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陰陽師の異世界騒動記〜努力と魔術で成り上がる〜  作者: 月輪熊1200
二章 神龍王国
32/67

一話 プロローグ

今回から第二章です。

数少ないお気に入りをしてくださっている皆様、そうでなくても読んでくださっているみなさま、よろしくお願いいたします。

楽しんでいただけると嬉しいです。


  神が作った、螺旋階段のように無数に連なる世界。そのうちの一つに、地球という星がある世界があった。


  更に、数多の陸と大きく深い海で構成されたこの星に存在する島国の一つ……〝日本〟と呼ばれる国の、とある地域。


  古来から神や妖怪、魑魅魍魎が龍脈の源泉を狙い特別集まってくるというこの地に立つ一つの高校。その屋上に、一人の少女がいた。


  時刻は昼下がり。心地の良い風と適度に暖かい陽光が照らす、まさに陽だまりの中というべきそこそこ広いその場所の壁際にあるベンチに、彼女は座っている。


  彼女は一言で言うならば精霊のような、そんな儚げな美しさを持った少女だった。きっと初めて見たものは、彼女に必ず見惚れるであろう。


  スレンダーな身体を女子用の薄い紺色の制服で包み、人形のような美しい顔に水色のフレームの眼鏡をかけ、肩口まで伸びた黒寄りの瑠璃色の髪。大凡人間離れした美しい、そんな少女。


  少女の傍には巾着袋に収められたすでに食べ終えた弁当箱が置かれ、食後であることがわかる。そして今はその余韻に浸っているようにも見えた。


  彼女は、一見空を見上げてぼーっとしているようにも見えた。その視線の先にあるのは、大空は真っ白な雲と晴れ晴れとした瑠璃色の空。


  しかし彼女のその眼鏡の奥にある瑠璃色の瞳には、何かを慈しんでいるような、愛するものを見るような、そんなとても暖かい色が浮かんでいる。


  更に、もし誰かが彼女の隣に座っていれば、彼女の形の良い桜色の唇からわずかに歌声が漏れていたことに気がついたであろう。


  彼女が歌うのは、他の誰も知らない、彼女だけが知っている、そんな歌だ。とある女神がただ一人の人間のために紡いだ、愛の歌。


  しかし、彼女が一人の男の隣にいるときだけ歌っていたその歌は、もう死んでしまった男には届かない。








 ーー昔々神様は 過ぎ行く日々が退屈で


 白雲と瑠璃空のあの日 姿を変えて降り立った


 悪戯好きの神様は あの日その人を見つけた


 大切なものを壊されて


 全てを失ったあの日から


 見えない大きなチカラに怯えて


 ただ、ただ……


 もう二度と失いたくないと 一人で震えてた


 そんなあの子を支えようと誓った この胸に

 

 もっと近く もっと側に


 いつしか芽吹いた淡い想い


 この身朽ちるとも添い遂げたいのは


 この現世でただ一人


 退屈続きの神様が 人の子に恋をした


 白き王の龍である、あの人へ


 たとえ遠く離れていても すぐに私も側へ行くから


 置いていかないで 私の最愛の人……








  それでも、彼女は歌う。たとえそれが、誰に聞かれなくても。かつて男とともにいた時間を思い出しながら。



 ギィ……



  ちょうど彼女が歌を歌い終えた瞬間、まるで見計らったかのように軋んだ音を立てながら下の階に繋がる扉が開いた。


  それまでずっと空を見ていた彼女は初めて上に傾けていた頭をもとに戻し、自分の他に屋上に来たものたちに目を向ける。


「よっ、白井。やっぱりここにいたか」

「ここに最初に来てよかったわ」

「……北月さん、霧咲さん」


  そして屋上に入ってきた男女……背の高いイケメンの男とウェーブのかかった長い黒髪が特徴の美女、少女の友と呼べる存在である二人の人間は、ベンチに座る彼女を見つけ挨拶をする。


  少女はすっと細い白磁色の指で傍の弁当箱を持ち上げると、ベンチの端に移動する。するとそれを見た男女は顔を見合わせ、苦笑しながらベンチに座った。


「今日もここで食べていたの?」

「はい、そうですね」

「俺達と一緒に食えばいいのに」

「……ご心配なく」


  心配そうな声音で問いかける美女と、気さくな様子で話しかける男。それに少女は冷静で静かな、それでいて透き通るような声で答える。


  いつもと変わらない少女の返答に二人は互いにアイコンタクトを取り、仕方がないと言わんばかりに肩をすくめるのだった。


  二人がいつも同じような問いかけをすると、必ず少女は同じような答えしか返さない。かつてはある男をからかって楽しんでいたその微笑みはもうどこにもなかった。それを、友として二人は心から心配している。


  女の方の名は〝霧咲雫(きりさきしずく)〟、少女の一番の親友を自負している、その17歳という年齢からは考えられない完成された美しさを持つ絶世の美少女である。


  175センチという女性の中でもかなりの高身長に、いわゆるモデル体型の出るところは出ていて、引き締まっているところは引き締まっている芸術品のような美麗な身体。この学校…いや、世の女性の中でもトップクラスの容姿だった。


  その容姿に加えて運動能力も抜群であり、ムエタイの世界大会の連続優勝を果たした世界有数の猛者である。加えて頭脳も非常に聡明、まさに文武両道を体現したような存在なのだ。


  少しばかり自信家なところはあるがその性格もよく、非常に上手く皆の輪を保つことや率先してクラスメイト達を引っ張っていくことから密かに〝女王〟などと呼ばれていたりする。


  男の方の名は、〝北月(きたつき)シュウ〟という。少女の一つ年上の先輩兼数少ない友人であり、切れ長の瞳とがっしりとした体格、ぶっきらぼうな口調が特徴的な青年だ。


  少し長めの黒髪に185センチメートルという高身長、それに大人びた造形のその顔は完璧にマッチしており、学校内ランキングでも必ず上位にいる。


  性格は基本誰にでも気さくに接し、いじめなどの悪は決して許さないという性格から学校の中で人気な男子の一人である。また、その頼もしい背中に自然と人が付いて行くこともしばしばあった。


  その制服の下に隠された肉体は極限まで鍛え込まれており、しなやかかつ堅牢な筋肉の鎧で覆われている。さらに全国レベルの薙刀の使い手であり、度々大会で優勝の台に登ってはテレビに映っていた。


  また、一部では男子生徒と女子生徒の頭とも呼ばれるこの二人は校外でも有名なバカップルであり、男女別の授業やトイレなど以外は基本ずっと一緒にいる。


  互いへの愛情は計り知れないもので、比喩なしにピンク色の空間が可視化するほどのイチャつきぶりが学校の名物にもなっていた。




  そんな校内の有名どころ三巨頭とも呼ばれる二人が話しかけた、屋上にいたこの少女。彼女の名は……〝白井 瑠璃〟。


  瑠璃はかつて三巨頭の残りの一人……今はもう亡き男と頻繁に一緒にいたこと、そしてその人形のような容姿と文武両道さから隠れた有名人な人物であった。


  しかし、今はもうかつて男、そしてシュウ達と四人でいた時の明るく冗談好きな面影はなく、本当の人形のようになってしまったと彼女を知る生徒達は囁いてる。


  実際、今の瑠璃はシュウと雫以外のほとんどの人間と最低限の会話しか交わすことはなく、暇さえあればずっと屋上に入り浸っているようになっていた。


「あー、眠いな」

「あっ、ちょっと、もう……」


  そんな瑠璃の横でゴロンと雫の太ももに寝転がったシュウは両手を後ろに組んで呑気に呟き、雫は少し困ったような笑顔でそんなシュウのサラサラの髪をいじっている。


  季節は春を少し過ぎた頃。暖かな陽光の照らす屋上で、彼女の膝枕などという最高のクッションがあればその寝心地はさぞいいだろう。瑠璃はほんの少し微笑んだ。


  しばらく二人の様子を見ていた瑠璃だったが、ふと弁当箱の入った巾着袋に視線を移す。その口を占める紐には小さなストラップのようなものが付いていた。


  寸胴にちょこんと角の生えた丸い頭、尖った小さな手足に丸い両目と逆三角形の口。この地域のゲームセンターで取れる謎のストラップである。


  青い模様の入ったものは瑠璃のもので、灰色模様のもう一つは……瑠璃にとって誰よりも大事だった男のものだった。瑠璃は袋を膝においてそれを手に取る。


  どこか寂しげにも見える無表情でそれを見つめている瑠璃に、それまでだらしない姿勢をしていたシュウは起き上がって壁に背中を向けた。


  そしてチラリと瑠璃の手の中にあるものを見て、苦しげに顔を歪めながら言葉を発する。


「……あいつが死んでから、もう一年近く経つのか」

「……はい」


  シュウの言葉にぴくり、と反応した瑠璃は静かな声で答えて僅かに首肯する。そしてより一層寂しそうな……いや、もはや悲観といってもいいほどに暗い雰囲気を纏う。


  キュッとストラップを握りしめる瑠璃にシュウと雫は同じような哀しげな、それでいてどこか力のない表情を浮かべていた。


  そんな三人の脳裏に浮かぶのは……一人の男の姿。瑠璃にとって……いや、シュウにも雫にも、全員にとって大切な存在だった男。


「ったく、勝手に逝っちまいやがってよ……龍人(・・)

「シュウ……」


  シュウが、その男の名を呟きその悲しみを押しつぶすように奥歯を噛み締めた。ガツン、とベンチに叩き込まれたその握り拳に、沈んだ声の雫が手を置く。


  そう……三人の思う男とは今、神の手により異世界ヒュリスに転移し、強大な敵を打ち滅ぼした代わりに長い眠りについた皇龍人その人だったのだ。


  そもそもこの三人が知り合ったのは、龍人の存在あってこそだった。シュウは龍人の幼馴染兼大親友、雫は同じく幼馴染兼、遠縁の従姉妹なのだ。


  そのため、瑠璃が現れる前は二人だけが龍人が心を許していた人物だった。全員が龍人が仲間と思っていたという共通点から、三人はすぐに仲良くなった。


  さらに言うならば……上記の通り、龍人はその特異な見た目とシュウたちと非常に親しげだということから三巨頭の一角に数えられていた。


  だが、その二つだけが理由ではない。龍人は瑠璃たち三人が揃ってからは徐々に明るくなっていき、終いにはシュウたち同様クラスの中心人物となっていたのだ。


  加えて、その家業から育まれた本来の優しく真っ直ぐな性格からか無意識に校内のいろいろなところで生徒、果ては教師まで多くの人間の手助けをしていた。


  それらの行動と瑠璃達と共にいる時の明るい様子よりその荒んだイメージは払拭、逆に男装した女みたいなのにかっこいいという理由で密かに人気となっていた。


  しかし、一年前。龍人は突然の心臓発作……まあ、本当はイザナギのくしゃみだが……により自宅で静かに息を引き取った。その知らせに皆が悲しんだ。


  特に、シュウと雫の絶望は凄まじかった。やっとこれから楽しく生きていけるというところで、あっさりとその生涯を閉じてしまったのだから。


  シュウにとって龍人はかけがえのない共であり、雫にとって龍人は同い年の兄…いや、外見的には女?…のような大切な家族だったのだ。その喪失感は誰よりも大きなものだった。


  しばらく不登校となった二人だが、同じように悲しんでいた生徒や教師達は決して攻めたてることはしなかった。


  しかし、そんな中でも瑠璃は変わらず学校に来た。屋上にいることが多くなったとはいえ、毎日。周囲から見ても龍人のことを好いていた彼女が最も辛いだろうに、だ。


  まあ、実際のところ瑠璃……否、とある存在の片割れは龍人の死の真実について知っていたので、怒りはあれども悲しみは同じほどは深くはなかったのだが。

 

  それはともかく。その姿に二人は衝撃を受け、自分たちも同じようにまたこうして学校に来るようになったというわけである。


  そして龍人を失った悲しみを忘れないようにしながら暮らしていくうちに、10ヶ月が経過した。既にほかの龍人を知る生徒や教師達はとっくに元の調子に戻っている。


  しかしそれは、あくまでそこまで深く関わり合いのなかったものの話であり、シュウ達二人はまだ立ち直りきっていない。


  だからこそこうして、まだ龍人が生きていた頃よく集まっていた屋上に来て、そこに必ずいる瑠璃に会いに来ている。そして龍人の生きていた頃の話をするのだ。


  それはある意味痛ましい光景であった。まあ、実のところそれだけが理由で二人はここに来ているわけではないのだが。


  二人がこの場所に…いや、正確には瑠璃に会いに来ているという、そのもう一つの理由は……


「それで………()()()()()()()()()()()()()()()()……?」

「……ええ、もちろん」

「そう……元気にやっていればいいけれど」




  そう…二人は知っていたのだ。龍人が死んだ後、異世界に行って生きていたことを。そしてその情報をもたらしたのは瑠璃…否、未だ地上にいるシリルラの片割れである。


  元より彼女が下界に存在していたのは龍人がいたからこそ。その龍人がいなくなった今、もう彼女に地上にとどまる理由はない……はずだった。


  だが地上に降りた時点で本来の完全な状態の力の半分しか持っていなかった彼女は、自らの存在を彼女を知る者全員の記憶から消すほどの力はなかったのだ。


  また、シリルラが異世界に龍人を追いかけて行ってしまったことにより、龍脈を管理していた神界の彼女の住処とのパスが切れて戻れなくなってしまったというのもある。


  そのため、今の瑠璃は特別大地に流れる霊力の強い龍穴……龍人の住んでいた皇家の屋敷で最後にシリルラが押し付けて行った管理の力を行使していた。


  しかし、同じ存在で記憶を共有しているとはいえシリルラは龍脈の管理の力のほとんどを自分に残していたため、瑠璃は方法は知っているものの力を使うのに非常に苦労していた。


  だからこそ、協力者となる第三者が必要だったのだ。それも霊力の扱いに長けており、世界の裏に存在する神仏や魑魅魍魎の存在を知っているものが。


  そして白羽の矢が立ったのが、シュウと雫というわけである。シュウの家は皇家に代々支えてきた退魔師の一族であり、雫の家もまた陰道専門の陰陽師の女系一族なのだ。


  ポテンシャルにおいては龍人に及ばないものの陰陽どちらの技術も高レベルなシュウと、陰道においては龍人をはるかに凌ぐ腕前を持つ雫は協力者としてはうってつけだった。


  だが、瑠璃が自分のことやその過程で龍人が別世界で生きていることを話したのはなにもそれだけが目的ではない。


  二人に、嘘をつきたくなかったのだ。龍人がいたからこそ知り合った仲だが、瑠璃にとって二人は初めての友人だったのだから。


  二人はもちろんそれを聞いた時は驚いたが、しかしすべてを聞き終えると喜んで快諾した。また、片割れが龍人を追いかけていったことにいい意味での呆れと諦めを感じたのもある。


  つまりシュウ達が今悲しんでいるのは龍人が死んだことそのものではなく、異世界という絶対の壁によって二度と会えないことに悲しんでいるのだ。


  では瑠璃の力で異世界に行けばいいだろうが、そう上手くも行かないのが世の常である。


  神界はすべての世界の上位に位置する場所、つまり一本道の階段を登り最上階を目指せばいいようなものだ。


  しかし異世界というのは、絶壁の向こう側にある全く別の階段のようなもの。そこへ行くには絶壁を登って行く以外に方法はない。


  シリルラというパスがなければ神界にすら戻れず、シュウ達の助けがあってなお龍脈の管理に手一杯な今の瑠璃が、その壁を超えて別の世界に行くほどの力など持っていようはずがないのである。


  ちなみに、瑠璃はシリルラが自分に力を押し付け追いかけていったことにさほど怒ってはいない。立場が逆ならば自分も絶対に同じことをしたからだ。


  だからこうして、別の世界にいて会えないもどかしさを龍人の話をして誤魔化しているというわけなのだ。


  それを自覚しているシュウはあー、と頭を抱えてまた雫の太ももに倒れこんだ。そして悩ましげな声を上げる。


「あークソッ、あいつのいる世界に異世界召喚とか起きねえかな。そしたら会えるんだけど」

「もう、そんなことめったに起きるわけないでしょ。ましてや、龍人君のいる世界になんてそんな奇跡的な確率」

「だよなぁ……」

「ふふ……」


  心の底から悔しそうな顔をするシュウとそれをたしなめるように言う雫に、瑠璃は温かい気持ちになって僅かに笑い声を漏らした。


  と、そんなやりとりをしているうちに給水塔の壁に取り付けられた古ぼけた時計が昼休みの終わりの五分前を指し示していた。


「……二人とも、そろそろ昼休みも終わりです。校舎内に戻りましょう」

「あら、もうそんな時間?」

「うーい」


  それを確認した瑠璃は二人に声をかける。するとシュウが気の抜けた声を出しながらのろのろと起き上がり、雫とともに立ち上がる。それに従って瑠璃も巾着袋を持って立ち上がった。


  そのまま屋上から扉をくぐって退去し、階段を談笑しながら降りていく。すると下がるにつれてガヤガヤと校舎内の音が大きくなってきた。


  やがて瑠璃の学年の階層である二階にたどり着くと、そこでは廊下の窓際に寄りかかった女子生徒達が談笑し、教室の中で男子生徒達が集まって何やら騒いでいる様子が見て取れた。


「あっ、ねえあれって……」

「うん、あの二人だよね?」

「北月先輩カッコいい……!」

「雫お姉様、今日もお綺麗です……」


  そんな廊下の中を歩いていくと、瑠璃の前を歩くシュウと雫を見て生徒達が口々に小さな黄色い声をあげていた。二人は苦笑してしまう。


  こういう人気者と一緒にいれば妬まれそうなものだが、瑠璃もまた非常に容姿端麗かつ成績優秀であり、いつも一緒にいたことから誰も何も思ってはいない。


  そんなある意味針のむしろ状態で廊下を進んでいくと、そのうちに『2-B』と書かれた瑠璃のクラスが見え始めた。三人はその教室に入る。


  ガラリ、と音を立てて扉が開かれると教室内にいたもの達が一斉にシュウ達を振り返り、またしても黄色い声をあげた。毎日のようにきているのにいつまで経ってもこの反応は変わっていない。


  教室内にはもうすぐ昼休みが終わりだからか、このクラスに所属する生徒のうち三分の二ほどが集まっていた。それに加えて、担任の教師もいる。


「おう、お前らか」

「よっす」

「こんにちは先生」

 

  その担任の教師……体育教師である〝霧咲猛きりさき たける〟が三人の方を向いて声をかければ、それにシュウが片手をあげながら、雫が軽く会釈しながら答える。


  霧咲は教壇に座り、他の生徒達同様食事をしていたのか傍らには二段弁当が置かれていた。その弁当箱は、巨躯に見合うほど大きい。


  この高校の体育教師であり、雫の父である霧咲はシュウ達が生徒側の有名どころだとするならば、元総合格闘技世界チャンピオンの彼は教師側の有名どころのうちの一人である。


  シュウすら越えるその巨躯は二メートルに届くかと言わんばかりであり、くっきりと筋肉の形が浮かび上がる半袖のシャツの袖からは丸太のような極太の腕が伸びている。黒いズボンに包まれた両足も同様に大木の幹のようである。

 

  三年生であるシュウ達が瑠璃のクラスにこうして立ち寄った理由は霧咲の顔をついでに見ておこうと思ったからだ。といっても、帰ればどちらにせよ見ることになるのだが。


  とにかく、こうして瑠璃を送り届け、霧咲の顔を見たシュウと雫は踵を返し、キラキラとした視線が突き刺さる教室から退散しようとする。


「んじゃ先生のいかつい顔も見れたことだし、俺らはいくわ」

「おいおい、未来の父親に対していかついとはなんだ」

「まだ半年以上先っすよ」

「ちょっと、シュウ……」


  実質上のプロポーズに雫が顔を赤くし、霧咲がニヤニヤとした顔をして男女関係なく教室内の生徒達がヒューヒューと囃し立てる。


  そんな風に賑やかに騒ぐ彼らの教室の壁に円形の時計が設置されていた。二十年以上前から使われていた古ぼけたものである。




 カチ、カチ……カチッ




  そして、小さな音を立てて時を刻む音を奏でるその時計の長針が昼休みの終了時刻に傾いたその瞬間。











 ゴォーーン……ゴォーーン……ゴォーーン……











  突如、大鐘楼の音が教室中に響きわたった。


いつもの控えめな鈴の音とは全く違う、凡そこの場には似合わない荘厳な音にギョッと一斉に時計を見る一同。


  そんな彼らをあざ笑うかのように、教室の中心に何重もの白い円環と幾何学模様、謎の文字列が出現する。度重なる以上事態に全員が一糸乱れぬ動きでそちらを注視した。


  俗に魔法陣と呼ばれる突如現れた円環は息を呑むような速さで教室中に広がっていった。それを見てようやく悲鳴をあげ、パニックになる生徒達。


  すぐさまシュウ達も正気に戻り、霧咲は生徒達の混乱を収めようとし、シュウはいつの間にかしまっているドアを蹴破ろうとする。


  しかしあまりにも想定外の事態に年若い少年少女達はすぐに混乱を取り戻せず、扉はまるで鉛の扉のように固く開かなかった。


  机が蹴倒され、中身の入ったペットボトルが宙を舞う。誰もが混乱し、今にも自分を飲み込まんとする魔法陣に恐怖した。




「……あはっ♪」




 そんな中、瑠璃が笑い声をあげる。


  それに反応したシュウ、雫、霧咲の三人が振り返って、瑠璃の顔に浮かぶ心底嬉しそうな笑顔を見た瞬間……白い閃光が教室を包み込んだ。


  数秒か、数分か、あるいはほんの一瞬か。閃光が教室から消え、元の光景に戻った時……そこには誰一人として存在しなかった。


  残ったのは床に散乱した弁当の中身や横に倒れた椅子、それにかけられていた制服のブレザーだけであり、一人残さず人間は消え失せた。




読んでいただき、ありがとうございます。


さて、2章が始まった自分の作品ですが、次回から瑠璃達の冒険を描くか、それとも主人公を復活させるか迷っています。意見をいただけると嬉しいです。


あと、一件も来なくて割と凹んでいたりするので感想をいただけると嬉しいです。


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