八話 テンプレと怒り
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亜神になった黒龍の飛行速度は十年前乗った時とは比べ物ならないほど高速かつ非常に安定していて、とても気持ちよいものだった。
そのため、エクセイザーとの二人での空の旅はたった十分ほどで終わりを迎えた。もっと彼女のことを抱き締めていたいと思いつつ、地上への到着に備える。
見覚えのある森の上で止まった黒龍は、出発した時と同じように大きく翼を動かして少しずつ高度を低くしていく。一斉に木々から鳥型の魔物達が飛び立っていった。
ぽっかりと空いている、整備された円形の広場のような場所に体の位置を微調整しながら着地する黒龍。ズズン、とその巨体に見合った重々しい音を立てて四本の足が地面を踏みしめ、頬を撫でていた風が止んだ。
グォ!
到着!とでも言うようにこちらを振り返って鳴き声をあげる黒龍。手綱を手放して、その首筋をポンポンと叩いて感謝を伝える。
そうすると一旦エクセイザーの体から腕を解いて、これまた同じようにお姫様抱っこをした。すると彼女はするりと両腕を首筋に絡めてくる。
その拍子にふわり、と鼻に届いた甘い匂いに少しどきりとしながらも表には出さず、立ち上がって跳躍、地面に着地した。
地面に両足がついた瞬間、以前より深く大地に満ち溢れた魔力の流れを感じ取ることができた。神化したのと、果実の器としてエナジーコアと繋がっているからだろう。
エクセイザーを地面におろして、黒龍の方を見る。黒龍は俺に顔を近づけてペロッと頬を舐めると、咆哮をあげて翼を広げ飛び立っていった。
空高く舞い上がった黒龍は、やって来た時の方向に体の向きを変え、飛び去っていった。その背中が完全に見えなくなるまで見送る。神化した俺の眼は、黒龍が大精霊の山の麓あたりまで黒龍の姿を映してくれた。
やがて、完全に見えなくなったところでエクセイザーと顔を見合わせ、すっと自分の手を差し出した。すると、エクセイザーは腕そのものに体ごと抱きついてきた。
「……えっと、手をつなぐって意味だったんだけど」
「まあ、良いではないか♪」
上機嫌な様子のエクセイザーにそれ以上は何も言うことができずに、俺は苦笑して手を閉じ腕を下ろす。自然、エクセイザーはよりぴったりと密着してきた。
着物越しでも伝わってくる彼女の肢体の柔らかさに反応しそうになる自分の本能を押しとどめる。こんなところで盛るわけにはいかない。
《神になってステータスだけでなくそちらの力も増しましたかね。まるで猿並みですね》
ごめんなさい! でも仕方がないじゃないか、一度あの快楽を知ってしまったら誰でもああなるって!
シリルラに対して言い訳がましいことを脳内で言うと、気分を切り替えて瞑目し、体内の霊力を活性化。全身の回路に行き渡らせ、陰道を使う。
人間だった時は陰道が苦手だった俺だが、神となって霊力を生み出すようになったからかあっさりと術式を構築できた。即座に術式を組み上げ、自然に干渉する。
おそらく、今の俺なら修練すれば苦手だった土と風、水以外のエレメントにまつわる事象も操れるようになるだろう。何せ神の体だ、伸び代は無限大に等しい。
そんなことを考えながら土の術式を構築、圧倒的に強くなった権限レベルで以前とは比べ物ならない範囲にある物体全てを観測する。
自然の中に循環する霊力の流れも感じ取りながら範囲内を探っていくと、覚えのある術式によって作られた大きな結界を見つけた。かつて俺が作った、我が家を守るためのものだ。
《ログキャビンはあちらの方向ですね。マップを表示します》
シリルラの声とともに、脳内に森の地図が浮かび上がり、ログキャビンへの最短ルートが記された。
「これで迷うことはないな」
「うむ。ではいこうか」
「おう」
目を開けた俺はエクセイザーに答え、彼女とともに結界に包まれたログキャビンのある方向へと一歩足を踏み出す。
そうして森の中をログキャビンに向かって歩き始めると、不思議なことが起こった。なんと、生えていた草木が俺の進路上から退いていくのだ。
それは勘違いなどではなく、俺が進もうとすると左右に音を立てて移動し、デコボコだった地面が平らになっていく。まるで、民が王のために道を開けるように。
後に聞いた話だと、これは俺の中に宿った『神樹』の枝による現象だったらしい。それ自体が意思を持つ『神樹』が草木に宿る精霊達に語りかけ、道を作ってくれたらしい。やっぱり何処か過保護に思える。
そうして進んでいく中で目に移ったのは草木だけでなく、ただの木に擬態していたトレントという魔物や、木の蔓に化けていた蛇型の魔物などもいた。そのほかにも色々な魔物がいる。
例えば、道の左右に押しのけられた木々の間から、小動物型の魔物達がちょこんと顔をのぞかせている。兎の獣人や巨大なカマキリ型、ハイゴブリン、半獣人のようなハイコボルトなど、中には俺の知らない魔物もいる。
そんな彼らに一貫して共通しているのは、俺たちに悪意のある視線を向けているものがほとんど存在していないこと。好奇の視線、あるいは畏敬の念のこもった目線だ。
それは統率者であるエクセイザーがいるからか、はたまた本能的に俺が神という上位存在であることに勘付いているのか。多分前者だろうが、悪い印象ではなさそうだ。
……ふと、気になった。彼らから見てどんな関係に見られているのだろうかと。腕を組んでいるし、普通の関係じゃないことは察することができるだろう。
もしかしたら夫婦とは思われてないかもしれない。だってほら、俺神化して女顔に拍車がかかってるし。髪は昨日のうちに短く切ったけどさ。
そんな風に悩んでいると、不意に邪な視線を感じた。その相手はエクセイザーに汚らわしい感情を向けており、近くに潜んでいる。
ここだけの話だが、実は昔俺を女と勘違いして襲いかかってきた変質者がいたからこういう視線はすぐにわかった。
その時の俺は九歳。まだ幼かった分今よりさらに女の子っぽくて、スカートを履いてても誰も不思議に思わなかったくらいだ。スカートを履かせた従兄弟マジで許すまじ。
で、スカート姿のまま従兄弟に連れ出された俺は、デパートで遊びにいった帰りに従兄弟が自販機に水を買いに行った時に怪しいおじさんに声をかけられた。
本能的に危険を感じたのでのらりくらりと質問を躱していると怪しいおじさんがキレて腕を掴んできたので、ボコボコにして警察に突き出しといた。ついでにそれを聞いて爆笑した従兄弟も殴っといた。
そんなことがあったので、それ以降そういう視線には非常に敏感だ。学校の文化祭で悪ノリした親友に無理やりメイド服を着て接客させられた時も同じような奴がいて、すぐに気づいたものだ。
閑話休題。
俺の楽しくもなんともないそんな記憶は置いといて、どこの誰ともしれない何者かにエクセイザーに穢らわしい目を向けられて、ふつふつと心がたぎり始める。
パッ
だからだろうか。俺はそれまでただエクセイザーに占領されていた手を動かして、彼女の腰を取って自分に引き寄せた。
突然抱き寄せられたエクセイザーは驚いて俺を見上げ、頬を赤くする。だが彼女も自分に向けられている視線に気づいていたのだろう、自分からぎゅうっと密着してくる。
先ほど以上にダイレクトに伝わってくる柔らかい感触に内心ドギマギしながら、こちらを見ている相手から意識を外すことなく進んでいく。
いつでも迎撃できるように陰道を準備しながら進んでいると、不意に何者かは俺たちから視線を外し、前方に移動していった。おそらく監視役だったのだろう。
監視をする奴がいるということは、相手は複数である可能性が高い。考えられるのは盗賊だろう。それも、先ほどの視線から人身売買を目的としている。
……いいだろう。来るというのなら来ればいい。俺からエクセイザーを奪うと言うのなら、全力で叩き潰すまでだ。最後の一人まで絶対に逃さない。
自分でも単純だとは思うが、思いを通じあわせ、体を重ねたことによってエクセイザーへの愛情がかなり深まっていた。たった一晩しか経っていないのにな。
それでも断言できる。俺はエクセイザーのことも愛している。流石にシリルラと同じくらいというのは無理があるが、少なくとも人並み以上には愛情をもっているだろう。
エクセイザーのことを、盗賊如きに渡してなるものか。俺は彼女を愛すると誓ったんだ、相手が誰であろうと絶対に守る。それに、ウィータも悲しむしな。
《……愛妻家なことで》
もちろんお前が一番だからな?それは未来永劫ずっと変わらない。
《っ……浮気者のくせに、随分と口が達者ですねセンパイ》
それを言われると何も言えないな。
でも、俺は知っている。シリルラがセンパイと呼ぶのは、決まって恥ずかしい時だ。要するに照れ隠しである。俺からすれば彼女の魅力の一つだ。
そんな風に益体も無いことを考えていると、突如として前方に複数の気配が存在していることに気付いた。その数、十六人。
……来たか。やはり集団での行動だったな。早速、陰道を使って相手のことを調べる。相手の魔力を辿ればその先にある魂に行き着き、そこに秘められたステータスを暴くことができるのだ。
探った結果は……魔力はそこそこ、ステータスもそう高いわけじゃない。せいぜいレベル20〜30ってとこだ。職業は案の定全員盗賊で、装備は軽装鎧とナイフ、ロングソード等。中堅どころの盗賊か。
《……検索完了。どうやら、別の大陸からやって来た獣人の盗賊団のようですね。ベテランで、何度も国の討伐隊から逃げ果せていますね》
補足サンキュー、シリルラ。なるほど、相手はプロか。なら早急に殲滅しないと逃げられる可能性があるな。将来的に守護者になるつもりの身としては、放っては置けない。
奴さんらは全員この先にあるひらけた場所で待ち伏せしており、監視を放っていたことからも手練れと思われる。油断せず、警戒していこう。
情報収集を終えた俺は、精神がリンクしているため思考を把握しているエクセイザーとアイコンタクトを取り合って進んでいった。
相手がそこにいると分かった上で、俺たちはあえて進んでいく。そして、件の開けた場所にたどり着いたその瞬間。
「おっと、ここから先は通行止めだ!」
広場に足を踏み入れたのと同時に響く、野太い男の声。言われた通り、ピタリと立ち止まった。そして声の主を見る。
そいつらは事前に探った情報通り、様々な種類の獣人で構成された武装集団だった。二足歩行の獣が鎧を着ているような見た目をしており、既に各々の武器を手に携えている。
屈強な体つきをしたそいつらの中でも、特に俺たちに声をかけた中央の虎の獣人は一回り体格もオーラも格別だった。獲物である地面に切っ先を突き刺した剣からは、他の奴らがもっているものとは違う異質な魔力を感じる。魔剣の類か。
リーダー格と思われる虎獣人を筆頭として、盗賊団は一様にニヤニヤと下卑た笑みを顔に貼り付けていた。その目には余裕の色が浮かんでいる。明らかに俺たちを見下しているな。
そんな獣人たちを見て、俺はすぐにこいつらが自分の力に驕り、胡座をかいている弱者であると理解した。相手のことを深く知りもしないで侮るのは戦場では自殺行為だというのに、まるでなっちゃいない。
そんな俺の落胆と軽蔑を知るよしもない盗賊団はまるで品定めをするかのようにジロジロと俺たちの全身を見回している。段々と虫酸が走ってきた。
「へへ、今回は大当たりだな。まさかこんな上玉が一気に二人も手に入るなんてよ」
「お頭、あの銀髪の女くださいよ。気が強そうでそそります」
「ギャハハ、やりすぎて壊すなよ?売りもんにならなくなるからな!」
……なんというか、ものすごくテンプレな盗賊達だな。ここまで想像通りだとなんだか面白く感じる。つーかさらっと女認定されてるな、俺。
というか、やっぱり雑魚確定だな。普段封印されているとはいえ、亜神である俺達の力を見抜けない程度では、エクセイザーはおろか俺にも勝てない。
そう思うのと同時に、下品な笑い声をあげる盗賊たちに頭の中でブチッと何かが切れる音を聞いた。そしてそれは、今まで押さえ込まれていた怒りをより黒いものへと変貌させていく。
怒りが殺意に変わり、俺の中で膨れ上がっていく。それに呼応して周囲の空間が震えるが既に色欲にまみれている盗賊たちがそれに気付く様子はない。
どんどん心が冷たくなっていくのを感じながら、俺はエクセイザーの腰から手を離して一歩踏み出した。そして侮蔑のこもった声で盗賊に話しかける。
「……俺のエクセイザーをそんな目で見てんじゃねえよ、クズどもが」
「…あん?」
それまで笑っていたリーダーが、俺の言葉に反応して笑いを止める。そしてこちらをギロリと睨んだ。爺ちゃんに比べれば全く怖くない。
「その声、男だったのか。つーかてめぇ、自分の立場わかってんのか?」
「ああ、わかってるよ。雑魚な獣どもに囲まれてるだけだろ?」
俺の口から飛び出た暴言に、額に青筋を浮かべるリーダー。他のメンバーも殺意を滲ませ、武器を構え臨戦態勢に入る。少し馬鹿にされたくらいで、短気なやつらだな。
それに対する俺も、体制はそのままで両腕に意識を集中。魂の中にある力の流れを制御し、既に今にも飛び出そうとしている枝に伝達させていく。
すると関節部分にアザが浮かび上がり、枝が飛び出して肘から先を覆っていった。しかし以前のように不格好にではなく、俺の思い描く通りに絡まり合って一つの形を形成していった。
数秒後には、両腕には灰色の籠手が装着されていた。日本の甲冑をベースにして作り上げたそれは、現在俺の保有する数少ない武器だ。そして非常に強力な武器でもある。
それを見た盗賊団は一瞬驚くものの、スキルの効果と判断したのか直ぐに元の殺意を纏い直した。俺も腰を落とし、半身を引いて構えをとる。
お互いに戦闘態勢に入ったのを確認すると、すっとリーダーの虎獣人が魔剣の切っ先を俺に向けた。そして殺意を滲ませた声音で叫ぶ。
「あの男をブチ殺せ!後ろの女は捕らえろ!」
リーダーの命令に従い、盗賊たちはすぐさま俺を殺しに走り出そうとするがーー
「ーー遅えよ」
その時既に、俺は最初に飛び出した狼の獣人の懐に潜り込んでいた。そして固く握った拳を相手の顔面に全力で叩き込む。
パァンッ!
事前に一部解放していたステータスはその力を遺憾なく発揮し、狼の獣人の頭を木っ端微塵にする。反応することすらできずに狼の獣人は死んだ。
「……は?」
呆然とした声を上げる一緒に飛び出していた同じく狼の獣人。おそらく、こいつの目には俺が瞬間移動でもしたように見えるだろう。
訳がわからないという顔で呆けているその隙に、倒れかかっている頭のない狼獣人の骸の手からロングソードを奪い取ってその脳天に神速の刺突を叩き込んだ。
ほとんど抵抗なく脳を貫き、刹那の時間でロングソードを頭蓋から引き抜くと、額に空いた穴から噴水のように血飛沫を上げた狼の獣人は仰向けに崩れ落ちていく。
俺は後ろに飛び退いて血飛沫を避け、着地するのと同時に獣人達がどさりと崩れ落ちた。既に絶命している。
ほんの一瞬で二人を殺されたことに、盗賊達は唖然としていた。俺はロングソードを振って血を払い、奴らに殺意のこもった目を向ける。
「……で、誰が誰を殺すって?」
「ひっ!?」
俺の冷淡な声に怯えた声を出すリーダー。先ほどの勢いを失い、恐怖の表情を浮かべるその顔に俺は血に濡れたロングソードを突きつけた。
「お前ら……俺の奥さんに手を出そうとして、生きて帰れると思うなよ?」
さあ、皆殺しの始まりだ。
読んでくださり、ありがとうございます。
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