その5
リサはヴィルヘルムが去って行った後、自室には戻らず、しばらくその場で呆けていた。ヴィルヘルムが自分の用件だけ言って、彼女から聞きたいことを聞かずにその場を去る、という事は今までしなかった(個人的にはどうか知らないが、公の会議などでは、必ず自分のしたい方針を述べた後に、それに対する意見を聞いて判断することが多い)ので、彼女は何か、隊長が焦っていることがある、もしくは追い詰められているのか、そのどちらかだとは判断できたものの、彼の考えていることがわからなくて怖かった。
「団長との話は終わったみたいだね」
どうやら、リサが思考の海に沈んでいる間に、ジョセフが部屋に入ってきたみたいだったので、軽く話してみることにした。
「確かに、このところリュヴィーク団長は何かに焦っていたみたいだな。それに、今日はいつも以上に話しかけられない状況だったよ」
ジョセフも異変を感じ取っていたが、それ以上のことはわからなかったらしい。
「おそらく、国や騎士団に関わる重要なことだったら、おそらく明日の朝礼に現れて、俺らにも言うはずだと思うから、とりあえず、今日のところは早く寝た方がいい」
ジョセフは、彼の子供のような年であるリサに対して、頭を撫でながらそう言った。騎士団に入団して、いや、警護官になってからは全くそのように扱われることはなかったので、一瞬何をされたのかが分からなかったものの、状況を素早く察してしまったリサは、恥ずかしい、と思うよりも、やはりなんだか暖かいな、という感情に浸っていた。
「はい」
そう、リサは言って自室へと戻った。
一方、ヴィルヘルムは騎士団本部への道で困っていた。もちろん、その悩み事は、ここ最近の出来事――貴族や近衛騎士団との抗争――ではなく、つい今しがた、やってしまい、口走ってしまったことだ。
(どうやら、俺は女性の扱いがまずかったのか)
ちなみに、この騎士団長は剣術をはじめとする武術の訓練に明け暮れ、女性から好意の視線はあったものの、彼女たちはかなりの距離を保ってきた。詰まるところ、初めての恋人(仮)は、今回の婚約者であったのだ。なので、先輩騎士や同僚騎士からは、女性に対する贈り物に関しての話は聞いたことがあるものの、いざ贈ろうと思ったときに、職人を連れて行く、という発想はなかったので、今回のようにいたしてしまった。リサの言う通り、彼女だったから許されたのであって、他の女性だったら、幻滅されていたのかもしれない(もしかしたら、彼女も幻滅してはいたものの、あえて言わなかっただけなのかもしれない)。
なので、今回の一件において彼は、結婚しても良いものなのだろうか、と思い悩んでしまっていた。
(まあ、後悔先に立たず、というくらいだしな)
彼は再びため息をつき、帰路を急いだ。
翌日、リサは昨晩言われた時間に騎士団長の執務室にいた。
「で、ご用件とは何でしょう」
私服でも少年のような恰好をしていたので、ヴィルヘルムはいつも見慣れているものと似ているため、違和感はなかったものの、なんだか少し残念な気がした。
「あのドレスは社交界に着ていくためだ」
「はい」
「社交界では踊らねばならない」
「はい―――――はい?」
ヴィルヘルムから告げられた言葉に、一瞬理解できず、聞き流してしまいそうになったが、リサは疑問形で返した。その聞き返したことにより、
「お前は子爵家出身だが、社交界に出たことはあるか」
と尋ねなおしたが、もちろん、今まで王都に出てきたことがないのを知っていたため、否定の言葉を期待したものであり、
「いいえ」
とリサの方も当たり前でしょう、という視線を含んで、ヴィルヘルムに返した。まあ、そうだよな、とヴィルヘルムは言い、
「今後のことも含めて考えた結果、少なからずとも関りが出てくるだろうから、今のうちに練習と思って学んでおけ」
そう彼はつづけ、リサの手を取り、ある場所へ連れて行った。





