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陰陽師の異世界騒動記〜努力と魔術で成り上がる〜  作者: 月輪熊1200
二章 神龍王国
33/67

二話 目覚めの時

 



 その瞬間は、唐突に訪れた。




  俺はパチリ、となんの躊躇もなく瞼を開けて覚醒する。眠りと覚醒の中間……あの時彼女と再会した時の最初のまどろみのような感覚もなく、起きた瞬間全ての感覚がはっきりとしていた。


  いや、それは少し正しくないかもしれない。長い間仮死状態で眠りについていたせいか、全身が心地よい痺れに包まれている感触がする。


  しかし、異形と戦った時の四肢を失った瞬間の痛みに比べればどうってことないその痺れが収まるまで俺は寝たままの体制でじっと待つ。


  やがて、体感時間でほんの数分程度で痺れは緩やかに収まっていき、それまで曖昧な感覚で動かせなかった神経と言う名のケーブルに霊力という電気を通して力を込める。


  長らく眠っていた神経は突然開かれたことにより驚いたのか、一瞬膨張して筋肉を内側から圧迫する。俺はすぐに流す霊力の量を減らし、少しずつ慣らしていった。


  そのまま両手の五指を握ったり開いたりして力の具合を確かめてみる。すると握ろうとする瞬間、わずかな抵抗を覚えた。まあ、液体の中にいるから当然か。


  両手がしっかりと動くことを確認すると、今度は両足に同じように霊力を流し込んでほぼ骸に近い状態の肉体を蘇らせた。すると緩んでいた筋肉が引き締まり、活力が漲ってゆく。


  またしばらくして両足が自由に力を込めることができるようになり、さて次は内臓かと思っていると外側から何かが流れ込んでくる感覚を覚えた。

 

  未だ動かぬ頭についた二つの目でそれの根源を探す。するとそれが、俺の両手両足、胸を中心に全身の皮膚の下に侵入した灰色の枝であることがわかる。


  ……そうか、四肢が再生してなおまだ『大精霊の大樹』から力が送られていたのか。そして俺の霊力に反応し、活性化を促した、と。


  それを理解すると、これ幸いとその力に乗じて魂から直接全身に霊力を送り込む。するとまず内臓が劇的な速度で復活を果たし、それまで補助器具の役割を果たしていた枝を押しのけて心臓が高鳴った。


  ドクン、という鼓動に体が浮く。そして俺の心臓は無秩序に全身に流した霊力をかつてのように道を作って制御し、ポンプの役割を果たして錆び付いた血潮とともに効率よく体に行き渡らせていった。


  心臓が動き出してからほんの数十秒間ほどで、全身に力がみなぎってきた。よし、いい感じだ。この様子だともう起き上がれそうだな。


  そう思った俺は、有り余るほど漲り、灰色のオーラとして可視化するほどに高ぶった霊力を背中の肩甲骨あたりに一気に流し込む。もし〝それ〟が終わっているのなら、可能なはずだ。




 ビキッ、ビキビキッ………!




  そしてその俺の期待に反することなく、霊力に反応して肩甲骨の部分がどんどん膨らんでいきーーそして、皮膚を突き破って泉の中に一対の骨が姿をあらわす。


  折りたたまれていた骨を広げ、筋肉を纏い皮膜と鱗で覆い隠されたその翼の鉤爪で俺は泉の底を鷲掴みにする。そしてぐっと関節を曲げてバネのように力を込め、一気に解放する!


  人外の膂力を持つ翼の力で強制的に体が上に引っ張り上げられ、全身に根付き張り巡らされた枝が軋みをあげる。その枝を強引に引き千切り、俺は泉から勢いよく飛び出した。


  虹色の水しぶきが上がり、千切れた枝の欠片が宙を舞う。それを眼下に水の尾を引き、不恰好に枝を全身から垂らしながらも俺は空高く飛び立った。


  十分な高さまで飛ぶと、空中で翼をしまい落下する。棒立ちの体制から体をひねって減速し、静かに泉の前に着地した。


「ふぅ……なかなか大変だったな」


  息を吐いてそう呟きながら立ち上がり、翼を収納する。まるで水分を失いしおれる枝葉のごとく縮小した翼は背中に空いた穴の中へと姿を消し、そしてその穴もすぐに塞がった。


  うまく翼を収納できたことに満足して頷くと、周囲の様子を伺ってみる。長い年月を眠って過ごしたその場所は、昔見た時と何も変わっていなかった……ただ一点を除いて。




 グゥ……グゥ……




  なんか、馬鹿みたいにでかいドラゴンが泉の真ん前でとぐろを巻いて眠っていた。五メートルや十メートルじゃない。少なくとも二十メートル以上はあるバケモノだ。


  しかし、その巨体に反してドラゴンは細身だった。どちらかというとトカゲやヤモリに近い体型だろうか。そのしなやかな肉体を包むのは闇より深い黒色の鱗と……そして逆立つ黄金の鱗。


  先ほどの俺同様黄金の鱗が並んだその背中の前脚の上あたりの部分には折りたたまれた翼が生えており、それはドラゴンの寝息に伴い上下している。


  他の場所と同じように細身のその頭部には両目の間の額に一本の刀のような角がそそり立っており、僅かに開いた口からは鋭い牙が覗いていた。


  四本の足には鋭い爪がそれぞれ三本ずつ備わっており、また胴体と同じくらい長い尻尾は先端がレイピアのように尖っていた。あれで刺されたらひとたまりもないだろう。


  そんな明らかに強そうなドラゴンな訳だが……俺はこいつに見覚えがあった。たった一日にも満たない関係だったが、長い時を経てもなお俺の記憶に強く残っている。


  とはいえ、気持ちよさそうに起こすのも忍びないので自然に起きるまでそっとしておこう。ていうかさっきの音で起きないくらい深く眠ってるのか、こいつ。


「まあ、それを言ったら俺の方が長く眠ってたけどな……っとと」


  誰にきかれるでもなくぼやきながら足を踏み出すと、危うくバランスを崩しそうになった。慌てて片手を突き出して転倒を防ごうとする。



 ギュルルル!



  すると千切った時に全身に残っていた大樹の枝が伸びて絡み合っていき、手の中に太い杖が出来上がるとそれで体を支えた。思わず驚いて自分の手に巻きついた枝を見る。


  枝の行動に驚きながらもこれ幸いと体制を立て直す。すると枝は役目を終えたと言わんばかりにバラバラに解け、シュルシュルと掃除機のコードのように皮膚の中に消えていった。


  枝が全て収納されると、それまで枝が浮き上がってデコボコだった体は元の何の変哲も無い体に戻っていた。心なしか少し力が増したような気がするが。


  試しにわざと倒れかかってみると、腹筋の部分に亀裂のようなアザが浮かび上がりそこから枝が出現してバランスを保つ。


  重心を背後において体制を戻すと、枝が収納されアザも消えた。その瞬間思い切り地面に向かって拳を振り下ろすと、今度は肘周りにアザが出現して拳全体を覆う。


  地面にあたる直前に寸止めをして止めて振りかぶった腕を戻すと、枝はまた収納される。なるほど、宿主の行動に反応して出てくるのかな。


  それからしばらくシャドーをしたりバク転をしたりと色々と試した結果、枝は筋肉の収縮に反応することがわかった。不思議なものだ。


  まあ、枝のことは置いておくにしても……こりゃまずいな。頭では体の動かしかたをしっかりと覚えてるけど、動くのが久しぶりすぎて体の方が付いていってないから全体的に動きが鈍い。


  力はあっても自在に動かない体なんて面倒極まりないので、誰も見ていないうちにしばらく歩き回って体を慣らしていこう。よし、まずは普通に歩けるようになろう。


「よっ、ほっ……うん、普通に歩くくらいはさっきので慣れたか」


  完璧なバランスを保って歩けるようになると次は小走り、それができるとわかると疾走し、そして最後にジャンプして木の幹を走ろうとして……つるりと足を滑らせて頭から泉に落ちた。




  バッシャァン!


 


  大きな音を立てながら再び水しぶきを浴びて泉の中に逆戻りする。割と深い泉から両手を使って頭を出し、口の中に入った泉の水を吐き出した。


「ゲホッゲホッ……はぁ、目覚めて早々こんなんかよ」

《……無事に目覚めたようで何よりですね》

「のわっ!?」


  突如頭の中に響いた少女の声に俺は驚いた声をあげ、とっさに泉から飛び出して身構えた。が、背後のドラゴン以外にどこにも誰もいない。


  少し体制を維持したまま黙考して、その声の主が何であるかを思い出した。なので構えを解いてため息をつく。まったく、テンパりすぎだろ俺。


  何度かため息をついて自分の間抜けな所業を反省すると、気分をリセットして自分から脳内の声に話しかけた。


  おう、まあ無事に起きたって言えば起きれたな……頭から泉に突っ込むなんてこともしたけど。ま、それは限界を見極めれなかった俺の自業自得だ。


  心の中でそういうと、少女の声はそうですか、とだけ返してきた。いつも通りクールなその声音に、思わず苦笑する。


  まあ、それはともかく。俺は気分を取り直し、突然頭の中に現れた彼女へまた言葉を投げかけた。


  眠っている間、ずっと長い時間を……()()()()()()()()()()その少女に、はっきりとした声で。




「おはよう、シリルラ」

《おはようございますね。そしておかえりなさい……龍人様》




  そうして俺は十年という長い眠りを経て、この『遥か高き果ての森』にて再び目覚めたのだった。



 ●◯●



  さて。こうして変温動物も真っ青になるような年月を使ってゆっくりと回復し復活を果たしたわけだが……この瞬間まで随分と長かったな。


  なにせ、十年だ。小学生になったと思ったら高校一年を卒業してる年数である。社会人にしても仕事が効率的に回せるようになるくらいの年数だ。


  さらに言えば俺の今の実年齢は27になっており、眠っている間に大人になっているという訳の分からないことになっているわけだ。成人式なんて何それ美味しいの?である。


  今となっては懐かしいが、あの最初にシリルラに再開した時に聞いた説明で覚悟はしていた。が、よもやこれほどの時間を要するとは予想だにしなかった。


  しかし、どこか直感はしていた。映像で見た半年経った俺の姿から見て取れる肉体の修復具合からこれはまだまだ時間がかかるなと悟っていたのだ。


  そういうわけで少しでも早く目覚めたいながらも無理とわかった俺は、十年もの間シリルラとあの異空間で一緒に過ごしてきた。それは有り体に言えばとても幸せなものだった。


  最初はとにかく俺の思いつく限りの恋人っぽいことをやってみたり、それが五年を超えた頃には夫婦と変わらないものになっていたり、あの空間内だけでの幻の手料理を食べたり。


  他にもあそこは空間自体は力の限界があるので大きくしたりできないが、気色を変えたりすることができたので色々な場所に作り変えて旅行気分みたいなものを味わったりもした。


  我ながらかなり甘い生活をしてきたと思う。過去のトラウマも西部を守るという使命も目覚めるその時まで忘れ、ただひたすらにシリルラに溺れていた。


  また、俺はその長い時間で神についてのことをシリルラから多く教わった。それは人間の時には決して知り得ないことであった。


  霊力を使う側から霊力を生み出す側になるということ、神になった時どう肉体が変質するのか、などなど。数え上げればきりがない。


  まあそれはともかく、そんな俺のことをシリルラは昔のように微笑んで受け止めてくれた。俺を愛し、寄り添ってくれた。だから俺はもっと彼女を求めて深くのめり込んだ。


  ……その結果、彼女無しでは生きられなくなったような気もするが。しかし、そこまで悪い気はしない。既に彼女とは十年に渡る固い絆で結ばれているという自信がある。その自信が不安をかき消していた。


  昔はただ、自分の気持ちも自覚できないまま単なる親友のような間柄だった。だがその関係は、この想いは空白の十年の間に結ばれた絆により確固たるものへと変わった。


  だけらこそ昔は曖昧だったこの想いを、今ははっきりと言える。誰に恥じることもなく、堂々と。


  俺はシリルラを……瑠璃を愛している。今も昔も、これから先もずっと、俺の魂が消え去るその時まで。二度と彼女の手を離しはしない。彼女は俺のものだ。他の誰にも…例え神であろうと、絶対に渡さない。


  もし誰かが俺から彼女を奪うというのなら……俺は何があろうとそいつを殺す。躊躇なく、何の容赦もなく。何故なら、彼女は俺の生きる理由の一つだから。


  例えそれが、陰陽師として守るべき人間であっても、遥かに格が上の神であろうと、他のなんであろうと絶対に許さない。


  そのためならもう一度……いや、三度目の死を迎えたっていい。いや、せっかく思いが通じたのだからそれは勘弁したいが。


《……そろそろいいですかね? 恥ずかしいのですが》


  あっ、ごめん。 ちょっと思考に沈んでて心の中で思ったことが筒抜けだってこと忘れてた。


  とまあ、それはともかく。そうして関係を深めあったわけだが、その時間は本来欠損した体の再生と神化によるものだ。つまり目が覚めた今、俺は神、あるいはそれに類するものになっているはずだ。


  いや、先ほど俺の意思に従って現れたあの翼からそれは確実だ。それに……改めて隠すことなく全てが露わになっている自分の体を見下ろしているとある変化に気がついた。


  消えているのだ。地球とこの世界、両者問わず過去に受けた古傷などが、全て。更にこれまで長年の授業で培った筋肉の鎧も半分ほど薄れており、それでいて十年前と変わらない……いや、比べ物にならないほどの力を発揮できる。


  端的な言葉で表すならば……まるで無駄なものを全て排したような、そんな体になっていた。試しに泉を覗いてみると、顔も更に女っぽくなっていた。つーか、十年分伸びた頭髪もあって完全に女じゃねえか。


  とにかく、これが神化による顕著な肉体の変化だろう。だとするならば……さっきの翼の形状から考えて、さしずめ俺は龍神ってとこか?いや、でも亜神化と精霊の加護もあるからよくわからないな。


《確かめてみてはどうですかね? どうやらその状態でもステータスを見れるようですし》


 なるほど……わかった。


「ステータスオープン」


  呪文を唱えると、以前のように脳内ではなく目の前の空中に灰色の透明な板が浮かび上がった。どうやら可視化もできるらしい。


  そしてそこに書かれている、関心のステータスは……






 ーーーーーーーーーー

 皇 龍人 27歳

 種族:龍武神

 レベル:ーー

 装備:なし

 ステイタス

 HP:9.38E+30 MP:9.64E+30

 体力:9.32E+30 腕力:9.41E+30

 耐久:9.27E+30 俊敏:9.41E+30

 精神:9.42E+30 知力:9.43E+30

 称号スキル

【皇】【守護者】【武神】【龍神】【Eの理】

【創世神の友】【自然の支配者】【豪運者】【錬金術師】【神殺し】【神風の狩人】【大番狂わせ】【魔物の友】【主夫】【殺戮者】【極みを目指す者】【救済者】【守護者】【代理人】【異常者】【矛盾者】【踏破者】【到達者】【苦悩者】【闇を抱える者】【命に好かれし者】【愛妻家】

 通常スキル

【身体能力上昇】【神武術】【完全耐性】 【龍技】【家事】【錬金術師】【神威】【天眼】【並列思考】【攻撃強化】【把握】【立体起動Lv7】【神力】【女たらし】【不滅】

 固有スキル

【魔術】【神龍鱗】【解放】【飛行】【皇龍ノ力】【気功法】【龍眼】【龍耳】【龍翼】【固有剣奥義:龍刀】【分身】【転移】【大精霊の加護】【纒鱗鎧】

 ーーーーーーーーーー






  ……案の定、訳のわからないことになっていた。それでもこの世界に来たばかりの頃に呆然とした時に比べればいくらか衝撃は少ない。


  えーと、まず種族のところだが……まあ、理解できる。おそらく神化と亜神化、二つの変革により武神であり龍神というかなり複雑な存在になったのだろう。


  装備もなしとなっているのは、俺が今裸だからだろうな。実年齢は……認めたくないが十年という歳月が実際に経過したことを俺により深く理解させた。


  次にステータス。これはスキルにもある【Eの理】も示す通り、莫大なステータスを簡略化した結果こうなったのだろう。もはや数えるのも馬鹿らしい桁になっている。


  スキルのほうは……大幅に数が減っているが、無くなっているわけではないのがなんとなくわかる。きっと新しく追加されたスキルに統合されたのだろう。


  あと気になることと言えば、レベルの表記がスキルを含めてなくなっていることだろうか。神という超越存在にはもはやその概念だけで十分ということなのか?


  よくわからないが……まあ、これをみて思うことは一つだ。やっぱり俺には分不相応な気がする。でも手に入れてしまった以上は仕方がない。


「また修行しなきゃなぁ……完璧に使いこなせるようになるまでどれだけかかるか」

《まあ、神化したことで時間は永久にありますね。地道に努力を重ねればそう多くの時間は必要ありませんでしょうね》

「それもそうか。ま、頑張ってくか」




 グォ!




 ……ん?

 

  後ろから聞こえてきたシリルラ以外の第三者の声……いや、唸り声にばっと背後を振り返る。するとそこにいたのは……



 グォ?



  何?とでも言いたげに首を傾げている、先ほどまで寝ていたはずの巨大なドラゴンだった。その見上げるような巨躯に俺は硬直する。こいつ、いつの間に!


  固まった俺をドラゴンは不思議そうに見下ろし、細身かつ巨大なその顔を近づけてきてスンスンと匂いを嗅ぐ。自然とその鮮烈な光を宿す二つの眼に射抜かれる形となった。


  フシュウ、と鼻息が俺の長くなった髪を撫で、その巨大な体躯から発せられるプレッシャーがのしかかる。匂いを嗅がれているだけでこの威圧感……こいつ、亜神クラスの強さだ。

 

  そんな相手に目覚めたばかりでどうにかできるとはおもわず、ドラゴンが満足するまで匂いを嗅がせた。すると案外早くドラゴンは頭を引く。



 ベロンッ



「わぶっ!?」


  ドラゴンは、大きく口を開けて俺の背丈ほどもある舌をだすと俺の顔を舐めた。するとその大きさ的に全身を舐めることになり、唾液まみれになる。裸でよかった。


  そんな大きさのものに押されたら不完全な状態の俺が耐えられるはずもなく、尻餅をつく。が、先ほどのように反応した枝が尻を守ったので痛みはなかった。


  そんな俺にお構い無しに、ドラゴンは一歩踏み出して俺に覆い被さるような形になると嬉々とした様子で何度も舐め回してくる。ちょ、アソコがくすぐったい!


  流石にいつまでも舐められているわけにはいかないので、再び背中から翼を展開すると羽ばたかせて抜け出した。そして少し離れた場所に降り立つ。


  俺のことを目で追いかけていたドラゴンはまたこちらめがけて突進しようとしてくるが、しかし手で制すると止まってくれた。よかった、あの走り出す勢いだと轢き殺されかねない。


  翼をしまいながら一旦止まったドラゴンに恐る恐る近づいて、頭を撫でる。するとドラゴンは手に頭を押し付けて来て気持ちよさそうに喉を鳴らした。


「久しぶりだな、黒龍」



 クルルッ♪



  俺の知るあの幼い頃と変わらないその姿に言葉を投げかけると、ドラゴン……否、共に異形に立ち向かった盟友である黒龍は機嫌が良さそうな声を出した。


「それにしても……お前、随分とでかくなったな。見違えたぞ」

《当然でしょうね。今の黒龍は成竜……それもあの戦いを経て龍人様同様、亜神へと昇華を果たしているようですね》


  マジか。俺が知る中では亜神クラスはエクセイザーと黒鬼神、未だ知らない残りの地域の統括者しか知らないが、こいつもその域に至っているとは。


  立派に成長した黒龍に何処と無く感動のようなものを覚えながら頭を撫でていると、不意に耳がどこからか音を拾った。


  意識の一部をそちらに向けると、軽やかに木を蹴るその足音は、この泉のある広場の端っこから聞こえることがわかる。そちらを向くと、階段があることに気がついた。


  その階段から響いてくる音に更に意識を収束すると、足音が二つであること、そして人型であるがわかった。二人、誰かがこの場所にくる。


  ふと黒龍を見るが、その足音に反応することもなく変わらず俺におとなしく頭を撫でられている。こいつが警戒していないということは、敵ではない?


  それでも一応警戒しながら、じっと階段を見据えてそいつらが現れるのを待つ。今の状態でどこまでやれるかわからないが、戦う覚悟もしておかなくては。


  いざとなったら黒龍に手助けしてもらおうと考えていると、ついに足音が広場に到達し、バリケードのようになった縁の陰から人影が飛び出してきた。


  その人影は、二人とも女だった。どちらともかなり急いできたのか、肩を上下させ息を荒げている。


  いきなり現れたその二人のうち、一人は美しい短髪の赤髪と垂れた兎耳、額から二本一対の角を生やした眼帯をつけている長身の女性。半分しか見えないその顔は非常に見覚えがある。


  だが、それ以上に俺にとってその女性よりも、その隣にいる紫色の着物を着た女性の方が見たときの衝撃の方が大きかった。






 なぜなら、彼女はーー








「エク、セイザー?」

「……久しぶりじゃのう、主人」








  ーー俺の相棒にして亜神である、エクセイザーだったのだから。



 ●◯●


 

  俺は、目の前にいるエクセイザーから目が離せなかった。それは久しぶりに彼女に会えたと言うのもあるが、それ以上に色々と変わっているからだ。


  まず、その装いが大きく変わっていた。俺の知るエクセイザーは紫色のドレスを着ていたはずなのだが、その身を包み込むのは花の刺繍が施された上品な色合いの着物だ。


  髪型も、十年経ってなお代わり映えしない美しい銀髪を三つ編みにして前に垂らしている。天の川のような流れるストレートも良かったが、こちらもなかなか可憐だ。


  そして何より……纏う雰囲気が全く違うものへと変わっていた。以前は不適で大胆、威風堂々とした上に立つものの覇気と風格を纏っていたのだが、今は違う。


  なんだか、包み込むような安心感を覚えるというか、妙に落ち着いていてさらに色っぽさが増している。見ていると無性にドキドキしてきた。


  一言で言い換えるならどこかの奥方、あるいは妙齢の未亡人のようなそんな大らかな魅力に溢れた存在へと変貌を果たしていた。それは、彼女に起きた一つの変化のせいだろうか。


  何にせよ……え、綺麗すぎないか? これが昔は相棒にして師匠のようなもので、今は俺の……。いやいや、明らかに釣り合ってないだろ。もともと存在の格的に釣り合っていなかったのが、こうして対面してさらにその違いを見せつけられた気分だ。

 

「目覚めて早々、色々と言ってくれるな?」

「あっ、ご、ごめん!」


  そういやエクセイザーにも思考は筒抜けだったんだ。危ない危ない、十年も前のことだから度忘れしてた。


  つーか今更だけど……俺、全裸じゃん。男の大切なところが思いっきりエクセイザーたちに見えてんじゃん。黒龍とシリルラ以外にいなかったから特に気にしていなかった。


  どうしようかと考えていると、意識したからか腰の部分に例のアザがか浮かびあがったかと思うと、枝が伸びて絡み合っていき俺の下半身を覆い隠してズボンのような形になった。


  ……この枝すごく便利だな。まあとにかく、これで丸見え問題は解決した。ようやくエクセイザーと気兼ねなく話せる。


  黒龍の額から一旦手を離し、エクセイザーたちの方へ一歩踏み込む。するとぴくりとエクセイザーも反応してこちらに一歩踏み込んできた。これ幸いと、俺はまた一歩踏み出して歩き始める。


  裸足の裏に広場の地面に生えた草の感触を感じながらどんどんエクセイザーへと近づいていくにつれ、少しずつ速度が上がっていく。最後には小走りになった。それはエクセイザーも同じで、こちらに走って来る。


  そうしてお互いへと走り寄っていき、ついに目の前に来た時……俺はエクセイザーに抱きしめられた。首の後ろに両手を回され、ぎゅっと擬音が聞こえてきそうなほど強く。


「……………少し寝坊が過ぎるぞ、バカ主人」

「…ごめん」


  俺の謝罪の言葉に、エクセイザーの腕にこもる力が強くなった。そしてエクセイザーは胸に押し付けていた顔を耳元に寄せ、言葉を続ける。


「…お主が目覚めない間、心に穴が開いた思いだった。自分の気持ちに気づかなかったことに後悔した。ああなる前に照れ臭さで隠さなければよかったと」

「…え?」


 それって……?


  唐突に投下されたエクセイザーの言葉に、ドクンと心臓が一際強く脈動する。それだけにとどまらず、うるさいくらいに高鳴り始めた。


  そんな俺の状態を知ってか知らずか、エクセイザーは少し腕を緩めて顔を俺に見せる。その顔は……頬が赤く染まり、涙に濡れていた。


  その表情に思わず息を呑んでしまう俺に構うことなく、エクセイザーは口を開いてその言葉を発した。俺にとっては最大の力を持つ、その言葉を。




「主人……いや、龍人。お主が好きじゃ。お主の努力家なところ、お人好しなところ、何事にもめげない強い心を持っているところ…数え上げればきりがないくらいに、お主への想いが溢れて止まらん」

「っ……!」

「お主が心残りにしている女子がいるのはわかっている。それでもいいから、妾を愛してはくれんか……?」


  エクセイザーの熱のこもったその言葉を聞いて、俺は強い衝撃にみまわれた。当然だ、まさかあのエクセイザーが、俺ごときを好きなんて。


  様々な想いがまるで走馬灯のごとく、頭の中を駆け巡っては消えていく。驚き、嬉しさ、羞恥、困惑、劣等感、あらゆる感情がないまぜになり、波となって押し寄せてくる。


  エクセイザーほどの女性から告げられた好意は、シリルラ以外に人に想われたことがない俺には受け止めるのはやや困難だった。


  その中でも一番強い感情は……不安だろうか。矮小な自分ごときが彼女の想いを受け止められかという、そんな男として情けないにもほどのある不安。


  その次には、葛藤が来る。今の俺は間違いなくシリルラを愛している。その愛が揺らぐことなど万に一つもないが、その上でエクセイザーを受け入れて愛していいのかという葛藤。


《…私は別に構いませんね。今更ですしね》


 いや、そうはいっても色々と複雑でな……。


  それはともかく、その二つを除いて一番強いのは…歓喜だろうか。俺の命を助けるために繰り返されていた行為……それが義務感でしているだけなのではないかと。


  俺は傲慢にも、できることならその行為を想いあるものならいいな、なんてどこかで思っていた。それが証明されたことへの歓喜。


  他にも色々ある。不思議なことに、それほどの感情が溢れているのに心は全く軋みをあげず、冷静に一つ一つ判断していた。これも神としての変化なのだろうか。


  いや、そんなことはどうでもいい。今何よりも優先すべきことは、エクセイザーの想いをどうするか、だ。無論、俺なんかに断る権利など本来ならない。

 

  これで冗談やからかいならば笑って過ごせるが、しかし彼女の声音は真剣そのものだった。それにすでに関係を持ってしまっている以上、彼女を突っぱねることはできない。


  色々な思考が飛び交い、頭の中がごちゃごちゃとしていく。それが煩わしくなり、一旦エクセイザーを見ようとして……動きが止まった。


  こちらを紅潮した顔で見るエクセイザー……その背後の階段から顔を出している、一つの小さな影があったのだ。


  こちらをじーっと見る二つの目を持つそれにおもわず視線が釘付けになる。いきなり沈黙した俺に、怪訝そうにエクセイザーが振り向いた。


「……? ああ、なんじゃ、追いかけてきたのか。ほら、こちらにおいで」


  そしてその小さな影を視界に捉えるとそう言いながら手招きをする。するとピクッと震えた影は一旦引っ込んで、すぐにまた姿を現した。


  そのままトテトテとこちらに歩いてきて、エクセイザーの着物を小さな手でちょこんと握る。そして先ほどと同様に、俺をじーっと見上げてくる。


  それは、小さな女の子だった。年齢は5歳ほどだろうか、灰色がかったセミショートの銀髪はふわふわとしており、触ったら気持ち良さそうだ。


  その小さな体を包むのは蘇芳(すおう)色の落ち着いた雰囲気の着物。髪と不思議とマッチしており、その端正な作りの顔と相まって人形のように見える。


  そうして目の前に来た少女に、さらに俺の視線は釘付けになった。まるで呪いのように意識を捉えて離さない。

 

  しかし、不思議と悪い気はしなかった。むしろその少女を見ていると先ほどとは違う胸の高鳴りと、心の底から湧き出てくるような温かさを感じる。


  それは、今までに感じたことのない感覚だった。恋によるものでも、恐怖によるものでもない。それよりももっとふわふわとしていて、曖昧なもの。




  まるで……そう、()()()()()()()()()()()()、そんな暖かさだ。




「……かぞ、く?」


  自分の思考に、声を上げる。ふとどこからか浮かんできたその表現は、妙にしっくりと馴染んで心の中に染み込んでいった。


  もう一度少女を見る。すると髪の一部がくくられているのに気がついた。そしてその髪をまとめているものは……見覚えのある、赤い縄の絡まった光沢のある金色のリング。


  そのリングは、俺が一番知っているものだった。当たり前だ、〝あの時〟以来何年間も肌身離さず付け続けいたものなのだから。

 



  そして悟る。俺の体の一部とも言えるこのリングを……〝髪飾り〟を付けている、この少女こそがーー




「紹介しよう。こやつはウィータ、妾の子で……お主の娘じゃ、龍人」




 ーー俺の娘であるということを。




《……なるほど、そういうことだったんですね》

「……そっか。俺の娘か」


  エクセイザーの口から告げられたその言葉に、俺は特に驚くこともなくやや落ち着いた気分で返答を返した。非常に穏やかな気分のまま、ふっと口元に笑みを浮かべる。


  膝を負けてしゃがみこみ、少女と……ウィータと目線を合わせる。そしてその頭にそっと手を伸ばして乗せようとした。


  ウィータはピクッとして一方後退するが、それ以上逃げることはせず俺の手を受け入れてくれた。これ幸いと、そのサラサラとした髪をゆっくりと撫でる。


「ん……」


  小さく声を上げたウィータは気持ち良さそうに目を細めた。可愛らしいその姿に自分の頬が緩んでいくのがわかる。


  一通り撫でくり回すと手を離そうとする。が、ウィータが腕を伸ばして小さな手で俺の手を握って止めた。そしてもっと、とでもいうように俺の顔を見る。


  心の奥底から暖かな気持ちが溢れてくるのを自覚しながら、俺はもう一度手を伸ばしてウィータの体に回すと、そのまま抱き上げて胸の中に収めた。


  ほど近い距離で顔を付き合わせる。ウィータは不思議そうに首を傾げており、それに俺はゆったりとした口調で語りかけた。


「初めまして、だな……俺が誰か、わかるか?」

「…パパ?」


  ウィータがパパと言った瞬間、全身に凄まじい衝撃と幸福感が駆け巡る。きっと俺は今、喜色満面の笑みを浮かべていることだろう。


  世のお父さんたちが娘を溺愛する理由がわかった気がする。ただパパと呼ばれただけでどうしようもない愛しさが胸の内に沸き起こってきたのだから。


  思わずニヤけそうになるのをなんとか我慢しながら、ウィータのことをぎゅっと抱きしめる。それだけで満たされる感じがした。


《かなりだらしない顔になっていますね》


  仕方がないだろ。多分娘を持つ男なら全員こんな顔になるに決まっている。


  まあ、それはともかく。人懐こいのか俺の胸にスリスリと頬を擦り付けているウィータの頭を撫でながら、俺はあることを決意した。


  その決意を伝えるため、ウィータを撫でる俺を微笑ましいものを見る目で微笑んでいるエクセイザーに話しかける。


「……なあ、エクセイザー」

「なんじゃ、龍人?」

「俺さ、父親になろうと思うんだ」

「…そうか」

「でも、情けないけどどうすればいいのかさっぱりわからねえ」

「……そうか」


  当たり前だ、今まで生きてきて人一人育てる経験なんてしてきた覚えはない。何しろ、この子が生まれ育っている間俺は眠っていたんだからな。


  だから、そんな親として半端者どころか初心者である俺に子育てのいろはなんて備わっているわけがない……そう、俺にはな。


  つまり父親になると言ったはいいものの、その方法も力も俺にはないわけだ。だったら、支えてくれる誰かがいなくちゃいけない。


「だからさ……俺を支えてくれないか?」

「……それは、つまり」

「まあ、簡潔に言うと……俺のお嫁さんになってくれ」

「!」


  俺の言葉に驚きの表情を浮かべるエクセイザー。一人で駄目なら、他の誰かの手を借りればいい。その誰かこそが彼女だ。


  まあ、もともと彼女は母親なのだが。それを踏まえるこの言葉はウィータのことと言うより、俺たちの関係性を確立させるためのものだ。


  これが、先ほど告げられたエクセイザーからの想いへの俺の答えだ。俺は彼女のことを受け入れた、ということである。


  一緒にいた時間は7ヶ月と瑠璃より遥かに劣るものの、相棒として彼女に好感を抱いていたのは事実。シリルラには悪いが、その中に僅かな好意があったことは否定できない。


  受け止めきれる自信がないのなら、これから彼女と一緒に時間を過ごして愛を深めていけばいい。どの道、ウィータがいる以上選択肢はない。


  無論、先ほども言ったようにそれでシリルラへの想いが揺らぐわけではない。俺という人格の基盤となる彼女への愛情が変わるはずがない。


《……まあ、変わらず愛してもらえるのなら文句はありませんね。ですが、それならば半端は許しませんね》


  ああ、わかってる。お前のためにも、全力でエクセイザーを愛すると誓うよ。


  そうしてエクセイザーの伴侶として、ウィータの父親として頑張っていくことを決意していると、エクセイザーの顔がみるみるうちに笑顔になっていくのに気がつく。


「龍人っ!」

「うおっ!」


  その笑顔のまま、エクセイザーはまた抱きついてきた。今度はしっかりと背中に手を回して抱きしめ返す。


  そうしてウィータを挟んでごろごろと甘えるように体を寄せてくるエクセイザーを、俺はしっかりと抱きしめてその実感を確かめた。











  この日、俺は長い眠りから覚めるのと同時に、かけがえのない大切なものを手に入れた。それを守るため、俺は強くなることを決意したのだった。

読んでくださり、ありがとうございます。

ほとんど来なくてへこんでいるので、感想をお願いいたします。

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