その1
件の見回りの日になった。その日は、夜が明けきらぬ三刻に王都の門で騎士団長ヴィルヘルム・リュヴィークと待ち合わせていた。当然、公務での見回りになるので騎士団の中間服の正装で行く、と言われたので、事前に新品であったものの、念のためコテで服のしわを伸ばしておいた。
「なかなか様になっているな」
ヴィルヘルムに会った開口一番、そう言われ、(婚約破棄の予定があるものの)一応婚約者である人からの第一声がこれなのか、とつい思ってしまったリサであった。
(まあ、そもそもこの婚約が仮初であるし、私はたとえ騎士団長がどんな女の人と寝ていようが関係ない)
あまり女性としては、嬉しくない一言であったが、リサはまあ、いいかと思って聞き流すことにした。
街は王宮を中心の真北が1区であり、王宮を取り囲むような形で反時計回りに6区に分かれている。普段は第3大隊として、5区と6区の警備が中心なのだが、休日には全区を見回らなければならない。見廻る順序は、通常各ペアで話し合って決めるのだが、未だ王都慣れしていないリサは、全てをヴィルヘルムにお願いしてあった。そのため、ある意味シークレットトリップのような様になっていた。
「で、団長。今日はどちらから見廻るのでしょうか」
リサは王都の門を出発してから、一言もしゃべっていないヴィルヘルムに尋ねた。ちなみに、リサとヴィルヘルムとは馬術は互角である、とジョゼフに聞いたことがあった。いつか遠掛けで勝負してみたい、とリサは思っていた。
「今日は東の市が開催される。だから、その辺を重点的に視ると同時に、南の方の治安が悪化していないか確かめに行く」
「南、ですか」
確か、座学の授業で習ったことがある、と思い出していた。王都では定期市場が東西交互で開かれており、その時に軽犯罪が多発する、と。もちろん軽犯罪だけでなく、重大な犯罪も発生されるが、ここ10年弱は落ち着いている、と。リサはその要因は隣にいる男の存在ではないか、と思っていた。ヴィルヘルム・リュヴィークは、一見物腰の柔らかそうな男であるが、かなり切れ者であるとのもっぱらの評判であるし、隊長以上に課される『上役合同演習』の様子をのぞかせてもらったことがあるが、リサをもってしてもたぶん勝つ事は不可能だ。こんな男が、軽犯罪者の取り締まりとは、かなり人材の無駄遣いである、と思った。
最初の目的地まではそう遠くなく、一刻もたたないうちに東の市に到着した。ここでは、食料品や日用品から各地の名産品、果ては国外の品物も見受けられた。リサはこの市のことを知らなかったため、かなり興味をひかれた。
「巡回ついでに見てくるか」
ヴィルヘルムは市に到着した時のリサの様子から、すぐにこの市に興味を持っているのだと察せられたので、巡回ついでに見に行こう、と言った。案の定、リサは目を輝かせて、良いのですか?と尋ねていたが、行く気が満々だった。
「あまりお前と離れないでおくつもりだが、もしはぐれたら、5の刻に先ほどのステフィア像のところで集合だ」
すでに市場の中は人が多い。いくら馬での移動とはいえども、人に流される危険性が十分にあった。
「はい」
リサは頷き、腰に佩いていた剣を確かめ、戦場(市場)の中へ突っ込んでいった。
市場はおそらく、普段商店街になっている店舗の前に天幕を張ったり、桟敷をひいたりして臨時の店構えを作っているらしいことが分かった。最初は黒猫の小物などの雑貨に目がいったが、小さいころからあまり部屋の中に物を置かないことを思い出し、買うのをためらった。次に目が言ったのは、甘味だった。故郷において、甘味の入った食料はかなり貴重な物資だった。王都には様々な物資が流れてくるため、これもあれもが欲しくなってしまい、これもまた最終的には、金銭的な問題によって諦めた。そして、最後に目がいったのは、保存食だった。これがあれば戦場でも間違いなく活用できるのではないのか、と思い、少量ではあったものの、鶏肉と牛肉の乾燥させたものを購入した。まあ、野菜の乾物もあったので、これもまた、何かに加工して携行できるのではないか、と思い購入した。
結局、ヴィルヘルムとははぐれずに行動できており(ちなみに、保存食を買ったときは、非常に不満げな顔をしていた。何故だろうか、とリサは思った)、保存食の購入後は一通り市場の様子を見て、市場の代表者と少し話し合い、この市場の治安が保たれていることを確認した二人は、市場を出た。
「では、次は南、でしたよね」
「ああ。だが、先によるところがある」
といって、ヴィルヘルムは王宮の方角に馬の向きを変えた。
「あ、あの」
「何だ」
「そちら王宮ですよね?」
「ああ。だが、用事は王宮ではない」
当たり前だろう、という感じで言われ、そうでしたか、とリサは納得できてはいなかったが、まあ、この人が言うのならば問題はないのだろう、と思って彼に従った。





