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№22 『はじめて』同士

 ベスト8進出が決まれば、あとは準々決勝だ。


 新聞にも大きな見出しで試合結果が載っていた。さいわいなことに、リングサイドのやりとりは取り上げられていなかったが。


 あんな告白があったとは、誰も知らない。知っているのはマリアローゼとエディオネル当人たちだけだ。


 愛を告げられたとはいえ、具体的になにかがあるということはなかった。いつも通りにスパーリングをして、戦術論を戦わせ、城下町に繰り出して食事をして、ぶらぶらと散歩をして帰る。


 ほんの少し変わったことと言えば、互いに触れあうことに慎重になったことくらいだった。


 筋トレをしているところへ、いつものようにマリアローゼがフォームを正そうとエディオネルのからだに触れると、急速に心臓がばくばくし始める。


 相思相愛の男のからだに触れている、その事実がマリアローゼを赤面させた。


 マリアローゼは、ぱっと指を離し、エディオネルもからだをこわばらせる。


「……ごっ、ごめんなさい……!」


「いえ、私も……その、どのように接していいのかわからず……!」


 赤い顔を逸らしながら、互いに謝り合うのだ。


 ふと疑問を抱いたマリアローゼは、雰囲気を変えるためにもその疑問をエディオネルに投げかけてみることにした。


「……殿下、今まで恋愛ごとのご経験は……?」


 その問いかけに、エディオネルはばつが悪そうな顔をしながら、


「……今までずっとボクシング漬けでしたので、そういったことは……」


「……わたくしも、生まれたときからコレでしたので……」


 つまりは、恋愛初心者同士ということだった。ついでにふたりとも生真面目で奥手。これではいつまでたっても前に進まないわけだ。


 この事態を重く見たエディオネルは、トレーニングが終わって食事をし、王城に帰るまでの散歩の時間にアクションを起こした。


 川沿いを並んで歩いていると、エディオネルは唐突に大声を発する。


「て、手を繋ぎましょうか!」


「はっ、はい!」


 その勢いに押されたマリアローゼは、差し出された手をとっさに取った。恋人つなぎだ。手を繋いだことはあるはずなのに、ちから加減が思い出せない。


 結果、ふたりとも全力で手を握りすぎて、もはやアームレスリング大会のような様相を呈してしまった。しかし痛いとは言い出せずに、手汗だけがじっとりと手と手の間にたまる。


 がんばれ。自分たちは恋人同士なのだ。手をつなぐことくらいどうということはない……はずだ。


 おのれを鼓舞して、ようやく落ち着いてくる。恋人、恋人……と頭の中で繰り返し、繋いだ手をもぞもぞ動かして、ちからを抜いていく。エディオネルも同じようで、だんだんと手が痛くなくなってきた。


 最終的には、ふたりとも最適なちから加減で手をつなぐことができるようになった。ぎくしゃくとしていた足取りも、いつも通りのペースになる。


「殿下、今日の酒場のパンはおいしかったですね」


「ええ。牛肉の葡萄酒煮に浸して食べると、とてもうまかった」


「いつもより食が進んでいたのではないですか?」


「そうですか? しかし、食べすぎには気を付けないと」


「はい、明後日には準々決勝ですからね」


 つないだ手はそのままに、雑談などもできるようになる。


 しかし、それでは物足りず、マリアローゼは少し突っ込んだ話をしたかった。息を吸い、吐き、思い切って口を開く。


「……殿下は、わたくしのどういったところに魅力を感じてくださったのですか?」


 いかにも恋人同士らしい話題に、繋いだ手が少し緊張でこわばるのを感じた。それでも、エディオネルは真摯に答えてくれる。


「言ったでしょう。美しく、聡明で、強く、やさしく、繊細で……」


「あああああああやっぱりいいです! そんなに褒められると、わたくし……!」


 真っ赤になったマリアローゼに釣られるように、繋いだ手の温度が上がった。


「ともかく! 短くはない時間をかけてあなたを見てきたからこそ、私はあなたに恋をしたのです。ただ人間として尊敬するだけでは足りない、ひとりのレディとして、自分の手で守りたい、特別なひとりになりたい……いわば、あなたを独占したくなったのです」


「ど、独占……」


 ものすごい言葉が出てきた。そうするだけの価値を、エディオネルはマリアローゼに見出したということだ。


 自分だけのものにしたい、自分だけを見ていてほしい、自分だけにないしょの顔を見せてほしい……と。


 いい意味で我の強いエディオネルらしい感情だったが、いまだかつてない求められ方をしているマリアローゼは少し戸惑っていた。


 こんな風に、壊れ物のように扱われるのは初めてだ。


 なにせこの体格、周りにいたのは、逆になにをしても壊れないだろう、というリベリオネルのような輩ばかりだったのだ。


 だというのに、こんな風にレディとして愛を告白してくれて、丁重に扱ってくれるエディオネル。そんな男に感じる戸惑いは、しかし決して気分の悪いものではなかった。


「……わたくしも、エディになら独占されてもかまいませんわ」


 居心地の良さに微笑みながら、ぽつりとマリアローゼが漏らす。


 その言葉に、エディオネルはくちびるを引き結んで目を見開いた。


 エディオネルの様子に気付かず、マリアローゼは空気を変えようと道の反対側にいた影を見付けて、


「エディ、ほら、かわいらしい猫が!」


 道を横切ろうとしたマリアローゼを、突然にエディオネルが後ろから抱きすくめた。あまりにも唐突すぎる接触に、息が止まるかと思った。実際、少しの間止めていた。


 川べりの暗い夜道で抱きしめられて、ふたりは直立不動の石像のようになる。後ろから抱きしめられているのでエディオネルの表情はうかがい知れないが、耳にかかる息が熱い。アルコールは断っているはずなのに。


 固まっているマリアローゼに、エディオネルは言い訳をするように告げた。


「……これは……その……急に飛び出してしまっては、馬車にひかれるかと思いまして!!」


「は、はい!」


 互いに、それは単なる建前だと知っていた。こんな細い河原の道、馬車など通るはずがない。


 しかし、だからといって離れるということはなかった。際限なく上がっていく体温を抑えるすべを知らず、ふたりは真っ赤になったまま立ちすくんでいた。


 ふす、とエディオネルがマリアローゼのうなじに顔をうずめる。


「…………もう少し、このままでいいですか…………?」


「…………はい…………」


 長い沈黙を挟んでから、エディオネルは改めてマリアローゼのからだを抱きしめる。幼い女の子を怖がらせまいとするように、とてもやさしい手つきで。


 恋愛初心者同士、まだまだわからないことばかりで、手探りの状態だ。


 しかし、いずれ相手のことを恋人として知るうちに、対等で尊敬しあえる良好な関係を築けるようになる。


 そんな未来は簡単に見えてきた。


 だからこそ、マリアローゼはあのとき告白を受け入れたのだ。


 後ろから抱きしめる腕に、おそるおそる指を絡めてみる。


 すると、マリアローゼのからだを抱擁する腕に、少しちからがこもった。


 その素直さに、少しからだのちからが抜けて、マリアローゼはくすりと笑った。


 かわいらしい、そんな風に思ってしまったのだ。


 男、それも第二王子でプロボクサーであるエディオネルに対してその感想はどうかと思ったが、どうしてもかわいらしいと思ってしまうのだ。


 そうして、ふたりはしばらくひと気のない夜道で互いの体温を分けあうのだった。


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