表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/159

第十七話 孔明の提案


 私たちは表に出て、涼州の馬術を見学していた。

 長安城内の庭では、馬超と韓遂の護衛、二名の武人が馬をはしらせている。


「……見事なものですね」


「うむ」


 司馬懿がもらした感嘆に、私はうなずく。


 かたいひづめの音が、途切れることなくつづいていた。


 馬超は芦毛の愛馬を、足だけで巧みにあやつっている。

 槍を右へ左へ鋭くしごき、最後に頭上で旋回させる。緑色の槍が白銀の鎧に映えて、京劇のように華やかだ。……京劇見たことないけど。


 次に、馬超は弓を手にとる。

 揺れる馬上をものともせず、彫像のように身じろぎもせず、矢をつがえずに引き絞る。狙いを定めて、弦をはじく。これまた右に左に、後方に。次から次へと、弦音を響かせていく。


 そして、ふたたび槍にもちかえる。

 もう一方の手で手綱を握るや、芦毛の馬はぴたりと足をとめた。と、そのまま横歩きにうつってから、後退をはじめる。

 軽やかな蹄の音は、まるで踊っているみたいだ。


 まさに、人馬一体。

 流れるような一連の動作には、見惚みとれるしかない。私は素直な感想を口にした。


「これを見るだけでも、長安まで来たかいがあったというものだ」


 仕事を手伝ってくれ、と鍾繇にいわれたとき。

 私は正直にいうと、めんどくさいと思った。

 厄介だなあ、とも。

 だって交渉相手が、反乱マイスターの韓遂だもの。


 けれど、顔を貸すだけでいいといわれれば、断るわけにはいかない。


 私が暮らしている陸渾は、洛陽盆地の南端、盲腸のようにくっついた場所にある。

 この一帯を取り仕切る兄弟子との関係は、おざなりにするわけにはいかなかった。


 つきあいを優先させた形だったけど、来てよかった。


 ――ああ、『きん馬超』とうたわれただけあって、当時の人からも輝いて見えたんだ。


 思い返せば、この時代に生をうけて、もうそろそろ四十年になる。

 いつも戦の回避に全力だったから、有名武将の雄姿を見る機会もほとんどなかった。


「ははは。いかがかな、われらの馬術は」


 誇らしげな声がした。韓遂だ。


「……と自慢したいところだが、あのあぶみという馬具がなければ、ああも上手くはいきますまい。胡昭どのの発明は、騎兵の運用に変革をもたらすやもしれませんぞ。なんとも、すごいものを発明されましたな。はっはっは」


 さきほど声を荒らげたのがうそのように、韓遂は上機嫌だった。


 ……なるほど、わざとだったか。


 私が名士ムーブをすることで、交渉に干渉しないと意思表示しているように。韓遂も気分を害したふりをしていたのだろう。


 交渉の場を、屋内から屋外へとうつすために。


 自分が用意した場所で交渉できれば、それだけ心理的に余裕がもてる。

 鍾繇が用意した部屋より、屋外のほうが韓遂にとってはやりやすい。


 となると、次は、


「しかしながら、彼らはもとよりすぐれた騎手だ。どうかな、胡昭どの」


「……うむ?」


「あなたの発明品が、われらの兵にどれほどの効果をもたらすのか。直接その目で、たしかめてみてはいかがかな?」


「…………」


 韓遂の陣へと、誘いこもうとする。そういうことだ。


 韓遂と馬騰はそれぞれ千の兵をもって、長安郊外に陣どっている。

 彼らにとって、ベストな交渉場所はそこだろう。


 私は無言でいた。口をはさむ人物がいるであろうことは予測できた。


「おぬしらの兵を何人か、城内に呼び寄せるぶんにはかまわぬぞ。だが、あの護衛たちから感想を聞くのが、さきではないかな。韓遂どの」


 案の定、鍾繇がくぎを刺すようにいって苦笑した。


「ふむ……。では、そうするとしようか。おおーい!」


 そう上手くはいかぬか、といわんばかりに、こちらも苦笑をひらめかせてから、韓遂が遠くに呼びかける。


 馬超と韓遂の護衛は、その声にすぐさま反応した。


 芦毛の馬と栗毛の馬。

 騎馬は競うように、ほぼ同時にもどってきた。

 下馬するのもほぼ同時、わずかに早かった韓遂の護衛が、


「胡昭どの。あぶみの乗り心地、まこと素晴らしいものでございました」


「この閻行エンコウは、わが軍随一の勇将。関中においても比類なき剛の者よ」


 主君に紹介され、韓遂の護衛はうやうやしく拱手した。


閻行エンコウ、字を彦明ゲンメイと申します。以後、お見知りおきを」


「……うむ、よしなに」


 ん、閻行? もしかして……。


 閻行はちらと馬超を見やって、


「ふふふ、そうむくれるな。関中一の座は、まだまだおぬしには早い」


「…………」


 馬超は苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。


「私と馬騰は、かつて敵対しておってな。戦をしたこともある。その際、閻行は一騎打ちで馬超を圧倒しておるのだ」


 韓遂の説明が、前世の記憶と一致した。


 やっぱりそうだ!

 馬超に一騎打ちで勝った武将だ。


 いわれてみれば、ご立派なお体、お強そう。

 馬術でも、馬超と遜色ない動きをしていた……ような。

 あまり見ていなかった。失礼いたしました。


「あくまでも、三年前のことにございますれば」


 馬超が不機嫌そうにいいすてた。馬騰が深々と嘆息して、


「今でも顔を合わせるたびに、この調子よ。敵対していたのは、過去のことだというのに」


「父上、ちょうどよい機会ではありませんか」


「む、なにがだ?」


 馬超は、槍の石突きで地を突いた。

 若獅子の両眼に、挑戦とも挑発ともとれる光がやどる。


「馬に乗り、槍をふるい、矢を放つ真似事をする。

 それだけで、あぶみを試すのに万全といえるでしょうか?

 もっと実戦に近いほうがよいのでは?」


 好戦的な言葉に答えたのは、馬騰ではなく閻行だった。


「ほう、……私との手合いを所望するか。おもしろい」


 ふたりの武人が、視線をかわす。


「いつまでも、過去の勝利を誇られてはたまらぬ」


「今なら勝てる、と聞こえるぞ。ふん、ひろった命だろうに」


 これはもしや、……一騎打ちが発生しようとしてる?



 ふと、懐かしい記憶がよみがえった。

 前世の記憶、小学生のころ、学校の図書室で三国志の漫画を読んだ思い出だ。


 その漫画は全巻そろっていなかった。表紙カバーなんかとっくになくなっていて、すり切れてボロボロになっていた。それでも、私にとってはお気に入りだった。


 ほかにも歴史物はあったけれど、三国志ほど心を躍らせたものはなかった。一番わくわくしたのは、やはり豪傑同士の一騎打ちだったと思う。……一騎打ちのほとんどが三国志演義での創作だと、あとで知って、ちょっとがっかりもしたっけ。



 その一騎打ちを見る、チャンスかもしれない。


 戦場でおこる本物の一騎打ちでこそないが、けっして練習ではない。


 意地と誇りをかけた、真剣勝負だ。


 ましてや、馬超クラスの一騎打ちとなると、きっと私が目にする機会は二度とないだろう。


 馬超と閻行、双方ともに視線をそらそうとはしなかった。

 にらみあったまま、圧迫するような緊張感が場を支配する。


 それにつられて、期待が高まるのを胸に感じる。


「これ、閻行。客人の前だぞ」


 韓遂が注意するも、閻行の耳には入らなかったようで、


「そういえば、馬超よ。ずいぶんと立派な鎧を身につけているではないか。

 おぬしの代わりに風穴をあけた鎧には、ちゃんと感謝したか?」


「むっ」


「ふふふ、わがほこを折ってくれたあの鎧には、私も感謝せねばならぬ。

 あやうく、馬騰どののご子息を殺してしまうところであった」


「……三年前のようにはいかぬ」


「三年前とちがうのは私も同じこと。特別にきたえたこの虎頭湛金槍ことうたんきんそうこそ、折れることのない、関中一の勇士の証よ」


 閻行は頬を獰猛どうもうにゆがめながら、手にした槍を勲章のように誇った。


 それは黄金の虎をしつらえた、輝かしい槍だった。

 馬超がもつ緑色の槍もあざやかで印象深いが、閻行の槍はそれ自体が威をはなっているかのようだ。


「ふたりとも、黙れ」


 馬騰の声はしずかだった。が、有無をいわせぬ強さと重みがあった。


「やれやれ、一騎打ちの真似事だと? そんな危険なことを許すわけがなかろう」


 あごをなでながら、韓遂も軽はずみな行動をいましめた。その冷や水を浴びせるような声と視線が、ひりつく空気をたちまち雲散霧消させてしまう。


 まずい。主君がそろって乗り気でない様子。

 このままでは一騎打ちはお流れになってしまう。


「父上、韓遂どの、なにをおっしゃるのですか。手合わせなど、めずらしいことではありますまい」


「刃を布で包めば、問題はなかろう。それで怪我をするような軟弱者は、捨ておけばよい」


 馬超と閻行が反論を試みた。

 だが、彼らの主君はかけらも感銘をうけなかったようだ。


「ならん。頭を冷やせ」


「ぐっ……」


 馬騰が息子を黙らせた。


「閻行、おぬしも時と場所を考えろ」


「……ははっ」


 韓遂の叱責に、閻行も頭をさげる。


 だめだ。やはり主君には逆らえない。

 だが、私は馬超の一騎打ちを見たいのだ!


 一騎打ちを実現させるには、外部からの圧力が必要に思えた。

 ここは、私が説得するしかない。



 私の脳内で、一騎打ち推進委員会が発足される。


 孔明Aいわく、

「馬超は、めずらしいことではない、といいました。

 手合わせそのものは、普通におこなわれているのでしょう」


 孔明Bいわく、

「韓遂は、危険なことは許さない、といいました。

 つまり、危険を減らす方法があれば、説得は可能と思われます」


 孔明Cいわく、

「韓遂は、時と場所を考えろ、ともいいました。

 なるほど、私たち外部の者をむかえる場で、死者でも出たら縁起が悪い。

 これも、危険を減らせばよろしいかと」


 ……なんということでしょう。

 どの孔明も自分の顔をしてるせいで、イマイチ確信がもてません。

 けれど、まちがってはいないはず。


 前世の記憶を洗っていく。


 なにかヒントになるものはないか。


 探して、探して………………見つけた。


 思い当たったのは、世界中の不思議やミステリーを発見すると題した、司会者がスーパーなクイズ番組だった。



「韓遂どの、馬騰どの。危険を減らすことができればよいのだな?」


「あ、ああ……」


「それはそうだが……」


 韓遂と馬騰が意表を突かれたような顔をした。今まで極力発言をさけていた私が、急に口を差しはさんだのだから、戸惑うのも無理はない。


「ならば、私によい案がある」


「孔明?」


「…………」


 私の方針転換が理解できないのは、鍾繇と司馬懿も同じようだった。彼らも、私の意図を探るような、けげんな表情を浮かべている。


 だがしかし! いかな司馬懿も、私の真意は見抜けぬであろう。



 私は、馬超のリベンジマッチが見たいのだ!



「ひとつ、柵を用意してほしい。長く、まっすぐな柵を」


 参考にするのは、中世西洋の騎士文化、馬上槍試合である。


 多くの死傷者を出した馬上槍試合は、危険性を少しでも抑えようと、さまざまな工夫を取り入れてきた。その大きなものが、柵をはさむことによって、騎馬の正面衝突を防ぐというものだ。


 私は柵をもうける効果を説明した。


 馬上槍試合の詳細な知識があるわけではないし、中世西洋と古代中国では戦いの形式も異なる。現場とのすり合わせが不可欠だ。相談しながら、案をつめていく。




 かくして、三国志版、馬上槍試合の準備がはじまった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
毎回楽しく笑えて素晴らしい作品です
[良い点] ゆうてそれめっちゃ危ないやつじゃん!? 孔明も後漢にかなり染まっちゃった [一言] スコ速で紹介見て読み始めました とても面白く自力で発見できなかったことを悔やんでおります
[一言] ワルキューレロマンツェでやってたジョストですかねえ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ