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陰陽師の異世界騒動記〜努力と魔術で成り上がる〜  作者: 月輪熊1200
二.五章 友の軌跡
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03.心の試練

  手を繋いだシュウと雫は、大鏡の穴を通り抜ける。


  するとその瞬間、一瞬で別の場所へと移動していた。形は違うが、〝技の試練〟同様転移魔法がかかっていたのだろう。


  新たに視界に移ったのは、〝技の試練〟同様どこかの部屋の中だった。しかし、先ほどとは趣が百八十度違う。


  〝技の試練〟の舞台が豪華絢爛だったのに対し、新たな試練の間は非常に狭く、殺風景だったのだ。あるもの以外なにもない。


  唯一共通しているのは、窓が一つもないことか。今二人が通ってきた大鏡以外、外に出る場所はなさそうだ。


「なんだか薄気味悪いわね……」

「ああ、不気味だな」


  言葉を交わしながら、二人はぐるりと部屋の中を見渡す。部屋は石造りの壁に囲まれており、ぐるりと円を描いている。


  そしてその中心に、円筒形の台座が鎮座していた。台座の上には美しく、しかし怪しい光を放つ、大きな紫色の水晶玉が乗っている。


  大鏡同様、あれが試練に関係するアイテムなのだろうと思った雫はシュウを促そうとして、ふとあることに気づいた。


「シュウ、そのロングコート直ってない?」

「ん?なに言って……って、あれ?」


  雫の指摘にシュウは自分の纏うロングコートを見て、不思議そうな声を出す。コピーとの戦闘で穴だらけになっていたはずのロングコートが少しずつ直っているのだ。


  それどころか、滲んでいた血もまるで吸収されたように薄くなっていく。加えて、シュウ自身の傷も塞がっていく感覚を覚えた。


「すごいな、これ。さすがは三大迷宮のアイテムってとこか?」

『ふむ……どうやら自己修復と、着用している者の傷を癒やす呪いがかかっているようだ。おまけに着用者の血を吸収することで強靭になるらしい。これは逸品であるな』

「三つ目の力がちょっと不気味ね」


  クスリ、と雫が苦笑する。シュウも少し物騒な力に同様の表情をし、座って暫く傷がふさがるまで待つことにした。


  槍を立てかけ、壁に背中を預けたシュウの左隣に雫が座る。そしてぴったりと体を寄せてきた。少し頬を赤くしながら、ぽりぽりと頬をかくシュウ。


  高速で傷が治っていく感覚を不思議に思いながらジッとしていると、不意に雫が右手に触れた。


「〝こっち〟は大丈夫?最後、攻撃を受け止めてたみたいだけど……」

「ああ、どうやらこれも治癒の範囲内らしい。()()()()()()()()()()()()()なんて、面白いもんだな」

「そう……何か不調が出たら言ってね?私でも少しはなんとかできるから」

「ああ、ありがとう」


  シュウの感謝の言葉にどうってことないわ、と答える雫。そして肩に頭を預ける。もしここに瑠璃がいれば、やれやれと肩をすくめたことだろう。


  それからものの十分程度で、シュウの傷は全て塞がってしまった。おお、と声を上げてロングコートを見れば、襟の装飾の形が少し変わっている。


「本当にすげえな。これで次の試練でも戦えそうだぜ」

「ねえシュウ。それ、私にも貸してくれないかしら?さっきの戦闘での傷が残ってるのよ。あまり治癒の札を使うのも今後が心配だし……」


  まくしたてるように言う雫。シュウは雫の体を見るが、特にこれといって戦闘に支障がある傷が残っているようには見えない。


  まあ雫は美意識が高いし、傷を残したくないのだろうと判断したシュウは頷いた。


「別にいいぞ。でも、結構でかいぞこれ?」

「ちょっと着るだけなら問題ないわよ」

 

  さあ、早く早くと要求する雫にシュウはロングコートを脱いで渡した。早速腕を袖に通し、羽織る雫。


  すぐさまロングコートの力が働き、傷を治していく。元々雫の体に残っていたのはかすり傷や軽い裂傷程度なので、すぐに治った。


  が、雫はシュウにロングコートを返さなかった。むしろギュッと自分の体を抱きしめ、襟元を顔に寄せてすんすんと匂いを嗅ぐ。


「おーい、そろそろ返してくれ」

「ふふっ、もうちょっと♪」


  手を伸ばすシュウに、雫はひょいと避けた。そしてまたロングコートの匂いを嗅いで、はぁ……と熱い息を漏らす。


「良い匂い。それにあったかいわ」

「いやいや、汗臭いだろ?それに結構やられたから、血生臭いだろうし……」

「いいえ、良い匂いよ。だってシュウの匂いですもの」


  シュウの言葉を断固否定する雫。彼女にとって、彼を構成する全ては良いものなのだ。それこそ、血潮の一滴に至るまで全てが。


  ここまで言えばわかるだろうが、彼女がロングコートを欲したのは傷を治すためではなく、ただシュウの着たものを着たかっただけである。


  そもそも彼女は厳しい訓練を積んでいるのだ、ちょっとやそっとの怪我で戦えなくなることはない。つまりこれは、ただの欲望から生じた行動だ。


「ああ、良いわこの匂い……ゾクゾクする」

「おい、雫?何ブツブツ言ってんだ?」

『全く、色気付きおって……』


  結局それから二十分もの間、雫はシュウの汗と血の匂いを堪能した。槍の中のナナシが呆れた目で見ていたのは、言うまでもない。


  十分に満足した雫がシュウにロングコートを返し、休憩も済んだところで気分を切り替え、警戒しながら水晶玉に近づく。


「改めて近くで見ると、綺麗だけど不気味ね……」

「ああ、なんだか吸い込まれそうな感じがする」


  先ほどの大鏡のことがあるので、疑いの目で水晶玉を睨みつける二人。水晶の中に、そんな二人の顔が湾曲して映り込む。


  そのままじっと待ってみるが、一向に何か起こる気配はない。これまでのように、頭の中に声が響くこともなかった。


「何も起こらないな」

「案外、もう始まってたりしてね」


  はは、と笑いながら、シュウがポンポンと水晶玉を叩く。その瞬間、カッ!と水晶玉が内側から輝いた。


「なっ!?」

「やべっ……!」


  慌てて手を離し、飛びのこうとするが時すでに遅し。水晶玉の光が瞬く間に部屋の中に広がり、二人を包みーー




『ーー挑戦者たちよ。汝らに〝心の試練〟を与える』




  聞き慣れた男の声が聞こえた瞬間、二人の意識は途絶えた。



 ●◯●



 ーーい、ーーウ?



  誰かが、自分の名前を呼んでいる。懐かしい声だ。


  肩をゆすりながら繰り返し自分を呼ぶその声に、暗く深い暗闇の底に沈んでいたシュウの意識が少しずつ浮上していく。


  やがて、シュウはうっすらと目を開けた。最初に感じたのは、瞼に降り注ぐ陽光の暖かさと慣れ親しんだ木の匂い。


  あの閉ざされた部屋の中ではありえないはずのそれに、シュウの意識は一気に急上昇した。パッと完全に開眼し、はっきりと意識を取り戻す。


  そうすることで、ようやく周りの景色が鮮明に見えるようになる。どうやら自分は今、日本屋敷のような場所の一室にいるようだ。


  全開になった襖の向こうには庭園が広がっており、鳥のさえずりとともにカコンとししおどしが音を立てて落ちる。


「ここは……?」

「おい、大丈夫か?」


  呆然と部屋の中を見回していると、隣から声が聞こえた。酷く聞き覚えのあるその声に、シュウはまさかと振り返る。




「ーーッ!?!!?」


 


  そして、そこにいた人物に絶句した。ぽかんと間抜けに顎を落とすシュウに、その〝少女のような少年〟は首をかしげる。


  その仕草に、シュウはさらなる衝撃を体感した。それは決して甘い感情から生じるものではなく、それとは対極の恐怖から出たものだ。


  シュウは、この少年を知っている。少女にしか見えない端正な顔立ちを、男にしては線の細い体を、若干高い声変わりする前のその声を。


  そして何よりーーその時はまだかなり黒かった、若干灰色がかった艶のある髪を。


「…………りゅ……うと………?」

「なんだよシュウ、そんな変な顔して。俺、なんか顔についてるか?」


  信じられないという思いで呟くシュウに、おかしそうに少年ーー幼い頃の龍人はシュウの記憶の中にあるものと全く同じように笑う。


  あまりにも懐かしいその表情に、ようやくシュウの思考が回転を始めた。まず最初に、龍人に返答を返すことを実行する。


「あ……………い、いや、なんでもない」

「? 変なやつ。それよりほら、かるたの続きやろうぜ」

「あ、ああ」


  ワクワクした様子でかるたを並べる龍人から視線を外し、シュウはすぐさま自分の置かれた状況を分析し始めた。


(どいうことだ!?ここは龍人の住んでいた屋敷で、目の前にはガキの頃の龍人がいる!いや待て、俺自身はどうなってる?)


  シュウは自分の手を見下ろし、まだ小さくあまり筋肉の付いていない右手を見て、初めて自分も子供に戻っていることを認識した。


  思えば当たり前だ、この龍人はシュウのことをシュウとして認識した。幻覚かもしれないが、今のシュウを見ても幼い龍人がわかるはずがない。


  しかし、そうするとますます訳がわからない。なぜ自分は子供に戻っている?この世界は一体なんだ?そもそも、自分は雫とともに試練を受けていたはずで。




(ーーーーーま、さか)




  そして、シュウは最悪の結論にたどり着いた。それに行き着いた瞬間、これまでで一番の悪寒が全身を駆け巡った。


  いやまさか、そんなはずがない。だがもしそうだとすれば、それはシュウにとって今までで最大の試練である。


  ブルブルと震える手で、シュウは龍人の肩を掴んだ。するとかるたを並べていた龍人は、不思議そうに顔を上げる。


「今度はどうした?」

「なあ、龍人………お前さ………今いくつ?それと、今日って、何月何日だっけ?」


  シュウの問いかけに、龍人はまたおかしそうに笑って。


「何言ってんだよ、6歳だよ。それに〝六月十七日〟に決まってんだろ?今日のシュウ、ほんと変だな」

「ーーーーーッ!」


  シュウの体を、さらなる旋律が駆け巡る。そしてそれは、シュウの立てた仮説が正しいことを証明してしまった。


  龍人が6歳の、六月十七日。


  それはシュウに……いや、雫にも、龍人にも……いや。その日皇家の屋敷にいた全員にとって、人生の中で最も印象深い日だった。


 それも、最悪な方の。


(まずい、まずいまずいまずい!このままだと、とんでもなくヤバいことになる!雫はどこだ!?一緒にこの世界に閉じ込められているはずだ!思い出せ、あの日雫はどこにいた!)


  必死に頭を絞り、〝六月十七日〟のことを思い出すシュウ。頭の中を隅々まで探して、雫の居場所を探る。

 

  必死に記憶の引き出しの中を引っ掻き回して、ようやくシュウは雫の場所を思い出した。確か、近くの部屋に母親といたはずだ。


「り、龍人!俺、ちょっとトイレ行ってくるわ!」

「ん、わかった。早く戻ってこいよー」


  龍人に即興の言い訳をしたシュウは、弾かれるように立ち上がって部屋の外に行こうとする。背中には大量の冷や汗が伝っていた。


(早く、雫と合流しないと!)


  全力で足を動かし、ほんの数秒で隣の部屋につながる襖に近づく。決死の思いでシュウは襖に手を伸ばしーー






 ーーザッ。






  ーーしかし、その前にその音(悪夢)は訪れた。


  背後から聞こえた小さな音に、シュウはピタリと動きを止める。そして恐ろしく遅いスピードで、後ろを振り返った。


  屋敷と庭園を隔てる縁側の、その向こう。美しい弧を描いていた白石の上に、〝それ〟は静かに佇んでいた。


  〝それ〟を見た途端、シュウの本能が全力で警鐘を鳴らす。今すぐこの場から逃げろと。一刻も早く避難しろと。


「御機嫌よう、未熟な陰陽師と退魔師のガキども」


  だが、そう思った時にはすでに〝それ〟は部屋の中にいた。両手を後ろに組み、呆然とする龍人を睥睨している。


  〝それ〟は、人間の男だった。長身痩躯にボサボサの伸びきった白髪と無精髭、動物や人の頭骨をあしらった服。そして酷く淀んだ赤い瞳をもった、とても不気味な男。


「………お前、誰だ?」

「ほう、俺様に誰と聞くか。良いだろう、教えてやる。俺様の名は■■■■■。お前らの〝元〟同類みたいなものだ」


  ニヤリと悍ましい笑いを浮かべ、大仰に手を広げる男。その男が名乗った途端、シュウの頭を激しい怒りが埋め尽くす。


  その反面、今すぐ龍人を連れてこの場から逃げ、助けを呼ばなくてはいけないと冷静な判断を理性が下した。


  だが、動けない。まるで蛇に睨まれたカエルのように、内に秘めた激情とは裏腹に体は石像のごとく硬直している。


  それでも、なんとしてもシュウは動かなければならなかった。なぜなら、このあと起こることを誰よりも知っていたのだから。


「なあ、未熟な陰陽師のガキ。今日はお前にいいものを持ってきた」

「いいもの?」


  やめろっ!とシュウは叫ぼうとした。しかし舌が喉に張り付き、それは叶わない。


  ただ傍観しているだけしかできないシュウの前で、男は耳元まで口が裂けたような笑みを浮かべ、どこからともなく両手に何かを取り出した。


  そして、それを龍人の前に放る。ゴトリ、と重い音を立てて落ちたそれは数度転がり、ピタリとある面を向けて龍人の足元で止まった。


「…………………………………………え?」


  龍人が、瞠目して声を漏らす。それがとてもおかしいと言わんばかりに、くつくつと男は笑って言葉を吐き出した、


「ほら、どうした?何をそんなに驚いている?別にそう珍しいものでもないだろう。だってーー」

「やめろっ!!!!!」


  今度こそ、シュウの口から声が出た。だがそれは蚊の鳴くような声であり、男の耳には届かずーー


「ーーだってそれは、()()()()()なんだからなぁ!!!」


 ーーその言葉を、龍人に叩きつけた。


  龍人の前にあるもの。それは、龍人の母親と父親の、生首だった。もっとも、父親の方は半ば朽ち、骸と化しているが。


  それを聞いた龍人は、フッと目から光が消えた。表情が抜け落ち、首から力が抜けて顔を俯かせる。


  無理もないだろう。たった6歳児に、このような現実を受け止められる心はない。それをすでに一度見たシュウは、絶望に顔を歪めた。


「いやはや、滑稽なものだったよ。ちっぽけな力しか持たぬくせに、無謀にもこの俺様を倒そうと襲いかかってきた。まあ、結果はご覧の通りだ。存分にいたぶってから殺させてもらったよ。まあ、俺様の強さを証明する程度には役に立ったかな」


  まるで武勇伝を語るように、大げさな身振り手振りを交えて話す男。対する龍人はなんの反応も示さず、シュウは射殺さんばかりに睨み付ける。


  それまで機嫌がよさそうに語っていた男は自分の期待していた反応が得られなかったのか、思い出したような顔をして人差し指を立てる。


  それだけはダメだ、とシュウは三度動くことを試みた。が、なおも体は動かず。


「そうそう、特に女の方は役に立ってくれた」


  ピクリ、と龍人の方が震える。それまで微動だにしなかった頭をあげ、虚ろな目で男を見た。


「実はある実験に()()してもらってな。復活させた亡者と生者の間に子供はできるのかというものだ」

「……なん………だと………」

「非常に面白かったよ。四肢を切り落とし、一歩も動けずただ喚く夫の前で、亡者の群れにいたぶられる妻。ああ、久しぶりに興奮した」


  外道を通り越して畜生にも程がある男の言葉に、シュウはギリッ!と砕けんばかりに奥歯を噛み締めた。握った拳から、ポタポタと血が滴り落ちる。


  そんなシュウよりもより間近に、そして愛する両親の生首を見ながら聞いた龍人は、カクンと糸が切れた人形のようにまた顔を落とした。


  その反応は、果たして男にとって満足のいくものだったのだろう。ニィと笑い、龍人の髪を掴んで無理やり顔をあげさせて覗き込む。


「礼を言おう。お前の〝母上〟は、見事呪術の進歩に貢献した。大義である………なんてなぁ!」

「あ………」


  男の言葉に、龍人の目が限界まで見開かれる。右目の端から涙が生じ、ツー……と頬を流れていった。


  まずい、とシュウは思った。たった一人の親友を絶望の淵に追いやった男への憎悪を遥かに凌駕する〝恐怖〟が思考を塗りつぶす。


  シュウは、誰よりも知っていた。これから起こる惨劇を。シュウの、雫の、そして何よりも龍人の人格に多大な影響を及ぼす、地獄を。











「あ………アァアアアぁぁぁぁあああああぁああアアアァアあああぁアァアアアあぁぁぁぁぁぁアァアアアぁあああああぁぁあああああぁぁあああぁぁあああァアアアァアアアアアァアアアァアアアァアアアァアアアああああああアァアアアああああああアァアアアああぁアアァあああアァアアアああああああああァアあああぁアアァああああああアああああああアアァアアアああああああアァアアアああああァアアアあッッッッッッッ!!!!!!!!!!」









 

  突如、龍人が叫ぶ。その瞬間、龍人を中心にして黒い暴風が発生し、男も、シュウも、なにもかも全てを吹き飛ばした。


  吹き飛ばされたシュウは柱に背中を激突させ、少量の血を吐きながら床に落ちる。全身がズキズキと痛い。頭がクラクラする。


「りゅう、と…………っ!」


  それでも歯を食いしばり、シュウは必死に膨張する黒い竜巻の中心で浮かんでいる龍人に手を伸ばした。


 だが、それがいけなかった。


  膨れ上がった黒い竜巻は、伸ばしたシュウの右腕を根本から根こそぎ刈り取っていった。いや、一欠片も残さず消し飛ばしたというべきだろうか。


「ガァァアアァアアアアァアアアァアアアァアアアアァアアアッッッ!!!!!」


  絶叫をあげるシュウ。ズタズタになった右肩の傷口を抑え、灼熱のような痛みと流れ出る血に顔を悪鬼のように歪める。


  しかし、それもほんの数秒のこと。この幻覚だろう世界の中で体は子供だとしても、青年としての忍耐力を持つシュウはすぐに痛みをこらえ龍人を見た。


  龍人を包む黒い竜巻は、今もなお大きくなり続けていた。すでに部屋を丸々飲み込み、屋敷自体をもじわじわと食ってている。


  そんな破滅の象徴とも言える竜巻の中にいる龍人は、少しずつ髪から色が抜けていた。目は赤く光り、変わらず絶叫を上げている。


  あれは、霊力が呪力に置き換わっていっている証拠だ。現に呪術師である男も白髪赤眼であり、この竜巻も呪力から生じた破壊の概念そのものである。


  それを見て、シュウは悔しさに歯噛みした。知っていたはずなのに、たとえ幻覚だとしてもまた龍人を助けられなかった。


「ひ、ひぃっ!なんだこの力は!?お、俺様の呪力結界が発動しない!?呪いが全て消されたというのか!?」


  龍人をこんなことにした原因たる男はといえば、先ほどまでの威勢は何処へやら無様に庭の中を這いずり回っていた。


  体を守っていた呪術が竜巻に全て食われたのだろう、恐怖を顔に貼り付け、少しでも逃れようと壁際に後退していく。


  実に醜い男に、フッと龍人の叫びが止まった。かと思えば、残光を伴って赤く点滅する瞳をまっすぐ男に向ける。


「ひっ!ま、待ってくれ!謝るから助けてくれ!俺様が悪かった!この通りだ!」


  この期に及んで、男は土下座して命乞いをした。もはや畜生にすら劣る汚らわしい醜態を晒す男に、シュウは吐き気を覚える。


  しかし、暴走して自我が無いに等しい龍人がそれを許すはずもなく。理性を失い、憎悪をむき出しにして指先と親指を向けた。


死ネ(シね)

「まっ」



 プチンッ



  龍人が虫をつぶすように人差し指と親指を合わせた瞬間、男は破裂して臓物と血を撒き散らした。


  美しかった庭園が真っ赤な血と四散した臓器で染まり、真っ赤な地獄へと様変わりする。それを視界に収めながら、柱に手を付いてシュウは立ち上がった。


  それに反応して、龍人だったものがこちらを振り向く。そして自分を見た瞬間、シュウはこれまでにないほどの重圧(プレッシャー)を感じた。


  これにはどうあっても勝てないと、ただ死を受け入れることしかできないと、理性でも本能でもなく、魂がシュウに告げる。


  それを否定するだけの気力は、もうシュウには残っていなかった。圧倒的な恐怖と後悔の念に思考を縛り付けられ、無様に膝をつく。


お前も、死ネ(オまエモ、しネ)


  龍人が指の先を向けると、竜巻が分離してシュウに迫る。


  どうすることもできず、シュウはただその〝破滅〟を自分の身で受け止め、全身をバラバラに引きちぎられーー



 ●◯●




「うわぁあああぁぁああああぁぁあぁぁあああぁぁあああぁぁああっ!」




  そこで、シュウは目を覚ました。バッ!と起き上がり、荒い息を吐きながら周囲を素早い動きで見渡す。


  目に移ったのは、先ほど見たばかりの〝心の試練〟の部屋だった。後ろを見れば、先ほどとは逆に徐々に光を失っていく水晶玉がある。


  ひとまず幻覚だったことに、安堵のため息を吐く。そうすると今一度辺りを見渡し、床に倒れてうなされている雫を見つけた。


「雫っ!」


  シュウは転びそうな勢いで立ち上がると、雫に近づく。両手でその体を抱き抱え、必死に名前を呼んで覚醒を試みる。


「雫!目を覚ませ、雫っ!」

「いや……いや………いやぁああああああああああああああっ!!!」


  体を何度も揺すっていると、雫は絶叫しながら目を覚ました。取り乱した様子で両手を振り回し、支離滅裂な叫び声をあげる。


「おいっ!雫、こっちだ。こっちを見ろ!」

「いや、いやぁぁああああぁっ!」


  なんとか呼びかけるが、まるで効果がない。ならばと、シュウは咄嗟に雫の顔を引き寄せてキスをした。


  途端に、ピタリと雫が動きを止める。目を見開き、瞳に光が戻る。これ幸いと、シュウはキスをし続けた。


  数秒して、トントンと雫の指がシュウの背中を叩く。それにシュウはゆっくりと唇を離した。そして至近距離で雫を見つめる。


「大丈夫か?」

「ええ……ごめんなさい、恥ずかしい姿を見せたわ」

「気にすんな……………やっぱり、あの日の幻覚を見たのか?」


  ぴくっと肩を震わせた雫は顔をうつむかせ、小さく頷く。シュウは雫を抱き寄せ、背中をさすった。


「辛かったな……」

「………あなたも、見たの?」

「ああ。あの日と同じみたいに、右腕を吹き飛ばされたよ」


  シュウの言葉に、雫はちらりとシュウの右腕………霊力で動くカラクリの義手を見る。コピーの攻撃を受け止めて一滴の血が流れなかったのは、義手だったからだ。


  あの日、右腕を丸ごとなくしたシュウに対し、雫が失ったものは………


「……怖かった。まるであの日に巻き戻ったみたいに、恐怖が心を支配した」

「俺もだ。目の前で怒ってたのに、何もできなかった。情けねえ」


  拳を握りしめ、悔しげに口元を歪めるシュウ。震えるシュウの体に、今度は雫がゆっくりと背中を撫でた。


  互いに慰め合い、ある程度落ち着きを取り戻した二人は、早速今回起こったことについて考察を始めた。


  〝心の試練〟。それはおそらく、挑戦するものの心の中で最も恐ろしいトラウマを呼び起こさせるものなのだろう。


  さしずめ、これまでの試練のクリア方法からしてそれを乗り越えるのがクリア方法といったところか。


「三つ目ともなると、とんでもない難易度だな……」

「……私…もう一度できる自信ないわ………」

「何もすぐまた挑戦する必要はねえよ。少し時間を置いてから……」




《ーー挑戦者たちよ。汝らは〝心の試練〟を突破できなかった。今回は残念だ、また望むが良い》




  シュウが雫を励まそうとした瞬間、男の声が響く。かと思えば、それまで沈黙していた大鏡に穴が空き、強力な吸引を始めた。


「なっ、これはーー!」

「強制退去ってか……!」


  二人はなんとか踏ん張ろうとするが、大鏡の吸引力は二人の強力なステータスを上回りあっさりと飲み込んだ。


  「うわあぁぁあ……」という二人の声が、穴の奥に消えていく。やがて二人が豆粒ほどの大きさになると、穴はゆっくりと閉じる。


  後に残ったのは、二人が来る前の誰もいない部屋。沈黙が支配する部屋の中央で、水晶玉が怪しく煌めく。






  こうして二人は、三つ目にして試練を突破することに失敗したのだった。


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