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黒き甲冑をまとった花嫁  作者: 鶯埜 餡
番外編

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シンビジュームをあなたに

おそらく最後の番外編になります。

本編よりも過去の話(ヴィルヘルムが騎士団長になる前)の話。

 彼女を見た時、ヴィルヘルムは彼女を抱きしめたいと思ってしまった。

 それくらい彼女――ロザリンド・ミリアスラは美しかった。




 その出会いは、彼が王立騎士団に入って9年と半年を越えた後だった。

 国王へ、先日行われた南方への王立騎士団の派遣に関しての報告を行うため、王宮へ上がった。彼はすでに昇進試験を最年少で合格し、騎士団内外共に騒がれていた。現在は南方へ派遣された第1大隊の大隊長を務めていた。しかし、不思議なことになぜか彼の容姿は外に漏れることはなく、普通に王宮の廊下を歩いていても騒がれることはなかった。そのため、隠れてこそこそと進む必要はなく、堂々と闊歩していた。


 ただ、そんな彼に一つの計算違いが生じた。

「分からん」

 昔から絶対的な方向感覚をもつ彼だったのだが、王宮に入った瞬間、それらは一切なくなったのだ。

(不味い。これでは、国王陛下に謁見する前に日が暮れる)

 事前に見てきた見取り図は思い浮かべることはできたものの、全くそれを生かすことが出来なくなっていた。しかし、歩みを止めることは、すなわち不審者であるとみられてもおかしくないので、出来なかった。さらに不運なことに、王宮に入ってから彼が知っている人と出会う事もなく、普段は寡黙である彼の方から話しかける、という芸当も出来なかったので、ひたすら無駄に(・・・)王宮内を闊歩していた。

 そうしてひたすら歩いているうちに、建物の外に出てしまった。そこは、気温が最も低くなる今の季節には似つかわしくないほどの花が咲いており、思わずその花に惚れてしまった。


「あなたもお花がお好きなんですか」

 その声にヴィルヘルムは現実に引き戻された。どれくらい時間がわからない、それくらい彼は庭の花に見入っていたみたいだった。そして、声が聞こえてきた方向を見ると、そこにはかなり美しい女性がいた。彼女は赤い髪の毛を持ち、気の強そうな眼は神秘的な緑色だった。


 その瞬間、彼の視界からは彼女以外の者が消え去ったような感覚に襲われた。あり大抵な言い方をすれば、一瞬で彼は恋に落ちたのだ。しかも、幼いころから別邸で暮らしていた彼にとってみれば、初恋だったのだ。

「ええ、まあ」

 その彼女に覚えてもらおうと、嘘をついてしまった。ヴィルヘルムの母は彼の記憶している限り、身体が弱い。だから、そんな母を守るために、武の稽古ばかりしてきている彼は、昔から全く花や木などに興味を示さなかった。

 しかし、その女性に覚えてもらうために、自分自身に嘘をついた。その反応を見た彼女は、クスリと笑い、

「そうでしたの」

 と言った。

「もう少し先に来てください。そうすれば、もっときれいな花が咲きますわ」

 彼女は一瞬見ただけだと、とんでもなく気の強い女性に見えるが、口調は柔らかく、かなり好感が持てた。

「そうですか」

 ヴィルヘルムはそんな彼女の一挙一投足にさらに惹かれた。しかし、それはおくびに出さなかった。やがて、女性は彼に問うた。

「ねえ、待って。その白い軍服と階級章。もしかして、あなたは王立騎士団の方?」

 その彼女の問いに、自分がなぜこんな場所にいるのか思い出した。

「ああ、そうだ」

 その言葉に、女性は先ほどとは打って変わり、その眦を吊り上げた。


「散々探したんですよ。なのに、こんな場所でのんきに花なんか見ていないでくださいよ」


 彼女が言うところによると、どうやら国王の元へなかなか王立騎士団長の代理(ヴィルヘルム)が行かなかったため、捜索隊派遣派と騎士団長更迭派で争いが勃発するところだったらしい。

「すまない」

 元凶であるヴィルヘルムはその女性に謝った。どうやら、彼女は武官付きの女官(この国は各部署に連絡役となる女官がいる)だったそうで、一応この付近にヴィルヘルムが迷っていないか確かめていた最中だったという。

「最初から案内を誰かに頼めばよろしかったのに」

 彼女は非常に怒っていた。そりゃそうだろう、とヴィルヘルムは反省した。これが逆の立場であったのならば、自分の相手をシメている。


 その後、国王に無事に報告を行い、騎士団へ帰還した。しかし、この一件は当然騎士団長の耳に入り、後日お小言を頂戴した。

 だが、この事件の後、彼は王宮へ上がる際は必ず(・・)例の女官―――ロザリンドに案内役を頼んだ。それは、彼が完全に王宮の構造を理解した後でも頼んだ。どうしても、彼女との交流を絶ちたくなかったのだ。

 そして、いつの日にか、彼は彼女と共に歩んでいきたい、と淡い期待を抱いていた。



 ある日、ヴィルヘルムはロザリンドと休暇が重なったため、城下へ買い物に行くのについてきてほしい、とロザリンドから頼まれたので、彼女の買い物に付き合っていた。それ自体は問題なかった―――むしろ、彼女との距離を縮めたいと思っていたので、好都合だった。

 彼女は裁縫などの手芸が得意らしく、布地や糸やレースなどの手芸用品を買った。その後、ちょうど昼食時で、どこかで昼食をとろうと考えた。しかし、伯爵出身とはいえども、辺境出身でなおかつ騎士団所属であるヴィルヘルムにとって『行きつけの店』は、高級な店ではなく、騎士団の食堂もしくは広場にある屋台しかなかった。そのため、同じ『伯爵』家出身の令嬢であり、王宮に仕える女官の彼女にとってみれば、そのような食事場所を嫌悪するのではないのかと思った。しかし、ヴィルヘルムがどうしようか迷っていると、彼女の方から屋台へ行きたい、と言ってくれたのだ。

「不思議でしょ」

「えっ?」

 ロザリンドにそう言われて、いきなり何のことかと思った。

「あなたと同じ伯爵家で、だけどもあなたとは違い王宮に仕えている私が、屋台に入りたいなんて言うのが」

 まさしく今、ヴィルヘルムが考えていたことを彼女から切り出した。

「まあ、な」

 そう肯定すると、フフ、とロザリンドは笑った。

「ほかの方にも驚かれるけれど、私は伯爵令嬢と言っても、実家は力が弱く東の国境に近いところの伯爵家。だから、昔は家族みんなでこういう食堂や屋台で食べる事もあったから、慣れているのよ。むしろ、高級なところで食べる方が、今でも違和感を覚えるわ」

「そうなのか」

「ええ、そうよ。ある方が拾ってくださらなかったら、私は領主様のところで一生働く運命だったから、良かったのかもしれないけれど」

 ヴィルヘルムはそのロザリンドの言葉に、矛盾を感じ取った。

「どういうことだ」

「あまり食事中にする話ではないけれど、実家はすでに破たん寸前だったのよ。それに気づいた領主がある晩、家にやってきて言ったの。『ミリアルト家の借金を自分が支払う。その代わりに、娘を領主の館で一生(・・)働かせろ』とね」

 そのロザリンドの口調で大体の事情は把握できた。

「だが、お前の両親は納得しているのか」

「納得するもなにも、あいつは脅してきたの。だから、両親の意向なんて関係なかったわ」

 その言葉に、ヴィルヘルムは唖然とした。

「でも、侯爵様がどこからか噂を聞きつけて、介入してくださったおかげで、ここまで来ることが出来たの」

 ロザリンドは心底その『侯爵様』を慕っているみたいだった。

「そうか」

 ヴィルヘルムはそれ以上、何も言う事は出来なかったものの、今の状況に彼女が幸せであると感じているのならば、それでいいとも思った。


 想定外の事実に驚いたが、彼女の過去を知れて少し嬉しかったヴィルヘルムは、また食事にでも、と別れ際に言った。その言葉に、少し驚いたロザリンドだったが、ええ、と言った。

 ロザリンドの返答に、王立騎士団の官舎に戻る足取りが少し軽くなったヴィルヘルムだった。だが、その心の中では、少しこういう風ではないという違和感が残っていたのもまた、事実だった。








 数日後、ヴィルヘルムは所属していた第1大隊の訓練が終わると同時に、王宮に出かけた。しかし、いつものように騎士団長の代理という訳ではなく、ある人物に呼ばれたためであった。

「貴様か―――」

 彼が向かった場所、本来ならば対立していており、王立騎士立ち入り禁止の近衛騎士団の訓練場には一人の青年が中央に立っていた。その青年はヴィルヘルムと同じくらいの年で、黒髪で深い夜の空を思い起こさせる紺色の瞳をしていた。その青年を見た時、ヴィルヘルムは名前と所属までは分かったが、何故初対面の自分に対して、『貴様か』という風に言われなければならないのか見当つかなかった。

「模擬戦だ」

 と言って、その男―――マックス・サロン、近衛騎士団の中でも精鋭と呼ばれる人物であり、王太子の護衛を務めている―――は先をつぶした槍を投げてよこしてきた。ヴィルヘルムは突然のことに驚きつつも、難なくそれをつかみ取り、マックスに対して構えた。マックスが構え持つのはこれもまた、先をつぶした剣であった。

 試合の開始の合図はなかったものの、双方ともに動き出し、打ち合った。その間、ずっとヴィルヘルムのことを親の仇のように見ていたマックスであったが、打ち合っている間にその険しさは薄れて行った。その変化に気づいたヴィルヘルムはかなり混乱していた。


 試合を始めてから、何十分経ったのかわからない。いつまでたっても決着がつくことはなかった。やがて、二人は同時に地面に倒れた。二人とも息が上がっていた。

「流石はロザリンドがそばに置くだけあるな」

 マックスの口から親しい女性の名前が出てきたことに驚いた。

「どういうことだ」

 ヴィルヘルムは無表情に問い返した。

「ロザは過去のせいで、男を側に置きたがらない。俺もそうだ。あいつの一家を助けたのは親父だが、子供のころから仲がいい。だが、俺以外の近づけた男はいない。それをお前は覆したんだ」

 マックスはヴィルヘルムに対して羨ましい、という感情を露にしてそう言った。だが、ヴィルヘルムは、

「俺はロザリンド嬢を有能な女官、としか思っていない」

 と言い切った。その返答にマックスは驚いた。

「だが、ロザはお前との食事を楽しみにしていた」

「そうか。だが、ロザリンド嬢が返答をくれたときは、迷いがあったし、俺がたとえ好意を持とうとも、『侯爵様』を慕っているみたいだったぞ」

 その事実を明かしてやれば、マックスはさらに驚いていた。

「そう、か」



 後日、再び近衛騎士のマックス・サロンに呼ばれた。今度は王宮内の一室を貸し切っての呼び出しだった。

「お前、王立騎士団長になる気はないか」

「何が言いたい」

 いきなりマックスにそう言われて、ヴィルヘルムは純粋に疑問を感じた。何故、王立騎士団と敵対する組織(近衛騎士団)のこいつが聞くことなんだろうか、と。

「俺はあと少ししたら、近衛騎士団長に就任することが決まっている。だから、大々的には無理だが、もしお前が王立騎士団長になるんだったら、取引をしたい」

「はあ?」

「聞けば、お前は騎士団長の筆頭候補だそうじゃないか。俺は実家の関係で王太子に取り入っておかなければならないが、実のところ、もう反吐が出そうでたまらない」

 マックスの荒れた言葉遣いを目にしたのは当たり前だが初めてだった。しかし、こちらの方が、彼には合っている。

「で、俺が騎士団長になって俺自身(・・・)がもらえるメリットはあるのか」

「そうだな。女が近づいてくる、とか?」

 さすがは『遊び人』として名高い相手であるな、と思った。

「おい」

「―――おっと、勘弁願いたいものだ。冗談だよ」

 向けられた殺気に『怖い怖い』と肩をすくめながら謝った。


「どちらにせよ、お前がおそらく一番王立騎士団の中で強い。


          だから、お前のその力でねじ伏せろ。そして、俺と共にこの国を変えよう」


 マックスは、特に最後の部分を強調してそう言った。その眼は限りなく真剣だった。

 ヴィルヘルムはその気迫に押された。一瞬目を閉じた後、

「分かった。出来ることなら、やってやる」

 力強くそう宣言した。

「ああ、その意気だ」

 マックスはにやり、と笑った。



 その後、ヴィルヘルムは半年も待たずに王立騎士団団長に就任し、マックスとの密約通り、公の場では敵対する者同士だったが、時折どちらかの宿舎で酒盛りをする仲になっていた。

 そして彼らの企みのおかげで、腐敗していた王政を一新した。


 そして――――

「期待しているよ、子猫ちゃん(・・・・)

 マックスがそう呼ぶ女性に出会ったヴィルヘルムは、再び中央に返り咲いた後、今は静かに北の土地にて暮らしている。友人と再び会えることを願いながら、赤い髪の女性とともに、今日も玉座にてこの国の政を動かしていくのであった。

シンビジューム:洋ランの一種。花言葉は『飾らない心』

―――――――――――――――――――――――――――――

追加説明

・マックス・サロン:この時すでに侯爵位を継いでいる。つい2年前に入団したばかり。

・ロザリンド:マックスは後見人兼想い人。本編において両親と家の記述が出てくるが、マックスに助けてもらった後、何とか王都で生活できる程度にまで回復。


※入団時期 ヴィルヘルム→マックスの順。ヴィルヘルムは長い期間副隊長を勤めていたため、出世はマックスに負けている。

・『子猫ちゃん』:本編参照のこと。(最後の部分は本編を読まないと、『??』となります。


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