その3
その後、王都南部の視察は問題なく終わり、その日の見回りは夕方遅くに終わった。
「これが王都の見回りだ。だいたい要領はわかったか」
「はい」
最後に、王立騎士団本部の騎士団長室に向かった。そこで、本来ならば騎士団長である彼に『報告』とその場で『報告書の記入』をしなければならないが、今日は『騎士団長への報告』は免除されるが、『報告書の記入』はしなければならない。そのため、紙の場所などを知るためにきたのだ。
報告書を書き終わり、第3大隊の詰め所へ戻ったリサは、すぐさま自室へ戻った。
「疲れた」
ベッドに横たわり目を閉じると、今日の出来事が本当は夢ではなかったのかと思うくらい、心地よかった。最初に会った時や、他の会議などで顔を合わせた時は、異常なほどではないかと思うくらい冷たくされた彼女であったが、何故か彼を嫌う事は出来なかった。一方、今日はかなり機嫌がよかったのか、いろいろと教えてくれた上に、リップサービスだけなのかもしれないが、報告書を書き上げ彼の執務室を去るときに、『何かわからないことがあれば、来てくれるといい』とも言ってくれた。
「この生活が続けばいいのに―――――」
彼女には故郷へ戻らなければならない、という使命がある。そして、戻った際には、この国と対立しなければならない運命だった。そして、自らもそれが当たり前の感覚だった。しかし、今ではこの生活―――王立騎士団としての生活を続けたい、とも思えたが、すぐにその思いを取っ払った。
(私は戻ります。皆さんの元へ)
『黒の将軍』と仲間内では呼ばれている彼女が、『皆さん』と呟いた時に頭の中に最初に浮かんだのは、何故かヴィルヘルム・リュヴィーク、仮初の婚約者だった。
一方、そして―――
「心地よかったな」
ヴィルヘルムは彼の執務室の隣の自室で、ソファに腰かけ、目をつぶっていた。彼の手元には先ほど彼の婚約者が書いた報告書。かなり丁寧に書かれており、綴りに閉じず手元に残しておきたかった。いくら婚約破棄をするであろう、とも、他の男の側に彼女を置いておきたくなかった。だから、今日の見回りも彼女をペアとして指名して行った。
昇進試験の時にリサにあんなことを言った彼ではあったが、本心では違った。もちろん、家にいてくれればそれに越したことはないが、守られるだけでなく、自分も戦える、というのは素晴らしいことだとも思う。そういった意味においてリサは理想の伴侶だが、彼女を昇進式の時に見た瞬間に悟ってしまった。彼女は、いずれ自分から離れていくのではないか、と。そして、彼女が言った言葉により確信した。彼女の出身であり、彼の家の隣の領地を任されている『アシュレイ家』の存在意義を。そういった意味において、彼女はヴィルヘルムと結婚するのはまずかった。もちろん、彼女の実家の瑕疵として、婚約破棄の手続きを取りたい、と言ったのには驚いたが。
(半年以内、か――――)
執務室に届けられていた、内偵からの報告書。
『北のシシカーヌに直接的な不穏な動きは見られないが、軍事費用の拡大と軍用食料の確保量が増加中。半年か1年後までに何らかの動きを見せる可能性大』
シシカーヌはロシュール王国とは水と油のような存在の共和国だ。しかも、穏健派な国王であり、この先数十年戦を戦にならないであろう、という保証ができる国王ならば、どうにでもなったが、現ロシュール国王はすでに60歳。そして、その王太子は歴然とした貴族派だ。王太子が国王になれば、確実に王立騎士団はつぶされるし、シシカーヌに戦を仕掛けるであろう。それに、彼女が関わってこないはずがない、とも思えた。しかし、それに関わらないことを切に願っていながら、眠りの淵に落ちた彼であった。





