十八話 本戦 第1ブロック
いよいよ始まりを迎えた、新生秘境大武闘大会。
その予選は思いのほか長引き、一時間もの間、ステージの上で戦士たちの乱闘が続いた。
というのも、予想に反して参加者たちは皆一様に戦闘能力が高く、激しくしのぎを削っていたのだ。
そのため、観客たちは大歓喜。開催宣言の時以上のボリュームで、会場を熱気で包み込んだ。
それは、周りの声に乗せられているものもあるが、スクリーンとカメラがあることが大きいだろう。
まるで間近に見ているように、戦士たちの戦いを楽しむことができる。それはより一層気分を高揚させ、その熱は声へと変わる。
彼らの見る前で、また一人、また一人と、猛者たちに戦士たちが倒されていく。より強いものが残り、さらに強いものに倒されていく、その光景はまさに圧巻であった。
賭け金もありなこの大会だが、ちらほらと落胆の声も聞こえてくる。きっと、賭けていた相手が倒れたのだろう。
そんなこんなで、予想を大きく上回る盛り上がりを見せた予選は無事終了、今一度大きな銅鑼の音が鳴り響き、終わりを迎える。
『終ーーーーー了ーーーーー!規定の人数に達しましたので、これをもって大武闘大会、予選を終了いたします!』
セレアさんの活発な声が、明確に乱闘の終わりを告げた。
それに、見ごたえのある戦いを見て満足したものものは雄叫びを、また、賭けに負けたものは悲鳴をあげた。
そして、堂々とステージの上に立ち、予選を勝ち抜いた二十五名の猛者たちには、惜しみない賞賛の声が送られる。
『いやあ、予選からこの盛り上がりよう!各々のプライドと信念をぶつけ合った、素晴らしい戦いでした!まるで魂を燃やすような戦いっぷりに、このセレア、感動、感激、絶頂の気分でごさいます!解説のお二人は、どうでしたでしょうか!?』
『うむ。誠、見事な戦いじゃった。数多のライバルを降し、勝利を勝ち取ったもの。また、力及ばず、地に伏しているもの。そのどちらともを、妾は誇りに思う』
『同感だ。今回本戦に進めなかった人たちも、大会の盛り上がりによっては、来年からも開催しようと相談している。是非、またその雄姿を見せて欲しい』
結界の効果で復活し、立ち上がった戦士たちが、俺たちの言葉を聞いて各々の表情を浮かべる。だが、悪い雰囲気ではなかった。
職員の立つ出入り口から、悔しげな戦士と、その肩を叩く戦士たちなどがステージから消えていく。
そして、残った本戦出場者たちも、一旦休憩のために控え室へと案内され、ステージには誰もいなくなる。
『いやあ、それにしても素晴らしいですね!まさか、あんなにドンパチやっていた戦士たちの傷が一瞬で癒えるとは!』
『まあ、これでも亜神じゃ。このくらいはできて当然じゃな』
ふふん、と得意げに隣で胸を張り、腕を組むエクセイザー。それに少し苦笑する。
事実、エクセイザーはこの世界有数の、凄まじい魔法使いだ。それは、彼女の使う空間魔法にある。
これは目覚めてから知ったことなのだが、この世界には通常のスキルの他に、五大魔法と呼ばれる特殊な魔法があるのだ。
一つ、空間魔法。結界を張ることや転移を可能とし、五大魔法随一の凡庸性を誇る。
二つ、魂魄魔法。魂と記憶を司る魔法。死者を蘇らせることもできる。
三つ、時操魔法。時の流れを操る魔法であり、過去・未来・現在全てを見ることができる。
四つ、狂化魔法。理性を犠牲にして、際限なく使用者を強化する魔法。シドのそれが魔法になったものだ。
五つ、創生魔法。己の魔力を使って、物体を作り出す魔法。既存ではない、新たなものを作ることもできる。
五大魔法はとても強大な力を持ち、そのため一つの時代に、同じ五大魔法を使う人間が二人いる、というのはないらしい。
つまり、保有者が死ぬその時まで、各時代には五人の五大魔法保有者がいる。そのうちの一人が、エクセイザーというわけだ。
ただ、エクセイザーは一度俺に倒されているので、どうなっているかわからないらしいが。
ちなみに、俺の【強化】スキルは完全にシステム外のイレギュラーな力らしく、真の神の領域らしい。
どのくらいヤバいのか聞いた時には、シリルラにそっと目を逸らされた。胃が痛くなった。
そんなこんなで、俺たちのトークで十五分のインターバルを挟んだ後。
『さてさて!皆様お待たせいたしました!これより、大武闘大会本戦、第1ブロックを開始いたします!』
セレアさんの言葉に、会場が大いに盛り上がりを見せた。いよいよ、予選を勝ち抜いた猛者たちのガチンコバトルが見られるのだ。
その感性に答えるように、ステージを囲う壁が開いて、そこから第1ブロックの戦士たちが入場する。
『まずは、エントリーNo.405と、No.406!傭兵の中では知らぬ者はいない!その俊敏な動きと狡猾な戦闘で、いかなる標的をも仕留める!猿人族の双子、トマスとドラァァァアアァス!』
「「ウォオオオオオオオオ!」」
紹介された、皮鎧を纏った二匹の猿人族の男な雄叫びをあげる。名の知れた強者の登場に、会場が湧く。
『続いて、エントリーNo.146!その美貌と輝くような金髪は、大人の色気を醸し出す!大陸の端、古代森人の里からやって来た魔法使い!エルザミーナァ!』
「ふっ……」
ローブにとんがり帽子、長杖といった出で立ちの女性が、余裕の態度で髪を払うと、主に男たちから雄叫びが上がった。
『お次はエントリーNo.174!影のように忍び寄り、旋風のように敵を蹴散らす!他大陸から武者修行の旅にやって来た女剣士、ツキヨ!』
「………」
黒と紫の袴姿にマフラーをつけ、腰に刀を差した少女は、観客席に向かってぺこりとお辞儀をする。礼儀正しい佇まいに、観客はほう、と息を呑む。
そして、最後の五人目は……
『最後は……エントリーNo.23!今大会の、最後の五人の有力候補!予選では一騎当千の力を見せた謎の仮面戦士!ジェイドオオオ!』
「………」
それまでと違い、声は上がらなかった。むしろ、ヒソヒソとその戦士を見て隣の客と話し合う。
シルエットからして、女だというのはわかるが、皮鎧をつけた体を薄汚れた外套で包み、片手にバットのような棍棒を持っている。
何より……
『……なんでジェ◯ソン?』
なぜか、顔にホッケーマスクを被っていた。なんでこの世界にホッケーマスクなんかあるんだよ。
俺が首を傾げている間も、時は進む。五人全員がステージに立ち、互いを睨み合う。自然と、観客席も緊張感に包まれていった。
そして、それに伴ってセレアさんがすっと手を掲げ…
『それでは……第1ブロック、スタァアァァトッ!!!』
勢いよく振り下ろされた腕に、大きな銅鑼の音が鳴って。
ドゴォオオオオオンッ!!!
轟音とともに、猿人族の兄弟がステージの壁にめり込んだ。
シン、と静まり返る観客席。セレアさんは硬直し、俺とエクセイザーは目を見開いてもうもうと土煙の立ち込めるステージを見る。
「……………」
やがて、煙が晴れた時……それまで猿人族の兄弟が立っていた場所には、悠然とした佇まいのジェイ◯ン…じゃなくて、ジェイドがいた。
その手に持っていたバットは振り切られており、それが猿人族の兄弟を吹き飛ばしたことが想像できる。
沈黙が場を支配する中、吹き飛ばされた猿人族の兄弟が床に落ちた音で、セレアさんがハッとした。
『……はっ!? な、なんということでしょう!あまりの早業に、このセレア茫然自失としておりました!』
我に返ったセレアさんが、興奮した口調でまくし立てる。かくいう俺も、かなり驚いていた。
『では、改めまして……トマス&ドラス兄弟、場外及び戦闘不能により、敗退!』
一拍遅れて、選手敗退を意味する銅鑼が二回鳴る。すると、ようやく観客たちがワッと声をあげた。
謎の覆面戦士が、名の知れた傭兵を瞬殺した。その事実は、どうやら観客たちの琴線に触れたらしい。
「くっ……!」
「……なんという力でござる」
一方、スクリーンに映るエルザミーナとツキヨは、冷や汗を垂らして自分の得物を握っていた。ていうかあれ、音も拾えるのか。
『いやあ、まさに一瞬の攻防でしたね!解説の龍人さん、どう見ますか?』
『……開始の合図と同時に、ジェイド選手が一飛びで肉薄、一振り目で兄弟の足を払って浮かせ、ふた振り目でまとめて吹き飛ばしました。どれも洗礼されたものであり、戦い慣れていることが伺えます』
『なるほど…それでは実際に映像を確認してみましょう!』
観客席背後のスクリーンが切り替わって、スローモーションになった映像が映る。
そこには確かに、俺のいう通りの動きで兄弟を倒したジェイドの姿が映っていた。謎の戦士の実力に、期待の声が高まる。
そんな中、スクリーンが再び切り替わって、ステージの映像に戻った。残った二人は警戒態勢で、ジェイドを見ていた。
「………」
ジェイドが、ゆっくりと棍棒を下ろす。そしてゆらりとエルザミーナ達に振り返った。
かと思えば次の瞬間、凄まじい勢いで肉薄する。まるで瞬間移動のような高速の動きに、息を呑む観客。
「〝氷の精霊よ、凍てつく大地の神よ、どうか我に鉄壁なる護りを〟、アイシクルシールド!」
エルザミーナが呪文を唱えると、眼前まで肉薄していたジェイドの前に氷の盾が出現。振りかぶられていた棍棒を防ぐ。
が、次の瞬間、破砕音とともに氷の盾が砕かれた。どうやらジェイドのパワーには敵わなかったようだ。
「ーー壱が秘剣、〝牙狼〟」
しかし、その奥からツキヨが姿を現し、腰の刀を抜き放って居合斬りをジェイドにぶつけた。
ジェイドはそれを、不完全な体制から足を踏み込み、棍棒で受ける。華奢な見た目に反して、ツキヨの居合はジェイドを後退させた。
地面に跡を残して、ジェイドが数歩分退けられる。その仮面の奥にある瞳が、怪しく光っている気がした。
「……魔法使い。この女を倒すまで、休戦でござる」
「了解。流石に一人じゃ、あれの相手は勘弁願いたいわ」
『おっとぉ!ここでエルザミーナ選手とツクヨミ選手、共同戦線を張ったァ!先ほどの攻防からして、二人も相当の手練れ!開幕早々実力の片鱗を見せたジェイド選手、どう対応する!?』
背中合わせになった二人に、観客がワッと騒ぎ、それをセレアさんの実況が助長する。
「私はサポートに徹するわ、剣使い。貴方は攻撃で動きを封じて」
「承ったーーいざ、推して参る」
短い会話の後、ツキヨの姿が先ほどのジェイドのように消えた。かと思えば、ジェイドの目の前に現れる。
「……!」
「ーー弐の秘剣、〝朧〟」
鞘から放たれたツキヨの刀が、その技名の通り、まるで幻のように三本になってジェイドに襲いかかる。
『おお、これはすごい!ツキヨ選手、まるで幻術のような剣技を繰り出した!あれはいずれか一つが本物なのでしょうか!?』
『いや、全て本物じゃな。同時に繰り出しているように見えるほど、瞬時に鞘にしまい、三度居合斬りをしているのじゃ』
『あれほどの技を繰り出すには、相当の鍛錬が必要。俺も刀を使うが、ぜひ手合わせしてみたいな』
しかしジェイドは、その全てを難なく防御。最後の居合を防ぐと、その勢いを使って反転、棍棒をツキヨに叩きつける。
ツキヨは、それを鞘で防御。表面を滑らせるようにいなして、膝蹴りをジェイドに放った。
しかし、ジェイドはそれを空いている方の手で受け止める。そのまま地面を蹴ってくるりと回転、足の裏でツクヨの顔を蹴った。
かろうじて身を引いて回避するツクヨ、その後ろから炎の槍が着地したジェイドに迫った。
『ツクヨ選手、超至近距離の格闘でジェイドの意識を引き、その隙にエルザミーナ選手の魔法が完成、死の槍が迫る!さあ、どう対応する!?』
燃え盛る二本の、極太の炎槍。標的にされたジェイドは……両手で棍棒をを握ったかと思うと、グリップを捻った。
すると、棍棒が分割、鞭のようになり、それで炎槍を絡め取ると地面に打ち付けた。魔力が霧散し、消える炎槍。
『な、なななんとジェイド選手、棍棒が鞭に変わったー!これはいわゆる、仕込み武器というやつでしょうか!』
『とんだ隠し球じゃな。しかし、あの武器はもしや……』
『エクセイザー、何か引っかかることが?』
『……いや、なんでもない』
鞭棍棒を構えたジェイドは、再びツクヨに向かって接近した。ツクヨはすぐさま抜刀の体制に入る。
しかし、ジェイドは直前で急停止すると、鞭にした棍棒を伸ばして、ツクヨの袴に包まれた足を絡め取った。
「しまっ……」
「………」
ジェイドは手を後ろに引き、ツクヨを転倒させる。それだけにとどまらず、鞭を大きく振るって一本背負いのようにツクヨを叩きつけた。
「カハッ……!」
「剣使い!〝ストームエッジ〟!」
エルザミーナが魔法を唱え、刃の嵐がジェイドに襲いかかる。かなりの魔力量が篭っており、直撃すればただではすまないだろう。
だが、ジェイドは背中からもう一本、棍棒を引き抜いた。鈍く光る、エメラルドグリーンの代物だ。
それを振るうと、衝撃波が生じてストームエッジがかき消される。おおっ、と驚きの声が上がった。
「そんな……!」
『ジェイド選手、新たに取り出した棍棒でエルザミーナ選手の魔法をかき消したー!仕込み武器に続いて、強力な武器を持っていました!』
『あれは、魔道具じゃな。おそらく魔法を霧散させる衝撃波を発生させるものじゃろう』
『まさに魔法使い殺しの武器だな』
俺たちの解説に、エルザミーナが動揺したように体を揺らした。そんな彼女に、ジェイドが迫る。
エルザミーナは慌てて魔法を展開しようとするが、ジェイドが走りながら魔法封じの棍棒を一振り。集まっていた魔力が霧散した。
何もできなくなったエルザミーナに、ジェイドが肉薄。鞭の方の棍棒が振りかぶられた。
「………」
「くっ……!」
苦し紛れに、魔力で障壁を張るが、焼け石に水。あっさりと破壊され、強力な打撃で場外まで吹き飛ばされた。
最初の焼き直しのように、エルザミーナが壁に激突する。そのまま地面に落ち、動かなくなった。
数秒経過するも、起き上がる気配はない。無慈悲に、銅鑼の音が二度響いた。
『エルザミーナ選手、場外及び戦闘不能により、敗退!ジェイド選手、強力な魔法をものともしない、見事な立ち回りでした!』
ジェイドの圧倒的な戦いっぷりに、会場は大いに盛り上がった。最初はヒソヒソとしていた観客たちも、今や腕を振り上げて熱狂している。
「シッ!」
と、そんなジェイドの背後から、ダウンしていたツクヨが斬りかかった。完全なる不意打ちだ。
「油断大敵でござる……っ!?」
しかし、斬撃は棍棒に防がれていた。驚くツクヨに、振り返ったジェイドが棍棒の柄頭を腹に叩き込む。
「ぐふっ!」
「………」
「くっ!?」
無言で振るわれた棍棒を、かろうじて避けるツクヨ。ジェイドの攻撃は一度で終わらず、次々と繰り出されていく。
先ほどのダメージと、今の腹部への一撃が効いているのか、ツクヨはジェイドの乱舞を余裕のない動きで回避していた。
『おーっとツクヨ選手、これはピーンチ!対してジェイド選手、全く容赦のない棍棒によるラッシュを加えていく!解説のお二人、この状況をどう見ますか!?』
『……ジェイドの勝ちじゃろうな。奇襲が成功していれば、あるいは勝率が僅かでもあったかもしれんがの』
『右に同じだ。今の逃げ続けている状態じゃ、反撃も難しいと思う』
俺たちの言葉に、ツクヨが顔を歪める。しかし、事実だとわかっているのか、歯を食いしばってジェイドの攻撃を避け続けた。
ジェイドの攻撃は、まるで機械のように完璧だった。全方位、あらゆる方向から隙なく打撃を加え、完全に逃げ道を塞いでいる。
それを、ツクヨは尋常ならざる反応速度と回避能力で逃れていたが、それも長くは続かなかった、
パキィンッ!
「………無念」
棍棒を受けた刀が、真っ二つに折れた。ツクヨは地面に膝をつき、呆然とした声をあげた。
そのまま、両手を上げて降参の意を示す。それを確認した審判の魔物が、銅鑼を鳴らした。
それに連動して、結界の効果が発動する。ジェイド以外の、倒された四人が試合開始前の状態に戻って立ち上がった。
何が何だか、といった顔の猿人族の兄弟と、悔しげな顔のエルザミーナ、ツクヨがステージの上に戻ってきたのを見計らって、セレアさんがマイクを持つ。
『試合、終〜〜〜了〜〜〜!記念すべき本戦初試合、第1ブロックを制したのは、謎の覆面戦士、ジェイドです!みなさま、どうか五人の勇者たちに拍手を!』
セレアさんの言葉に、ようやく自分たちの敗北を理解した猿人族の兄弟が崩れ落ちる。
対して、エルザミーナは仕方がない、とでも言うように肩をすくめ、ツクヨは修練が足らない、といった顔をした。
そんな戦士たちに、観客席にいた全ての客たちが大きな拍手を送った。ジェイドの圧勝だったが、とても見ごたえのある試合だっただろう。
こうして、大武闘大会本戦、第1ブロックは終了し、最後の五人の一人が決まった。
「………」
ただ一つ、じっとジェイドが司会席……俺のほうを見ているのが、少し気にかかったのだった。
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