その9
すみません。舞踏会は次の話になりそうです…
社交会が前日に迫った日、リサは通常業務後の夜遅くにヴィルヘルムから呼び出しを受けたので、彼の執務室がある騎士団本部へ向かった。最近では、顔なじみになっている王立騎士団本部の事務武官は苦笑いしながら、彼へ取り次いでくれた。
「失礼します」
リサは扉をノックし、中に声をかけてから返事を待たずに入った。彼から、事務武官が『団長はいる』と言えば、返事を待たずに入っても構わない、と言われていたので、それについては二回目の訪問からそうしていたのだ。
彼はどうやら外回りから帰って来たばかりらしく、上着を衣桁にかけているところだった。
「来たか」
彼はリサに座るよう促し、手ずから紅茶を入れ始めたので、彼女が手伝おうとすると、「やらなくていい」と言って、彼が最後までやり切った。
「ありがとうございます」
「いや、構わん。ここは俺の部屋だ。客人に紅茶をいれさせるわけにはいかない」
「客人って、私はあなたの部下ですよ」
「確かに部下だが、婚約者でもある。茶を入れてやるのは、お前だけだ。そもそも偉い連中はここには来ないし、来たとしても事務方に投げる」
「私以外の部下は」
「来たとしても茶など淹れるものか」
「そうですか」
リサは少しため息をついた。リサに用事があって呼んだのは彼であるが、本題を切り出さないし、リサの方もヴィルヘルムに対して用件があるが、話が進みそうになかった。
「で、リサを呼んだのは明日の件だ」
「社交会の件ですよね」
「そうだ」
彼は自分の紅茶を一口飲み、続けた。
「明日のお前は偶々一日休暇が与えられている」
いや、それ偶々じゃないですよね、と思ってヴィルヘルムの方を見たが、そっと視線を逸らされた。やりづらかったものの、ここは王立騎士団の団長執務室内、と繰り返し考えることによって、何とか理性で感情を抑え込んだ。
「だから朝の早い時間帯に、こないだ王宮へ行ったときに世話してくれたロザリンドの家に行って、社交会の準備をしてこい。彼女の家には了解をとって、リサの用意は全て置かせてもらっているし、侍女たちも貸してもらえることになっている」
といいながら、彼女に籐でできたかごを渡した。
「保存がきくものしか入っていないが、少し食べ物を入れて置いた。それを馬車の中か準備の合間に食べて置け」
どうやら簡単な食事まで用意しておいてくれたらしい。ありがとうございます、と言いつつも、これを食べさせて毒殺しようとしているのではないのか、と心の中で思ってしまったのだが、どうやらそれが顔に出ていたらしく、
「今この社交会前日に、お前を毒殺するか」
と言われてしまった。
「そういえば、何か言いたそうにしていたよな」
彼の話が終わってから、リサに問いかけた。
「あ、はい」
リサは持っていたカップをソーサーに置き、ヴィルヘルムの方を改めてみた。
「ヴィルヘルム・リュヴィーク様」
「何だ」
昇進試験で会って以来、初めてリサにフルネームを呼ばれたヴィルヘルムは彼女の視線を正面から受け止めた。リサは一瞬返された視線に戸惑ったが、そこで動揺してはまずい、と思って、一度深く呼吸をし、言った。
「明日の社交会が終了したら、婚約を解消していただけませんでしょうか」
もうすぐ契約期間は終了する。しかし、彼女はこの社交会が終了したら、ほとんどすぐにアスフレッドに戻らなければならない。彼とゆっくり話している暇はないだろう。
「お前はそれを望むか」
「はい」
ヴィルヘルムは彼女の言葉に少し驚いていたが、そうかとだけ言った。
「お前がそれを望むのなら構わない」
「ありがとうございます」
彼女は座ったままだったが、頭を下げた。
「もうそんなに経つのか」
「ええ。あとヴィルヘルム様」
「なんだ」
「同じく明日の社交会の翌々日付で、私を解雇にしてください」
その言葉を言った瞬間、ヴィルヘルムの目が見開かれたことに気づいた。
「お前にメリットは」
「私自身がもらえるメリットはありません。しかし、人事権を二枠ほどいただけませんでしょうか」
彼女はにっこりと笑っていった。
「お前を解雇する、という事は、外敵―――特に、シシカーヌ相手に考えた時、かなりダメージが大きい。しかし、本来人事権を持っていないお前が推薦する人材が、お前を解雇すること以上のメリットを騎士団にもたらすならば構わない」
ヴィルヘルムはその青い目を細めて言った。リサにはその問いに答えることが出来た。彼らなら、自分の抜けた穴を埋め、そして、ヴィルヘルムが思っている以上の結果をもたらすであろう、と。
「ええ、彼らなら大丈夫です。ありがとうございます。一応、推薦した騎士の名前と所属、希望配属部署です」
リサはヴィルヘルムに紙を手渡した。彼はそれを読むと面白そうに答えた。
「なるほど。では、何らかの見せ場を社交会で見せてやらないとな」





