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チェリーピッキング

 シリアがゆったりと右腕を上げた。見せ付けるように、注目を集めるように、胸の辺りで水平になるまでゆったりと。

 指先にユーリの視線が釣られたのを確認すると、親指と中指を合わせた指を鳴らす寸前の形に整えた。そのままゆったりと腕を右に伸ばす。そこにあるのは僕が左手で抱えている大型爆弾の導火線だ。


 俄にざわめき出した取り巻きのプレイヤーたちを一瞥して牽制し、視線をユーリに戻したシリアが低い声で唸る。


「ブッ壊すぞ」


 それはそうなる。


 頭のおかしい要求を突っぱねられたユーリは、しかし余裕の笑みを崩さない。闘牛士のようにスクール水着をひらつかせて更に挑発した。


「シリアちゃんのその怒りっぷりからすると誰かにキルされちゃったんでしょ〜? 下がったレベルは一つ? 二つ? それ以上? ……二つだね、分かりやすいな〜。そんなにレベル下がっちゃったのに、自爆特攻なんてして更にレベルを下げるような真似、シリアちゃんならしないでしょ?」


「……さぁ、どうだろうねぇ。ヤケになったらやらかすかもよ?」


「絶対にしない。そのくらい分かるよ。これ以上レベルダウンして能力が下がったら、それは付け入る隙になる」


「……」


「シリアちゃんは沸点低くて喧嘩っ早いけど、一時の感情で未来の可能性を摘むほど愚かじゃない。違うかな〜?」


「……チッ」


 えぇ……まるで脅しが効いてないじゃん。むしろ説き伏せられてるし。そういうところだぞシリア。そんなんだから雑魚狩り専門感が拭えないんだ。


 舌打ちして拗ねたように視線を切ったシリアは投げやりな態度で爆弾に添えた指を元に戻した。

 舌戦に敗れたシリアを見て取り巻き連中が活気付く。テロがただの虚仮威しであると見抜かれたからだろう。得物に手をかける者が出始めた。これは交渉失敗かな?


「……まあ、たしかに私は爆破する気は無かったけどさ、ライちゃんはどう動くかわからないよ? 理屈で測れるタマじゃないしぃ?」


 え? そこで僕に振るのかよ。そういうのは事前に打ち合わせしておいてほしいものだ。

 非常に雑なフリだったのだが、なぜか一定の効果を発揮したらしく、気色ばんだ取り巻きが一瞬で意気消沈して後ずさった。どういうことさ。


 なにやら両者の間で誤解があるようなので僕は弁明することにした。


「僕がそんなトチ狂ったことするわけないだろ。そっちから手を出さない限りは、だけど」


 僕は僕が平和主義者であることを高らかに宣言した。

 ここへ来て初めて発言したからか、ユーリの注目がシリアから僕へと移った。視線が僕を捉えた途端に浮かべていた笑みがストンと消えて眉間に皺が寄り、目から光が消えていく。まるで何か汚いものを見るような反応だ。失礼すぎるでしょ。


「ライカン……癇癪玉……展覧会での恨みは片時も忘れたことはないわ」


 そして開口一番恨み節である。嫌われているとは聞かされていたが、どうやら本当に僕と『花園』の間には何かしらの因縁があったらしい。

 しかし展覧会、展覧会とは。まずいな、全く記憶にない。いつの話のことなのかも覚えていない。


 さてどう返したものかと思案していると、心当たりが無いことを察したのであろうシリアが助け舟を出してきた。


「ほら、あれだよあれ。四月あたりに開催されたユーザーイベント。生産職が自慢の一品を持ち寄って一位を決めようっていう企画があったでしょ?」


 あー、あれか。懐かしいなぁ。あれは確か……僕が初めて大型爆弾を披露した晴れ舞台だったな。


「あれのことか、思い出したよ。だけどおかしいな。僕は特に恨まれるようなことをした覚えはないんだけど?」


 僕は首を傾げた。あのユーザーイベントは確かに大きな被害をもたらしたが、僕も被害者のうちの一人だ。責められる謂れはない。


 そのはずなのだが、なぜか謁見の間はヒートアップしていき、注がれる視線が更に厳しいものへと変化していく。一体何だというのか。

 疑問に思って更に首を傾げると、シリアがヘラヘラとした笑みを浮かべて肩を叩いてきた。


「いやぁ、やっぱライちゃんには敵わないなぁ。平然と逆鱗に全力パンチ叩き込むんだからー」


「? 意味わからないよ。事実を言ってるだけだし」


「あなたのせいでッ! 私達が丹精込めて作った作品が全てロストしたのを忘れたんですのッ!?」


 とうとう堪えきれなくなったのか、シラギクが顔を真っ赤にして叫んだ。

 VRのシステムは特定の感情に応じてアバターに変化をもたらす。比喩ではなく真っ赤になった顔は強い怒りの発露を表している。


 だがその怒りを僕に向けるのはお門違いというやつだ。僕は彼女の認識を正すべく口を開いた。


「僕のせい、っていうのは違うよ。あれは……名も知らぬ悪質なプレイヤーのせいだ。爆弾に着火したのはそいつであって、僕じゃない。僕は寧ろ被害者だ」


 生産職向けのイベントということで、火薬師である僕も大型爆弾を持参して参加した。特殊爆薬調合で威力を高めた自慢の逸品だった。

 それを見た通りすがりのプレイヤーがケチをつけてきたのだ。見た目だけじゃ威力のほどはわからない。いつもの爆弾を少し大きくしただけ。そんな感じだ。


 だから僕は説明したのだ。この爆弾なら周辺一帯を更地にできる威力があるはずだ、と。それはもう懇切丁寧に。

 するとどこからともなく現れたレッドネームプレイヤーが面白がって僕の爆弾に着火したのだ。


 吹き飛ぶ会場。ポリゴン爆散するプレイヤー。灰へと帰る展示品の数々。僕の力作はその猛威を遺憾無くふるい、結果としてイベントはポシャった。忘れたい出来事だったのですっかり記憶から抜け落ちていたよ。


 そんなわけで僕は無駄に大型爆弾を一つ消費してしまったのだ。参加者は全員展示品をロストしたかもしれないが、失ったのは僕だって同じなのだ。

 これを被害者と言わずして何と言うのか。僕は逆恨みを隠そうともしない『花園』プレイヤーにこんこんと諭した。


「そんな屁理屈ッ! 大体、そんな危険物を持ち込むこと自体が非常識だと思わないの!?」


「危険物? そんなこと言ったら武器を展示してた人はどうなるのさ? 通りすがりの頭のおかしいプレイヤーがその武器を手にとって暴れたら、シラギクは作品を展示してた鍛冶師に文句をつけるの? たしか武器を展示してた花園プレイヤーもいなかったっけ?」


「ぐ、ッ! ひ、被害規模の問題とか……」


「それは誰が決めたの? 裁量権は花園にあるの? 結局感情論だよね? 手頃な悪者を一人仕立て上げて、仲間内で叩くことで溜飲を下げようってわけだ。汚いなぁ。やり口が汚いよ。それは世間一般では八つ当たりっていうんだ」


「っッ! ッッ!!」


「まぁ落ち着きなよ。そんなカリカリしてたらエモーションペナルティに引っ掛かっちゃうよ?」


 僕は顔を真っ赤にしてぷるぷる震えているシラギクに向かって努めて穏やかな笑みを浮かべた。対話は落ち着きが大事だよ。ほら、カームダウンカームダウン。


 和平に向けて話し合いを続行しようとしたところ、隣で黙って聞いていたシリアが唐突に割り込んできた。


「はーいライちゃんストップー。そろそろ冗談じゃ済まされなくなってきちゃうから止めようねー」


「冗談? 僕は別に」

「はいはい黙って黙って。そろそろほんとに敵対しちゃいそうだから!」


 まだお互いに意見の食い違いが残っているのだが、誤解を解く前にシリアに有耶無耶にされてしまった。

 何故か険悪になりつつある空気の中をシリアが歩み出た。先程あっけなく言い負かされた雑魚狩り専門が一体何をしようというのか。


 相変わらず僕に向けて注がれているユーリの険しい視線を遮るように立ち位置を変えたシリアは、二拍手を打って注目を集めると自信たっぷりに言い放った。


「さっきのユリちゃんのふざけた条件は呑めない。けど、花園プレイヤー全員が納得する条件が一つ提示できる」


「……ふぅん。なぁに、シリアちゃん?」


 勿体ぶるように一呼吸おいた後、半身になって僕を手のひらで指し、嘘くさい笑みを浮かべて言った。


「作戦成功の暁には……ここにいるライちゃんは引退しまぁす! 本人から言質は取ってあるよぉ。二度とライちゃんの被害に遭わなくて済む! どうかな? 協力する気になってくれたかなぁ?」


 堂々と何を言ってるんだこの狂人は。馬鹿じゃないのか。僕はシリアの頭の中が心配になった。

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― 新着の感想 ―
主人公すごいなサイコパスちゃんが時折常人にすら思える
[良い点] とんでもねえストレート放ってて笑う。『正論は時に人を傷付ける。僕は気を使える人間なのである』とはなんだったのか。
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