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陰陽師の異世界騒動記〜努力と魔術で成り上がる〜  作者: 月輪熊1200
二章 神龍王国
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十四話 控え室にて



  かつて俺が創生神イザナギにミスって転移させられた、遥か天空に浮かぶ秘境、『遥か高き果ての森』。


  それは俺の亜神化、並びに真の神への昇華に伴う核となる『エナジーコア』の力の急激な増加・暴走により新たな大陸へと進化を遂げた。


  俺の中で新生秘境と呼称しているこの場所は『始まりの森』と名を改めた元『遥か高き果ての森』を中心にちょうど八角形のような形をしているらしい。


  ピザのピースみたいに八つの地域に区分されたうち、西に位置する地域にある都が存在する。それは新生秘境を統率するものたちが住まう、大陸中の文化の集まった場所だ。


  首都であるそこは、エクセイザーを筆頭とした元『遥か高き果ての森』のメンバーで構成された政府、そして各秘境の統率者で構成された〝統率府〟が運営している。


  城塞に囲まれる首都は権威の象徴、そして政府並びに〝統率府〟の仕事場である城を中心にいつくかの区画に分かれて構成されている。



  新生秘境の運営に関わる施設の集まる〝行政区〟。



  大陸中の魔物商人と物の集まる市場である〝商業区〟。



  首都に住む他国からの使者や魔物たちの住んでいる〝居住区〟。



  そして娯楽施設を主にして研究所や工房、鍛冶屋などのある〝歓楽区〟。


  大まかに言えばこの四つの区画に区分される。その中でさらに種類別に分かれており、さらに細かい区分けがあるらしいが長くなるので割愛する。


  そして歓楽区には何か大きな催しをする際に使われる、特殊な異空間にある巨大な広場がある。


  その規模は大陸中の魔物や亜人、人間が集まってなお余りあるほど。最初に使用されたのは首都の完成を祝う祭りだったとか。


  そして、エクセイザーを主にして空間魔法の使い手達で作られたその場所にて今日、新たに一つの宴が大陸中の生き物達を集めて行われる。


  それは、俺……新生秘境の誕生の原因となった人間、皇龍人の覚醒を祝う宴。一週間前から招待が行われ、今、始まろうとしている。

 


「ーーと思っている。だから俺は……」



  そんな中、俺は広場に設置された建物の控え室にてスピーチの練習をしていた。鏡の前に立ち、堂々と胸を張って声を張り上げている。


  この部屋は防音設備が整っており、声を張り上げても外には全く漏れない。そのため、俺は気兼ねなく演説の練習をしていた。


  カンペを作ったのは5日前、エクセイザーにこの宴のことを聞かされた日からこうして練習を重ねていた。


  飛躍的に向上した記憶力で完璧に記憶した内容を、より力強く、印象に残るように修正をする。


  幸い、瑠璃が現れてからはクラスにも溶け込み、クラス委員として文化祭の指揮を取っていたことがあるのでそこまで直す必要はなかった。


「……以上で演説を終える。ご静聴、感謝します」


  通算67回目になる練習を終えると、正していた背中から力を抜いて息を吐いた。ふう、なんとかまとまったな。


  力のこもった肩をほぐすと、手に霊力を纏って鏡に触る。するとそれまでなんの変哲も無いガラスに波紋が浮かぶ。


  数秒して、つい先ほどまでの練習中の俺の姿が映し出された。これは写っていたものを最大一時間まで記録することのできる魔道具だ。


  事前にセットして録画した自分のスピーチは、我ながらなかなか堂に入っているものだった。これなら大丈夫か。


  魔道具を停止し、ポケットからカンペを取り出してもう一度見ておく。神化した脳は一度読んだだけで一言一句全て記憶したが、なんとなく間違えていないか確認したくなった。


  そうやってカンペと睨めっこしていると、コンコンというノックとともに扉の開く音が聞こえる。思わず顔を上げてそちらを見た。


「失礼するぞ……と、なんじゃ、まだ確認しておったのか」

「よーリュート、来たぜ」


  そう言って入って来たのは、いつもとは違う装いのエクセイザーとヴェルだった。振り返って見て、二人の姿に思わず見惚れる。


  エクセイザーは十年前の、俺の知る艶やかな紫色のドレスを纏っていた。それに控えめに装飾を付け足し、髪をセットした感じだ。


  それは大人びた彼女の魅力が前面に押し出されており、非常に美しい。改めて、こんな美人が自分の奥さんだと思うと驚いた。


  対するヴェルは、いつもの機動力重視の開放的な服装とは真逆に、ロングスカートの落ち着いた漆黒のドレスを着ている。


  眼帯はしておらず、代わりに髪を下ろす髪型にすることで隠しており、むしろそちらの方が自然に見えて胸が高鳴る。


「ふふ、どうやら気に入ってもらえたようじゃぞ」

「へえ、そりゃよかった」


  不敵に笑うエクセイザーと、ニヤニヤとした顔でこちらを見るヴェルにようやくハッと我にかえる。


  や、やべえ。あまりにも二人が綺麗すぎて、エクセイザーに思考が筒抜けなのを完全に忘れてた。めちゃくちゃ恥ずかしい。


  いや、嘘偽りない本心を伝えられたと思えば、むしろいいことなのか……いや、やっぱそんなわけない、恥ずかしい。


  熱くなっている顔をそらしていると、コツコツと廊下の方から足音が聞こえて来た。誰かが、こちらに近づいてきている。


「おや、本命が来たようじゃの」

「本命?」


  エクセイザーの言葉をおうむ返しにしていると、部屋の前で足音が一旦途絶える。どうやらここに向かっていたようだ。


  そして、再び足音を鳴らして姿を現したのは……






「……センパイ」






  ……純白のドレスに身を包んだ、シリルラだった。


「ッーーー」


 これまで生きてきて、驚くようなことやわれを忘れるようなことは何度もあった。実際、先ほどもエクセイザーたちを見て驚いた。


  でも……でもきっと、この瞬間に比べればなんでもないことのように、そう思えてしまった。それほどまでに衝撃的だったから。


  何の穢れもない真っ白なドレスを纏ったシリルラは、どこまでも美しかった。文字通り天上の存在といっても過言ではない。


  ひざ下まで届くスカート状のドレスはよく見れば細かな装飾が施されており、一級品であることが伺える。


  しかしそれは、あくまでシリルラの美しさを引き立てているに過ぎない。見るべきは、彼女自身。


  白い肌は息を呑むほどきめ細やかで、まるで陶器のよう…いや、もしくはそれ以上に透き通っている。


  人形のように整った相貌は触れれば壊れてしまいそうなほど儚げで、手を伸ばすのを思わずためらうほど。


  瑠璃色の髪は片方を耳にかけ、花形の飾りで留めている。それによって露わになった首筋は清楚な色気が漂っていた。


  まさに至高、神がかっているという言葉が正しいだろう。最愛の少女は、今まで見たどんなものよりも綺麗だった。



  だから俺は、体を駆け巡る衝動の赴くままにーー


 




「ーー結婚してくれ」






  ーー気がつけば、そんな言葉を吐き出していた。


  口にして初めて、自分が何をやっているのかを自覚する。ふと見れば、いつのまにか俺はシリルラの前に跪き、彼女の手を取っていた。


  ……あれ? 俺、何やってんだ?


  呆然とシリルラを見上げれば、白磁の頬を赤く染めて驚いている。


「……ふふ。はい、喜んで」


  しかし、次の瞬間シリルラは微笑んでそう言葉を返してくれた。冗談だとわかっていながらも、嬉しいという気持ちが湧き上がってくる。


「「……………」」


  ……はっ!? な、なんだ。今後ろを振り向いたら、とても後悔しそうな予感がする。とても後ろの二人を見たくない。


  それでも振り向いてしまうのは、好奇心のいたずらか。まったくもって、現実というのは思い通りにいかない。


  …この数秒後、俺はこんなことをしなければよかったと、自分の行動を後悔することになるが、それを今の俺が知る由もなかった。


  恐る恐る振り返った先には……先ほど以上にニヤニヤとしているエクセイザーとヴェルがいた。


  聞かなくても、何を考えているのかは一目瞭然だ。俺は慌てて立ち上がり、言い訳をしようとする。


「あ、あの、これは、だな……」

「いやいや、わかっておるぞ。抑えきれなかったのじゃろう?」

「大丈夫だって。普段から見てりゃシリルラが一番なのはわかってるからよ」


  ぽん、と俺の両肩に手を置いて笑顔で頷く二人にがっくりと肩を落とす。いや、確かにその通りなんだけどね!


  ……シリルラのドレス姿を見ただけで我を忘れてあんな行動をとるとは、我ながらかなり感情的だ。


  以前からちょくちょく思ってたけど、神になってから感情がそのまま行動に出ている気がする。これは自制しなくては。


  ていうか……こんな祭りのためのドレス程度でこんなになるなら、本当のドレスを見たときはどうなってしまうのか。


  …いや、やっぱりやめておこう。想像するだけで、自分がどんな行動に出るのか恐ろしくなる。マジで体をコントロールできるようにしなくちゃ。


「ふむ……それにしても、案外似合っておるの」

「そ、そうか?」

「おう、キマってるぜ」

「思ったよりかっこいいですね、センパイ」


  俺の身を包むユキさんのオーダーメイドであるタキシードに目を向け、褒めてくれる二人。少し照れくさくなって頬をかく。


「それにしても…存外、緊張していないのう?」

「え?」

「そうそう、緊張してたら励ましてやろうと思ってここに来たんだけどよ」

「どうやら、いらない心配だったようですね」


  うんうんと頷く三人。そうか、彼女たちは俺を励ましに来てくれたのか。ちょっと恥ずかしいけど、嬉しいな。


  実際、緊張していなかったといえば嘘になる。そうじゃなきゃ、何回も鏡を使って自分の演説を確認なんかしない。


  さっきクラスの指揮をとったと言ったが、正直言ってそんなものは今回に限ってはほとんど役に立たないだろう。


  やることは同じなれど、規模が全く違う。せいぜい三十人くらいと、数千、数万もの大衆が相手ではまるで比べ物にならない。


  しかも、相手は気心の知れたクラスメイトではなく、ほとんどが初対面の奴らだ。そんな中緊張しないでいられるほど、俺の肝はすわってない。


  もちろん、ここまできて逃げるようなつもりはない。ただ、もし失敗したらという不安がどうしても拭いきれないのだ。


  しかし、それは三人が来たことで良い意味でも悪い意味でもかなりなくなった。恥ずかしい思いはしたが、わずかに強張っていた力を抜くことができた。


「ほう、そうじゃったのか……まあ心配するな、妾たちが側についておるゆえ、心配はいらぬ」

「なんだよ、まだ不安だったのか?大丈夫だぞ、どんな失敗しても笑わないからよ」

「おう、ありがとう…って、そこは成功する前提で言ってくれよ」

「そうですね、センパイが恥ずかしいミスをしても笑うことは……プフッ」

「おい、今失敗するとこ想像したろ」

「いえ、なんのことだかわかりませんね……プクク」

 

  完全にからかっているシリルラ。全くこいつは、親密な関係になっても俺を弄るのがお好きなようだ。


  いたずら好きの彼女に苦笑するも、心配するなと頷く三人に頼もしさを覚える。これはいよいよ失敗はできなくなった。


  彼女たちを失望させないため……一人は笑わせないために……頑張らなくては。


「……パパ」

「父ちゃん!」


  拳を握って意気込んでいると、新たな人物が控え室に入ってくる。それは、俺の最愛の二人の娘たちだった。その後ろにいるメイド?さあ、見えないな。


  真っ直ぐ突進してきたローサを受け止め、次にトテトテと近づいてきたウィータをもう片方の手で抱き寄せる。


「二人とも、よく来たな」

「…ん、きた」

「えへへー、ねえ父ちゃん、これ可愛い?」


  胸の中で笑うローサを見れば、ピンク色のドレスを着ていて、フリルが可愛らしく揺れるそれにはローサの明るい笑顔がよく似合っていた。


  対するウィータは、落ち着いた紺色のドレス。ハーフアップにされた銀髪を髪型を崩さないよう撫でれば、気持ちよさそうに目を細める。


「ん…パパ、気持ち良い」

「あー、姉ちゃんだけずるい! 父ちゃん、私も!」

「はいはい」

「えへへー」


  天使のような笑顔を浮かべるローサとスリスリと頭を寄せてくるウィータに、どんどん心が癒されていく。ああ、ここが理想郷アヴァロンか……!


  しばらくすると、二人を離して立ち上がろうとする。すると、ウィータがくいっとズボンの裾を引いた。


「どうした?」

「……パパ、しゃがんで」

「お、おう」


  言われた通りしゃがみ込めば、ウィータは俺の頭を撫でてきた。それはとても優しいもので、心に温かい何かが広がっていく。


「えっと、ウィータ?」

「……パパ、頑張ってね? 応援してるから」


  ……そうか。こいつは、励ましに来てくれたのか。なんて可愛い娘なんだ。


「ああ、頑張るぜ」

「ん!」

「父ちゃん、頑張れよ!」

「おう!」


  力強く答えて、愛娘二人をもう一度抱きしめる。そうすると、大勢の民衆を前にする不安が溶けていく気がした。


  愛する人たちからの応援と、娘からの応援。この二つを受けた今、俺の心から完全に不安は消え去った。これならいける。


「あら、いつも通りだ」

「ん、レイ?」

「やっほー、リュー兄」


  声のした方に顔を向ければ、ドレス姿のレイが入り口の横の壁に寄りかかっていた。そしてパチッとウィンクをしてジェスチャーをする。可愛い。


「なんか、大丈夫そうだね」

「ああ。シリルラ達と二人に励まされたからな」

「……どやっ」

「へへーん!」

「むしろ、あんなことをしておいてミスをしたらそれこそお笑いものですね」

「ふふ、そうじゃのう」

「おいおい、からかってやるなよ……まあ、ちょっと見て見たい気もするけど」

「おいお前ら、意地が悪いぞ」


  胸を張る二人の頭に手を置きながらシリルラ達に答えていると、苦笑しているレイが壁から背中を離して目の前までやってきた。


「そっか。でも一応私からも言っておくよ……頑張ってね、リュー兄。きっと色んなことを言う人もいると思うけど、私たちは味方だからね」

「ああ、やれるだけやってみるさ」


  心配そうな顔をするレイに出来るだけ自信満々な顔をして胸を叩く。すると、ずっと沈黙してた(ついでに視界に入れないようにしていた)シドが、レイの後ろから顔を出した。


「ご主人様……」

「……なんだ」

「まだ今少し不安が残っていらっしゃるようでしたら、私を叩いて発散「ふんっ!」ありがとうございますっ!」


  相変わらず平常運転な変態メイドを拳骨で黙らせると、入り口のほうからこの施設の職員の魔物が現れて時間であることを告げてきた。


  それにすぐに行くと答えると、一度目を閉じて深く息を吐く。そうすることで心を今一度落ち着かせた。



「……よし、行くか」



  目を開くと、覚悟を決めた表情をして、あれ入り口へと……その先にいる大勢の民衆へと、一歩踏み出したのだった。






 さあ……いよいよ、宴の始まりだ。













  ちなみに、シドは廊下に出たところで復活して追いかけてきた。そのまま沈んでればよかったのにと思ったのは内緒だ。

読んでいただき、ありがとうございます。

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