二十四話 矛盾都市と黒鬼暴君
毎回更新が遅いため、今回から文字数を少なくして更新速度をあげます。よろしくお願いします。
楽しんでいただければ幸いです。
全力を出したフリューゲルの速度は我ながらなかなかのもので、最初に西部を飛び立った時や黒龍の背に乗っていた時の何倍もの速度での移動を可能とした。
石柱に沿ってシリルラのナビゲートに従い、瞬く間に北部の上空を滑るように飛んでいく。その過程でまた未知の魔物や鉱物らしきものもちらほら見えたが、今回ばかりは全てスルーだ。
そうして飛び続けているとやがて、不意にふっと雪が降らなくなり、地上の景色が変わった。何かをくぐり抜ける感覚からして、結界が張ってあったのかもしれない。
それまで岩と雪で覆われていた地面は真っ黒な岩で覆われ、至る所から蒸気やマグマが吹き出している。池の代わりにマグマ溜まりが点々と存在していた。
肌をチリチリと焼くような空気に、それまで雪を弾いていた魔法陣を解除して代わりに肌の表面に霊力を纏うことで暑さを遮断する。かなり暑いな、ここ。
『これが北部地域の首都……通称〝矛盾都市〟じゃ』
脳内に響くエクセイザーの言葉に、どこか納得する。確かにこれまでの冬山のような様相から一転、火山のような情景は正反対で矛盾しているな。
だがしかし……今の矛盾都市には、マグマ以外にも〝赤〟が広がっていた。元は家や工場か何かだったと思われる残骸から立ち上るそれは、炎の赤である。明らかに異常事態だ。
「ガァァァァアアァアァアアアッ!!」
そして……それらを引き起こした主であると思われる両手に巨大な斧を一振りずつ持った黒い体躯の巨人が、雄叫びをあげていた。あれは……オーガか?
俺はフリューゲルに命令を送り、それまでの直進から円形に矛盾都市の上を飛び回り、少しずつ降下して地面に降り立つ。後ろについてきていた黒龍も加速魔力を少しずつ霧散させてドシン、と着地した。
フリューゲルの端っこを蹴り上げてキャッチし、アイテムポーチに押し込むと代わりに鉄札を五枚とも取り出して顔を近づけ、呪文を唱える。
「……急急如律令!」
最後の言葉とともに、札を地面に投げつける。すると西武区画で戦った時とは違い、鉄札の紋章が輝き風ではなく灰色の炎が地面から立ち上ったかと思うと岩が鉄札に集まっていった。
30秒後、目の前には赤みがかった黒い岩の甲冑を纏った式神が五体出来上がっていた。顔の部分には鬼の面がつけられており、岩石でできているのでより厳ついものとなっている。
式神たちが手に持つのは三体は薙刀、二体は火縄銃である。何から何まで全て岩石で形作られたそれは、割と洗礼された見た目だった。
俺の切り札の一つであるあの鉄札は周囲にある物体によってその構造を最適化し、戦闘力を限界まで引き上げる術式が組み込まれている。試行錯誤を繰り返しながら三日三晩徹夜で作り出した。
式神たちに生き残っている住民たちの非難、救出を命じてシリルラに操作を任せた。彼女の命令に従い、式神たちは街の中へと散っていく。
それを見送った俺は、ある方向を向いた。先ほどの黒いオーガらしきものがいた方だ。明らかに危険そうなあの魔物をなるべく早く倒さなくてはいけない。
「クルル!」
いざ走り出そうとしたその瞬間、後ろにいた黒龍が自分に乗れと言わんばかりに鳴き声を上げこちらを見る。すぐさまその背に飛び乗り、腹を軽く蹴ることで走らせた。
四足で疾走する黒龍に乗る俺の目の前では、蜥蜴人や人狼が悲鳴を上げながら逃げ惑っている。中には体の一部を欠損しており、他のものが肩を貸しているものもいた。
それだけに留まらず、首のないドラゴンの死骸や、上半身を真っ二つにされている獣人の骸もそこらじゅうに転がっていた。漂ってくる死臭に、口元に腕を押し当てる。
股の下で、黒龍がこれまでで一番怒りのこもった唸り声をあげる。どうやら自分の故郷や仲間を破壊され、憤っているようだ。当然である。
そう心の中で勘ぐる俺も、自分の顔が険しくなるのがわかった。まだ話したことも、顔すら知らない人たちだったけど……それでもこの光景は、惨すぎる。
「うわぁぁ〜ん! ママ〜!」
「!」
しばらく進んでいると、不意にどこからかそんな声が聞こえてきた。幼い男の子のような声で、明らかに震えている。
反射的に声のした方を向くと……ちょうど進行方向の先に、半身が消し飛んでいる死体を揺らし、泣いている血まみれの蜥蜴人の童子がいた。
更に…その童子と殺された母親と思われる蜥蜴人の死体のすぐ後ろにある大きな石造りの建物が、今まさに同時に向けて崩れ落ちようとしているところだった。
それを見た瞬間、黒龍の背中を蹴って跳躍。そのまま空中でアイテムポーチの中に手を突っ込み、先ほど使ったばかりのミスリルシールドを取り出す。
ガラガラガラッ……
「……え?」
家屋が音を立てて崩れ、不安定だった石造りの家が瓦礫となりながら倒れる。そこでようやく気がついた童子が、呆然と自分に迫ってくる壁を見上げた。
「間に合え……ッ!!」
あと二メートル、一メートル……目と鼻の先に童子と瓦礫が迫る。ふと体感時間が伸びる感覚を覚えたので、その中で手に装着したミスリルシールドを構えた。
そして家が童子にのしかかるその刹那、童子のいる場所に到達することに成功する。そのまま子供を腕の中に抱え、落ちてくる壁の残骸に向けて自分の頭を守るようにミスリルシールドを掲げた。
次の瞬間、ミスリルシールドを持つ腕に衝撃が伝わってくる。同時に、シールドでカバーしきれていない部分に瓦礫が当たる感覚も。
「ぐ、うぅ……!」
《龍人様!》
『主人!』
思わず呻き声を上げて膝をつきそうになるが、しかしここで俺が倒れたらそのまま腕の中の童子が下敷きになる。歯を食いしばり、衝撃に耐え凌いだ。
「クルルルル!」
する突然、体に伝わっていた衝撃がなくなった。一体何かと思い上を見上げてみれば黒龍が俺に覆いかぶさって翼を広げている。思わず驚いて目を見開いた。
だが黒龍が歯をむき出しにしているのを見て、咄嗟にその頭を引っ張り込むとその上に再度シールドを構えた。再び瓦礫の衝撃に襲われるが、先ほどの比ではない。
数十秒後、ようやく倒壊が収まり、もうもうと土煙が立ち込めた。俺は瓦礫の山の中心、ミスリルシールドの下でホッと息を吐く。
一息つくと、シールドを持つ手に力を込めて上に突き上げる。そうするとシールドの上に乗っていた瓦礫が吹き飛び、それに続くように黒龍が翼をはためかせ体の周りの瓦礫もガラガラと音を立てて崩れた。
ふぅ、危なかった。黒龍がいなくては俺も怪我をしていたかもしれない。結構尖った瓦礫も体に当たってたしな。
《……ご無事で何よりですね》
『ふぅ……まったく、無茶をする主人じゃ』
すまん、二人とも心配かけて。
っと、そんなことより。
「おい、大丈夫か?」
腕の中にいた蜥蜴人の童子にそう声をかけるが、しかし返事がない。まさか、と思いシールドを投げ捨て、慌てて童子を見た。
だがそんな俺の心配とは裏腹に童子の胸はしっかりと上下し、呼吸をしていた。どうやらただ気絶していただけのようだ。ほっと胸をなでおろす。
とりあえず全身に固まってこびりついている返り血と先の倒壊での土埃を水魔術で洗い流していると、先ほど解散した式神の一体がこちらに走り寄ってくるのが見える。どうやらシリルラがよこしてくれたようだ。
近づいてきた式神に童子を託そうとして……不意に視界の端に、瓦礫の下敷きになった腕が見えた。先ほど見た、童子の母親と思われる骸のものだ。
血だまりの中に沈んだその手には、綺麗な装飾の施されたリングが嵌っていた。中央には小さな金色の宝石がはまっている。
「……母親の形見になるかな」
小さく呟くと、腕からそっとリングを外して童子の手の中に握らせる。そうすると今度こそ式神に童子を任せた。
腕の中に童子を抱え、他の負傷者と同じ場所へ運んでいく式神の後ろ姿を見送ると頭を近づけてきた黒龍の鼻を撫で、シールドを拾って装着し直した、その瞬間。
ーーゾクッ
不意に背中に悪寒が駆け巡り、頭上に凄まじい濃度の殺気と魔力を感知した。反射的に腰を落としてシールドを使い、攻撃に備える。
次の瞬間、金属同士がぶつかり合う甲高い音と共に凄まじい衝撃が腕に響いてきた。それは今までこの世界にきた中でも有数の威力で、地面が陥没し放射状にヒビが入る。
押し負けそうになるがもう片方の腕を添え、【超身体能力強化】スキルを使うことで防ぎきる。相手は仕留めれなかったことに舌打ちした。
奇襲のお返しと言わんばかりに、思い切りシールドに霊力を流し込みストックしていた雷撃をお見舞いする。だが雷撃が届く刹那の瞬間、相手はバックステップで距離をとった。
引き続きシールドを構えて、右手でエクセイザーを鞘から引き抜く。先ほどの攻撃の威力から最大限に警戒しながら、相手の姿を伺う。
そして相手の姿を見て……思わず瞠目した。
「ガァアアアァァァァアアァッ!!」
そこには……先ほど上空から見た、黒く巨大なオーガがいたのだ。
●◯●
こちらを見ながら威嚇するように吠えている黒オーガに、俺は思わず一歩後退した。くっ、まさか向こうから現れるとは。
更に、黒オーガの体から発せられる凄まじいオーラに冷や汗が流れる。これほどのオーラを発するのは各区画の統括者以外に知らない。つまり、それと同等レベルの力を持っているということ。
しかもよく見ると黒オーガは全身に魔道具と思われる金色のアクセサリーを装着しており、それらから黒オーガの能力を凄まじいまでに増幅しているのがわかる。
先ほどの不意打ちから判断するに、能力や実力は……俺と同等、悪ければ上ってところか。救援を求めて来たのにこんなのを相手にすることになるとは。
《……検索完了。情報を表示しますね》
シリルラの声が脳内に響くのと同時に、ブレイドドラゴンの時のように目の前にいる黒オーガの情報が表示される。そしてそれを見て、思わず口元を引き攣らせた。
……黒鬼暴君
修練を積んだイヴィルゴブリンがまれに進化した個体であるダークゴブリンが、自らを極限の状態に置いて鍛え抜くことで到達するさらなる姿。
また、この個体はもともと上位個体であるダークゴブリンがゴブリンの上位生物に当たるオーガに進化し、更に亜種へと変化したものでもある。
そのため非常に戦闘能力が高く、最低でも成竜に匹敵する力を持つ。加えてダークゴブリンの時よりも知能が発達しており、魔法武器すら扱うことが可能である。平均四メートル〜六メートルの巨躯から繰り出される攻撃は非常に凶悪である。
その名の通り気象は非常に荒く、目に移るものを全てを破壊し尽くす、あるいはエネルギーを消耗しきるまで止まることはない。
しかし、自らでエネルギーを生成することができる臓器を持っているのでほぼ無限に動くことができる。その器官を破壊することが唯一の討伐方法である。
外皮はヒュリス内で序列7位に入るヒイイロカネにすら匹敵し、爪、牙、角は名工の作りだした魔法剣に相当する。
パワーはドラゴン種に、スピードは世界最速であるライトニングダチョウに比肩し、また身体能力強化スキルでその力を数倍に跳ね上げることができる。
……おいおい、なんだこのふざけた生き物は。無尽蔵のエネルギー?高硬度金属や魔法剣に匹敵する体?もはや生き物じゃないだろ。
これではまるで……そう、兵器だ。ただ破壊することに特化した、極悪非道極まりない破壊の化身。俺には、目の前の黒鬼暴君がそういうものにしか見えなかった。
「グルルルルルル……!」
と、不意に後ろから聞いたこともないような唸り声が聞こえて来る。驚いて後ろを見れば、黒龍がこれまでで一番の憤怒を纏っていた。
黒龍は限界まで瞳孔を鋭くして黒鬼暴君を睨み、加速魔力で仄かに発光している翼を広げ、牙をむき出しにして薄く開き、その奥には黒色の炎がちろちろと見え隠れしている。金色の鱗は激しく逆立っていた。
その様子を見て、ふととある考えが頭に浮かぶ。もしや黒龍に初めて会った時に体に合ったあの傷は、この黒鬼暴君に付けられたものではないのか?
そう考えると、これまででは考えられない尋常でない怒り方にも納得がいく。細剣のような尻尾も逆立ち、今にも飛びかかりそうだ。
そんな黒龍とこちらを好戦的な唸り声を上げて見る黒鬼暴君に視線を行き来させ……少しため息をつく。どうやら戦いは避けられそうにない。
「……まあ、元々避けるつもりなんかないけどな」
「ゴァアァァァアアァァァァアアッ!!!」
「グルゥアアァァァアアァアァアアア!!」
俺がポソリと呟いたのと同時に、雄叫びをあげた黒鬼暴君がこちらに突進して来て、後ろの黒龍が俺を飛び越えそれに向かっていった。
俺も即座に黒龍の後を追い、黒鬼暴君に真正面から向かっていく。黒龍は確かに強いが、あの怒り狂った状態では勝てるはずもない。だが、一人と一匹で力を合わせれば勝てるかもしれない。
黒龍が飛びかかって黒鬼暴君に噛み付こうとし、それを黒オーガが右手の蒼銀色の斧で受け止める。だが黒龍はそこで終わらず、ゼロ距離で口の中にためていた黒炎を吐き出した。
黒炎がもろに顔に直撃するが、黒鬼暴君はまるで効いた様子はなく、膝蹴りを黒龍の腹に食らわせ口元を緩ませると、追い打ちをかけるように斧を逆手に持ち替えたもう一方の手で横殴りに吹き飛ばそうとした。
しかし、そこを俺がエクセイザーで鋭い突きを放って牽制する。そのまま胴体を貫ければ……と思ったが、相手もやるもので逆手のままの斧で防御した。
だが黒龍への追撃を牽制するという本来の目的は無事に達成することができ、体勢を立て直した黒龍が尻尾を振るって腹に打撃を与える。
流石に黄金の逆立つ鱗のついた棘鞭のような尻尾を受けるのは面倒だったのか、大きく後ろへ飛んで避ける……が、それを見逃しはしない。
即座にあらかじめ装備し直しておいたオールスをホルスターより引き抜き、ボタンを押しメモリを親指で弾いて霊力弾のレベル〝参〟に設定、黒鬼暴君に発砲する。
ドガンッ!!ドガンッ!!ドガンッ!!
音を立てて放たれた霊力の弾丸はまっすぐに黒鬼暴君へと向かっていく。しかし、迫ってきた霊力弾を黒鬼暴君は三つとも左手の赤金色の斧で切り裂いた。
それどころか、まるで俺のシールドのように霊力が吸収されたかと思うと、黒鬼暴君が獰猛に笑い再び斧を振るう。すると鎌鼬のような炎の刃が飛んできた。
『魔道具……!』
即座にシールドをかざして防御する。限界まで耐衝撃性能を上げたはずなのに、腕が吹き飛ぶのではないかと思うほどの衝撃が腕を襲った。
そうして黒鬼暴君が俺に気を取られている間に、加速魔力を使い黒龍が黒鬼暴君の背中に一瞬で移動し、今度こそと前足の爪を振るう。
が、爪は黒鬼暴君の皮膚にまるで金属のような音を立てて弾かれてしまった。驚愕したような声を上げる黒龍に、黒鬼暴君がグリンと頭だけ振り返る。
まずい、と思った俺は自主的に水魔術の霊力をシールドに込めて解放、まるでレーザのような水柱を黒鬼暴君に打ち出した。
黒龍へ目を向けていた黒鬼暴君はすぐにそれに気がつき、また左手の斧で吸収しようとするが……しかし、うまくいっていない様子だった。怪訝な顔をして水レーザーを両腕の斧をクロスして防いでいる。
よし……どうやら魔力ならともかく、純粋な俺の霊力を使った魔術は吸収されにくいようだ。更に霊力をつぎ込み、レーザーの威力を上げる。
俺が黒鬼暴君を足止めしている間に黒龍が動き、先ほどので黒鬼暴君本体に攻撃は効かないと理解したのか翼を使い飛び上がると尻尾を使って斧を狙った。
俺の攻撃を防ぐのに両腕を使っている黒鬼暴君は目線こそ黒龍を捉えたものの、どうすることもできずに右手の斧に攻撃を食らい、見事な拵えだった斧は粉々に砕け散る。
防御の面積が減ったことにより、それまでギリギリ拮抗していた水圧レーザーが打ち勝ってもう一方の斧を腕ごと弾き飛ばし、黒鬼暴君の胴体に直撃した。
「グ……ガァアアアァァァァアアァッ!!」
皮膚がえぐれて血が流れ、筋繊維が見えている腹部を、破壊された斧を持っていた手で押さえた黒鬼暴君はやや苛立ちのこもった声で咆哮した。
そうすると、まるで自分よりはるかに小さな俺と黒龍にいいようにされていることの鬱憤を晴らすとでもいうように、残った斧で嵐のような斬撃を繰り出してくる。
袈裟斬り、横薙ぎ、振り下ろし、四方八方から飛んでくる致命的なダメージが確実の斬撃をシールドで防ぎ、あるいはエクセイザーではじきかえしていった。
また、黒龍もこれまで攻撃が通らなかったのを学習したのか、加速魔力を使った超高速の爪撃でダメージを与えている。すると切り口は浅いものの、確実に黒鬼暴君の体に傷を増やしていた。
腹部にできた傷を集中的に狙い、攻撃を重ねていく。斧の乱舞を紙一重で回避し、霊力を纏った蹴りを傷口に叩き込んだ。黒鬼暴君がうめき声をあげる。
しかしあまりダメージが入った様子はなく、懐に飛び込んだ俺に向けて黒鬼暴君が斧を振り下ろしてくるが、それを〝透水〟の動きでするりと躱すと傷口にエクセイザーを突き刺して手放し、代わりにオールスを引き抜いて頭部に向け発砲する。
レベル〝参〟まで解放した霊力弾がゼロ距離で黒鬼暴君の頭部に炸裂し爆裂する。さしもの黒鬼暴君といえどこれは効いたようで、片目を潰すことに成功した。
「グァアアァァァアアァアアァッ!?」
「フッ!」
激痛に叫ぶ黒鬼暴君の腹に突き刺さったままのエクセイザーを握り、さらに押し込むと引き抜いて、黒鬼暴君の体を蹴って距離を取る。
「グオォオ!」
さらにそこに見計らったかのように黒龍が飛びかかり、先程から狙って一部分に集中させていた切り傷に向かって大量の黒炎を吐き出した。
先ほどまでは一切効かなかったブレスは、どうやら狙っていた傷の場所にうまく直撃したようで、黒鬼暴君は大きく体を仰け反らせた。
《今のブレスで例のエネルギー生成器官へ深刻なダメージが入りましたね。たたみかけてくださいね》
わかってる!
シリルラの声に従って黒鬼暴君の動きが止まった一瞬の隙を逃さず、足で左手の斧を蹴り上げる。ヒュンヒュンと弧を描いて斧はどこかへと飛んでいった。これで、もう武器は何もないはずだ。
しまった、とでも言うように歯をむき出しにして怒り狂った顔をする黒鬼暴君に構わず、俺は再度腹の傷口にエクセイザーの切っ先を叩き込んだ。黒鬼暴君の反応は鈍く、すんなり腹にエクセイザーは届く。
ドスッ!と先ほどよりさらに深く突き刺さった。だが、半分まで沈んだエクセイザーの刀身を黒鬼暴君がその巨大な手で掴みこれ以上進めさせまいと抵抗する。
しかしそれを邪魔するように黒龍が先ほど破壊したばかりの場所に尻尾を叩きつけ、痛みで力を緩めさせた。その目論見通り、エクセイザーを握る手から力がほんの少し抜ける。
これ幸いと、俺は一歩強く踏み込んで強引に最後までエクセイザーを黒鬼暴君の腹に押し込んだ。筋肉を貫通し、その奥にある内臓に達する感覚を覚える。
「グ、ガ、ギ、ガァアァアァァァアアァッ!?」
「ハァアアァァァアアァッ!」
ザンッ!
せめて最後の抵抗と言わんばかりにこちらに拳を振り下ろしてくる黒鬼暴君に、俺は雄叫びとともに思い切りエクセイザーを上段に振り切った。
紙のように縦に切り裂かれる黒鬼暴君の体。剣を突き刺した場所から胸板まで一直線に赤い線が走り、かと思えばそこから一気に鮮血が吹き出してきた。血がかかるのは嫌なのでシールドで防ぐ。
黒鬼暴君は呆然と自分の体に走った傷を見下ろし、手で押さえながら二歩、三歩と後ろによろめく。そしてズシン、と地響きを立てながら倒れ伏した。
それを見届け、エクセイザーを横に振るって血振りすると背中の鞘に収めてストッパーを鍔にかける。そうすると一つ息を吐いた。かなり厄介な相手だったな。
少しの間勝利したと言う実感を味わうと、踵を返して共に戦ってくれた黒龍を労おうとそちらに視線を向ける。
「黒龍、何か怪我はーー」
ーーゾッ
《龍人様!》
『主人!』
その瞬間肌で感じた凄まじい殺気、シリルラとエクセイザーの声によって即座に振り向いて盾を構えてもう片方の手で支える。
ドガンッ!
次の瞬間、俺は気がつけば宙を舞っていた。世界が一転し、ぐるぐると回転する。それは同時に俺の体が回転していることも意味していた。
一瞬認識能力が混乱するが、すぐにまずいと無意識に判断して【龍鱗】を纏って頭を守る体制に入る。かと思ったらいきなり体に衝撃が走った。どうやらもう地面に叩きつけられたようだ。
そのまま地面をゴロゴロと転がり、数秒もすると停止する。肺から空気が抜け、身体中に鈍痛が走った。混濁した視界の中には、こちらに走り寄ってくる黒龍が映る。
このまま倒れるているわけにはいかないと何とか立ち上がる。そこへ黒龍が近寄ってきて、足元のおぼつかない俺を頭を持ち上げて支えてくれた。サンキュー、と呟いて撫で回す。
その状態のまま、先ほど殺意を感じた方向を向く。そして相手を見てーー愕然とした。
「…ガァアアアァァァァアアァアァアアア!」
何故なら、そこには……先ほど倒したばかりの黒鬼暴君が、姿を変えて立ち上がっていたのだから。
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