その3
しばらくヴィルヘルム回が続きます。
なお、前話終盤につきまして少々変更しておりますので、そちらの方を拝読していただいたのちにこちらをお読みいただけると幸いです。
「どういうことだ」
王宮のある部屋の前でヴィルヘルムは静かに言った。
王都に戻ったヴィルヘルムは、以前より貯めてあった近衛騎士の不正行為などに関する資料を取り出し、それらをまとめたものを3部作製し、1部は国王に直接渡すもの、残り2部を王都にいるルーク卿、見過ごされる可能性もあるものの、ロザリンド経由でマックスに渡す手続きをとった。そして、急いで国王に謁見するために先触れを出し、王宮に来たものの、謁見室の前に立っていたのは王太子であるルナールだった。ルナールは生粋の貴族派で有名だったので、これは詰んだ、とヴィルヘルムは直感で感じていた。
「どういう事も、単純に国王陛下は今現在、病に臥せっているから、君とは会うことはできない。国王陛下公認の現最高責任者は、私だ」
目の前の人物―――ルナール・ヴィクトリアヌス、国王の第1子で王太子の地位にある人物はそう言った。白銀の髪に紺碧の瞳を持つ彼は、国王よりも王国の『祖』に近い色を持つ、と言われている人物だ。
「それよりも、何をしにあなた方はここに来たのか。今、あなた方がしなければならないのは、彼らのように取るに足らない者たちの助命ではなく、十分に役に立つものの勧誘ではないか」
ルナールは目を細めてヴィルヘルムの耳元で囁いた。その言葉を聞いて、ヴィルヘルムは目の前にいる人物を殴りたいと思ったが、それをしたら彼らの思うつぼだろう。どうにか握ったこぶしを震えさせることだけにとどめさせ、王太子の前からすぐに去った。
「詰まらんな」
ヴィルヘルムがいなくなったところで、ルナールは呟いた。
「まあ、よい。すでに君たちが消える時間はそう遠くないから」
そう言い、王族居住域の方を見て目を細めて呟いた。
「すでに腑抜けな国王も物言わぬ」
そう、王太子自身が『薬』と称して食事の中に毒物を混入したものを食べさせ続け、昨晩息を引き取ったのだ。そして、それが毒物によるものだとわかるものは、王太子以外すでにこの世にいない。
王宮から出たヴィルヘルムは一度グース卿の元へ行った。
「お前からくるとは珍しい」
彼は開口一番そう言ったが、目元は全く笑っていなかった。ヴィルヘルムは少し呆れてため息をついたが、すぐに真剣になった。
「もう届いていますよね」
「ああ、読んだ」
「どうですか」
「上々じゃ。しかし、国王陛下はすでにこの世にはいない」
「いない?病に臥せられているのではなく」
「ああ。内偵から報告が上がったのだが、王族居住域ではすでに女官たちがあわただしく葬儀の準備をしているらしい」
ヴィルヘルムは王太子に反吐が出そうになった。ルーク卿はそんな彼を見て、手元にあった束の中から数通の手紙を彼に渡した。彼は投げられた手紙に一瞬疑問に思ったが、手紙の差出人を確認し、慌てて中を見た。一通り読んだ彼は、
「まさかこれは」
と呟いた。ルーク卿は、
「ああ。その通りだ。北部四州、そのうちのミリニアは前領主だが、彼らがすでに立ち上がっていて、王都近辺まで来ている」
と言い、ヴィルヘルムの目をしっかりと見た。
「近衛騎士団は、王太子の意向を受けて北部三州の制圧に取り掛かり始めており、もう出立しておる。その最初の目的地はグース。そして、奴さんたちの後ろには、南部三州の正規軍が控えている。」
ヴィルヘルムは頭が真っ白になった。今すぐ止めないとまずい。彼は礼をそこそこに、彼の屋敷を出て、本部に戻った。
それからの出陣はあわただしかった。腹心のハロルドや残っている隊員たちを引き連れ、王都の外へ向かった。最初、第9大隊は近衛のおこぼれの集まりなので、どうすべきかわからなかったが、意外にも彼らから同行の申し出があった。どうやら、誰かが自分の見ていない間に躾けておいたらしい。一応離反防止のための監視として新人副隊長であるバジリオとルミナールに任せた。
「いました」
数時間行軍したところで、歩兵が大声で叫んでいるのが聞こえた。確かに、王都のはずれ、あの水平線の付近に塊が見える。そのそばには、さまざまな軍の本陣が見える。
「行くぞ」
とヴィルヘルムは言い、ヴィルヘルムたちはその中で、北部州のものに向かって駆け抜けた。
「南の領主はオーランディアのリュードック公爵、ミリランディアのサロン侯爵、ザラリンディアのベーレメ大公があちら側にはついております」
最後に到着した王立騎士団を、北部州軍の彼らは白い目で見なかった。今の状況を、北部州をまとめているベルニア公爵の息子が説明してくれた。どうやら彼は、この軍で参謀を務めているらしい。
「少なくとも数の上ではこちらは不利ですが、王国で一番の実力を誇る王立騎士団の皆さんがこちらにいてくださるだけでも安心できます」
ベルニア公爵の息子がそういうと、本陣の天幕内にいた参謀会議の面々は頷きあった。王都以外にも評判があったのかとヴィルヘルムは驚いた。
作戦会議後、ベルニア公爵の息子に誘われてヴィルヘルムはグース州軍の天幕を訪れていた。
「ごめんね」
下士官に飲み物を用意させ、天幕内の簡易の椅子に腰かけに座るように薦め、自身も座ると彼は開口一番謝った。しかし、この息子とは夜会などを通しても初めて会うはずだ、と思った。その彼に何故謝らねばならない、と訝しんだが、すぐに彼が種明かしをした。
「実は王立騎士団に何人か間諜を送り込んだんだ」
彼はにっこりと笑いながらそう言った。一瞬ヴィルヘルムは、これはどうかしたものか、と思ったが、すぐさま彼は付け加えたのである意味納得できた。
「正確に言うと、王立騎士団を追い落とすための情報が欲しい、という訳ではなくて、その逆なんだよね」
「逆?」
その言葉に、ヴィルヘルムの眉が寄った。何がしたいんだという気持ちがダダ洩れであり、その様子に目の前の青年は笑った。
「うん、王立騎士団を完全にこちら側に引き込むための間諜さ」
その言葉にヴィルヘルムは唖然となったが、目の前の公爵子息はにこやかな笑みを浮かべたまま、さらに続けた。
「でも、リュヴィーク騎士団長はそれ以上に自分の意志で来たみたいだったから心配はいらなかったのかな」
「王都での事件は、お前は関係しているのか」
少し呆然としていたが、そのことに気づき、何よりも先にそれを尋ねた。しかし、彼は首を横に振り、
「先日の事件のことをさすのならば、それには僕たちは関係していない」
「そうか。ならば、一応それを信じよう」
それを聞いたヴィルヘルムは落ち着きを取り戻した。
「まあ、だますようなことをしていて申し訳なかった、というのと、これからよろしくね、というのを伝えたかったから、ここまで来てもらったんだ」
彼は柔らかく微笑んだ。ヴィルヘルムもそのころには完全に落ち着き、ああ問題ない、こちらこそよろしく、と言い、2人は握手を交わした。





