十一話 屋敷と模擬戦
レイとのなんともいえない再会を果たした後、俺はエクセイザーとレイを引き連れて無事にこの世界の我が家に帰還〝は〟できた。
そう、帰還〝は〟、できた。大事なことなので二回言わせてもらったが、これはそのまま家に帰れただけということを意味する。
というのも……俺の建てたログキャビンは、俺の記憶の中にあるものとは全く違うものへと変化を遂げていたのだ。正直言って全くの別物に等しい。
俺の作ったログキャビンは……なぜか、本当になぜか、十年の月日を経て屋敷へと様変わりしていた。屋敷といっても、ちょっとした豪邸程度だが。
なんでこんなリフォームどころかエボリューションしちゃってるのかエクセイザーに聞いた結果、ある一つの残酷な事実を俺は知った。
かつて新生した秘境の統一を果たすため行われた数年間にも及ぶ戦争。その最中、今は『始まりの森』と呼ばれている元『遥か高き果ての森』まで侵攻してきた秘境がいた。
そして、特別強固な結界で守られているログキャビンを重要拠点と勘違い…いやまあ俺からしたら何より重要な場所なんだけど…し、結界を超えて転移できる魔物を使い内側から爆破しやがったらしい。
エクセイザーが建物自体にも防御結界をかけていたがその甲斐虚しく大破。とてもじゃないが使えるような状態ではなかった。それを聞いた時俺が膝から崩れ落ちたのはいうまでもない。
統一後件の秘境とは良好な関係を築き、ログキャビンのことを知ったその秘境の統率者は何度も平謝りしてくれたらしい。だが、もう壊れたものは戻ってはこない。
ところで唐突だが、新生秘境には統一後和解した秘境のリーダー達で〝統率府〟というものが作られた。総勢27名で構成された組織だ。
ニィシャさんにも聞いた通り、新生秘境はエクセイザー達元『遥か高き果ての森』のメンバー達を最高権力としており、その下に〝統率府〟は位置する。
その〝統率府〟が何だというと、じつはそこで今回の発端、秘境が新生した理由を明かすにあたり、エクセイザーは俺や異形との戦いのことを説明したようだ。
それを聞いた一部の情に熱いタイプの統率者達が、俺が目覚めた時帰る場所が無くなっていては可哀想だ!と奮起、建て直しが決まった。
残りの統率者達も神化を果たして俺が蘇った時、ログキャビンが破壊されたままで怒りを買ったら自分たちが滅ぼされるかもしれないと危惧し、それに乗っかった。
そしてあれよあれよという間にログキャビンの再建は進んでいき、どうせなら前より豪華にしようと情熱タイプの統率者達が提案、他のメンバーも乗っかってこの有様である。
いやそこは前と全く同じ見た目にしなきゃダメだろと突っ込んだが、エクセイザー達からすればやっと訪れた平穏、ここで統率者達といがみ合うようなリスクは避けたいという理性的な判断のもと続行された。
それでもかなり掛け合ってくれたらしく、苦難の説得の末だいぶマシになったのだとか。初期案ではこれの五倍の大きさだったらしい。でかすぎだろ。
これで理由がそれだけなら、俺は今以上に不満に思っていたかもしれない。だがログキャビンの再建……もとい魔改造にはもう一つ、理由があった。
それは、ここに住んでいるのがエクセイザーやヴェル達、元メンバーだけではないこと。俺とエクセイザーの娘であるウィータがその最たる例だろう。
ここでログキャビンの構造を思い出してみる。個室は風呂、トイレ、俺の自室の三つ、以上。後は全部共有スペースである。いささか、複数人で暮らすには狭すぎる。
例えばレイ、屋敷に変わってなおここで暮らしてくれていた彼女は、見ての通り既に大人になっている。子供の頃と違って私物もたくさんあるわけだ。
同様にここに住み続けているヴェル。彼女はなんと、新生秘境の軍部総裁の位置についているらしい。自室としても、仕事場としても部屋は必要だった。
エクセイザーにしたって、昔は剣の状態になっていたが、例の理由で極力人型でなることを望んでいる。ウィータと一緒に寝るのが好きらしいし。
家族のために必要だというならば、俺はそこまで不満には思わなかった。今更もう一度建て直せ!と〝統率府〟に言えるわけでもないしな。
それに俺にとって一番大切なのは、家の見てくれじゃなくてエクセイザー達だ。確かに残念ではあるが、エクセイザー達がいてくれるならそれでいい。
兎にも角にも、『神樹』の元で目覚め、家に帰った俺。その過程で色々とあったものの、神様ライフの出だしとしては非常に良い滑り出しだろう。
そして今、俺が何をしているかというと……
「ふっ!」
「よっ、と」
目の前にいる少女が繰り出した蹴りを、右腕にまとった籠手型の神樹の枝……【神樹の子】で受け止める。ガァンッ!という硬質な音が響き渡った。
脚甲もつけておらず、裸足であるはずなのにミスリルをはるかに上回る硬度を持つ【神樹の子】と打ち合って金属がぶつかり合うような音を立てる相手。
淡い青色の胸当てと白い貫頭衣、やや太いズボンを履いているその人物は小さく舌打ちすると足を引き戻し、回し蹴りを放ってくる。
先ほどと同じように円盾の形にした【神樹の子】で防御、即座に枝を解いて相手の足に絡みつかせて腕を振るい投げ飛ばす。
屋敷の中庭の壁へと飛んでいく人物だが、突如空中で体を回転させて魔力の足場を作り体制を直した。そのまま魔力を蹴って弾丸のように俺へと飛んでくる。
本来なら光の速度に匹敵するその突進は、封印を一部解放した俺の目にはスローモーションに見えていた。そこに体内に流れる魔力の流れを組み合わせ、動きを予測する。
筋肉の動き、体内魔力の流れ方、細かく変わる視線の行き先。様々な情報から相手の次の一手を予測し、的確な対応を頭の中で取捨選択する。
迎撃方法を構築し終えた0.五秒後に相手が目の前に到達、肘を魔力で押し出すことによる高速の右ストレート…と並行した渾身の膝蹴りが飛んできた。
それをわずかに体を後ろに傾けることで膝蹴りを回避、拳の側面にそっと手のひらを押し当てて軌道をずらし、その手とズボンを締めている太めの紐を握って地面に叩きつける。
「カハッ……」
「ふっ!」
「くっ!」
刀の形に変形させた【神樹の子】で下からの斬りあげを放つが、あと少しのところで掠って逃げられる。はらり、と斬られた毛が宙を舞った。
ゴロゴロと転がって俺から距離をとったそいつは、片膝をついて立ち上がる。額の汗を拭いながら、警戒の色のこもった切れ長の瞳で俺を睨み据えた。
同じように見ている俺も、振り上げたままだった右腕を下ろして、【神樹の子】を籠手の形に再形成、指の部分を鉤爪状にして半身を引き構えを取る。
ジャキン!と音を立てたそれを見た相手は冷や汗を垂らしながら首に巻いたマフラーを握り、立ち上がっていつでも蹴り出せるよう構えた。
「ビビったか?」
「冗談ッ!」
俺の安い挑発に獰猛な笑いを浮かべたそいつは飛びかかってくる。俺はそれに内心苦笑しながらも迎撃準備を整えた。
先ほどからやっている通り、そいつは魔力を推進剤にすることで加速した強力な蹴打を放ってくる。鋼鉄をも蹴り穿つそれに俺は皇流武術で応戦した。
目の前から迫り来るは、超高速がゆえに三本同時に存在しているように見える足。それはフェイクではなく、三本全てが正しく全力の攻撃だ。
俺はその攻撃以上の速度で軽く手のひらを添えていなし直撃を免れる。しかしそれだけに終わらず、そいつは凄まじい猛攻を仕掛けてきた。
風の刃すら纏う嵐のような怒涛の連続攻撃を【神樹の子】を巧みに使ってさばいていく。激しく動いているように見えてその実、俺はほとんど移動していない。
そもそもこいつと戦い始めてから、俺は先ほどのように明確な隙ができた時しか攻撃しておらず、最小限の防御と回避で応戦していた。それにはちょっとした理由がある。
【神樹の子】を変幻自在に操って防いでいると、渾身の前蹴りが飛んできた。それを腕をクロスして防御、そのまま〝透水〟を使って懐に潜り込んで拳撃を浴びせる。
驚異の反応速度でそれを察知した相手は魔力の足場を作ってバク転して回避、着地して肘打ちで拳を叩き落とそうとする。だがそれを許す俺ではない。
拳を覆う【神樹の子】を手首から先を伸長、本来より早く拳を届かせて肘を弾き返し、そしてある手段を使ってそいつの足を払った。宙に浮くそいつの体。
相手の足を払ったもの。それは俺の臀部、尾てい骨のあたりから飛び出した龍の尻尾だった。細長いそれは白い鱗と灰色の毛で覆われている。東洋の龍のものといえば分かりやすいだろうか。
尻尾による足払いは予想外だったようで、驚く相手。その一瞬の隙をついて両肩から【神樹の子】を生やして変形、両手両足を縛って空中で拘束する。
身動きの取れなくなったそいつは慌てて抜け出そうとするが、すでに四肢の付け根まで確保しているため動けない。そんな相手に俺は右手を伸ばしーー!
「ほい、王手」
「あだっ!」
動けないそいつの額に、俺は軽くデコピンをする。それでも俺の力ではかなり威力があるのか、スコーンと顔が持ち上がった。
勝負はついたので枝を解いて解放すると、額を押さえて「いてて……」と呟くそいつ。俺は【神樹の子】と尻尾を収納しながら苦笑した。
パチパチパチパチ。
不意に、どこからか拍手が聞こえてくる。その発生源は俺の背後だ。俺は振り返って観戦をしていたそいつらを見る。
振り返った先……中庭に添えつけられたお茶をするためのスペースにて彼女たちは席につき、手を叩いていた。人数は全部で四人だ。
「見事じゃ。完封勝ちじゃったな」
「搦め手だけどな」
そのうちの一人、元『遥か高き果ての森』統率者にして新生秘境のまとめ役、そして俺の奥さんであるエクセイザーに俺はそう答える。すると「確かにそうじゃな」、と彼女は笑った。
そんな彼女の胸の中では蘇芳色の着物に身を包んだ幼子……俺とエクセイザーの娘のウィータがすやすやと眠っている。どうやら知らないうちに見飽きてしまっていたらしい。
「ってー、やっぱ強いや。全部いなされちまったよ」
と、ようやくデコピンの痛みから復活したそいつがなおも額を押さえながら悔しそうに言う。俺はそいつに手を差し出した。
そいつは額をさすっていた手を伸ばし、俺の手を取って立ち上がる。そしてもう痛くないぞとでも言うようにニカッと笑って自慢げに胸を張った。
その様は割と堂に入ったものであり、格好がついただろう……そいつの背丈が俺の腹のあたりまでじゃなければ。
そう。俺がずっと戦っていたこいつは、10歳ほどの子供だった。それも男らしい言葉遣いとは裏腹に女の子だ。長い頭髪からはぴこぴこと揺れるウサギ耳が覗いている。
「いや、お前の脚技もなかなか良かったぞ。欠点があるとすれば、魔力での推進に頼りすぎなことだな。手数は多いけど、いまいちパワーがない」
「あー、やっぱそうだよなー。でもありがと、父ちゃん!」
「…おう」
俺を父と呼んだウサギ耳の……まるで兎人族のような少女は、母親の面影のある顔にまたニカッと笑みを浮かべるとお茶会スペースの方に走っていく。
「母ちゃーん!父ちゃんが良かったって!」
「おー、よかったな〝ローサ〟」
そして俺たちを見ながらお茶をしていたうちの一人……ラフな格好をし、白い眼帯をつけたヴェルに抱きついてそういった。その頭を慈愛のこもった微笑で撫でるヴェル。
それに穏やかながらもどこか複雑な気分になりながら、ローサと呼ばれた少女の後を追いかけてエクセイザー達のところへと向かった。
お茶会スペースに行くと、適当に空いてる席に座る。するとコトリ、と目の前に紅茶の入ったカップが置かれた。仄かな香りがしており、湯気が立っている。
紅茶をくれた人物を見上げる。するとそこには……さらりと揺れる瑠璃色の髪を持つ、人形のように美しい少女がいた。
「どうぞですね」
「ありがとう、シリルラ」
少女……シリルラにお礼を言うと、彼女はいえ、別にと言って俺の隣に座った。そして自分のカップを持って口元に運び、俺はその挙動に思わず目を惹きつけられる。
覚醒し、我が家に帰ってきてから一週間。俺はこうして以前のように穏やかな日常を送っていた。その中でまた、いくつかの変化を経験して。
何よりもまず、目の前にいるシリルラ。本来なら下級神であり、あの異空間にいるはずの彼女は今こうして現世に顕現していた。
方法は簡単。実は俺がイザナギ様に使えるようにしてもらって、ヒュリスにきてからも使っていたスマートフォン。物持ちが良い方なので四年ほどの付き合いになるそれが神具化していた。
それを依り代にすることでシリルラはあの異空間から俺を通してこの世界に現界したのだ。俺は勿論のこと、エクセイザー達もたいそう驚いていた。
まあ、もっと驚いたのはその後。現界して早々、シリルラはエクセイザーの前で堂々と正妻宣言をしていた。それはそれはたいそうな、今まで一度も見たことのないようなドヤ顔であった。
が、エクセイザーは最初から察していたのかあっさりと了承した。まあ覚醒してからこっち、隙あらば心の中で惚気てたしな。リンクしている彼女には全部ダダ漏れだった。
まあ、驚きはしたがそれ以上に喜びの方が大きかった。あの空間での時間も合わせるなら十四年間愛し続けたんだ、嬉しくないはずがない。勿論あの時心に思い浮かべた、現実のこの手で抱きしめると言う悲願も達成した。
そうして最愛の相手との同棲という夢のような現実を手に入れたが、一難去ってまた一難。またしても知らぬうちに抱えていた爆弾が出てきやがった。
それは、今ヴェルにゴロゴロと甘えているローサ。彼女は俺のことを父ちゃん、そしてヴェルのことを母さんと呼んでいた。後はわかるな?
俺……ヴェルにも手を出してました。
いやもうホント、それを知った時今度こそ死ぬかと思った。というかあの時は絶対シリルラに神力を使って魂を締め上げられていた。
これで正当な理由があるってんだから、もうなんとも言えない。確かに家族とは言ったけど、本当の意味で家族になるなんて思わなかったよ。
例の戦争において先頭に立っていたエクセイザー。その間、俺への霊力の供給の頻度が極端に下がった。その穴を埋めるため、亜神になったばかりのヴェルが名乗りを上げたらしい。
んで、後はエクセイザーの時と同じ。やってるうちに出来ちゃったってことだ。生まれたのはウィータより後だが、兎人族と言う種族の特性として一定年齢までは成長速度が速いため外見はローサの方が成長してる。
一気に二児の父、それも異母姉妹の親となってしまった。こうなりゃもうヤケだった。ヴェルとローサのことを受け入れたのだ。
それから数日、今の所なんとかうまくやっている。日課にローサの戦闘訓練がてら【神樹の子】の操作練習のための模擬戦が加わったが。
ただ、どうも昼夜どちらとも完全にシリルラの尻に敷かれている気がする。まああの空間にいた頃からだけど。
昨晩の激しい攻めを思い出してシリルラに腕をつねられていると、館内に入るための扉が開く。
「あら、終わったんですの?」
そしてそこからお菓子を乗せたトレーを持った女性が姿を現した。漆黒の髪をドリルツインテールにした、黒いドレスを着た上品な雰囲気の人だ。
「おう、ちょうどさっきな」
「そうですか。調子はどうでして?」
「バッチリだ。ちょっと力の加減が難しいけど」
「それは仕方がありませんわ。むしろ数年かけてコントロールするそれを、ちょっと難しいで済ませているあたりリュート様は良い方だと思いましてよ?」
ふふ、と笑いながらトレーをテーブルに置く。するとその匂いにぴくり、とエクセイザーの胸の中にいたウィータが反応して起きた。
そうすると手を伸ばしてクッキーを一枚つかみ、小さい口でぽりぽりと食べ始める。小動物じみてて可愛い。
愛娘の姿に自分でもわかるくらい口元を緩ませていると、ひょこりとトレーを運んで来た女性の背後からレイが顔を出した。
「ウィータにかまけているところ悪いんだけどさ、龍人さん……あっ」
「ゴフッ……!」
そして俺、吐血。
「りゅ、リュー兄!」
「おう、なんだレイ?」
そして俺、一瞬で復活。最近シスコン度合いが深刻化して着ている気がしてならない。
「えっと、お客さんが来てるよ」
「お客さん?」
「ふむ、一体どこの誰じゃ?」
おうむ返しに聞く俺と問いかけるエクセイザーに、レイはちょっと真面目な顔をして答える。
「ガルス筆頭鍛治長と、ユキ所長」
「……あー、そういや近いうちに顔を見に来るって言ってくれてたっけ」
「あやつらも忙しいというのに、案外早かったの」
「よし、それならお出迎えしなきゃな」
俺は椅子にかけていた紫色のパーカーを羽織って玄関に向かおうとする。ちなみにガルスさん達からもらった装備達は、変形しているこのコートを除いて手首のブレスレッド型アイテムポーチに入れてある。あれは正装みたいなもんだからな。
「……なら、私も行きますね。あのお二方には一度お礼を言って起きたかったので」
カップをソーサーに置いたシリルラがそう言いながら立ち上がる。確かに一度もあったことも喋ったこともないしな。何せ俺の中にいたわけだし。
「それに……挨拶もしておきたいので。正妻として」
「む、ならば妾も……」
「エクセイザー様は普段から顔を合わせていますよね?」
どこか対抗するように立ち上がろうとしたエクセイザーにそう言ったシリルラは、俺の腕を掴むとスタスタとお茶会スペースを後にしてしまった。
それに苦笑しながら、俺は玄関口にいるであろうガルスさん達を迎えに行くのだった。
読んでいただき、ありがとうございます。
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