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№16 星空の下で

 いかに体力が無尽蔵のふたりとはいえ、ずっと踊り続けているというわけにもいかない。目立ち続けるのも周りに気を遣う。


 少し休憩、とふたりは会場を抜け出して、シャンパングラスを片手にテラスへと向かった。


「わあ、きれいな星空ですよ!」


 空を見上げたマリアローゼは、興奮冷めやらぬ様子でドレスをひるがえして振り返る。同じようにエディオネルも星空に目をやり、


「本当だ、星があんなに輝いて見える」


 まぶしそうに笑って、マリアローゼをベンチへとエスコートした。ハンカチを敷いてもらった上に腰を下ろしたマリアローゼに続いて、エディオネルも隣に座る。


 まだ熱が引かない。足を止めても、こころはずっとエディオネルとワルツを踊っている。エディオネルもそんな気分らしく、共犯者のような笑みを近づけて、グラスを掲げた。


「……素晴らしい夜に、乾杯」


「……ふふ、乾杯」


 同じような笑みを浮かべ、グラスを合わせてシャンパンを一口。喉が渇いていたせいか、それは甘露のように感じられた。


 ぐい、とシャンパンを飲み干したエディオネルに、マリアローゼはからかい半分んで、


「殿下、今夜は飲みすぎませんよう」


「わかっていますよ」


 先日の失態を思い出しているのか、苦笑いで応じるエディオネル。


 マリアローゼはちびちびとシャンパンを飲みながら、ふと気づいてしまった。


 ……今夜は、一度も『師匠』と呼ばれていない。


 どころか、エディオネルはマリアローゼをひとりのレディとして扱っている。


 たとえそれが社交辞令だとしても、うれしかった。こんな風に女の子扱いしてくれる男性など、今までひとりもいなかった。誰も彼もが『君は私より強いだろう』とばかりに、レディとして扱うことを放棄していたのだ。


 いつしか、マリアローゼ自身も自分がただの女の子であることを忘れてしまっていた。


 しかし今夜、ようやく思い出したのだ。


 オシャレもしたいし、ダンスもしたいし、きれいだと褒められたい。


 そして、素敵な男性と恋をしたい。


 隣にいるエディオネルに胸の高鳴りを悟られぬよう、シャンパンを飲んでごまかす。顔は赤くなっていないだろうか? もし赤くなっていたら、アルコールのせいだと言い訳をすればいい。


 そんな時、ベンチに置いていた手が、つん、とエディオネルの手にぶつかった。


 沸騰しているヤカンに触ったような勢いで引っ込めようとしたマリアローゼの手を、しかしエディオネルの手は追いすがるように、ぎゅっと握りしめた。


 振り払おうかとも思った。


 正直、逃げ出したかった。


 だが、マリアローゼはそれをこらえてじっとしていた。シャンパングラスを持っているもう片方の手が震えている。


 今、自分が真っ赤になっているのがわかる。こればかりはアルコールのせいだと言い訳はできない。くちびるを引き結んで、瞼を伏せた。


 隣にいるエディオネルは、一体どんな顔をしてマリアローゼの手を握っているのだろうか? 確認したら最後のような気がして、どうしてもそちらを見ることができなかった。


 その代わり、マリアローゼはなけなしの勇気を振り絞ってその手を握り返した。強く握らないように、壊れ物を扱うようにそっと。


 星空の下、テラスでふたりきりで手を繋いで。そんな沈黙の中、春風がそよそよと吹いていた。


 どうしよう。


 こんなの、普通の女の子みたいじゃないか……!


 ふいに泣きそうになって、マリアローゼはきつく目をつむった。


 そして、目を開けるとちらりと隣のエディオネルを見やる。


 ……エディオネルもまた、顔を真っ赤にしてくちびるを引き結び、まっすぐ前だけを見ていた。気のせいだろうか、手汗をかいているような。


 マリアローゼと同じだ。


 エディオネルもまた、勇気を出して手を握ってくれたのだ。


 そこにあるのは、好意以外のなにものでもない。


 あたたかい、というにはあまりにも熱すぎるその思いを受け止めて、マリアローゼは鼓動がどんどん速くなるのを感じていた。スパーリングで息ひとつ上げないマリアローゼが、空気を欲しがって呼吸に苦しんでいる。


 胸が詰まる、とはこのことか。


 生まれて初めてこんな感情を抱いて、マリアローゼが感じたのは、少しの不安と、果てのないここちよさだった。


 エディオネルもまた、マリアローゼと同じ気持ちでいる。


 それがうれしくて、マリアローゼはこっそり泣きそうな顔で笑った。


 しばらくの間、ふたりは何も言わず、ただ手を握り合ったままベンチに座っていた。それを見ているのは星たちだけで、やがてふたりを探しに来たものに呼び戻されてダンスを再開するまで、ふたりだけの時間が過ぎていくのだった。


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