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陰陽師の異世界騒動記〜努力と魔術で成り上がる〜  作者: 月輪熊1200
二.五章 友の軌跡
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再び試練へ

 翌日。


  まだ日も上りきらない早朝、雫は小屋の二階で着替えていた。


「んしょ……と」


  金角羊の毛から作られたシルクのような寝間着を脱ぎ、下着姿になる。


  そうすると長い黒髪をまとめて縛り、傍に置いてあるファンタジーチックな黒い胴着を手に取った。

 

  しばしそれを見つめ、やがて決心をつけるように頷くと一週間ぶりに袖を通す。 相変わらず上等な質感だった。


  帯を締め、ブーツを履き、足に札をセットしたホルスターをつける。そして最後に、目を瞑って自分の胸に手を置いた。


「……よし」


  最後の決心を固め、雫は綺麗に寝間着を畳んで1階に降りた。


  つい先ほど朝食を食べたばかりの1階には、まだ熱のようなものがあった。しかしそこには誰もいない。


  そのまま机の横を通り過ぎて外に出れば、柔らかな風が頬を撫でた。木々の向こうに登っていく太陽が見える。


「お、来たか」

「案外早かったですね」


  聞き慣れた声に、空から視線を下ろす。


  するとそこには、槍を肩に担いだシュウと瑠璃が立っていた。二人に近づく雫。


「おまたせ。行きましょうか」

「おう」

「ええ」


  雫がシュウの隣に並び、三人は小屋に背を向けると歩き出した。目的地は、あの神殿である。


「その顔。すっかりいつも通りって感じだな」

「ええ。弱気モードは昨日までよ」

「そちらの方がらしいですね」

「ありがと瑠璃」


  森に向けて歩いていると、シュウが雫の凛々しい横顔を見てそう言った。


  そんな二人に、普段の凛とした声音で答えて肩をすくめる雫。瑠璃が嬉しそうに微笑んだ。

 

「あなたこそ、昨日はちゃんと寝たのかしら」

「おう、毎日ちゃんと寝て……っていう嘘は通じねえな。ああ、久しぶりにぐっすりだ」

「そう。ならよかった」


  龍人のことが気がかりで、ろくに眠れていなかった恋人の血行の良い顔を見て安堵する雫。


  ちなみにこれには瑠璃が絡んでおり、実は雫が立ち直った嬉しさでこっそりはしゃぐシュウを〝力〟で半強制的に眠らせたのだ。


  その為朝まで一度も起きることなく、夢も見ないほど熟睡していたのだが……まあ、いう必要もないと瑠璃は口を噤んだ。


  そうして話しているうちに、森と草原の境界線まで来る。そこで黒い牛と金角羊が待ち構えていた。


「ブルルッ」

「メェ〜」

「あら、応援してくれるの?ふふ、ありがとう」


  鼓舞するように頭を擦り付けてくる二匹に雫は笑い、ひとしきり撫でると森の中につながる白い道を見やる。


  一度この道に足を踏み入れれば、もう後戻りはできない。そのままあの教会まで行くだけだ。


  無論、まだ無理と言えば二人は許してくれるだろう。だが、雫自身がそれを決して許さない。


  シュウを見る。大丈夫だ、という意味を込めてシュウは頷いた。


  次に瑠璃を見る。瑠璃もまた、雫さんならばできますよ、と言い、微笑みながら頷く。


「……よし、いくわよ」


  さながら初めて月面に足跡を残した宇宙飛行士のごとく、雫は道に向かって足を踏み出した。


  その瞬間、不安、恐怖、悲しみ、とまどい……数えきれないほどの感情が心の中をかけめぐっていく。


  その全てを振り払い、雫は足とともに心を前に出し……そして、あっさりと道に足を下ろした。


「ほっ………」

「よくやったな。さあ、行こう」


  再び息を吐く雫の肩を叩いて、シュウが隣を通り過ぎていく。それを見る雫の背中をぽん、と瑠璃が叩いた。


「ほら、雫さんならできると言ったでしょう?」

「……そうね。案外、簡単だったわ」


  たったこれだけのことに、一週間も躊躇してたなんてと笑う雫。しかしその手は未だ僅かに震えていた。


  なんとも人間らしい強がりに瑠璃は微笑み、その手を握ってシュウの後を追いかける。頼れる友人に雫は笑みをこぼした。


「しんがりは任せてもいいですかね?」

「それ、普通は任せてくださいじゃねえか?」

「今の私はか弱い乙女なので。せいぜい結界を張る程度しかできません」

「はいはい、か弱い女神様」


  軽口を叩きながら、先頭をシュウ、瑠璃、雫という順に進んでいく。まあ、瑠璃の結界があるので何も出てこないが。


  それでも最低限の警戒を敷きながら、軽く談笑して歩く。来た時とは真反対の賑やかな会話が森の生き物たちの耳に届いた。


  それからしばらくして。迷宮から来るときは永遠のように感じられた白い道は、案外早く終わりを迎える。


「到着、と」


  シュウが葉を槍で払い、最初に神殿前の広場に出る。遅れて雫たちも森から広場に進入した。


  三人を出迎えたのは、あいも変わらず静謐な雰囲気をまとい佇む廃墟と……そして昇りきり、燦然と輝く太陽。


「わ、すごい」

「美しいですね」

「スマホあったら撮ってたのになぁ」


  こちらに来た際に破損してしまった携帯を思い、惜しいことしたななとぼやくシュウに二人は笑う。


  ひとしきり朝日を堪能した三人は、廃墟の中に入った。まっすぐ大廊下を進むと、そこかしこが風化した大聖堂が三人を歓迎する。


「改めて見るとここ、すげえでかいな」

「この前は、さっさと地下に入っちゃったからね。かなり壊れてるけど、素晴らしい内装だわ」


  半壊したドーム状の天井や、かつては美しい装飾がされていただろう柱を見てそういう雫。


  実はこういう場所が好きだったりする雫は、迷宮に入る前にと大聖堂の中を探索し始めた。仕方ないですね、と肩をすくめる瑠璃。


「ねえねえシュウ、あの大鐘すごいわよ。中の鐘が浮いてるわ」

「おー、ありゃ不思議だ」


  彼女の言葉に相槌を打ちつつ、シュウも大聖堂の中を見回す。そうしていると、ふと壁の中に等間隔に空間があるのに気づいた。


  シュウは用心しながら空間の一つに近づく。長方形の空間の中を見ると、そこにあったのは他のもの同様、壊れかけた像だ。


「こいつは……もしかして召喚された勇者たちか?」


  『第〜代勇者……』と像の下に名前の書かれた札が打ち付けられているのを見て、そう呟くシュウ。


  隣のも見てみると、同じ大きさ・材質の像が飾られていた。その隣も、さらにその隣にも同じものがある。

 

  数えてみれば、円形の大聖堂の中をぐるりと取り囲むように、24もの像が飾られていた。


「ん?」


  最後の比較的破損が少ない、24個目の像の前で、ふと何かが気になりシュウは立ち止まった。


  刀に袴と思しきものを身につけた男の像の名札には、〝ユズエ ミヤモト〟とヒュリスの言葉で書かれている。日本人だろうか。


  半分ずれている名札は像から剥がれかけており、シュウはチョンチョンと突いた。そしたらパキンッと名札が落ちた。


「やべっ!?」


  慌てて名札を拾い、なんとか像にはりつけようとするシュウ。しかしそこで、とあることに気づいた。


  名札を裏返す。そこには短い文章が刻まれていた。掠れたそれを、シュウは目を凝らして読み上げる。


「〝我……誠を、か…灰の龍……捧ぐ〟……?」

「シュウー?そろそろいくわよー」

「ん、おーう」


  消えかけている文字を解読しようとするシュウの背中に、地下への階段に足をかけた雫が声をかける。


  不思議に思いつつ、シュウは名札を像に立てかけた。小走りで雫たちに合流すると、階段を降りる。


  地下に入ると、前回来た時と同じように壁の松明に自然に火が灯って行く先を照らした。


「これ、どんな仕組みなんだろうな。センサー式とか?」

「燃料とかどうなってるんでしょうね」

「これらは魔力式の仕掛けですね。迷宮から供給されていますが、迷宮自体からなのか、はたまた別の何かからなのかは今の私ではわかりません」


  壁に揺らめく自分の影を見ながら、進むこと数分。再びあの美しい巨大壁画が三人を出迎えた。


  おぞましい怪物と、それに立ち向かう無数の勇者たち。いったいどれほど前に描かれたかは知らないが、作者は巨匠といって差し支えないだろう。


「………ん?」


  瑠璃が扉を明けるまで絵を眺めていると、ふとまた違和感を覚える。


  近寄って見てみると、怪物に立ち向かう勇者と思しき男。その姿が、以前見た時と違っていた。


  反り返った刀身の剣と、袴のような服装。以前見た時は鎧姿の騎士だったはずだ。


 後ろ姿しか描かれていないが、これは……


「………最後の、勇者?」


  言葉にした途端、それは確信に変わった。何をどう考えても、これがあの像……〝ユズエ ミヤモト〟であるとしか思えない。


  なぜ、今まで気づかなかったのか。いくら転移したてで気が動転していたとはいえ、こんな特徴見逃すはずがない。


「とすると、認識を撹乱されていたのか……?」


  そうなると、今度はどうして途端に見えるようになったのかということになる。


  考えられるのは、迷宮に入った経験か、あるいはレベルアップしたことか。いずれにせよ、何かをされていたのは間違いない。


  もしや他にも何かあるのでは、と疑い、シュウは目を皿のようにして壁画を見る。


  数秒後、すぐに一つ違和感を見つけた。壁画の上部。怪物の頭上にあたる部分が、岩で隠れている。


「凄いわよね、これ」

「雫、下がれ」

「え?」

「いいから、ちょっと離れてくれ」

『む、何かするのか』


  硬いシュウの声に困惑しつつも、雫は数歩後ろに下がる。それを確認したシュウは、槍を回し始めた。


  音を立てて回転する槍は、シュウの上昇した筋力と相まって風を巻き起こす。瑠璃が作業の手を止めてシュウの方を見た。


「シュウさん、何を?」

「すぐにわかる……さっ!」

『いざ参る!』


  十分な回転をかけた槍を、シュウは壁画の上部の汚れめがけて全力で投擲した。


  刹那、豪風が空間の中で吹き荒れた。雫と瑠璃は顔を庇い、巻き起こった砂や埃が目に入るのを防ぐ。


「ちょっとシュウ、何を!?」

「いいから見てろ!」


  珍しく強い口調で言うシュウに、二人はなおも顔を隠しながら音速で壁画に向かって飛んでいく槍を見た。




 ガッキィィイイィイイインッッ!!!!!

 



  甲高い音を立て、槍が岩に突き刺さる。瞬く間に放射状にヒビが広がっていき、やがて岩は崩れた。


「危ない!」


  そのままシュウめがけて落ちてくる岩のかけらを、瑠璃が力を行使して消滅させた。ほっとする雫。


  遅れて落ちてきた槍を、シュウは片手でキャッチした。同時に風が止み、雫はズンズンとシュウに歩み寄る。


「何やってるのよ!怪我するところだったじゃないの!」

「………やっぱりな」

「やっぱりって何が!」


  憤る雫に、シュウは無言で槍の先を岩が張り付いていた場所に向ける。すかさず瑠璃が力を使って、そこを照らした。


  そして、そこにあったものに。雫だけでなく、瑠璃まで息を呑む。


「何、よ、あれ……」

「あれ、は……」

「ああ。あれは………」


  三人の視線の先にあるもの。




  それは………()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()




  そしてその絵の男は、まるで女のような顔であり。さらに、簡略化されたその顔はひどく既視感を覚えるものでもあった。


「なんで……だって、あれって……」

「……………流石にこれには、動揺を禁じ得ません。というか、全くもって理解不能ですね。現在進行形で激しく困惑していますね」


  本来なら、そこにあるはずのないもの。はるか太古に描かれてた絵に、存在しているはずがない人物。


  そのような思考が雫と瑠璃の頭の中を駆け巡る中、シュウは冷静な表情で二人に振り返ると、静かな声で話しかけた。


「とにかく、行こう。この先にある迷宮には、何かがあるはずだ」

「………そう、ですね。それが最善ですね」

「……ええ」


  多少落ち着きを取り戻した瑠璃が、力を使って道を開く。


  地響きを立てて壁画が割れ、その先には一週間前と変わらず、白い魔法陣が鎮座していた。


「それじゃあ……」

「いきましょうか」

「お二人共、お待ちを」


  シュウと雫は互いの顔を見て頷きあい、歩き出そうとする。それを瑠璃が制止した。


  いったいなんだと振り返る二人の左胸に、瑠璃はそっと手を添えた。目を瞑り、手を通して力を送る。


  次の瞬間、瑠璃の手が仄かに発光して、その光は二人の胸に吸い込まれて消えた。何かが入ってきた感覚を覚える二人。


「……はい、もう大丈夫ですね」

「瑠璃、今何かしたのか?」

「ええ、お二人に私の力を少し分け与えましたね。一度だけ、いかなる攻撃でも無効化することができますね。有り体に行って仕舞えば、残機が一つ増えました」

「そんなゲームみたいな……」

「ありがとう、瑠璃。じゃあ、行ってくるわね」

「ええ。どうか、お気をつけて」


  危険を案ずる瑠璃に二人は不敵に笑うと、白い魔法陣まで歩いていく。


  上に乗った途端に、魔法陣が回転を始めた。続いてあの男の声が脳裏に響いてくる。







 《ーー問おう、再び挑むものたちよ。汝らはこの迷宮で、いかなる答えを探し求める?その答えを得て、何を望む?》






  質問が、この前と変わっていた。まるで誰かがこちらのことを見ていて、質問を変えたかのような違和感。


  当然疑問に思うシュウと雫だが、二人の答えは変わらない。胸を張り、堂々と答えた。


「「友を支えるために」」


  不変の決意に答えるように、回転が速くなる。二人は互いの手を握り、まっすぐと前を見据えてーー




 カッーーーーー!!




  ーーそして、二人は再び試練へと身を投じた。

読んでいただき、ありがとうございます。

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