲームなんだから当たり前だと強く思い込むのが肝要らしい。
個人的には意味が分からないのだが、その理論が一定の効果をもたらしているのは事実だ。
VR適性が高い人らは、あまりにもそれが当たり前になりすぎたため、現実で【空間跳躍】をしようとして体勢を崩したというあるあるネタで盛り上がれるという。笑えないよ。
そんなVR適性の高さは立ち回りの幅を広げることにも貢献する。スキルの連続発動は疲労という形でアバターに影響をもたらすのだが、それは反復練習による慣れと適性の高さでカバーできる。
アバターの動きを呼吸のように御する廃人達やシリアなどは、デタラメに動き回ってなお息一つ乱さない。それは取りも直さず継戦能力の高さに直結する。
スキルの発動で疲れているようでは、戦いの土俵にすら立てないのが現状なのだ。
適性の高い低いは生来の体質によって変わると言われている。従来のゲームの3D酔いと同じだ。苦手な人はとことんまで苦手なのである。
そういった意味で、高い適性を持つあっさんは非常に恵まれていると言える。それは望んでも手に入らない資質だ。12時間連続ログインや、狩りと睡眠の同時進行など、本当に人間なのか疑わしい生態をしているあっさんの適性の高さは天井知らずだ。AI説が囁かれる所以である。
三つ目はあっさん独自の戦闘法。
廃人ステップやラグスイッチと呼ばれるそれは、他のプレイヤーが誰一人として再現に成功していないバグのような技だ。
電波状況が悪い時の映像のようにブレた手脚は、常人では不可能な動きを可能にする。
ブレた脚は攻めの起点となる動きを読むことを許さず、次の行動の予測を困難なものにする。僅かでも反応が遅れたら、待っているのはポリゴンになる未来である。
かろうじて反応できたとしても、ブレた腕が繰り出す悪辣な軌道の剣閃は甘えた見切りや回避を許さない。残像を生んだ剣先はその全てが判定を有しており、対人のセオリーをそのまま流用した動きをしていると、甘い認識ごとバッサリと切り捨てられることになる。
はっきり言って反則に近い。他の廃人達をして勝てる気がしないと言わしめるほどに強力だ。嫉妬のあまりツール使用を疑われるほどに隔絶した力。
戦闘風景を映した動画のコメント欄が『人間辞めてる』『動きキモすぎ』などの罵詈雑言で溢れるほどの見た目の悪さを除けば、間違いなく理想に近い戦法である。
この三つの柱があっさんを今の地位へと押し上げている。
キャラクリも、名前すらもおざなりにして誰よりも早くこの世界に降り立った男。サービス開始以来、常に人より先に立ち続け、未知の景色を見続けた男。先駆者。
その男が本気を出した結果、平均レベル17の『花園』の戦闘職が十人から三人に数を減らしていた。彼女達はけして弱くなかった。全員が初期の殺伐とした環境を切り抜けてきた古参であった。
ただ、相手が悪かった。その一言に尽きる。
それは戦闘開始から一分すら経たない間の出来事であった。
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「くふっ! あっははははははぁ!」
テンションブチ上がったシリアが哄笑を上げながらあっさんの背後から斬りかかった。足止めという自身の役割は完全に頭から抜けているようだ。完全に殺る気の特攻である。
大声を上げながらでは奇襲など成り立つはずもなく、背後を確認すらせずに最小限の動きで躱したあっさんは振り向きざまにお返しの一振りを見舞った。ブレた剣先。幾重に走る剣閃が安全地帯を削り取り、躱してからの反撃という択を塗り潰す。
シリアの長所は短い得物を活かした取り回しの良さであるが、それは敵の懐に飛び込まなければならないという短所も兼ねる。深く踏み入った分、攻撃を外したらそこは瞬く間に死地へと変わる。
【踏み込み】を使用したバックステップでの高速離脱。大袈裟なまでの回避だが、それをしなければ追撃で斬られていただろう。
あっさんは大幅に距離を離したシリアを追わなかった。振り抜いた剣を勢いそのままに投擲し、攻めの機会を窺っていた一人に不意打ちの一手を打った。
完全に虚を突かれたプレイヤーは咄嗟に半身になってその剣先から逃れたが、標的から視線を外すという失策をしでかした。
剣の軌道が直角に曲がる。腹から剣が生える。その顔に映るのは驚愕だ。何故、避けたはずなのに、と心の叫びが聞こえるかのようだ。
なんのことはない。投げた剣に高速で追いついたあっさんが柄を掴んで強引に軌道を曲げただけである。
数多の場数を踏んできたことで研ぎ澄まされた嗅覚が馬鹿げた奇策を妙手へと昇華させる。腹を裂かれたプレイヤーは大量のポリゴンを撒き散らし、やがてぐったりと四肢を放り出した。
楔となっていた剣が引き抜かれると、身体が重力に従ってどちゃりと血溜まりへと倒れ伏す。あと数秒もすればポリゴンへと変わるだろう。
まるで作業のように命を刈り取る様は死神を彷彿とさせた。これで残るはシリア含め三人。圧倒的すぎる。本物の化け物だ。
「せっ!」
ちょうど死角の位置にいたシラギクがあっさんの背に向けて細剣を突き出した。椀型の鍔とナックルガードがあしらわれたレイピアの刺突。【踏み込み】の勢いを纏ったそれは放たれた矢の如き鋭さだ。
しかし、読まれている。地を蹴る音でも拾ったのか、それとも陣形から予測したのか。
あっさんは未来予知じみた動きで攻撃を見もせずに躱してみせた。【踏み込み】を使用した左脚で地を蹴り、右脚を軸にした半回転。あまりにも早すぎる。優れた平衡感覚と体幹、そして肉体の制御力。どれか一つでも欠いたら成立しない絶技。
あっという間に攻守が逆転した。予知と最適な体捌きによる強引すぎる主導権の奪取。
円運動の勢いそのままに繰り出された刺突がシラギクの無防備な姿勢の身体へと迫る。一撃必殺の勢いを乗せたシラギクの一撃は、外せばそのまま後隙に繋がるということだ。
後退は不可と悟ったのだろう、シラギクは自身の刺突の余勢を駆って前方へ飛び退くことを選んだ。大きく体勢を崩すことになったが紙一重で躱し――きれなかった。
ブレた剣先。本来は点の攻撃である刺突が、あっさんの手に掛かれば面制圧へと変貌を遂げる。最小限の回避を許さず、悪手を無慈悲に摘み取る死神の刃。
肩を裂かれたシラギクが端正な顔を歪ませて悪態をつく。
「なんて、インチキっ!」
今の当たってないだろ、というゲーマーなら誰しもが感じたことのある理不尽を能動的に押し付ける外法。ラグスイッチ。
その悪辣さは一方的な試合展開を可能にする。あまりにも強いため、口さがない者からバグ使いやツール使用者などと揶揄されるほどだ。不正を疑われているのを見ても同情する気になれないほどに強い。いっそ嫉妬する気にもならない。
地に倒れ伏したシラギクはもはや風前の灯かと思われたが、しかしあっさんは追わなかった。音もなく飛来した投げナイフをひらりと躱し、続くシリアの短剣の一撃を後ろへ跳んでいなす。
まるで背中に目が付いているかのような戦い方。経験則の為せる業。それは、シリアなら確実に隙を突いてくるだろうというある種の信頼から来る決め打ち。全ての歯車がガッチリと噛み合って生み出される結果。
最適解を選び続けた結果、戦闘が情報の照合に成り下がる。それはプレイヤーを相手にしても同じことが言えた。
であるならば、なぜ後方へと跳躍したのだろうか。そこは踏み入るのを躊躇うほどの地雷原だ。
着地先で残るもう一人のプレイヤーが剣を振りかぶっている。裂帛の気合とともに唐竹割りが振るわれた。回避は――間に合わない。
明らかな失着。振り向きざまに徒手の左手を振り抜いて剣を弾いたものの、浅くない傷を負うことになった。赤いポリゴンが舞う。傷の代償はパフォーマンスの低下だ。どれほどの身体制御力を持っていても抗うことのできないシステムの枷。それが嵌められたとき、勝敗は容易に傾く。
これで有利になったはずなのに、やったという実感よりも、何故という疑問が先に来た。あっさんが陣形を把握していないはずがない。なぜわざわざ窮地に飛び込むような位置取りをしたのか。傍目からは油断しているようにしか見えない。
ブレた剣先が歪な弧を描く。渾身の唐竹を逸らされ地を叩いた無防備な身体へと斬撃が吸い込まれる。傷を負ったはずなのに、肉体に負荷が生じているはずなのに、その技の冴えはいささかも衰えていない。一撃で絶命に至らせる凶刃は今なお健在で、存分に猛威をふるい新たな屍を一つ積み上げた。
何故。驚愕の表情を浮かべたプレイヤーへ、まるで見せつけるように雫が滴った。
それは傷を瞬時に癒やすポーションの雫だ。一体いつの間にインベントリを操作したのか。タイミング的に……後退の跳躍時か。剣を弾いた左手は、無手に見えてその実、回復用のポーションを握っていたのだろう。
死地にこそ活路を見出す冷徹に過ぎる戦闘勘。被弾すら計算に入れた自身を囮に放つカウンター。
相手にとって都合のいい位置取りは餌だったのだ。反射的に飛びつかずにはいられない本能を刺激する疑似餌。甘い香りで敵を誘い捕食する食虫植物のような狡猾さまで持ち合わせている。
単純なスペックの高さに加えて、瞬時の閃きをものにする勝負強さ。この牙城は……正攻法では崩せない。
傷を回復したシラギクとシリアが並び立つ。その表情は双方とも険しい。もう少し善戦出来るはずだったのに、と心の声が聞こえてくるようだ。
対するあっさんは幽鬼のようにゆらりと向き直った。浮かぶのは機微を読ませぬ無表情。あれだけ派手に動いて息のひとつも乱れていない。
あっという間に九人を葬り、しかしその所業は無人の野を往くが如し。二人が突破されるのは……時間の問題だろう。
僕は隣にいるユーリを横目で見た。
あっさんを止める策がある。彼女はそう言った。この作戦はその言葉を元に成り立っている。
まだか。まだなのか。焦れる気持ちを抑えていると、ユーリは両の手で身体を掻き抱き、俯きながらブツブツと言葉を吐き出した。
「あぁ……許せない……許さない。私の可愛い子たちを……よくも。汚い。悍ましい。嫌。嫌。嫌! 蟲。汚物。腐ってる。やめて、来ないで、あっちにいって! 『私に触らないで』」
ユーリは震えるような声色で呟いた。真に迫る様子はまるで悪漢を前に怯え立ち竦む生娘のようだった。
あっさんが目を見開き、グリンと首をこちらへ向けた。能面を貼り付けたような顔が、今までに見たことがないほどに歪んでいく。忌々しいものを見るように牙を剥き、憎悪を孕んだ声色で吐き捨てた。
「魔女……ッ! 今すぐ、それを、やめろッ!」
かつて無いほどに激情を露わにしたあっさんが、轟音と土煙が発生するほどの勢いでこちらへと踏み込んだ。




