災厄の引き金をフルオートで
このゲームがクソと呼ばれる理由の一つにNPCの不在がある。
NPC。ノンプレイヤーキャラクターの略であり、主にプレイヤーが操作していないキャラクターを指すことが多い。
ゲームにおいてNPCは大小様々な役割を持たされる。
村の入口に立って村の名前を主人公に紹介するだけの端役から、世界を滅ぼそうと画策して主人公に倒される悪の親玉まで、例を挙げればきりがない。
ストーリーの根幹に深く関わる者もいれば、一切口をきくことのない背景としての扱いの者もいる。武具やアイテムなどを扱う商店や各種施設の店員として配置され、システムの窓口としての役割を果たすだけの者だっている。
扱いの程度に差はあれど、ゲーム内の世界に興を添え、奥行きと深みを生み出すという点においては共通している。自由度の高いゲームではNPCはプレイヤーの選択肢一つで善にも悪にもなる。
人の手によって事前に組まれたAIは時に人以上の情緒を帯び、綿密に練られたシナリオの後押しを受けてNPCは一個の存在となる。
世に名作と謳われるゲームは数あるが、魅力的なNPCの存在がその一角を担っているのは言うまでもないだろう。
NGOにはNPCがいない。その理由については公式が発信しているわけではないが、プレイヤー間では様々な憶測が立てられている。
運営一押しの世界観を壊さないための措置という説。
MMOという、中身の入った人と人との交流がメインのゲームには不必要として切り捨てた説。
現時点ではオミットされているだけで、アップデートやプレイヤーの行動で順次解放されていく説。
諸説ささやかれているが、一番有力なものは『NGOの技術力をもってしてもVRではまともなNPCを作れなかった』という説である。
VR以前のゲームでは、あらゆるキャラクターは液晶という物理的な壁を挟んだ"向こう側"の世界に存在していた。それは自身が操作するキャラクターも例外ではなかった。
その壁を取り払ったのがフルダイブ型VRシステムである。
プレイヤーの意識をゲーム内に飛ばすというシステムはそれまでの常識を根底から覆し、瞬く間に話題をさらった。
がしかし、ゲームプレイヤーのシェアを覆すには至らなかった。情勢は未だに液晶型のゲームに軍配が上がる。
その理由は様々あるが、一言で纏めるならば『クオリティ不足』であった。
水中で動いているかのような操作感。
世代を遡ってしまったかのような荒いグラフィック。
見切り発車で作成された面白みのないゲーム内容。
最適化されていないシステムがもたらす遊戯後の違和感と疲労感。
およそゲームの体を成していないものが大半を占めていたため、多くのプレイヤーはVRへの期待を捨てて従来の高クオリティの液晶型ゲームへと回帰していった。
そんな厳しいVRゲーム情勢であったが、中には高い評価を得る作品もあった。
技術力で名を売る会社が著名なシナリオライターを基幹に据えて送り出したVRRPG。
改善された操作感、没入感の上がったグラフィック、王道のシナリオ、武器を振り魔法を操る新体験。
そのどれもが従来のVRゲームと一線を画す出来であり、一つの指標足り得る評価を獲得するに至った。
そんな優れた作品であっても、改善できずに悪評の種になった要素がある。それこそがNPCの存在である。
液晶の壁を超えたプレイヤーはNPCと直接顔を合わせ、言葉すら交わせるようになったが、状況に沿った最適な反応を返すAIを組むのは未だに至難であった。
自由な会話が不可能なのは当然として、罵倒しようが切りかかろうが平然とした態度でシナリオに忠実なセリフしか吐かないので、NPCは舞台装置以上の役割を持てなかったのだ。
いまやゲームには必要不可欠なNPCが、結果としてゲームのクオリティを下げてしまうという技術的な課題は、今後数世代にわたり改善は不可能と見積もられた。
最先端の技術を擁するNGOであってもこの課題を乗り越えること適わず、NPCの実装を見送ることでクオリティに穴を作らない方針で舵を切った、というのが大方の推察であった。
NPC実装見送りの煽りを受けたのはもちろんユーザーである。
NPCがいないのでショップも各種施設も無い。世界の循環は徹頭徹尾プレイヤーに委ねられ、物資の供給や製造の全てを担わなければならないという状況が生まれてしまったのだ。
変なところでリアリティにこだわっているNGOでまず問題になったのは食糧問題であった。三時間経過で餓死する仕様に対して得られる食糧が割に合わず、そこら中で唐突に命を引き取るプレイヤーが多発した。
この飢饉対策として、運営はメニューに必要最低限の物が購入できるショップ機能を追加した。運営が重い腰を上げた数少ない事例である。
それでも根本的な解決には至っておらず、流通の大半をプレイヤーが賄わなければならない状況に変わりはない。
需要と供給の不釣り合いが引き起こす富の偏りによって生じる摩擦は、時に大きく燃え上がる火種となる。
貧困は、革命と犯罪の親である。
サービス開始から塵のように積もり続けた不満は、銃器作成の解放を切っ掛けに爆発した。全プレイヤーを巻き込んだ騒動は、首の皮一枚で繋がっていた倫理の破綻と秩序の崩壊を齎し、過去例を見ない規模の破壊を引き連れて地獄を形成した。
後に血の花火大会事件と呼ばれる、一つのゲームをサービス終了寸前にまで追いやったとされる出来事であった。
▷
爆薬がない。
『検証勢』の依頼を達成して銃器解放を成し遂げた僕は、あっさんとヨミさんから貰った報酬で豪遊すべくバザー通りに繰り出していた。
今回の討伐で結構な量の爆薬を消費してしまった。心許ない在庫を補充するのは急務。そう思い立った上での行動だったのだが、どうにも雲行きが怪しい。
爆薬が、ない。
普段であればバザー通りにはそれなりに人がいる。ぐちぐちと管を巻きながらもログインするプレイヤーは一定数存在し、適当な配信やゲーム内掲示板を閲覧しながらボケっとした表情で屯しているのだ。
それが、今は疎らに人がいる程度。普段の三割も人がいないんじゃないか。
胸騒ぎがする。嫌な胸騒ぎだ。僕は目に留まった店主に声をかけた。
「爆薬? 持って無かったからここで油売ってるんだよ」
僕は違う店主に声をかけた。
「売り切れたよ。こんだけ相場が上がるならもっと吹っ掛けときゃ良かったぜ」
僕は更に違う店主に声をかけ続けた。
「ねぇよ。今の相場知ってるか?」
「持ってたけど全部売っちまったよ。稼がせてもらったわ」
「しばらくは入荷しないだろうな。諦めろや」
「ひっ……持ってません! ほ、本当です!」
しばらく声を掛けて回っていたところ、怪しい店主を発見した。僕は挙動不審な態度のプレイヤーに狙いを定めた。親指と中指を擦り合わせながら問い詰める。
「ほんとに? 出し渋ってない?」
「本当です! た、助けて……」
助けて。助けてとは。まるで僕が悪人みたいな扱いじゃないか。僕は努めて冷静に問い質した。
「なんか怪しいなぁ。なんでそんなにびくびくしてるのさ。もしかしてどこかに隠してるとか?」
「そ、それは……言えません」
僕の問いかけに対し、分かりやすく目を泳がせる店主。ビンゴだ。
小型爆弾を取り出した僕を見て、小悪党の手先と思われる店主が背を見せて路地へと駆け出した。
逃さない。【踏み込み】を駆使して後を追って路地へと入る。そこにいたのは、先程までの態度を翻してニヤけ面を浮かべた店主と、筒のような物を構えたレッドネームのプレイヤー。
これは、はめられたか?
「はいご苦労さん」
乾いた発砲音。ブレた景色は脳天に衝撃を受けたが故か。矢とは比べ物にならないこの勢い……これは、まさか解放されたばかりの銃器だろうか。
即死判定をくらった僕はそのまま仰向けに倒れ伏した。リスポーンまでの十秒でプレイヤーネームを確認しようとするも、向こうが巧妙に立ち位置を変えて防いでくる。随分と手慣れてる。常習犯確定だな。
「金払いのいい検証勢のギルドハウスから出てきたのを見てたぜぇ。テメェの金は有効活用してやるから大人しく死んどけや」
ここまでガラの悪いプレイヤーは珍しい。ロールプレイにしても真に迫りすぎている。
動機も金欲しさときた。これだからこのゲームのプレイヤーは頭がおかしいと言われるんだ。
噴水広場でリスポーンした僕は情報屋から下手人の詳細を聞き出すべくバザー通りを駆け抜けていたところ脳天を撃ち抜かれてすっ転びながら死んだ。
リスポーンまでの十秒で街を見渡してみると、廃屋内部や屋根の上にレッドネームと思しき連中や『ケーサツ』連中が隠れており、銃器と思われる武器を構えて撃ち合っていた。
二度、三度と乾いた発砲音が飛び交う。屋根の上の『ケーサツ』プレイヤーが脳天を撃ち抜かれてドサリと地上に落ちてきた。紛争地帯かな?
どうやら僕は巻き込まれたらしい。
俄に危険地帯と化したバザー通りから続々と人が消えていく。残っているのは撃ち合いを眺めている野次馬か、失うものは何も無いバザー店主くらいだろう。
まずいな。銃器解放で浮かれたプレイヤーが暴れまわっているせいでゴミ民度に拍車が掛かってる。
大型爆弾を使うか……。いや、数が多すぎるな。『ケーサツ』が動いてるみたいだし、ゴミ処理は彼らに任せよう。
僕は自宅にリスポーンした。
「おかえり。死ね」
このゲームはリスポーン直後の無敵時間や、セーフティエリアなどといった有情な要素は存在しない。
よって、リスポーン地点を害悪プレイヤーに抑えられると一切の抵抗が出来ぬままリスキルされ続ける。
リスポーンするなり不法侵入者によって首をかっ切られた僕は場所を改め噴水広場にリスポーンした。
自宅の外側から爆弾で粉微塵に吹き飛ばしてやる。
決意を新たに一歩踏み出したところ、死角から後頭部をブチ抜かれて僕は死んだ。
おいおいやばいな。想定の倍以上のゴミ民度だ。生存時間は五秒あったかどうかといったところだ。僕が一体何をしたというのか。
リスキルされ続けた場合の対策は一つしかない。死後の十秒でメニューを開き、強制ログアウトを実行する。これだけだ。
普通のログアウトとは違い即座にログアウトできるが、ペナルティとして24時間のログイン制限が課されることとなる。悪質プレイヤーに絡まれた際の最後の手段である。
だが僕はこの機能を使ったことはない。悪に屈して自らの意思を曲げるなんて言語道断。正義の名が廃る。
結局、三十分近くリスキルされ続けた。下手人はわからぬままだ。分かっているのは組織的な犯行であるということ。必ずや見つけ出して正義の鉄槌を見舞わなければならない。
不法侵入者がいなくなった自宅で僕はメニューを開いた。所持金の欄には二千Gぽっちの数字しか映っていない。
あれだけ大変な目に遭って稼いだ金が、今や、これだけ。
そうか、そうか。久々に――大掃除をしなければならないようだね。
爆薬の残りはあと僅かだ。だが、常日頃から作り続けていた爆弾の在庫は大量にある。それこそ、街一つ消し飛ばしても足るくらいには。
もしかしたら、引退をかけた戦いになるかもしれない。
決戦の刻をひっそりと、しかし確かに感じながら、僕は大型爆弾の作成を進めることにした。




