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№28 POWER!!

№28 POWER!!

 インターバルを挟んで、第4ラウンドが始まる。予想通りの長丁場だ。


 エディオネルといえば、やはり右足を引きずるようなフットワークだ。まさか、この戦いで使い潰す気ではないか、そう思わざるを得ない、ロウソクの最後の輝きのような。


 苦痛にしかめられる顔に、マリアローゼはここでタオルを投げなければもう二度とエディオネルがボクシングをすることはないような気がしてきた。


 タオルを握る手にちからがこもる。


 もういい。もう充分に戦った。


 ボクシングができなくなるよりはずっといい。


 ……しかし、マリアローゼにはどうしても消せない思いがあった。


 エディオネルへの、恋人への信頼である。


 必ず勝つ、そう言ったエディオネルの言葉を信じたい。


 ここでタオルを投げるということは、その信頼に泥を塗る行為だ。エディオネルも、きっとそれを望んではいないだろう。


 今は見守ることしかできない。ひたすらに歯痒いが、ここで終わらせてはならないのだ。


 いくらつらくても、信じる。


 マリアローゼができることはそれだけだ。


 第4ラウンドが始まってしばらくして、やはり対戦者が仕掛けてくる。畳み掛けるようなラッシュをかろうじてスウェーでかいくぐるが、そのたびに右足に激痛が走っていることだろう。


 見ていられない。何度も何度も止めようかと思った。しかし、そのたびにエディオネルを信じるこころがうずくのだ。


 見届けなければ。たとえ敗北が答えだとしても。


 対戦者が猛攻を仕掛け、かろうじてエディオネルが逃げる。そんな展開で、第4ラウンドは終わった。


「エディ、右足が……」


 インターバル中、水を口に含むエディオネルを案じてかけた言葉に、顔を腫らしたエディオネルは気力を振り絞るような笑顔で応じた。


「……まだだ。まだ、やれます」


 その言葉には、暗に『最後まで戦わせてくれ』という色が込められていた。最後の最後までやらせてくれ、と。


 マリアローゼはそれにうなずくことしかできなかった。


「……どうか、勝ってくださいませ」


「当然です。あなたにチャンピオンベルトを捧げるまでは終われませんから」


 そう言うと、エディオネルはマリアローゼを軽く抱きしめ、戦場へ戻っていった。


 第5ラウンドのゴングが鳴る。


 慎重に間合いをはかりながら、エディオネルはなんとか対戦者と距離を取ろうとした。


 しかし、それを許すチャンピオンではない。


 ここで勝負を決めようとしたのか、強烈な踏み込みでエディオネルの懐に入る対戦者。もう一度あのラッシュが来ては対処できない。


 鋭いボディブローがエディオネルに迫る。必殺の気迫を感じる一撃だ。それは、今までのどの攻撃よりも速く、重く、鋭かった。


 思わず声を上げかけた。が、その言葉もエディオネルの眼差しを見れば引っ込んでしまう。


 カミソリのようなボディブローが、エディオネルの腹筋の表皮に届く。スローモーションのようにこぶしが肉をえぐろうとした、その刹那。


 集中力を総動員して、ぎりぎりで攻撃を見切ったエディオネルは、紙一重で半身をひるがえし、渾身のボディブローをかわした。


 対戦者の顔色が変わる。これは決定的な隙だ。


 待ちに待った好機だった。


『いけええええええ!!』


 観客たちが歓声を上げる。

 

 雄叫びを上げながら、エディオネルは必殺の右フックを放った。


 そのパンチはがら空きになった対戦者の脇腹をたしかにとらえ、振り抜かれる。


 吹っ飛ばされるように、対戦者のからだがリングに転がった。そして、そのまま白目をむいてしまう。


 試合続行不可能と見なしたレフェリーがエディオネルを止め、ゴングが鳴らされた。


 そのこぶしが高々と掲げられる。


 ……勝った。


 勝ったのだ。


 その事実が胸に染み込んでくるまでには、少し時間がかかった。


 観客たちの喝采で我に返り、マリアローゼは次第に込み上げてくる歓喜にからだをうち震わせ、目に涙をためる。それはとどまることを知らず強まり、いつしかマリアローゼは震えながら大泣きしていた。


 エディオネルは約束通り勝利したのだ。ボクシング界の頂点に、ついに立ったのだ。


 リング上でチャンピオンベルトが贈呈されるや否や、エディオネルはふらふらの足取りでリングサイドまで帰ってきた。


「……エディ……エディ……!!」


「どうか泣かないでください、マリアローゼ……いえ、この場合は『泣いてくれてありがとうございます』と言うべきか……」


 言葉に詰まって名前を呼ぶことしかできないマリアローゼに、エディオネルは大きなチャンピオンベルトを差し出した。


「あなたのために勝ち取ってきました。どうか受け取ってください」


 そのチャンピオンベルトを胸に抱きしめて、マリアローゼは余計に顔をぐしゃぐしゃにして涙をこぼす。


 そして、気がついたらエディオネルのくちびるにキスをしていた。


「マリアローゼ!?」


 とたんに顔を真っ赤にするエディオネルに、マリアローゼは泣き笑いの顔で告げる。


「今、どうしてもエディにキスをしたくなりました。ご無礼をお許しください」


 勝利の口づけはなによりも甘く、熱かった。


 ただ触れるだけのキスに、エディオネルがほころぶような苦笑を浮かべる。


「……どの一撃よりも効きましたよ。今度こそノックアウトされるところだった……」


 その言葉は決して冗談ではないのだろう。初めてのキスは、最高のタイミングで訪れた。


「わたくし、あなたのことをとても誇らしく思いますわ」


 マリアローゼはそう言うと、満身創痍のエディオネルのからだをいたわるように抱きしめた。エディオネルもまた、残っているちからのすべてを注ぎ込むような、かたい抱擁を返す。


「……強く、やさしく、かわいらしいマリアローゼ。あなたのおかげです。私も、あなたのことを誇りに思います」


 満面の笑みを浮かべたエディオネルが、再びマリアローゼのくちびるにキスを落とす。そして、その存在を確かめるようにぎゅっと抱きすくめるのだった。


 新しいチャンピオンの誕生に、会場は拍手喝采に包まれる。あちこちで号砲が鳴り、エディオネルの名前が叫ばれる。


 間違いない、エディオネルは勝者だ。痛みに耐え、ちからあることを証明した勇者だ。


 チャンピオンベルトと共に腕の中でまたうれし泣きをしながら、マリアローゼはこころからその勝利を祝福した。

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