その8
昇進式の直前に内示が下った。
「主に王都内西側を管轄する第3大隊副隊長ですか」
夕食後、コンスタンティンのもとに呼ばれたリサは、ブルネットの髪の男性と引き合わされた。どうやら、通常、伍長を数年経験してから、隊長や副隊長に引き抜きされるが、自分は特別待遇のようだ、と思った。しかも、王都西側というと、高級住宅の密集地帯だ。かなり好待遇と言えよう。
しかし、ほぼすべての大隊副隊長は埋まっている、と聞いたことがあったが、この王都西側管轄の第3大隊副隊長の座はなぜだか空席だったらしい。なぜだろう、と思ったが、それは人事権を持っている騎士団長などに聞かないといけないが、あまり口を利きたくない相手でもあるので、非常に悩みどころだった。
「ああ。で、こいつはその第3大隊の隊長であるジョセフだ」
コンスタンティンは階級が上であるジョセフを、敬語ではなく親しい友人のように紹介した。そのことを疑問に感じたのに気付いたのか、
「すまない。一応、こやつは俺の同期なんだ」
と、ジョセフは少しため息をつきながら言った。
「俺と同期で入ったが、こいつは見た目が少し凶暴なのと、豪快な性格のせいで、あんまり上はお気に召さなかったらしい。ちなみに、リサ君の大抜擢はこいつのおかげでもあるんだ」
上という言葉に、さらにリサは頭をひねらざるを得なかった。そんなリサに、
「ああ。上とは、王立騎士団と近衛騎士団の予算整備や法案整備をしているお貴族様たちのことだ。あのお貴族様たちは実力ないくせに、こちらの人事に口を出してくるときがあるんだ。で、コンスタンは見た目のせいで伍長以上に昇進しようと思っても、見た目がどうだの、性格がどうだの、と言いやがって、本当ならば、実力はあるから俺と同じ隊長か副隊長に収まっていたはずなんだが、そうできないように副騎士団長に圧力かけてきたんだ。しかし、俺も人事権は特別枠で持っていてな。リサ坊ほどの手練れを、俺とおんなじ伍長にしておくのには、もったいないんだよ。だから、旧知のジョセフに預けることにしたんだ」
本当に悔しそうにジョセフは言った。『副騎士団長に圧力をかけた』ということは、どうやら、身分や実力の差からして騎士団長には言えなかったようだった。人の事ながら、流石にリサも唖然としてしまった。そんな話をしていた二人だったが、当の本人はまったく気にしていないようだった。
「まあ、いいんだよ。こうして直接後輩指導しているから、リサ坊だって発掘できたんだし、俺としては何にも悪くねぇよ」
コンスタンティンはあっけらかんとしていて、彼の話を聞いていたリサの方の気が抜けた。
「で、話を戻して、リサ坊。これからはこいつが直属の上司になる」
「はい」
真面目な表情に戻ったコンスタンティンは改めて、リサにジョセフのことを紹介した。
「よろしくな、リサ・アシュレイ副隊長」
コンスタンティンと仲良くしているだけあって、ジョセフもまた、かなり豪快な性格らしく、よろしく、と言いつつ、あくまで戦友として、という域を出なかったものの、彼女を抱いた。
「よ、よろしくお願いします」
突然のことにリサはびっくりしたものの、そう言えば警護官時代も、楽しかったときやみんなで大手柄立てた時によく抱き合っていたな、と思ったのですぐに落ち着いた。
そして迎えた昇進式。リサは王立騎士団の正装で臨んだ。式には、王立騎士団内部の行事であるため、国王や貴族、近衛騎士団の出席は見受けられなかったが、王立騎士団団長、同副騎士団長をはじめとして各大隊の隊長、副隊長、コンスタンティンをはじめとする伍長はおろか、他の騎士たちも揃っていた。
式の流れとして、騎士団長の訓示の後、一人一人に証書が渡され、その後昇進試験の時に騎士団長は不在だったため、軽い面談をするという感じでであった。
騎士団長ヴィルヘルム・リュヴィークは茶色の少し長めの髪、青い目をしていて、まだ見たことのない海の色であろうか、と、彼を初めて見た時リサはそう思った。訓示の最中、ずっと彼のことを見ていたリサだったが、果たして彼はこの婚約のことをどう思っているのだろうか、と少し疑問に思っていたが、一瞬彼の目が合ったときに、かなり憎悪に満ちた目で見られたことにより、彼もまたこの婚約に不満があるようだった。
昇進式はつつがなく終わり、証書を渡される際に、一瞬、リサに証書を渡したくない、というようなそぶりを見せただが、極一瞬の事であり、誰にも気づかれることなく彼女に証書は手渡った。
証書授与の後の面談は年齢順に行われ、リサは当然最後になった。
「リサ・アシュレイ、入りなさい」
専属の秘書官か、騎士団長室の前で待っていたリサに彼の部屋にいた文官が、彼女に声をかけた。彼女はいつもよりかなり重い足取り(当社比50%増)で、団長室へ向かった。
「第3大隊副隊長リサ・アシュレイ、入室いたします」
彼女は所属階級の後に名前を言った。正式に名乗るのははじめであったので、ようやく自分が昇進したのだと実感できた。
「入れ」
中から不機嫌さを隠さない声が聞こえてきて、リサは一瞬はいるのをためらったが、少し弱気になった自分を叱咤して、勢いのままに部屋に入った。
「失礼いたします」
部屋の中は非常に質素で、無駄に家具は無駄になく、質実剛健の王立騎士団を表しているかのようだった。騎士団長ヴィルヘルムは、部屋の最奥にあるテーブルに向かい合って、何かをにらみつけるかのようにしていた。リサは片手で扉を閉めたが、何も指示されなかったため、その場で立ちすくんでいた。数分間その状態でいたが、
「何をしている。そこに座れ」
と、ヴィルヘルムが言って、指さしたところに腰かけた。座ったソファはかなり質が良いのか、座り心地が良くて気が緩んだすきに寝てしまいそうなものだった。
「お前のことは聞いている」
ヴィルヘルムは表情を変えずにそう言った。
「それはどういう『意味』で、でしょうか。この騎士団内部のことを指しているのか、それとも――」
「婚約のことだ」
わかっていて言ったのだろう、とヴィルヘルムは怒ったように言ったものの、リサには全く想像がついていなかった、というか、彼女自身から切り出そう、と思っていたので、彼の方から言われるとは思っていなかったのだ。
「俺は外で働く女を好きにはなれん。もしお前がこの婚約話を進めたいならば、騎士団をさっさと辞めろ。それが出来なければ、こちらから婚約破棄させてもらう」
リサが少しむくれていたが、次に言われたことの方が衝撃だった。まさかそんな理由で婚約破棄をしたいと言われるとは思わなかったのだ。
「なっ」
「確かにあのおやっさんたちが、リサ・アシュレイはそもそも結婚に乗り気かどうか怪しい、と言っていたが、確かに騎士団に来ていて、さらに俺の最短記録を破る奴だとは思わなかった。普通の結婚を捨てて、騎士団に勤めている奴とは、こっちから結婚願い下げだ」
言われたのはいつもとは逆のパターンだった。だが、リサの領地内の話としてはこれが普通だったので、何をいまさら、と思ったが、しかし、その普通を彼は知らないのだろう、と思った。そうでなければこんな発言はできないはずだ。リサは少し叫びたい衝動を抑えて、
「申し訳ありませんが、それはこちらも同じです。私はヴィルヘルム様との婚約話はなかったことに差せていただきたい、と思います」
今度はヴィルヘルムの方が驚く番だった。
「今は事情を説明できません。しかし、私の方からも、この婚約は破棄させていただきたいと思います。今すぐはできませんが、半年後にはこちら――アシュレイ家の過失で婚約破棄をさせていただきたいのです」
通常、貴族界で婚約破棄をするには、婚約破棄の原因がある方に多大なリスクがある。したがって、誰も婚約破棄の原因を作りたくない。それをリサは、いや自分より下の子爵家が引き受けると言ったのだ。伯爵である彼にとってみれば、理由がわからなかった。
しかし、彼女は全く引く様子がなかった。それに対して、非常にヴィルヘルムは興味を持った。
「分かった。半年後にはその婚約破棄を受けよう。ただ、それまでは、社交会――近々王宮でパーティーがあるから、その時は婚約者のふりをしてほしいが、いいかな」
彼はニヤリと笑った。リサは一瞬、その笑みに恐怖を感じ、恐れおののいたが、はい、と確かに言った。
「では、今日から君は王立騎士団第3大隊副隊長だ。ジョセフに良く学び、しっかりと働いてくれ」
騎士団長との面談は、何だったんだろう、と、その夜さんざん悩むリサであった。





