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第五九話 三人の弁士


 孔明を救出したからには、もはや賊軍のうごめく北へとむかう理由はない。

 司馬懿は来た道をひきかえすよう部下に指示を出すとともに、任務の成功を伝えるため、洛陽に伝令を送った。


 その伝令が洛陽に着くころ、情勢はさらに動いていた。

 黒山賊が、頭目である張白騎の首を持参して、降伏を申し出てきたのである。


 こうして、司隷シレイで勃発した三か所の反乱のうち、最大の勢力だった張白騎の乱が、まず幕をおろしたのだった。




 黒山賊一万、胡孔明に説き伏せられ、ことごとく投降す。


 馬超のもとにその報がもたらされたとき、彼らは澠池ベンチに到着し、いままさに張琰チョウエン軍を視野におさめようとしているところだった。


「一兵も用いることなく、賊軍一万を帰服せしむるとは……。さすが孔明先生だ!」


 馬超は満腔まんこうの敬意をもって賞嘆しょうたんした。

 道案内役の張既もうなずいて、


「これで前方の憂いはなくなりました。あとは張琰を討ちとれば、洛陽周辺は平穏を取りもどすでしょう」


 馬超はかろやかに笑った。


「張琰ごとき、ひとひねりにしてくれる」


 笑いをおさめ、彼は気をひきしめるように口をむすんだ。

 副将の龐徳が、レイ城のまえに布陣している張琰軍を観察して具申する。


「平原が広がっているとはいえませんが、入り組んだ地形でもありません。騎兵を展開させるのに、なんら問題はありませんな」


 勝利をうたがう要素は、どこにも見あたらない。


「さあ、一気に片づけるぞ」


 必勝の自信をみなぎらせた馬超の声に、龐徳も豪語で返す。


「はっ、夕刻までには終わらせてみせましょう」


 夏の日ざしが彼らの鎧兜をあぶり、短い騎影を大地に色濃く焼きつけている。

 すでに日は中天をまわろうとしていたが、龐徳の言葉を大言壮語だと思う者はひとりもいなかった。




 ――自分には反乱を起こす正当な権利がある。張琰はそう信じていた。


 なぜなら、洛陽周辺は復興にわきたっているのに、彼はなんの利益も享受していないのだ。


 そればかりか流民が減ったことによって、私兵や農奴のなり手が少なくなり、部曲ぶきょく(豪族の私兵組織)や荘園を維持するために腐心しなければならない。


 不満は鍾繇の施政にむけられた。


「くそっ、下々の者ばかり優遇しおって。なぜ豪族である私が、ないがしろにされねばならぬのだ」


 張琰は周囲の誰より贅沢な生活をしているのだが、大衆の暮らしぶりが改善されていくにつれ、相対的に自分が不幸になっていくような錯覚さえ抱いていた。


 その身勝手な不満と度しがたい錯覚は、彼を破滅的な戦場へといざなった――。




「き、来たぞ」


 と張琰軍の兵士が叫んだ。


 天下一とうたわれる騎兵軍団が、大気をふるわせ、大地を揺るがしせまりくる。


 張琰は、経験したことのない戦慄と恐怖にあえぎながらも、車上から命令を発した。


「弓兵、かまえ――」


 射よ、とつづけるより早く、馬超軍から矢が放たれた。


 数百の矢が突風となって吹きつけてくるのだ。

 張琰軍としては、盾をあげて身をかばうよりほかはない。


 やじりの風が一陣、二陣と吹きぬけたかと思うと、彼らの眼前には馬超軍が肉薄している。


 鏃の突風は、白刃の暴風の前触れでしかなかった。


「突進! 一気に攻めたてろっ!」


 怒声と馬蹄をとどろかせ、馬超軍の人馬が戦場を駆けぬける。


 騎兵と戦うには機動力を封じねばならないが、張琰軍の兵士たちは堀にも逆茂木さかもぎにも守られていなかった。


 兜を割られ、鎧をつらぬかれ、血まみれの肉袋と化していく兵士たちを見て、張琰は真冬に井戸水をぶちまけられたかのようにふるえあがった。


「ふ、ふせげ、ふせげッ!」


 と青ざめた顔で命じるも、兵士たちはあふれだした恐怖心に足をとられて、逃げまどうばかりだった。


 いいつけを守ろうとしない部下には、むちをくれてやらねばならない。

 だが、しつけるにしても、まずは張琰が生きのびてからである。

 彼は豪族の誇りをかなぐり捨てて、さげすむべき下々の者にならおうとした。


 あわてて車から降り、逃げだしたのだ。


 車は目立つうえに小回りがきかない、と判断したのだが、ここでひときわ豪奢ごうしゃな鎧を身につけていたことがあだとなった。


「あれだっ、逃がすなっ!」


 大将首を逃がすまいと、馬超軍が殺到する。

 みずからの足で逃げようが、車で逃げようが、逃げきるのは不可能であった。

 馬超軍の騎兵が追い抜きざまに戟をはらい、張琰の頭をしたたかに叩いた。


「ぎゃあッ」


 張琰は悲鳴をあげて倒れ伏した。

 その背に、戟が、矛が、槍がつぎつぎと突きだされる。


 実質的には、この瞬間に張琰の乱は終焉を迎えていたといえる。

 しかし、戦場に敵の姿があるかぎり、殺戮さつりくが終わるはずもない。


 馬超軍は敵兵を追いまわし、張琰軍の兵士たちは望んでもいないのに、主人と命運をともにさせられていった。


 彼らは主人に対して少なからぬ負の感情を抱いていたが、その死をよろこぶ余裕はあたえられなかったのである。


 流血がやんだとき、日はかたむき、空はあかね色に染まっていた。

 龐徳の宣言どおり、夕刻には決着がついたのであった。




 澠池県から見て、河水をへだてて北に位置するのが河東郡である。

 ここでも衛固エイコという豪族が中心になって、曹操に反旗をひるがえしている。


 新任の河東太守・杜畿トキは、衛固を説得するために任地へとむかった。


 危険を承知のうえで、


「反乱が起こっているのに、太守がなにもせずに洛陽に座していてどうする。それではみずから太守失格だと認めるようなものであろう」


 と判断せざるをえなかったのである。


 杜畿には豪族のような部曲もなければ、鍾繇のような援軍を呼びよせる発言力もない。


 ならば、己の身を賭けるしかないのだ。


 実際、軍を動かさずにおさまるのなら、それにこしたことはなかろう。

 戦になれば、反乱とは無関係な民にも、甚大な被害がおよぶのだから。


 杜畿は河東に知己が多く、衛固とも顔見知りである。

 話ぐらいは聞いてもらえるはずだった。


 ところが彼の計画は、衛固と再会した瞬間に頓挫とんざしてしまう。

 同行した郡の役人たちが、皆殺しにされてしまったのである。


 ただひとり生かされた杜畿は、己の見通しの甘さを呪った。

 話せばわかるなどという甘い考えが、部下たちの死につながってしまったのだ。


「もはや説得などという生ぬるい段階ではあるまい。衛固を許してはおけぬ」


 とはいえ、杜畿は無力だった。

 生きるために、敵に頭を下げねばならなかった。

 名ばかりの太守となった彼は、怒りを押し殺して、衛固を都督に任じてやった。


 最初は警戒していた衛固も、太守がへりくだるのは気分がよかったらしい。

 しだいに杜畿をあなどり、警戒をゆるめていった。


 そうして気が大きくなった衛固は、軍事力を欲した。


「わが軍勢はまだ五千ほどだ。河東を支配するには心もとない。大規模な徴兵をおこない、せめて一万までは増やすべきであろう」


 反乱軍の膨張だけはふせがねばならない。

 杜畿はもっともらしく誘導をこころみる。


「急いで大量の兵士を集めようとすれば、どうしても質の低い兵士が多くなってしまいます。あわてず急がず、精兵を選抜すべきでしょう。河東が戦場になるのであれば、地の利は衛固どのにあります。少数であっても精鋭でさえあれば、大軍にも抗しえるでしょう。烏合の衆となるのだけはさけねばなりません」


 少数精鋭をもって大軍を撃破する。なんと蠱惑こわく的なひびきであろうか。


 それが絵空事であることを、兵法書を読みあさった杜畿はもちろん知っているが、衛固はそのとおりだと信じこんだ。


 このようにして、杜畿が苦汁をなめながらも、こっそり反乱軍の足をひっぱっていると、ついに転機が訪れた。


 黒山賊一万、胡孔明に説き伏せられ、ことごとく投降す。


 その一報が河東にとどいたのである。


「おお……。さすが胡昭どのだ。三略にある『柔よく剛を制す』とは、まさにこのことであろう。兵法の真髄を見た思いである」


 杜畿は感服することしきりだった。

 ともあれ事態は動きだしたようだ。


「張白騎の乱がおさまったのであれば、張琰の乱もすぐに鎮圧されるはずだ。……そろそろ潮時か」


 さいわい衛固は油断し、監視はゆるんでいる。

 杜畿は巡見に出るふりをして、そのまま姿をくらました。




 それから数日後、馬超軍が張琰を討伐したとの報がとどいたとき、杜畿の姿は張辟チョウヘキという城にあった。


「つぎは自分の番だと、察しの悪い衛固もそろそろ気づいたであろう。……危ないところだったな」


 衛固のもとにいたら、いまごろ監視は強化され、脱出は不可能になっていたであろう。監禁され、人質にされていたにちがいない。官軍相手に人質など、なんの役にも立たないのだから、その時点で杜畿の命運は尽きたも同然である。


 杜畿は死地から脱出したことをあらためて実感すると、兵士たちに檄をとばした。


「さあ、防衛の準備を急ぐぞ! 衛固はきっと攻めてくる。だが、おそれることはない。味方が到着するまで持ちこたえれば、われわれの勝ちだ!」


 張辟に逃げこんだ杜畿は、衛固討伐の兵を召募している。


 なんといっても、河東太守の布令である。

 それも群雄が勝手に任命したまがいものではなく、朝廷から派遣された正式な太守の声明なのだ。


 志願兵は諸県から集まり、日に日に勢いを増していた。なかには役人の姿もある。


 杜畿は、衛固の支配から脱却して、ようやく本来の権限をとりもどしたのだった。


 ところで杜畿は、孔明から青嚢書をさずかった最初の人物である。

 その青嚢書には、武術から派生した五禽戯ごきんぎという健身法が記されていた。


 ――武術、すなわち中国拳法は、もともと戦の教練としてはじまり、すぐに養生の効果を認められて普及していった。


 医者に位あり。上医といい、中医といい、下医という。

 上医とは、どのような医者を指すか。

 病気を治療するのではなく、未然にふせぐ者こそが上医とされる。


 当代の名医・華佗も、当然のように予防法に力を入れていた。

 彼が考案した健身法――それが、五禽戯である。


 その日は暑く、五禽戯を日課としている杜畿は、上衣うわぎを脱いでいた。

 流れるような動作で、ももをあげて片足で立つと、大きな鳥が翼を広げるように両腕をはばたかせる。


 彼は筋骨隆々とした大男ではないが、精悍な体つきをしている。

 上半身の張りつめた筋肉は、見る者の多くに、力強さとたのもしさを印象づけるに充分であろう。


 そこへ、兵士があわてた様子で駆けよってきた。


「杜畿さまッ! 衛固の軍勢が攻めよせてきました!」


「そうか……来たか」


 杜畿は手早く上衣を着て、城門の上に急いだ。


「杜畿ッ! よくも騙したなッ!」


 と声を張りあげたのは衛固である。彼は反乱軍の先頭に馬を立てていた。


「衛固、かねてよりおまえに聞きたいことがあった。なぜ勝ち目もないのに、反乱など起こしたのだ?」


「勝ち目がないだと? 笑わせてくれる。曹操の天下がいつまでもつづくものか」


「どういうことだ?」


「あの董卓ですら、あっさり暗殺されたのだぞ」


 意外な言葉に、杜畿は目を見ひらいた。


「なにをいう。中原を制し、河北を平定しつつある曹司空は、董卓などよりはるかに強大で安定した基盤を築いているではないか」


「いいくるめようとしても、もうその手は食わん! 私はこの身をもって知っている。董卓と比べれば、曹操などそよ風のようなものよ!」


「ほざいたな、衛固。そこまでいうのなら、私の首をとってみろ。おまえにはこの城ひとつ落とせはせんぞ」


「いわれんでも攻め落としてやるわ。容赦はせんぞ。城のなかでふるえているがいい!」


 馬首をめぐらして自陣にもどる衛固を、杜畿は困惑顔で見送った。

 漢朝十四州のうち、七州をおさえた曹操を見くびるなど、彼には思いもよらぬことだったのだ。


 これは張琰にもあてはまるが、衛固は曹操の巨大な力を実感していなかった。


 かつて董卓の暴政にさらされていたこの地域の豪族たちにとって、曹操からうける圧力はそよ風でしかなかった。


 そもそも司隷は、なかば独立した裁量権をもつ鍾繇によって統治されているのだから、曹操の影が薄いのは、ある意味当然ともいえる。


 それでも天下の趨勢すうせいを見きわめようとすれば、おのずと曹操の力に気づきえたであろう。


 だが衛固や張琰の関心は、天下国家ではなく、あくまで地元にそそがれていた。

 彼らは骨の髄まで豪族であり、自分の権益を維持・拡大することしか考えていなかった。


 その結果、無謀な反乱を、無謀と判断できなかったのである。




 翌日、張辟城の攻防戦は開始された。


 徴兵して六千に増えた衛固軍は、破城槌はじょうつい井蘭せいらん車をもちだして攻めよせた。


 衛固は、自分をあざむいた奸佞邪知かんねいじゃちの太守を、ハエのごとく叩きつぶしてやるつもりだった。もともと、馬のあわない相手である。


「ふん、杜畿も徴兵していたようだが、この短期間ではたいした数は集まるまい」


 と、たかをくくっていたのだが、彼の予測は完全にはずれた。


 張辟につどった志願兵は、吏民あわせて四千人を超えた。


 衛固の傀儡かいらいとして、屈辱の日々を過ごしながらも、杜畿はひそかに各地の長老たちに協力を要請していたのである。その根まわしが功を奏したようだった。あるいは、衛固はよほど人望がないのかもしれない。


 志願兵たちは、杜畿の指揮に忠実だった。

 城壁に接近する攻城兵器に油壺を投げかけ、油でぬれたところに火矢を射かけて燃やしていく。

 彼らは一糸乱れぬとまではいかないが、懸命に城を守り、守り抜いた。


 七月中旬、城壁上の守備兵がおどろきの声をあげた。

 彼が指さす先に、あらたな軍勢が見える。

 その旗印が鮮明になると、おどろきの声は歓喜の声へと変わり、城内に伝播でんぱしていった。


 待ち望んでいた援軍が、ついに到着したのである。

 鍾繇・夏侯惇・馬超の連合軍、約3万であった。




 鍾繇と司馬懿はくつわを並べて戦況を見まもっていた。

 味方の大軍勢が、衛固軍を半包囲して、のみこんでいく。


「こたびの反乱は、わしの責任だ」


 勝利を目前にしながらも、鍾繇の声はかげっていた。

 表に出せる感情には制限があり、総大将として勝利をよろこぼうにも、為政者としての反省が心の中央に居座って動こうとしないのである。


「…………」


 司馬懿はなにも答えず、かすかに眉を動かした。


「軍事力を軽視しすぎたのだ。力でおさえつけねば従わない者もいる。そうした連中に対する備えが甘かったのだ。……わしは、豊かな生活をとりもどせば、人心は落ち着くと思っておった。それがまちがいだったとはいわぬ。だが、甘かったのだ」


 左翼の馬超軍、中央の鍾繇軍、右翼の夏侯惇軍。

 どの戦線も反乱軍を圧倒しているが、両翼と比べてしまうと、鍾繇軍の前進速度は遅々としていて、見劣りがする。


「馬超軍はいわずもがな。夏侯惇軍もそれに劣らぬ奮戦をみせておる。まあ、最も兵力が多いというのもあるが、それだけではない。夏侯惇軍の中心にいるのは、曹司空に長く従軍してきた古参兵たちだ。わが軍とは経験も練度もちがう」


 鍾繇は自嘲気味にいった。


「いずれにしても、こたびの反乱鎮圧における第一功は、夏侯惇どのでも、馬超どのでもありますまい」


 司馬懿が若者らしくない、淡々とした声で応じた。


「うむ、そのとおりだ。杜畿も賈逵カキも、じつにあざやかな手腕であった」


 もうひとりの、最大の功労者の名を、鍾繇は口にしなかった。

 彼らのあいだでは、いうまでもないことであったから。


 徐州、青州、ヘイ州……、曹操領各地で生じた反乱はまだつづいている。

 他州にさきんじて反乱平定をなしたのは、鍾繇がおさめる司隷だった。


 その功績が、


 衛固軍の拡大をふせぎ、張辟城に誘いだした、杜畿伯侯(ハクコウ)

 張琰から兵を騙しとり、レイ城にくぎ付けにした、賈逵梁道(リョウドウ)

 そして、一兵も用いずに、黒山賊一万を朝廷に帰順させた、胡昭孔明。


 彼ら三人の弁士に帰せられることは、誰の目にもあきらかであった。




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― 新着の感想 ―
[一言]   いいぜ ヘ(^o^)ヘ         |∧         / てめえが 何でも思い通りに 出来るってなら          /       (^o^)/      /( )     …
[良い点] さすが孔明先生だっ! と、どんどん(望まない方向に)名前が広がっていく(笑)
[一言] え? 義を説き仁を説き帰順せしめた後に単独で脱出まで成功させたって? 流石孔明先生。 多分だけど、仮に一万どころか十万だったとしても同じ結果だったろうね。 やはり戦乱の世に必要なのは武ではな…
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