二十六話 VSコモノ
「……落ち着いたか?」
「…はい」
静かに泣いていたシリルラは、俺の胸から顔を離してそう言う。かれこれ十分以上は泣いていたと思う。
まさか、無茶をしないように言われた矢先に、オグさんにボコボコにされるとは思わなかった。心配されるのも仕方がない。
いつかのように彼女の涙をぬぐい、頭を撫でる。すると数分もしないうちにシリルラは元に戻った。
「すまん、重ね重ね心配かけて」
「いえ…あれは仕方がないと思いますね。ただ、オグ様には後でお話しに行かせてもらいますね」
先ほどまでの弱気な姿は何処へやら、ふふふふふふ……と不気味な笑いをこぼすシリルラ。なんだろう、嫌な予感がする。
まあ、ただの話だろうと納得……現実逃避とも言う……をして、もう一度オグさんのことを考えた。
彼女は、俺の記憶を見たという。あの時のことを知っているのは、シリルラと《《当事者である》》、シュウと雫。
そこにニィシャさんも加えると、五人もの人間が俺の過去を知ったことになる。正直、人に知られたいものではない。
「ですが、いつかエクセイザー様とヴェルメリオ様にも話すべきかと」
「そう、だよな」
彼女たちは今や、俺の大事な家族だ。二人を信じるのなら、俺のこの秘密は話しておくべきかもしれない。
しかし、だからといってすぐに決意できるわけでもない。そんな生半可なものではないのだ、俺の背負った罪は。
それでも、いつかは話そう。たとえ、結果的に傷つくことになったとしても。いや、それは二人を信じないのと一緒だ。彼女たちを信じよう。
「…おそらく、エクセイザー様は思考が読めますから、ある程度は分かっていると思いますがね」
「そういえばそうだったな。まあとにかく、そういうことにしよう」
そうやってあれこれ話しているうちに、どうやら時間が来たようだった。シリルラに別れを告げ、ステージに出る。
すると、すでにステージの上に相手は佇んでいた。豪奢なローブに、手にはゴテゴテに装飾された長杖。
本戦では、不気味な結界で選手たちの力を奪い、勝利を収めた少年、コモノ・ナアク・ヤーク……何度聞いても嫌がらせにしか思えない名前だな。
「よろしく頼む」
「……ひひっ。ねえ、少し頼みごとがあるんだけどさ」
挨拶をすると、卑屈な笑みを浮かべながらコモノがそう言った。頼みごと?と首をかしげる。
「僕が勝ったらさぁ……あの眼鏡の女、ちょうだいよ」
「…………………は?」
こいつ、なんて言った?
「あんなに綺麗な女、見たことなくてさぁ。欲しくなっちゃったんだよ。だから僕が君より強かったら、あの女くれよ」
『な、なんとコモノ選手、大胆不敵な発言をしました!挑発とも取れる言葉に、龍人選手は………ん?』
コモノの言葉に、俺は顔をうつむかせていた。血が滴るほど硬く拳を握りしめ、体から霊力が漏れ出す。
「………ざ…るな……」
「ん?」
不思議そうな声を上げるコモノを、俺は顔を上げてまっすぐにらみ、そして……
「ふざけるな」
ドッ!!!!!!!
次の瞬間、体から凄まじい量の霊力が放出された。それは暴風となり、ステージを超えて観客席をも激しく揺らす。
怒りによって発生したそれは、まさしく俺の感情の度合いを表していた。バチバチと音を立てて、灰色のスパークが走る。
霊力に反応して、周囲の環境にも影響が及び始めた。暗雲が垂れ込め、雷がほとばしり、大地が揺れ、観客のコップから水が浮かび刃となる。
いつの間にか、尻尾も出現していた。まるでとぐろを巻く蛇のように、俺の体を囲って先端をコモノへと向けている。
『な、なんと龍人選手の怒りに反応して、会場を天変地異が襲っています!さすが神の名は伊達ではないと言ったところでしょうか!?客席の皆様、どうかお気をつけください!』
流石のコモノも驚いたようで、ポカンとした顔をして呆けていた。それを見て、少し溜飲が収まったので霊力を霧散させる。
途端に、会場を包んでいた天変地異は消え、全て元どおりになった。ちらりと観客席を見れば、腰を抜かしている人もいる。
「……悪いが、その願いは絶対に聞き入れることはない」
「…へえ、そう。ならあとは、実力行使で決めようか」
「ああ、それが良さそうだ」
言いながら龍の鉄血を引き抜き、鞘を手甲にして装着する。そしてステータスを8%【解放】して構えた。
対するコモノも卑屈な笑みを浮かべ、長杖をステージに打ち付ける。すると、空中にいつくもの人形が出現した。
赤、青、黄、緑、白、黒。色とりどりののっぺらぼうな30cmほどの人形は、不気味な動きでコモノの周りを浮遊する。
それを見て、やはり本戦で最初にコモノを見たときの予想が間違っていなかったことを確信する。しかし、そうなると一体誰が彼に…
『それでは…始めっ!』
……まあ、考えるのは後でいい。とにかく今は、コモノと戦って勝利をおさめなくては。あんなふざけたことを言われては、黙っていられない。
「ふっ!」
先ずは小手調べを、と接近して龍の鉄血を振るう。しかし、青の人形が割り込んできて魔力障壁を張った。
よほどの強度なのか、押し込んでもあまり龍の鉄血が食い込まない。そうしているうちに赤の人形が赤い光線を吐いて来る。
光線を手甲でいなし、一度腕を引くと龍の鉄血の切っ先を突き込む。そのまま横に振り切った。
障壁は粉砕し、人形の胴体が破損する。しかしそこで、黄の人形から衝撃波が飛んできた。嫌な予感がして、バックステップで後退する。
「へえ……やるね。でも、」
緑の人形が発光すると、みるみるうちに青の人形の胴体が修復されていく。1分もしないうちに完全に元通りになってしまった。
『龍人選手の攻撃がコモノ選手の操る人形にクリーンヒット!しかし別の人形が直してしまいました!不思議なスキルです!』
なるほど……赤の人形が攻撃、青の人形が防御、黄の人形がおそらく、精神を混乱させる魔法、そして緑の人形が回復。
それぞれで役割分担をすることで、隙をなくしている。まだ白と黒の人形の力がわからないが、用心しなくてはいけないだろう。
しかし、あれほどの力を持つ人形を同時に操作するとは、相当の使い手だな。思ったより時間がかかるかもしれない。
「ひひっ、今度はこちらからいくよ」
コモノが長杖を傾けると、白の人形が凄まじい速度で突進してきた。剣の形に変わった両手を、龍の鉄血の腹で防ぐ。
白の人形は、その小さな体躯を生かして体の周りを飛び回り、無尽蔵の体力を武器に猛攻してきた。
「ハァッ!」
いつまでも相手をしていてはらちがあかないので、全身から【神樹の子】の棘を放射して蹴散らす。
吹き飛ばされた白の人形は、しかし緑の人形によってすぐさま復活を遂げた。戦いで一番厄介なのは、ああいう回復役だ。
「ふひひっ、多彩だねぇ。それじゃあ……これなんかどうかな?」
コモノが長杖をかざすと、今度は黒の人形が前に出てきた。どんな力を持つかわからないので、手甲を盾のように構える。
ズッ………!
「っ……!」
脳内に、なんの前触れもなく〝あの時〟のことが浮かび上がる。思わず顔をしかめたが、それで終わった。
「へえ……大体のやつは、これを使うと勝手に壊れてくれるんだけどな。ひひっ、強いねぇ」
「………」
クスクスと楽しそうに笑うコモノに、俺はは眉を寄せる。さっきのふざけた願い然り、こいつだいぶ性根が腐ってるな。
しかし、助かった。幸か不幸か、先ほどのオグさんとの戦いで何度もフラッシュバックを起こしたおかげで、ほんの少し〝あの時〟のことに耐えられた。
だがこれで、あの黒の人形の能力も割れた。あれはおそらく、トラウマを思い起こさせる能力だろう。
あとは白の人形の力だが、まあ知る必要はない。警戒はするが、さっさと勝負を決めることにしよう。
「さあ、次は……」
「悪いが、もう終わりだ。さっさと終わらせてもらう」
俺らしからぬ、苛立った口調で言いながらコモノに肉薄する。自動的に青の人形が動いて、防御態勢に入った。
が、魔力障壁の一歩手前で足を止めた俺は【分身】スキルを使い、六人に増える。驚いた顔をするコモノ。
『ななななんと!龍人選手が増えた!?ここに来て新たなスキルを目の当たりにすることとなりました!その力やいかに!?』
六人になった俺はそれぞれ、龍の鉄血や【神樹の子】で六体の人形を破壊する。そうすると元に戻り、コモノの喉元に切っ先を突きつけた。
「……終わりだ。降参しろ」
「…ヒヒッ、本当に強いねぇ。でも、まだだよ」
「何?……っ!?」
足元から殺気を感じ、とっさに翼を使って回避する。下を見ると、コモノの足元から伸びる影から白い刃が飛び出していた。
離れたところに着地すると、刃は引っ込む。そしてすぐに、影から鎧を着た赤い骸骨のようなものが這い出てきた。
「……まだいたのか」
「ふひっ、これだけじゃあないよ」
その言葉通り、次々も影から骸骨が這い出てくる。それはある意味ホラーな光景だった。
出てきたのは、盾と鎧を装備した青の骸骨、法衣と杖を装備した緑の骸骨、カタカタと震える黄色い骸骨、何もない白い骸骨、そして目や口が刺繍されたローブを着た黒の骸骨。
『突如、コモノ選手の陰から色とりどりの骸骨が出現した!先ほどの人形しかり、これは一体どういうスキルなのでしょう!?』
「これが僕の最強の人形、〝虚ろなる死兵団〟。その力、とくと目に焼き付けるといいよ」
大仰に両手を広げ、自慢げに声を張り上げるコモノ。どうやらこの骸骨たちに、よほどの自信があるようだ。
「……奇遇だな。俺も同じようなものを持ってる」
「何?」
手甲を鞘に戻し、龍の鉄血を収める。さらにネックレスにすると、コートのポケットを探る。
取り出したのは、五つのミスリルでできた札。それぞれ赤、青、緑、黄、金の色で複雑な術式が彫り込まれている。
「〝世界を形作る力よ、五行の化身よ。今こそ我が矮小なる身にその力を貸したまえ……急急如律令〟!」
呪文を唱え、霊力を流し込んで札を空中へ放る。すると術式が鮮烈な輝きを放ち、それぞれに込められた力を開花させた。
赤の札は業火の人形に、青の札は麗水の人形に、緑の札は疾風の人形に、黄の札は岩石の人形に、そして金の札は光り輝く人形に。
『龍人選手、対抗するように聖霊と思しきものを召喚したーー!!!この司会席からも、凄まじい力の波動を感じます!』
「な、なんだそれは!?」
「古来より、俺の故郷にあるとある宗派では、万物は五つの元素からなると言われている。これはそれを具現化したものだ」
「ぐ、なんだよそれは……!」
「さっきの言葉、お前に返そう……こいつらの力を、その目でしっかりと見届けろ!」
「ひねり潰せ、〝虚ろなる死兵団〟っ!
「さあ皆、力を貸してくれ!」
動き出した〝虚ろなる死兵団〟に、五行の化身たちは力強い背中で向かっていく。
まず最初に、青の骸骨が身の丈を超える大楯を構えて突進し、それに隠れるように赤の骸骨が剣を構えて追随した。
対する五行の化身たちは、土の化身が地面に両手をステージに叩きつけ、突進する赤と青の骸骨の足元を操作して拘束する。
動けなくなった骸骨たちに火の化身と水の化身が近づき、最初に火の化身が骸骨たちを中心に火柱を発生させた。
そして火柱が収まってすぐ、水の化身がマイナスに近い温度の水を浴びせかける。そうして脆くなった骸骨を、金の化身がライダーキックで蹴り砕いた。
すかさず緑の骸骨が復活させようとするが、そうはさせまいと風の化身が空気の圧を調整し始める。
すると緑の骸骨に凄まじい空気圧がかかり、全身が軋みをあげ、少しずつへこんでいった。最後には完全に潰れてしまう。
「くそっ!」
赤と青の骸骨がやられた時点で顔を引きつらせていたコモノは、回復役が沈んだことで初めて悪態をつき、杖を黄の骸骨に向ける。
命令を受信したのか、黄の骸骨は大きく口を開け、全身を激しく震わせた。しかし、なんの音も聞こえてこない。
「な、なんで混乱しない!?」
「いいぞ風の化身、そのまま抑えてくれ!」
風の化身が黄の骸骨の周囲の空気をシャットダウンすることで、そもそも音が届かないようにしたのだ。
そうしている間に、土の化身ががっしりとした体格に見合わない俊敏な動きで近づき、正拳突きで黄の骸骨を粉砕した。
そのまま近くにいた黒の骸骨を持ち上げ、頭と足を持つとまるで茹でたカニの足から身を引き抜くように引きちぎってしまう。
「くそっ、くそっ!なんで何も効かないっ!」
「最後だ!皆、やれっ!」
何も着ていない、ただの白の骸骨に土の化身が近づく。そして先の二体と同じように、豪腕で粉砕……
ボォンッ!!!
……しようとした瞬間、白の骸骨は盛大に爆発した。土の化身の腕が消し飛ぶ。あの骸骨の能力、自爆だったのか。
しかし、これで全ての骸骨は破壊した。役目を終えた化身たちは、俺の元へと帰ってくる。そして札に戻って手の中に収まった。
「みんな、ありがとう」
「くそ、全然予定通りにいかない……!僕は天才のはずなのに……!」
「ご自慢の骸骨は全て倒した。もう一度言う、降参しろ」
「ふ、ふひひ。調子に乗らないことだね。僕にはまだ、これがある!」
そう言って、怪しい光を放つ長杖を掲げるコモノ。あれは確か、本戦でも使っていた力を奪う結界の……
どうやら、戦っている最中もあの魔法を構築していたらしい。詠唱らしきものはしていなかったので、無詠唱でやったのだろう。
だが……
「無駄だ」
パンッ。
ホルスターから〝ネオ・オールス〟を引き抜き、起動して引き金を引く。乾いた発砲音が響いた。
一拍遅れて、音を立てて長杖の先端に取り付けられていた宝玉から光が消え失せた。困惑するコモノ。
「お前の魔法は消させてもらった」
「な、何だと!?」
「悪いが、俺はお前がもう一度使うまで悠長に待ってやるほど優しくはない。今度こそ諦めろ、コモノ」
「ぐ、ぐぅ………!」
一歩間違えれば芸になりそうな、凄まじい形相を浮かべたコモノは、悔しげな唸り声をあげながら俺を睨んだ。
だが、これ以上は意味がないと思ったのか、長杖を手放してステージに膝をつく。審判が戦闘続行不能と判断して、銅鑼が鳴らされた。
結界が発動し、変形したステージやバラバラになった骸骨が元に戻る。当然試合が終わったので、コモノはおとなしく骸骨たちを陰に収納した。
「……覚えてろよ。僕を負かしたこと、必ず後悔させてやる」
「………」
「僕はあの女を手に入れることを、諦めないからな。せいぜい、つかの間の勝利に酔いしれるがいい」
終始こちらを睨み付け、悪態をついたコモノは、言い終えるとくるりと踵を返し、やや不機嫌そうな足取りでステージを去った。
『ラストファイブVS龍神第4戦は、またしても龍人選手の勝利です!互いの術を行使した、見応えのある戦いでした!』
そんなセレアさんの声を聞きながら、俺もしかめっ面でステージを去る。どこか言いようのない、嫌な予感を覚えながら。
「龍人様、お疲れ様ですね。今回は危なげない戦いでしたね」
壁の中に戻ると、穏やかな笑顔を浮かべたシリルラが迎えてくれた。俺は彼女を、じっと見つめる。
「あの、どうかしましたかね?」
「………」
不思議そうな顔をするシリルラを、俺は無言で抱き寄せた。そして背中に手を回して、強く抱きしめる。
「わっ……センパイ?」
「……………」
「……もしかして、あの子供に私を奪われると思って、心配になりましたかね?」
「……少し」
彼女のいう通り、俺は不安になっている。今の戦い、もし負けたらシリルラを奪われたかもしれない、と。
そんなこと絶対にさせないと思っていても、しかしこうして彼女の暖かさを認識し直すことでようやく安心できた。
「心配しなくても、私はあんな子供のところへ行きませんね。私は、ずっとセンパイのものですね」
「………ああ」
「ふふっ。可愛いですね、センパイ。お似合いですよ」
「…それ、暗に俺が女顔って言ってるよな?」
「さあ、どうでしょうね」
そんなやり取りをしながら、俺は胸に立ち込める不安をかき消すようにシリルラを抱きしめるのだった。
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