十二話 訪問と呪剣
シリルラに手を引かれた俺はエクセイザーたちを中庭に残し、ガルスさんとユキさんが待っているであろう玄関口へと向かった。
この元ログキャビンの屋敷は、真上から見ると漢字の口のような形をしている。そして中心のぽっかりと空いた穴が中庭だ。
その穴の内側、四方の壁には一つずつ扉が設置されていて、それらはそれぞれ館内の各所に移動できるようになっていら。
そしてお茶会スペースは玄関のある正面に位置する壁に隣接しており、当然そこの扉を使えばすぐに玄関に行けた。
扉をくぐると、絨毯が敷かれ、随所に調度品の置かれたホールが視界に映る。エントランスはスタンダードな構造をしており、二階に繋がる階段が左右から曲解して伸びていた。
上部分は吹き抜けになっていて、高い天井からは輝く緑色の結晶……〝光緑石〟と金属の枠組みで作られた豪奢なシャンデリアが吊り下がっており、エントランスを明るく照らす。
緩やかなカーブを描く階段の真ん中、踊り場のちょうど下に中庭に繋がる階段は位置する。といっても途中に一つ部屋を挟んでおり、そこには棚に食器やティーカップなどが保管されていた。
廊下に出た俺たちは、一直線に正面に見える玄関へと歩いていく。その足並みは偶然か、はたまた半ば腕を組んでいるからなのか同じものだった。
一旦シリルラと腕を解くと、シックな色合いの両開きの扉に手を伸ばし、ドアノブを回して引いた。
すると、目に映るのは、屋敷の外に広がる家庭菜園。幸いこの畑は大体無事だったようで、十年前の数倍になっていた。
しかし、それから俺はすぐに視線を外して、すぐ目の前にいる背を向けた二人の人物へと目を向けた。
一人は、俺と同程度の身長の男。貴族礼服のようなものを着ており、服の上からでもその体が筋肉の鎧に包まれていることがわかる。
一人は、そもそも立っていなかった。洗礼された見た目の車椅子に座っていたのだ。ただその白い髪から、女性であることはわかる。
「二人とも、お待たせしました」
その背中に声をかけると、二人はゆっくりとこちらを振り返る。するとその顔が露わになった。
「…別に、待ってはいない」
男は、ロマンスグレーの髪を額を出す形にしており、左目の瞼を縦一直線に通過した傷が最後まで見えている。口元のヒゲは上品に切りそろえられ、隻眼には鋭い眼光が宿る。
「ん。ぼーっとするのもたまには一興」
対する女性は、前髪をおかっぱにしていて、かつては長がったそれを前髪に合わせるようにミディアムヘアーに整えている。車椅子に座するその姿はどこか儚げな印象を受けた。
二人は俺を見た後、隣にいるシリルラを見て一瞬不思議そうな顔をするものの、後で説明しますと言うとすぐにそうか、と頷いた。
彼らを家の中に招き入れ、来てもらっている身なので女性の車椅子を押して応接室に案内する。女性は一瞬驚いた後、「…ありがとう」と呟いた。
移動した応接室は、机を間に挟んで豪奢なソファが向かい合って設置されていた。そして壁には大きな鏡と、見覚えのある暖炉が配置されている。
女性を車椅子から降ろそうとするが、もう大丈夫と本人がいい、自分の背中から蜘蛛の足を出すと器用に自分で座った。その隣に男が座る。
軽く肩をすくめると、車椅子を壁際においてシリルラとともに体目のソファに座る。すると尻が沈み込むような感覚を覚えた。おお、めっちゃふかふか。
ソファの柔らかさに内心感心しながらも、視線は正面の二人へ向ける。すると二人もじっとこちらを見ていた。俺の顔に何かついてるだろうか?
「…女顔度、増した?」
顔自体のことだった。
「……誠に遺憾ながら。ていうか、第一声がそれですか」
「ん、だってどう見ても女。昔も思ってたけど、更に磨きがかかってる。多分、初対面だったら声を聞かなきゃわからない」
「………」
ちくしょう、そんな面と向かって言われるほど女顔なのかよ。いや、わかってたことだけど実際言われるとなんともいえない気分になる。
思えばこの顔のおかげで従兄弟にはスカート履かされるわ学校の文化祭ではシリルラ達にメイド服着せせられるわ、ロクなことがなかったな。
内心ちょっと、本当にちょっとだけ傷ついて男らしくない自分の顔に不満を抱きながらも、あはは、と愛想笑いする。別に悲しくないし。
シリルラ以外に誰が聞いてるでもないのに愚痴を言いながらも、一度咳払いして気持ちをリセットする。そして二人に笑顔で話しかけた。
「改めて……お久しぶりです、ガルスさん、ユキさん」
「……うむ。こちらこそ、久しぶりだな」
「十年ぶりだね。外見は可愛らしくなったけど、笑い方は変わってないね」
「いや、マジで女顔のことは勘弁してくださいよ……」
「冗談」
「…プフッ」
くすくすと笑う、ユキと呼んだ女性。それにつられるように、先程からプルプルしてたシリルラが少し吹き出す。おいコラ正妻。
改めて紹介しよう。この二人はガルスさんとユキさん。かつて元『遥か高き果ての森』西部の区画統率者で、今はこの国の要職に着く人達だ。
ガルスさんは、かつて西部の武具製造を一手に手がけ、〝小人の森〟管理者のハイオークのオグさんと連携してハイゴブリンたちを鍛えていた魔物である。現在は新生秘境の鍛治ギルドの頂点に立っているらしい。
ユキさんもまた、昔は区画統率者だった魔物。リメイクされたこのコートを作った張本人でもあり、西部随一の付与術師だった。今は新生秘境の服飾類を一手に手がける組織のトップだ。
二人はエクセイザーやヴェル、はたまた俺のように記憶の中とは随分と違う姿をしていた。二人とも顕著だが、特にガルスさんだろう。
十年前のガルスさんは、アーマードドラゴニックゴーレムという二メートル以上ある、ドラゴンを模した鎧のような外殻を身に纏うれっきとした魔物だった。しかし今は人の姿をしている。
その原因はやはりと言うべきか、統一戦争。その中でいくつもの戦いを経て、死線を生き抜いたガルスさんは己の限界を超え、進化を果たした。
その名前は龍人人形、ゴーレムの上位種に位置する自動人形という魔物になった。そのため人間に近い姿をしている。
対するユキさんだが……こちらは、髪型以外は特に外見的には変わってはいない。ただ一つ、車椅子を使っていること以外は。
こちらの原因も統一戦争だ。ユキさんは今、歩くことができない。両足が機能していないのだ。あの蜘蛛の足を出すのも割と疲れるらしく、普段は車椅子で移動している。
治癒魔法や【再生】スキルなんて便利なものがあるこの世界だが、ユキさんの足が治ることはないらしい。というのも、原因が原因だからだ。
統一戦争時、ユキさんは〝呪い〟をその身に受けた。呪術師の操る呪術とよく似た、悍ましいものだ。
幸い、吸血鬼の旦那さんがその魔物を倒して解呪したらしいが、その時すでに下半身は動かなくなっていた。下手をすればそのまま死ぬ可能性もあったのだとか。
そのため、生活の一部を介護してもらわなくてはいけない。それでもごく些細なものらしく、命を落としやすい魔物なこともあって本人はあまり気にしていないようだが。
兎にも角にも、こうやって訪ねて来てくれた二人。十年ぶりの再会だ、少し頼みたいこともあったので精一杯おもてなししよう。
そう思った矢先、応接室のドアが突然開いた。反射的に全員がそちらを振り返ると、ある人物が部屋に入ってくる。
それは、メイドだった。それもよくコスプレで見るようなものではなく、しっかりとしたいかにもなメイド服をまとった本物のメイド。
俺より高いのではないかという長身に纏うはロングスカートに長袖、上品な黒い生地にあしらわれた紫色のリボンが映える。
肌は茶褐色で、額からは大きな一本のツノが突き出ている。息をのむほど整ったその顔は鉄面皮に覆われており、机にティーセットとお菓子を置くと俺の後ろに控えた。
「ありがとう」
「…いえ」
メイドにお礼を言うと、ティーセットに手を伸ばして二つカップをソーサーに並べ、ポッドから紅茶を淹れる。
「あ、二人とも砂糖とミルク、いります?」
「…儂はそのままでいい」
「ん、それじゃあ砂糖三つ、ミルクちょっとおめでお願い」
「わかりました」
二人の要望に従って紅茶を準備していき、お菓子を乗せた小皿とともにガルスさんにはストレートを、ユキさんには砂糖とミルクを入れたものを差し出した。
「どうぞ」
「感謝する」
「ありがと」
感謝の言葉を述べた二人は、カップをとって一口紅茶を啜った。そしてほう、と息を吐く。
「…うまいな」
「ん、この前の他国から来た商人が出した無駄に甘ったるいやつより何倍もいい」
「喜んでもらえたのなら良かったです」
ほっ、と内心息を吐く。来るのを見越してエクセイザーに取り寄せてもらっておいて良かった。
「お前は、昔から紅茶には厳しいな」
「当たり前。紅茶は人生の楽しみ、至高の存在。私は服と紅茶に関しては妥協はしない。あんな三流以下のものを飲んで喜んでるあの商人は紅茶を飲むに値しない」
淡々と話すユキさん。そこからはユキさんの本気加減がこれでもかと伝わって来る。
「……えーと、ちなみにその商人さんはどうなったんですか?」
少し好奇心が疼いて聞くと、ユキさんはにこりと微笑みながらこてんと首をかしげる。
「聞きたい?」
「…やっぱりいいです」
なんだか聞いたら戻れない気がしたので、丁重にお断りしておいた。目の奥が完全に笑ってなかった。
「ところで、そちらは?」
もとの無表情に戻ったユキさんがシリルラを見て聞いて来る。一見鉄面皮にも見えるガルスさんもどこか気になっている様子だった。
そのうち聞いて来ることを予想していた俺は、シリルラにアイコンタクトをした。もとより思考を読んでいる彼女は小さく頷き、すっと二人の方を見る。
「初めまして、ガルス様、ユキ様。私はシリルラと申します。最高神より龍人様に遣わされた下級神であり、龍人様の正妻です。以後お見知り置きを」
「下級神……」
「……異世界から来たことは聞いてたけど、本物の神様まで連れてた。しかもお嫁さん」
二人は驚いたものの、そもそも十年前に俺が別の世界から来たことを知ってたのでそこまで大げさではなかった。
シリルラの挨拶も済んだところで、俺たちは雑談に興じる。内容は主に眠っていた十年間の間のことだ。
俺はもちろんシリルラとの生活のことしかないのでそれを、ユキさんは主に息子のルフェルが成長したこととか、どんなことをやってるのかなど。というか八割ルフェルの話だった。
中でも驚いたのは、ガルスさんが結婚してたこと。なんでもお相手は別の秘境にいたダークエルフのスミスらしい。統一戦争時一番最初に同盟を組んだ秘境でもある。
そうしてなごやかに談笑……時折シリルラやエクセイザーとの仲をいじられながら…すること数十分の時間が過ぎ去っていった。
「あの装備たちは、うまく使えているか?」
「はい、時々この森の中を鍛錬がてら探索する時に重宝してます」
「服の着心地はどう?」
「バッチリですよ。さすがはユキさんです」
「ん、当然」
ちょっと得意げな顔をするユキさん。実際、ユキさんの作る服は凄まじい。このパーカーに変形しているコートに限らず、俺の私服は全てユキさんから送られて来たものである。
そのどれもが一級品と言うのもおこがましいほどの完成度で、最高の着心地だ。科学技術が発展している地球の服すら遠く及ばないだろう。
「それにしても、元気そうで本当によかった」
「おかげさまで、楽しくやらせてもらってます」
「あの時は、皆が悲しんだ。あなたは紛れもなく、私たちの家族の一人だったから」
「……ありがとうございます」
面と向かって家族と言われて、少し照れくさくなる。自分が言うのはいいけど、人に言われるとちょっと恥ずかしいのってあるよな。
「今更だけど……ありがとう。私たちがいたとはいえ、あの異形が西部まで侵攻してくれば、間違いなく多くの命が失われていた」
「それこそ、俺は当然のことをしただけですよ。家族なら、助け合うのが当然でしょ?」
「…確かにそうなのかもしれない。だが、お前は間違いなく儂たちを救ってくれた。儂はお前を誇りに思う」
「ガルスさん……」
真っ直ぐな目で見て来る二人に、俺は恥ずかしいながらもどこか誇らしくなってはにかんだ笑顔を浮かべてはい!と答えた。
そうして褒められたところで、途端に二人が微笑をやめて真剣な顔になった。話題の変化を感じ、俺は居住まいを正す。
「……エクセイザーから聞いた。あなたはまた、この場所の守護者になろうとしてる」
「…はい、そのつもりです。それが俺の今生きてる意味の一つだと思ってますから」
「正直言って、決して簡単な道のりじゃない。今のここは、あなたの知る十年前より沢山のものがいる」
「中には快く思わないものもいるだろう。むしろ、お前に牙を剥くものも。それでもお前は……」
心配そうな声音でいう二人を、俺は手で制する。そして自分も表情を引き締め、精一杯の決意を込めた目をした。
「それでも俺は、やります。やってみせます。俺のこの力が役に立つのなら、どれだけ難しくてもやり遂げてみせる」
「……決意は、固いか」
神妙な顔をするガルスさんに、俺は強く頷く。たとえ誰に止められようと、俺はこの決意を手放すつもりはない。
難しいというのなら、受け入れられるまで向き合うだけのこと。全てのものに正面から向かい合ってこの手を掴んでもらう。
牙を剥くというのなら、それもいいだろう。俺は絶対に諦めない、最後に頷いてくれるまでどこまでも立ち向かおう。
無論、それを成し遂げるのに俺では未熟だということもわかっている。でもシリルラが、エクセイザーが、ヴェルが……家族がいる限り、俺は挫けることはない。
「……それなら、そのための武器も必要だな」
「うんうん」
「え?」
ガルスさんは腰につけていたアイテムポーチを開いて、中から細長い箱を取り出した。それをメイドが片付けていた机の上に置く。
縁に金の装飾が施された黒塗りの箱は、形容しがたい雰囲気を醸し出していた。一体中に何が入っているのだろうか。
ガルスさんを見ると、鷹揚に頷かれる。開けて見ろってことか。彼のいう通り、箱に手を伸ばして蓋をあける。
「これは……剣?」
中に収められていたのは、一振りの剣だった。持ち手から鍔、鞘まで全て暗い赤色に染められており、まるで血塗られているように見える。
試しに持ち手を持って引き抜いてみると、刀身まで真紅。無駄なものすべてを廃したシンプルな両刃は、それ自体が引き込まれるような美しさを醸し出していた。
「龍の鉄血。お前の血を浴びて変質したコートのミスリル装甲を使って作ったものだ。灰龍の銀刃とは比べ物にならない性能を持っている」
「これを作るのには、私も手を貸した。正直言って、これを使うには亜神クラスの力じゃないと逆に喰い殺される」
なにそれ超怖い。
というか、俺の血を浴びて変質したって……やっぱり、〝あれ〟が原因かな。いや、そうとしか考えられない。
恐ろしくも何処か親近感を感じる武器に内心苦虫を噛み潰したような気分でいると、まだ話は終わっておらずユキさんが続けた。
「何より……その剣、あなた以外には使えない」
「……どういう、ことですか?」
「お前の血を浴びたからか、それは使い手を拒む。性能テスト用のゴーレムはすべて塵となった」
「手に持った瞬間、一瞬で燃え尽きた。だからこうして魔法を施した箱に入れてある。だからそれを持ってなんともないあなた以外、誰も使えない」
……また、随分とクセのある武器をプレゼントされたもんだ。
《センパイ、お二人の言っていることは事実ですね。この剣には強力な呪いがかかっており、私でも解呪はできません。センパイの血を持っているものでなければ呪いが発動して死に至りますね。さらに、自我まで持っているようですね》
てことは、理論上は俺の血が半分入ってるウィータなら使えることになる。まあ絶対に使わせないけど。
「……どうだ?受け取るか?」
「もし危険で嫌だというのなら、それは持ち帰って封印する」
「…いえ、ありがたくもらっておきます。確かにちょっと危険ですけど、それでも二人が俺のために作ってくれたものなので」
それに、自我を持って生まれたのに封じされるなんて可哀想だ。地球で俺の住んでいた屋敷の社にも、封印された自我を持つ神器が一つあった。
あいつは、元気にしてるだろうか。爺ちゃん以外に唯一家の中で話し相手になってくれたいいやつだったんだが。
まあ、それはともかく。俺は一度剣を鞘に収め、箱に戻す。そして深々と二人に頭を下げた。
「ありがとうございます。言葉だけじゃなくて、剣までくださって。絶対有効活用してみせます」
「……うむ。何かあったら、いつでも来い」
「頑張ってね。私たちは応援してるから」
激励の言葉をくれる二人に、俺はもう一度感謝の言葉を述べた。
それからまたしばらく雑談をして、良い時間になったところで二人は帰っていったのだった。
読んでいただき、ありがとうございます。
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