第八八話 諸葛亮、白羽扇に願をかける
「劉琦軍を吸収すれば、劉備の軍勢は二万を上回り、あるいは三万近くにまでふくれあがるでしょう」
と、魯粛は話を締めくくった。
「三万か。……たいしたものだ」
よろこばしいことであるはずだが、孫権は顔をしかめた。
じつは、孫権が即座に動かせる兵も三万程度でしかないのだ。
流浪の劉備が江東を統べる自分と同程度の兵を動かせることに、孫権は納得がいかないし、不愉快でもあった。
もっとも孫権の場合、あくまで即座に動かせる兵である。
各所に配置している兵を手元に集めれば、孫呉の兵は五万を超える。
ただ、そうもいかない事情があった。
孫権のもとに兵を集結させれば、当然のことながら各地の豪族に対する抑えが利かなくなる。
曹操の工作活動も活発化しており、それに誘われ、反乱の狼煙をあげる豪族も出てくるであろう。
豪族を服従させ南進した袁紹、豪族に足を引っぱられ許都に攻めこむことができなかった劉表、彼らと同質の悩みを孫権も抱えているのだった。
ともあれ、劉備軍が貴重な戦力であることはまちがいない。
劉備を選んだ魯粛の判断に納得し、孫権はうなずいた。
「劉琮が降伏した現状、同盟相手として劉備ほどふさわしい人物はいない、か」
「すべて私の功績ですな」
ちゃっかり魯粛がうなずき返して、孫権を嘆息させる。
「……それはそうかもしれんが、もう少し殊勝ないいかたはできんのか?」
「なにをおっしゃいます。私は他の誰よりも孫権さまにほめてもらいたいのです。この場で功績を隠す理由がどこにありましょう。主君に評価してもらおうと忠勤に励む。なんとも可愛げのある部下ではございませんか」
「自分でいうな。……いや、私はおまえに可愛げを見いださねばならんのか……」
孫権は絶句した。気が遠くなりそうだった。
家中での魯粛に対する評価といえば、おおむね「なんだあの図太い男は!」である。可愛げという言葉とは正反対だが、孫権もまったく同感だった。
孫権は頭痛をこらえるようにこめかみを押さえると、
「……して、劉備がよこした使者は、諸葛亮といったな」
「はっ、諸葛瑾どのの弟でございますな」
諸葛亮の兄・諸葛瑾は孫権に仕えている。
むろん魯粛とも知らぬ仲ではない。
「兄弟だけあって、諸葛亮も才知あふれる人物のようです」
魯粛が評すると、孫権はうなずいた。
「そうか。それは会うのが楽しみだ」
「それから、夏口への途上、劉備・諸葛亮と話しあい、策を練りました」
「ほう」
「劉備軍からひとつ、便宜をはかってもらうことになっております」
「便宜? どのような?」
「劉備は当初、知己の蒼梧太守・呉巨のもとに身を寄せようとした。そこを私が説得し、孫権さまと盟を結ぶべく夏口行きを決断した、という話になっております」
蒼梧郡といえば荊南のさらに南に位置する、交州の郡である。
呉巨を太守に任じたのは劉表だから、襄陽で会ったことがあるのだろうが、それにしても劉備はずいぶんと顔が広いようだ。
孫権は感心しつつ、首をひねる。
「劉備が行き先を変えたのは、おまえの手柄だ。と話を捏造するのか」
「功績が大きくなれば、それに見合うだけの発言権を得られましょう。私の発言権が増せば、主戦派も勢いづきます。我々が曹操と戦おうとしなければ、困るのは劉備ですからな」
その瞬間、孫権の双眸に怒気がみなぎった。
劉備が困る。つまり、家中が割れていることも、降伏派の声に押されていることも、劉備は知っている。魯粛が伝えたのだ。
「こちらの弱みをさらすとは、どういうつもりだッ!」
恥をかかされたように感じ、孫権は語気を荒らげた。
「なんと心外なおっしゃりよう。重要なのは家中の降伏派をいかにして抑えこむかです。劉備にどう思われようが、どうでもよろしいではありませんか。そんなことは些事にすぎませぬ」
魯粛は不服そうに口を尖らせた。
もちろん、その姿に可愛げなどあろうはずがない。
正論であるがゆえになおさらである。
「ぐっ……」
言葉を詰まらせる孫権に、魯粛はいけしゃあしゃあと、
「降伏派の勢いをそぐための策は、もうひとつ用意してございます」
「……申せ」
「諸葛亮に、ひとはたらきしてもらうことになっております」
冬になろうというのに、きびしさを感じさせぬ、穏やかな陽気だった。諸葛亮は久しぶりに豫章の地を踏んだ。江水の流れも、土の匂いも、十年やそこらで変わるようなものではない。当時の記憶とまったく変わっていないように感じられる。
変わったのは、人間だけだ。
かつて袁術の影響下にあった柴桑には孫家の旗がはためき、なにより諸葛亮自身と彼の周囲が激変している。あのころは叔父の諸葛玄が生きていた。諸葛亮は添え物にすぎなかった。
いまはちがう。
諸葛亮は大人になり、大きな使命を帯びて、柴桑にやってきた。
もはや誰かの背に隠れることは許されず、失敗も許されない立場である。
孫権の家臣たちに招かれたため、諸葛亮は会議堂に足を踏み入れた。
若い軍師が姿を見せると、立ちならぶ群臣がさまざまな視線を投げかけてくる。
値踏みの視線、好奇の視線、感情を見せぬ視線、なかには露骨に敵意のまなざしをむけてくる者もいる。
当然であろう。
魯粛の話によれば、この場にいる者の大半が、降伏論にかたむいているのだ。
彼らからしてみれば、諸葛亮は排除すべき敵にちがいない。
劉備の使者が同盟の締結を目的としていることは、誰の目にも明らかなのだから。
白羽扇を握る手が汗ばむのを、諸葛亮は自覚した。
――孔明先生は単身黒山賊の陣営に乗りこみ、賊軍一万を言葉のみで朝廷に帰順せしめたのだ。その難業と比較すれば、私に課された任務など、さして困難なことではあるまい。
孔明が聞いたら「はて? そんなことしたっけ?」と首をかしげそうなことを考えながら、諸葛亮は頼りない自分を奮い立たせようと、自分と同じ字の大賢にあやかろうと、胸元で白羽扇を揺らめかせた。
そして、微笑みで武装し、臨戦態勢をととのえる。
「荊州より参りました。姓は諸葛、名は亮、字は孔明と申します」
名乗るや、論戦がはじまった。
「河北を制圧した曹操軍は、またたく間に荊州も併合し、まさに旭日昇天の勢い。ましてや、曹操は漢の丞相である。これに逆らえば末代まで逆賊として語り継がれよう」
「曹操の勢威と大軍勢をおそれるのは無理からぬこと。ですが、逆賊とはなにごとか。曹操が朝廷を壟断しているのは明々白々。天子を傀儡としている曹操こそが、賊臣でありましょう」
諸葛亮は穏やかに答弁する。
「諸葛亮どの。劉備どのは、たしかに経験豊富な将軍である。彼の戦歴は認めよう。だが、曹操相手に敗北をかさね、いままた荊州を失った。敗北つづきのご主君について、どう思われるか」
「敗北をかさねたといわれるが、すべては劉琮の突然の降伏によるもの。前方を曹操軍、後方を劉琮軍にはさまれた状況では勝ち目がありません。我々にとっても、新野・樊城を放棄するのは苦渋の決断でした。しかしそれも、態勢を立てなおして曹操に挑まんがため。かえすがえすも、曹操との対決を決意していた、劉表どのが亡くなられたことが残念でなりませぬ」
諸葛亮は顔をしかめ、無念をにじませた。
「諸葛亮! 劉備の負け戦に孫呉を巻きこもうという、おまえの魂胆は見え透いている!」
「巻きこむ? それでは、我々がいなければ曹操は江東に手を伸ばさぬと? 見当ちがいもはなはだしい!」
論客らの舌鋒を一蹴すると、諸葛亮は高まった語気をやわらげて、
「降伏も手ではございます」
「……はっ?」
間の抜けた声があがった。孫権の協力を必要としているはずの諸葛亮が、降伏という選択肢を否定しなかったことに、意表をつかれたのだ。
「降伏したければ降伏すればいい、と申し上げているのです。臆病風に吹かれた者が当てにならぬのは、私どもも痛いほど理解しています」
寛容をよそおっていたものの、諸葛亮の言葉は痛烈にすぎた。
孫権の器量は劉琮と同程度、劉表に遠くおよばぬと決めつけたようなものである。
「孫権さまを臆病者とあざけるのか!」
色をなして反論したのは、いかつい顔をした白髪まじりの武人である。諸葛亮は、魯粛から仕入れた情報と照らし合わせた。主戦派の黄蓋であろう。
「これはおかしなことをいわれる。私は孫権さまとお会いしたことがないゆえ、その為人を直接判断することなどできませぬ。あなたがたがしきりに降伏をとなえるものだから、てっきり孫権さまが降伏を望んでいるのかと……」
諸葛亮は困惑してみせると、
「君命にしたがい降伏する。主君の身を案じるがゆえに、降伏をすすめる。これらは忠義にそむくものではありますまい。……ただし、保身のために主君を売りわたそうとする。こればかりは言語道断の行為であるといわざるをえません」
汚らわしいものにでも触れるかのような声がひびきわたると、それまでまったく表情を動かさなかった男がはじめて眉を動かした。
顔にきざまれた年輪と白髪頭から見てとるに、黄蓋と同年代であろう。周囲の者がうやうやしい態度をとっていることから、重鎮であることがうかがえる。くわえて謹厳かつ碩学らしき風貌とくれば、降伏派の中心人物である張昭にちがいなかった。
どうやら張昭は、諸葛亮の狙いを察したようであった。
この場に集まった人々は、諸葛亮が孫権と盟を結びにきたことを知っている。
それゆえ、彼の狙いが降伏派を論破することにある、と思いこんでいたであろう。
そうではない。
降伏派を屈服させるのではなく、分断させることに諸葛亮の狙いはあった。
すなわち、張昭に代表される主君の身を案じて降伏をすすめる集団と、自己保身のために主君を売りわたそうとする集団である。
諸葛亮は降伏派という大きな集団には一定の理解を示しつつ、主君を売ろうとする人物だけを名指しで批判していった。
降伏するか否かならばともかく、主君を売ろうという浅ましい性根を暴露されるのだ。彼らからしてみれば、たまったものではない。ひとり、またひとりと、彼らは諸葛亮の鋭鋒の前に沈黙させられていった。
なぜ、保身のために主君を売ろうとしている人物を、名指しで批判できるのか。
種を明かせば、魯粛のしわざである。
劉備たちが魯粛に便宜をはかったように、魯粛も諸葛亮に便宜をはかった。
その中身がなにかというと、情報であった。
この場に集まるであろう人々の特徴や立ち位置から、降伏派に属する人々の魂胆まで。
ありとあらゆる情報が、諸葛亮の頭の中には、すでにおさめられていたのであった。




