№9 城下町にて
簡素なドレスに着替えたマリアローゼのもとに、ちょうどいい頃合いで使いの者がやってきた。城門までやってくると、すでにエディオネルが待っている。大きく手を振って歩み寄り、
「ああ、師匠! お待たせしましたね!」
「いえ、わたくしの方こそ……それより、護衛などはおつけにならないのですか?」
「はい、なにせ目立ちますからね。ここから私たちはただの市民です。師匠もそのように振る舞ってくださいね」
「ええ、もちろん」
「それでは、行きましょうか!」
エディオネルは機嫌良く歩き出し、マリアローゼはそのあとに付き従った。城門から離れ、ふたり並んで城下町へと歩いていく。
やがてたどり着いた城下町は、夕暮れ時とあってかひとで大いににぎわっていた。あちこちに市が立ち、酒場が酔客を呼び込んでいる。たいまつの明かりの中、たくさんのひとが行き交っていた。
「わあ……!」
初めて見る城下町の賑わいに、マリアローゼは目を輝かせた。
「素晴らしい眺めでしょう。これぞ、私の愛する街、市民です。さあ、こちらへ」
エディオネルにエスコートされて、マリアローゼは一軒の大きな酒場に足を踏み入れた。
ひと、ひと、ひと。酔っ払いから踊り子、商人たちや船乗り。酒場はひとでごった返していた。ひとごみに慣れていないマリアローゼは、それだけでくらくらする。
エディオネルは慣れた様子でそんな人波を進み、空いているテーブルの椅子を引いてマリアローゼを座らせた。自分も向かいの席に腰を下ろし、
「ここは葡萄酒と海老料理が絶品でして、ぜひ師匠にもと……」
「よう、エディ! 今日は女連れか、珍しい!」
エディオネルの言葉を遮って、船乗りらしい男が声をかけてきた。すでにかなり酔っ払っているらしく、上機嫌だ。
「おう、こりゃあ、えらく乳のデカいねえちゃんじゃねえか!」
「ご、ごめんなさい、これは大胸筋でして……」
「がはははは! そうかい! 面白いねえちゃんだ! エディ、しっかりモノにしろよ!」
言うだけ言って、男は次の客に絡みに行ってしまった。
嵐が過ぎ去ったような気分で呆然とするマリアローゼに、エディオネルは苦笑を向ける。
「申し訳ない。騒がしいところでして。どうにも、王城と同じくお上品にとはいかないのです」
「いえ、とても賑やかで、楽しいですわ」
「ならよかったです!」
笑顔で答えるエディオネルに、マリアローゼも破顔して、すっかりなごやかな市民の晩餐ムードになる。
そのあと、他の客に絡まれたり、おごられたり、女将さんのサービスなどもあって、まだ注文もしていないのにテーブルの上には料理が並んでいた。素朴だが、どれもおいしそうだ。
そういえば、ここへ来てからおいしいものなど食べていない。いや、王城では贅を尽くした料理が待っていたが、どれもロクに味などしなかった。
こうしてきちんとした料理を食べるのは、久しぶりのことだった。
注文した葡萄酒が届き、ふたりはジョッキを手に笑いあった。
「では、今日という一日に、乾杯!」
「乾杯……!」
がつん、と杯をぶつけると、おそるおそる葡萄酒に口をつける。
口に含んだ瞬間、弾ける芳醇な香りとフルーティな味わい。程よい甘みが酸味と調和して、ブドウの香りがすがすがしく鼻に抜けた。
「おいしい……!」
「でしょう、なじみの客にしか出さない、取って置きの葡萄酒です。さあ、どんどん飲んで食べましょう!」
ぐい、とジョッキを傾けてから、ナイフとフォークを手にするエディオネル。王城ではマナーがどうのとうるさい晩餐だが、ここは城下町、マナーなど無粋というものだ。
それを体現するかのように、エディオネルは豪快に料理を平らげていった。もちろん、マリアローゼの分を取り分けてからだ。
「……殿下、」
「ここではエディ、と」
「……エディ、ずいぶんと慣れ親しんでいるようですね」
エディオネルは完全に市民に溶け込んでいた。おっかなびっくりといったマリアローゼとは違って、城下町にはかなりなじみがありそうだ。
ラザニアを頬張りながら、エディオネルはにっこりと笑い、
「はい! 王城にこもりきりでは息が詰まりますし、市民の暮らしも見ておかねばなりませんからね。それに、食事も酒も王城よりずっとうまい」
本当においしそうに飲み食いしているエディオネルを見ていると、こちらまで食欲を刺激されるというものだ。
早速マリアローゼも、取り分けてもらった山盛りの料理にフォークを伸ばす。エディオネルお墨付きの海老のグラタンを口にすると、目をぱちぱちさせて、
「これも、おいしいです……!」
「よかった! まだたくさんあります、なにか好物がありましたら言ってください、注文しますので」
海鮮サラダを口に運びながら、エディオネルは言った。
しかし、一見暴食しているように見えて、メニューは実にバランスの取れたものだった。たんぱく質中心で、低カロリー。肉、野菜、魚介。すべて筋肉になるものだ。
こんなところまでストイックなエディオネルに、マリアローゼは密かに感心した。それでいておいしそうに食べるのだから、見ていて気持ちがいい。
いろいろな料理を口にしては、初めての味に目を輝かせるマリアローゼ。互いに料理の感想を言いながらおいしい葡萄酒を飲み、笑いあった。
ああ、こんな食卓、久しぶりだ。
自分は今、食っているのだ。エサを与えられている『ペット』ではない。みずからの意思で食事をしている。そして、それをおいしいと感じている。
「すばらしいごちそうですわ! わたくし、こんなの初めてです!」
「気に入っていただけてよかったです、師匠! 私もうれしいです!」
いかに料理がおいしいかを力説するマリアローゼに、エディオネルは快活に笑って言った。
そこで、マリアローゼは、はたと我に返る。
これでは、まるで……普通のデートではないか。
一組の男女が料理を囲んで酒を飲み、笑いあう。
これがデートでなくなんだというのだろう?
いや、違う。これは師匠としての自分をねぎらって連れてきてくれただけで……食事ごときでなにを舞い上がっているんだ自分は……これは普通の晩餐で、エディオネルがなじみの店を紹介したくて来たわけであって、決してデートなどでは……
「どうしました、師匠? 難しい顔をして」
複雑な心境が顔に出てしまって、百面相をしていたマリアローゼに、エディオネルが声をかけた。
はっとして首を横に振ると、マリアローゼは少し苦く笑い、
「なんでもありませんわ、エディ。こんなに素敵な場所に連れてきてくださって、ありがとうございます」
「いえいえ! せっかく城下町へ来たのですから! いっしょに楽しみましょう!」
マリアローゼの内心を知らず、また無意識に気を持たせるようなことを口にするエディオネル。
そんな一挙手一投足にこころを乱しながらも、マリアローゼは平静を装って料理を堪能した。




