混ぜるな危険
シリアはキレていた。人の神経を逆撫でするヘラヘラとした嘘臭い笑みを常日頃から浮かべているのだが、それが今は鳴りを潜めている。口元こそ笑みの形をしているものの、目が一切笑っていない。
VRのシステムに据わった目を表現させるとは一体どのような混沌を脳内に飼っているというのか。サイコパスの名をほしいままにする実績の数々は伊達ではないらしい。
フゥゥーと威嚇する獣のように息を吐き出して言う。
「銃器解放。いやーほんとに厄介なことしてくれたよねー。あはは。雑魚どもがさぁ、物陰に隠れてパスパスとしつこくってさぁ。弓程度なら避けられるんだけど、火縄銃で立て続けに弾幕張られるとさすがに厳しくてね。レベルが二つも下がっちゃったよぉ」
軽い口調に反し、ドロドロとした呪詛のように吐き出される言葉。
キルされたら執拗な粘着を繰り返すことで名を馳せるシリアが短時間に二度もキルされた、と。なるほど、この荒れように得心がいった。
「それは、大変だったね」
僕は適当な相槌を打って茶を濁した。
今のシリアは空気の代わりにストレスをパンパンに詰め込んだ風船みたいなものだ。下手につつくと破裂して僕に災難が降りかかりかねない。
まかり間違っても「シリアだってあっさんに勝てない雑魚だよね」とか「あっさんなら同じ状況でも無事切り抜けてそう」などと言ってはならない。正論は時に人を傷付ける。僕は気を使える人間なのである。
何かを見透かそうとするような視線を浴びること数秒。
まぁいいや、と前置きしたシリアが続ける。
「一番クソなのはさ、一発撃ったらゴキブリみたいにコソコソ逃げ回る奴しかいないことなんだよねー。物陰大好きで陰湿なところもゴキブリそっくり。そんな奴らが群れを成してるの。一匹見たら百匹ってやつ? そんなところまで真似しなくてもいいでしょ」
シリアも陰湿さでは負けてないよねという言葉が喉まで出かかったけど気合で呑み込んだ。僕は気を使える人間なのである。
「銃が解放されたばっかりだからね。みんな試し撃ちしたいんじゃない?」
「誰が撃っても頭に当たればキルが取れるってのは雑魚にとって魅力的なんだろうねー。まぐれでしか活躍できない雑魚が好みそうな武器だよぉ。……ほんと厄介な武器。だれが余計なことして解放したんだろ。殺さなきゃ」
「廃人トップスリーらしいよ。風の噂で聞いた話だけどね」
僕はかつてのパーティーメンバーを売り渡した。かの廃人三人組ならシリア程度なら撃退できると踏んでのことだ。これが一番被害が出ない方法なのである。
「……あっちゃんはいつか倒す」
「人間やめないと無理じゃないかな」
眠りながら経験値稼ぎをしている異常者を僕はあっさんしか知らない。彼の特異性はVR適性の一言で済ませられる領域にないのだ。
僕の言葉に眉を顰めたシリアであったが、思うところがあったのか特に何も意見することなく続けた。
「まあ、そのことは置いといて、さっきも言ったんだけどライちゃんに頼みたい事があるんだよね」
「ここら一帯を更地にしたいって話? 随分と物騒だけどどうしたのさ」
「コソコソと隠れまわる場所を無くしてやれば少しはやりやすくなるんじゃないかなーって。正直、現状ちょーっと厳しいんだよねぇ。高低差、遮蔽物、建物内からの奇襲。これだけ相手に有利な条件が揃ってると、まぐれで遅れを取りかねない」
まるで自分がキルされたのは偶然だと言いたげだ。だけどまぁ、一理ある。
シリアの強みは読みづらいでたらめな軌道から繰り出されるヒットアンドアウェイだ。動き回る性質上、物量による面制圧を仕掛けられると弱い。
下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるというが、狙い撃つよりもむしろ下手な鉄砲のほうが有効打になる可能性すらある。銃器を持っている者同士で固まっている現状はやりにくい事この上ないだろう。
そこで僕を拉致して協力させようとしてるわけだ。
ちらりと顔を窺うと、鋭い三白眼がこちらを睨めつけていた。目は口ほどに物を言う。VRでは尚更だ。
VR空間内で身体制御を極めると、意図しない限りアバターは能面のような顔になる。無駄を極力まで省いた結果、現実のように感情に引っ張られるということが無くなるからだ。
シリアの身体制御力は今更疑うべくもない。その彼女が分かりやすく感情を表に出している。
『断ったらどうなるかわかってるんだろうな?』
アテレコするとしたらこんな台詞だろうか。筋モンかよ。
しかし、こちらとしても断る理由はない。僕は努めて柔らかな笑顔を浮かべて言った。
「奇遇だね。僕も丁度レッドネーム達に粘着されてて何とかしたいと思ってたんだ。今日は一段としつこくて困っててね。協力するのは……やぶさかじゃないよ」
「あぁ、やっぱり。PK依頼スレに名前が挙がってたから被害にあってるんじゃないかと思ってたんだよねー」
ちょっと待って。なにそれ。そんな野蛮な文化があるの?
このゲームプレイヤーの闇の深さは運営死ねスレとかいう存在で知ってたけど、そんなスレまであるとは思わなかったよ。どこまで底が深いんだこのゲーム。
「ライちゃんがレッドネームプレイヤーの居所を嗅ぎ回ってるから念入りに殺してくれって依頼されてたよ? おおかた情報屋から力尽くで情報を掠め取ろうとして、その報復で依頼されたんじゃない?」
「僕を何だと思ってるのさ。僕はそんな強引な手段を使ったことはないよ。しかし……あの情報屋、やけに協力的だと思ったらそういうことだったのか」
悪の駆逐に協力するふりをしてその実、裏で悪と繋がっていたわけか。許し難き二枚舌。僕は件の情報屋を制裁リストに記銘した。
「まんまと一杯食わされたってわけだねー。んじゃあお互い協力しようよ。ライちゃんの爆弾で北西区画をある程度更地にしてくれればこっちもやりやすくなるし、そのプレイヤーもポリゴンに変えてあげるよぉ」
シリアが短剣を手のひらで弄びながら言った。不敵な笑みから自信のほどがうかがえる。
なるほど、正義のギブアンドテイクというわけだ。
建物がある程度損壊すると土地は更地になり、復旧にはカネと鉱石、木材などの物資がいる。そう簡単に立て直せないだろう。そこを突いてキルして回る腹積もりか。
僕の素人考えでは、ある程度の遮蔽物があったほうが動きやすそうなもんだが、平地で多数を相手取って勝つ気でいるのは自信の表れなのかやけくそなのか。
何にせよ、僕の代わりに制裁を加えてくれるならば言うことはない。問題があるとすれば、それは、シリアの要求だ。
「北西区画、ってことはざっくりした計算で街の四分の一ってところかな。その程度でいいの?」
僕の言葉に反応してシリアの目が大きく見開かれる。まるで信じられないモノを見たような表情。窄まった瞳孔が狂気を湛えて赤く光る。
ひくりと口の片端が震え、そのまま歪な笑みの形を作った。小さく呼気を漏らして言う。
「西側半分、やっちゃう?」
僕は努めて柔らかな笑顔を浮かべた。それだけで相通ずるものがあったらしい。
子供が見たら泣き出しそうな凶悪な笑みを浮かべたシリアが、興奮か、あるいは歓喜のせいか嗄れたような声を出した。
「もしかして、全部?」
「少し……荒れ過ぎたんだ。もはや人に理性を求むるべくもない。シリア、僕は引退すら見据えてる。悪を滅ぼす正義の光を焼き付けるためなら、僕がこれまで積み上げてきた全て、賭けることに些かの躊躇いもない」
「あはっ! あっははは! 最ッ高!」
哄笑したシリアが凶相そのままに手を差し出してくる。共闘の申し出。僕は一も二もなくその手を握り返す。
「素敵な花道を用意してあげる」
「正義の光を奴らの脳裏に焼き付けよう」
ゴミのようにマナーが打ち捨てられ、当然のような顔をして悪が蔓延る街を救うため、ここに過去の因縁を超克した同盟が成立した。
引退式は華々しく飾ると決めていたんだ。精々豪盛に行こうじゃないか。




