金の切れ目は縁の繋ぎ目
このゲームがクソと呼ばれる理由の一つにステータス制度が無いことによるプレイヤーの個性の薄さが挙げられる。
ステータス。キャラクターの能力を数値化したものである。
ゲームにおいてステータスはキャラクターの強さの指標や個性として機能する。MMOではレベルアップ時などに貰えるポイントを振り分けることでキャラクターの方向性を決めることが多い。
力と防御が強い代わりにスピードや魔法力が劣るパワーファイター。
低耐久ながら圧倒的な火力で敵を殲滅する魔法職。
味方の回復や補助に徹し、戦闘を裏で支えるヒーラー。
強敵の猛攻を一身にて引き受け、戦線維持を担うタンク。
戦闘には向かないが、持ち前の器用さで武具やアクセサリーを製造する生産職。
ステータスの振り分けによって得手不得手がはっきりと分化し、キャラクターは個性を帯びる。生まれた短所を他職の長所が補い合い、生み出したシナジーが強敵の牙城を崩す。
最も理想的なMMOの環境と言えるだろう。
もちろん理想的なバランスというものは簡単には実現しない。
バランス重視のパーティーよりも魔法職偏重で攻めたほうがむしろ安全に戦えたり、敵の攻撃を貰わないこと前提の戦いの場合はタンクが選択肢から外れたりなど、職による格差は必ずと言っていいほど存在する。
格差の是正を目指した結果、さらにバランスが崩れるなどは当たり前。
酷い場合、ある特定の職一択の状況が生まれてしまうことがある。それらは『持っていて当然』という意味を込めて人権などと呼ばれ持て囃されると同時、持たざる者との軋轢の元になることも多い。
ネットゲームはユーザーを飽きさせないためにアップデートを繰り返す必要がある。新要素の実装には、想定外のバグや意図しない挙動が伴侶か影のように付いて回るものである。
これらをいかにクリアするかが成功と失敗の分水嶺と言っても過言ではない。不遇職の方がやってて面白いという数寄者は極々一部しか存在しないのだ。
NGOはこれらの失敗から学び、ステータスのほとんどを切り捨てることで擬似的な平等を作り出した。
目に見える数値はレベルだけであり、体力を示すHPも無ければ、残存魔力を示すMPも無い。レベルが上がっても自由に振れるポイントは手に入らず、職に応じたスキルの獲得と身体能力の向上が恩恵となっている。
その上、職業は自由に変更が可能であり、強い戦法が発見され次第転職して自身も流れに乗ることが出来た。この仕様により、自身が不遇なキャラクターの身に甘んじるということは無くなった。
要点を抜き出せば成功のように見えるが、この仕様はプレイヤーからはあまり受け入れられていない。
プレイヤー間の格差が無いと言えば聞こえがいいが、待っているのは究極の没個性だからである。
右を見ても左を見ても同じ武器、戦法、編成。
求めるものと求められるものが合致した結果、そこにあったのは歯車としての役割を演じる者達の姿であった。
敵が強力なことと職業バランスが壊滅的なことも相まって、自由に遊んでいた者達はやがて姿を消していき、適正な規格を満たす者達が残っていった。
では、残った者たちの間には格差がなかったのか。答えは否である。
システム上での格差を極力排除したものの、プレイヤー自身による格差がそれ以上に大きく立ちはだかることとなった。
NGOでアバターを動かすのに必要なのはコントローラーによる操作ではなく、動かそうとする意思、開発の言葉を借りれば脳波である。
この脳波がなかなかの曲者であった。現実と同じような感覚で動かそうとすればプレイヤーも動けるのだが、高度なアクションを行う際はその感覚が枷となる。
身体にかかる負荷を無視した挙動や、物理法則に中指を立てるような動きを、いくらVRとはいえ簡単にこなせる人間はそこまで多くなかったのである。結局、最終的に必要なのは時間と努力と少しのセンスであるという非情な結論は覆らなかった。
天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず。しかしながらあらゆる格差は厳然として存在するので、努力して少しでもその差を縮めよう。
まるで現実のようなリアリティと言っても、そんなところまで再現しなくてよかったのではないか。
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お金がない。全てはエミリンラブの不甲斐なさとタクミーの卑怯なやり口が悪い。
不法侵入してきた輩から徴収しようと考えるも、こういう日に限って誰もこないのは運命のいたずらというやつなのだろうか。もしかしたら、この前不法侵入者を成敗したのが効いているのかも知れない。変なところで腑抜けてるなぁ。
このゲームはお金がないと色々と不便な思いをする。空腹度回復のために薬草を買わないと一定時間で餓死するし、生産職は素材を購入しなければ物も作れない。
火薬師ならば爆弾の容れ物などが購入必須のアイテムだ。爆薬や特殊な染料などはフィールドで採取できるが、容れ物は素寒貧だと得られる手段がない。
お金はモンスターを狩ったりプレイヤーをキルすることで入手できる。他にも自作のアイテムを売るなどの方法があるが、僕は爆弾を売る気は無い。危険物だからね。クソ民度のこのゲームで爆弾なんて売ったらどんなことに悪用されるか分かったもんじゃない。治安維持に余念はない。
やむなし。久しぶりに狩りでもしよう。人々に迷惑をかけて憚らないレッドネームの連中の罪を爆炎の華で雪ぐのだ。
そうと決まれば話は早い。善は急げと家を出て、バザー通りの路地裏に居を構える情報屋ロールのプレイヤーに会いに行く。
どうせゲーム内掲示板を読み漁っているのだろう、ボケっとしている情報屋に声をかけた。
やぁ。手頃なレッドネームプレイヤーの溜まり場の情報を下さいな。
ん? お金? 今ちょうど切らしててね。大丈夫。レッドネームプレイヤーを懲らしめたあとに払うから。
え? それじゃ駄目? 情報は金と交換が鉄則で例外は認めない、と。
うーん。それってつまり、悪人を庇い立てするってことだよね? そんな反社会的な行動をするの?
公妨……いや、隠避罪ってところかな。許せないよね。僕は中型爆弾を取り出した。
え? 無料でいいの? ありがとう、助かるよ。
協力的な情報屋さんのおかげで悪の拠点の場所を突き止めることができた。入り組んだ北西区画の一角に溜まり場が在るとのこと。
地上を行くと迷いやすいので、屋根を伝っていくと良いとのアドバイスまで頂いた。助言に基づき【空間跳躍】で民家の屋根に登り目的地を目指す。
視点が上がったことで街をある程度見渡せる。思えばじっくりと街を見たことは無かったな。
たまに【踏み込み】で強化した脚力でどこまで跳べるか試しているプレイヤーがいるが、着地のケアができない時点で愉快な自殺と変わらない。いくらゲームでも、普通はVRでやろうとは思わないだろう。
しかし、この景色を眺めているとそんな彼らの考えも少し分かってしまう。現実ではなかなかお目にかかれない光景を、風を、空気を感じることができる。
ふと空を見上げれば、太陽のように光と熱をもたらす星と白い雲が広がっている。飛んでいる鳥は現実のどの生物とも合致しない姿だ。ぴぃぴぃと鳴きながら群れをなして何処かへ飛び去っていく。
機械が見せる幻と言ってしまえばつまらなく感じるが、もう一つの現実と言えば多少なりともロマンを見出だせるものだ。死すら擬似的に超克した世界。開放感にあてられて少しばかり奇特な行動に走ってしまってもおかしくない。
だが、ものには限度というものがある。
殺しても本当に死なないならいいだろと、とんでもない理屈でもって狼藉を働く者があとを絶たない。果てしなくリアルに近づく仮想現実では、人のモラルが試される。
秤に乗せることすら憚られる道徳を秤に乗せ、あまつさえ軽んじてしまう者がいる。僕はそれらを狩るのだ。
決意を新たに一歩踏み出したところ、ビュンと飛来した矢に脳天を貫かれた。赤いポリゴンが舞う。これは即死だな。
弓はモンスターを相手にすると運営謹製の減衰補正によりゴミ火力にしかならないが、人を相手にした場合は絶大な威力を発揮する。
鎧すら貫く運動エネルギーの化け物だ。人間の体など、粘土に割り箸を突き立てるかの如く容易に突き破ってくる。
理由もなしに唐突にプレイヤーキルをしてくるなんて一体どういう料簡なんだ。これだからこのゲームのプレイヤーは頭がおかしいと言われるんだ。
リスポーンまでの十秒で下手人のおおよその位置を割り出す。北東、距離はおそらく三百メートル以内。ここより高い建物……あそこか。
噴水広場にリスポーンした僕は【踏み込み】を駆使し、転げそうになりながらも下手人が潜んでいたであろう建物にたどり着いた。すかさず中型爆弾で爆破する。
このゲームでは建物がある程度損壊すると唐突に更地になる。復旧には金と資材が必要になるのであまり乱暴なやり方はしたくないのだが、凶悪犯を捉えるためだ。致し方なし。
ポリゴンになって消えていく家屋の中にプレイヤーの姿はない。コインも落ちていない、か。逃げられたな。
一体どこへ……。見上げた屋根の上、キリキリと弓を引き絞ったプレイヤーがこちらに狙いを定めていた。
咄嗟の横っ飛び。躱したか? と思ったら動きが止まったところを悠々と狩られた。手慣れてるな。僕は本気を出すことにした。
大型爆弾を抱えて市街を歩く。死なばもろともだ。殺された瞬間にラストワードを行使して道連れにしてやろう。
悪質プレイヤーにかける慈悲はない。塵に変えてやる。
辺りを睨めつけながら練り歩いていると、一人のプレイヤーに行く手を阻まれた。
「相変わらず度し難い行動ばかりしているな。暇があるなら面を貸せ。検証することがある」
場違いな白衣に黒髪の女プレイヤー。ネームはヨミ。ギルド『検証勢』のトップだ。
『検証勢』は、運営が隠している要素の解放に心血を注ぐ狂人集団だ。NGOがゲームの体裁を保てているのは彼ら彼女らの貢献によるところが大きい。
しかしながら予想が空振りに終わることも珍しくない。大量の人足を動員した挙げ句成果無しなど日常茶飯事である。
またぞろ思い付きで徒労を重ねるつもりなのだろう。僕を巻き込まないでもらいたいものだ。僕は丁重に断ることにした。
「悪いけど今忙しいんだ。悪質プレイヤーに粘着されててね。成敗するまで手は貸せないよ」
「それをここで起爆させるつもりか? どれだけの被害が出ると思っている」
「被害? 考え方が違うよ。例えばさ、凶悪犯を捕まえるための発砲で家の壁が傷付いた場合、それを被害だなんて言わないでしょ。それと同じことだよ」
「例えようもなく狂っているな。何処を押せばそんな音が出るのか。だがそれ故の高レベルの火薬師だ。君には価値がある」
ヨミさんがスッと手を挙げた瞬間、何者かがギュンと家屋を跳び回り、潜んでいた弓使いの首を刎ね飛ばした。抜く手も見せない早業だ、人であることを辞めたあの動き、つい先日見たことがある。
「廃人連中合同の検証を予定している。今回の検証は君が要になる。報酬は弾もう。着いてくるといい」
端的に告げるや、バサッと白衣を翻してヨミさんが去っていく。
廃人連中との共同作業と聞いて嫌な胸騒ぎが止まらないが、報酬は弾むという一言がどうにも気になる。
『検証勢』は金払いが良いことで有名だ。廃人連中がしこたま掻き集めた金を情報で強請っているからだ。資金は潤沢にあるのだろう。
正義にも先立つ物がいる。仕方ない、か。ほどほどに協力してキリのいいところで終わらせて報酬を頂くとしよう。




