二十三話 神竜と盾
毎回更新が遅くて本当に申し訳ありません。
来週最後の定期テストが終わり、その後からは更新速度を上げます。
内容を忘れている方もいらっしゃると思いますので、今回からあらすじをつけます。
前回のあらすじ
長らく暮らしていた西部を、北部へ出立した龍人。その旅の中で、傷ついた一匹の黒龍と出会う。その傷を直した龍人は黒龍に懐かれ、その背に乗って北部へと向かうのだった。
楽しんでいただければ幸いです。
餌を与え、傷を治療した結果懐かれた黒龍の背に乗せられ、加速度的に流れてゆく景色を数時間ほど楽しんだ。
最初は俺がフリューゲルで飛んでいた時の景色……つまり西部地域でもよく見ることができる緑一色の森ばかりだったのだが、やがて少しずつ変わっていった。
森は緑から茶色と雪の白に変わっていき、草木の代わりに深く積もった雪が地を覆う。傘代わりに魔法陣を展開しながら、ハラハラと空に広がる雲より舞い落ちる雪にほう…と見惚れた。
その雪が少しずつ積もって行く地の上を走るのはハイゴブリンの子供達……ではなく、透明のツノを持った白い毛並みの狼の群れだ。霊力を用いた【龍眼(偽)】スキルにより、その姿がはっきりと見える。
北部に来る前事前に調べた情報によると、あの魔物の名前は〝ブリザードウルフ〟。平均レベルは55〜60の狼系統の上位個体だ。武器は頭部の名匠の鍛え上げた剣のような一本角と氷系の上級魔法。そして俊敏性である。
基本十匹〜十五匹ほどの群れで行動し、その体表で周囲の雪に紛れ気配を消すことで潜伏し、獲物を狩る習性があるようだ。特徴は子供などに手を出すと近辺にいる他の群れも集まってきて袋叩きにされること。
その他にも、何十も枝分かれした大木みたいな角を持つ巨大な鹿のような魔物の群れとか、尻尾が二本あるリスのような魔物など、スマホの魔物図鑑でしか見たことのない魔物が実際に目に移る。
なんか、実物を見ると自然とテンションが高まるな。地球の家の蔵にあった昔の書物で名前と伝承だけ知っている魑魅魍魎に直にあった時の感覚に似ている。
オォオオ……
そんなふうに下ばかり見て興奮していると、ふと自分と黒龍の体に大きな影がかかっているのに気がついた。同時に、飛行機のような風切り音も聞こえてくる。
頭上にあるのは、巨大な生物の気配。その身から感じることができるのは圧倒的な霊力で、通常の限界を大幅に超越した俺のものに匹敵するのでは?というほどだ。
恐る恐る顔を上げ、正体不明の何かを見ようとする。そして実際に見て……唖然とした。その生き物は、あまりにも大きかったからだ。
全長は推定で五十メートル前後、その身を浮かせるために濃密な霊力で覆われ、黄金色の火花のようなものを発散させる翼を含めた横幅は百メール以上だろう。これほどまでに巨大な生き物は、〝龍〟以外に見たことがない。
眼に映る体の下部は黄金色の美しい鱗で覆われていた。それは一つ一つが逆鱗のように全て刺々しく、四本の足の爪でさえも、岩山を斬り裂けるほどの大剣のようである。
あまりの光景に唖然としてぽかんと口を開いている間に、巨竜はこちらに目もくれずそのまま俺たちと同じ進行方向へと飛んでいった。
その勇壮な後ろ姿を見ると、頭部の鼻先にある大きな二本の剣のごとき角をはじめとして、背中から尻尾にかけて剣のような形状の鱗に覆われていることがわかった。どうやら先ほどの音はアレらが空気を切り裂く音だったらしい。
しばらくして、下から黒龍の唸るような鳴き声でハッと我にかえった。
「……おいおい、なんだあれ。あんなの図鑑に載ってたか?」
《……検索完了。今情報を表示しますね》
シリルラの声とともに、頭の中にあの巨竜の情報が映し出された。それを読み、俺は一人ため息をつく。
……ブレイドドラゴン
種族:刃龍種
『遥か高き果ての森』に生息するドラゴンの一種。全身の鱗が逆立ち、特に頭部の鼻先と尾の先が剣のようになっていることからその種族名を与えられた。
総じて気性が荒く、とても闘争本能が強い。そのため同族同士で強さを競い合い、年がら年中戦い合っていることで有名。他種族でも強者とわかれば襲いかかる。
またそれとは正反対に、決して弱い魔物や人間には攻撃することはない。自分たちの強さへの拘りに誇りを持つためである。
基本的に高位な魔物に進化した個体は単独で行動し、その高い速度と飛行能力で上空からの奇襲や相手を翻弄しながらの攻撃などを得意とする。
その戦闘スタイルに適応するため非常に特殊な肉体構造をしており、体内で加速専用の魔力を生成し翼を広げると鱗粉状の魔力が放出される。
また、勝利して自らの配下となったものを害すると怒り狂い、全力で殲滅しにかかってくる。
主食は主に鉱石類。特にその性質から引き寄せられるのか、爆進石を好む。
これがあの巨竜が類するドラゴンの種類だ。要するに喧嘩っ早く、強いと分かったらガンをつける一昔前の不良みたいなドラゴンである。
で、そのすぐあとになされたシリルラの説明によると図体が大きくなれば大きくなるほど加速魔力の生成量は増えてゆき、どんどん速くなっていくそうだ。その様は質量を思い切り無視しているレベルだとか。
そしてアレはその中でも最上級……ドラゴンの等級でも最上級である神級に位置する超高位の存在であり、エクセイザーたちと同等レベルの力を持つのだとか。今の俺では勝てない相手だ。
ちなみにドラゴンの等級は下から劣等級、下級、中級、上級、超級、亜神級、神級の七つであり、黒龍種などの希少種以外はだいたい劣等級から始まりなんだそうだ。
そして歳を重ね、経験を積み、尋常でない努力をすることで少しずつ上位の等級へとなってゆき、そしてほんの一握りの存在が神級の域へと到達できるのだとか。
また、ドラゴンはその声調によって細かく名称が分けられている。幼竜に始まり、若竜、成竜、老竜、古竜という具合だ。
その中で、幼竜〜若竜が劣等級〜下級、成竜が中級〜上級、老竜が超級〜亜神級、古竜が神級というのが強さのランクの平均なんだそうだ。
しかし、レッサークラスでもドラゴンに類する魔物は他の魔物とは成長限界と成長速度が桁違いらしく、かなり早く中級程度にはなるらしい。
それ故にこの世界においてドラゴンは時に冒険者たちには恐怖の象徴として、一部では神の使いとして扱われる事もある。
これは数時間前、黒龍に乗せられて飛び立ったすぐ後くらいにふとドラゴンの存在がどういうものなのか気になってヒュリス版インターネットで調べたことである。他にも色々と面白いものがあった。
例えば、金銀財宝の山の中に垂直になって頭を突っ込んで寝るドラゴンがいるとか、ドラゴンの屁はこの世界で最も臭いとか。
閑話休題。
にしても……やっぱりすごいと言わざるを得ないな、この『遥か高き果ての森』は。あんな凄まじいモノまでいるなんて。流石は果てと名に冠する秘境だ。
…もうとっくに忘れたと思ったが、イザナギ様への怒りがちょっと込み上げてきた。たまたま転移されたのがエクセイザーの西部だからよかったものの、神竜なんてものがいる北部だったらすぐに死んでいた自信がある。許すまじ。
『ふむ……珍しいの。〝聖獣〟が出てくるとは』
少し難しい顔をしていると、不意にエクセイザーがそう言った。
「知り合いなのか?」
『知り合い……というわけでもない。なにせ、アレは妾たちとは次元の違う存在じゃからの』
「どういうことだ?」
『妾たち亜神へと至った者が各地域の統率者だというならば、アレを含めた四匹の〝聖獣〟は〝守護者〟……この遥か高き果ての森を管理する大精霊よりその守護の命を賜った、至高の存在というべきじゃろう』
どこか尊敬や畏敬の念がこもった声音でそういうエクセイザーに、ふぅんと頷く。生物としての限界を超えた存在である彼女がそこまでいうとは、よほどのものなのだろう。
その後になされたエクセイザーの話によると、なんでもあの神級へと至ったブレードドラゴンは〝刃王竜神〟というのが正式名称らしく、普段は北部の端にある洞窟の底にいるらしい。
他にも西部には獄王犬神、東部には腐王蛇神、南部には砦王巨神なる神級に到達した存在が密かに存在しているらしい。
そしてこの『遥か高き果ての森』にその存在を揺るがすような何か……重大な危機が訪れた時姿を現し、その力を振るうのだとか。つまり最終手段というわけである。
じゃあ百年に一度の現象である〝大異変〟の時に聖獣達は姿をあらわすのか、と思ったが、エクセイザーはそれを否定する。どうやら違うらしい。
〝大異変〟で聖獣が姿を現したのは一度のみ……今より八百五十年ほど前の、まだエクセイザーが統率者となって間もなく、黒鬼神が東部を支配下に置いた後の最初の一度だけだ。
その〝大異変〟において西部の魔物も東部の魔物も完全に死に絶えることはなく、大幅に生態系が崩れることはなかった。つまり、〝希な事象〟ではあっても『遥か高き果ての森』全体において〝重大な危機〟とはなり得なかったのだ。
そのため、今後〝大異変〟において聖獣を動かす必要なし、と大精霊は判断し、以降聖獣は各地域の伝承にのみ伝えられる存在なのだとか。エクセイザーも聖獣を実際に見たのはその一度だけだという。
その聖獣が現れたということは……何か、〝大異変〟以外にもこの『遥か高き果ての森』で起こっているのだろうか。
心に、一抹の不安がよぎった。
●◯●
〝聖獣〟なんて不思議なものも見ながら、黒龍で飛ぶことさらに数時間。それまで変わり映えしなかった景色が、だんだんと変わっていった。
雪山で魔物と木々しかなかった景色は、やがて木々は減り、代わりに真っ黒な岩肌が見え始める。少しずつ岩は増え、やがて山のような岩も出てくる。
そしてその岩の間を縫うように、規則的に精緻な彫刻がなされた石柱が並んでいた。まるで道しるべのようだ。
【龍眼(偽)】で石柱を黒龍の上から見下ろす形で細かく見てその精巧さに感嘆していると、そのうち違和感に襲われた。
というのも、ほんの少し前までしっかりと規則性を守って立っていた石柱が地面に倒れているのだ。それどころか、深くえぐれているものや、果てには粉々に破壊されているものもある。
もっと細かいことを詳しく知るために両目にさらに霊力を込め、【龍眼(偽)】の能力を上げるが、しかしハラハラと降っている白雪が邪魔でよくわからない。
スキルによる遠望を諦め、両目へ流していた霊力を収める。その代わりに黒龍の首に手を当てた。
「クルル?」
「ちょっと下に降りてもらっていいか?」
「クルッ♪」
黒龍は快く?了承してくれたのか、一つを鳴き声をあげると少しずつ高度を下げていった。地面に近づくにつれ、羽ばたく回数が増えていく。
やがて、どしんと小さな振動とともに地上に降り立った。ジャンプして黒龍の背中から降りると、大きくえぐれ倒れている石柱に歩み寄る。
近づいてしゃがみこみ、積もっていた雪を払ってえぐれて窪んでいるいる箇所に指で触れる。すると、とあることに気がついた。
これは武器による破壊だろう。爪や牙なら断面が荒くなるだろうが、この窪みは結構綺麗だ。なので武器の可能性が高い。
次に、隣の粉々になっていた石柱に近づいて見てみる。こちらは欠片が不揃いなことから、ハンマーとか棍棒とか、打撃による破壊だと思われた。
そして二つの石柱に共通していることは、そこまで上に雪が積もっていないこと。軽く払ってしまえばなくなる程度でしかない。
つまり、壊されてからそこまで時間が経っていないということだ。それどころかこの量だと、ほんの少し前だろう。
一体誰がこんなことを、と思いながら、他に何かないか探る。すると、地面を覆う雪の上に巨大な足跡が残っていた。それも複数だ。石柱を破壊した奴のか?
しゃがみこんで足跡を見ようとすると、それまで後ろにいた黒龍がこちらに近づいてきた。そのまま頭を足跡に近づけ、すんすんと匂いを嗅ぐ。
「……グルルルル」
すると喉を震わせて唸り声をあげ、口から牙をのぞかせた。その瞳孔は細められて降り、明らかに怒っている。
とりあえず首筋をポンポンと撫でてやると、幸いすぐに普通の調子に戻り、丸くなった瞳孔をこちらに向けてきた。よかった、簡単になだめられて。
片手で黒龍の頭を撫でながら、もう一度足跡を見る。すると、バカでかい足跡の方向が全て同じ方向だということに気がついた。そちらを振り向くと、向かおうとしている北部都市の方向だ。
それによく目を凝らしてみれば、ここから先にあるものは石柱はおろか、岩壁までも破壊されて地面に破片が転がりまくっているのがわかった。奴さんはずいぶん暴れん坊のようだ。
……んで、エクセイザー。黒龍を除けば今ここにいる中で唯一北部のことを知っているのはお前だけど…これ、どう思う?
『……妾が以前来た時は、このような状態にはなっていなかった。何か北部に異常が起きているのかもしれん』
まあ、こんなものもあることだし、ヤバい奴らが北部に向かっているというのは間違いなさそうだ。
どんな相手かはわからないが、明らかに友好的じゃ……ッ!?
不意に殺気を感じ、その方向に防御用の魔法陣を展開する。するとガィンッ!!と甲高い音を立てて魔法陣に何かが打ち付けられた。
「ギャギャギャッ! コロス!」
「!? ダークゴブリン!?」
なんでここに……って、当たり前か。相手だってバカじゃないんだし……いや、何百年も馬鹿の一つ覚えみたいに戦争ふっかけてきてるけど。
それはともかく、相手に協力しているやつも叩くのは当然とも言える。少しでも自分側の有利な状況にするためにな。
ギリギリと魔法陣越しに手に持った棍棒をこちらに押し込んでくるダークゴブリンに、腰のホルスターからオールスを抜くと実弾に設定、魔法陣を解除して即座に発砲する。
ドガンッ!!
「ギッ……」
脳天を撃ち抜かれたダークゴブリンは白目を剥き、どさりと地面に倒れ伏した。雪の中、オールスの銃口から硝煙が立ち上る。
「グルルルル……」
ダークゴブリンが現れた時から低姿勢で警戒態勢に入っていた黒龍が、地面に転がったダークゴブリンの亡骸を死んだことを確かめるように鼻先で突いた。
それを見ながらオールスを下ろし、一つ息をついたのも束の間。ぞろぞろとそこかしこの岩壁の陰からダークゴブリンが湧いて出てきた。まだ隠れているのを合わせるとおおよそ三十体程度。
身に纏うのは……輝くような銀色の鎧。その輝きを見て俺は軽く目を見開く。その鎧の原材料となった金属を、よく知っているからだ。
『魔銀鉄隊……彼奴め、こんなものまで投入し始めたか』
そう、今俺の前に立ちはだかっているダークゴブリンたちが纏うのは魔銀……すなわち〝ミスリル〟の鎧だ。俺は一目でそれがわかった。
なぜかって?まだまだログキャビンの倉庫にはエクセイザーの亡骸から剥ぎ取った鱗や皮などが大量に残っているし、普段からミスリルリザード製の牛乳ならぬミスリルリザード乳飲んでるからな。
ダークゴブリンたちの様子は今までとは違い、隙がなく精鋭であることをうかがわせる。
背に大盾を背負い、重装甲に身を包んだ防御特化の部隊を先頭に、短剣を左右の手に一本ずつ持った特攻部隊、さらにその奥に黒いローブに身を包んだ杖持ちの魔法部隊、神官の格好をした女型。
見るからに盾、火力、サポート、回復とバランスの良い部隊だ。これはいつも以上に油断せず、ある程度全力で行かなければいけない。
というわけで、オールスをホルスターにしまうと代わりに背からエクセイザーを引き抜く。俺が先頭態勢に入ったのを見ると、重装甲部隊が背中に背負っていた大楯を横一列に並べ、構える。
ふむ……盾か。なら〝アレ〟を使ってみようか。
《ここで試すんですかね?》
ああ、ちょうどいいしな。
空いていた方の手をアイテムポーチへ伸ばし、蓋を開けて中を探る。そして目的のものを見つけると一気に腕を引き抜いた。一緒に手の中の〝アレ〟も姿をあらわす。
腕とともに現れたのは、美しく輝く銀色の中型の丸盾だった。無駄な装飾はなく、それどころか色つけもされていないどこまでも無骨で実用的なものという印象が強い。
中心から緩やかにカーブを描き、裏に革の持ち手のついたそれはかなりの量の金属を凝縮しているため、さほど厚くない見た目に反しずっしりと重い。
訝しげにこちらを見るダークゴブリンに構わず、左腕の前腕に直線に並んでいる持ち手の一つを通し、もう一方を手で握る。事前に調整されているそれはぴったりとフィットした。
盾を装着し終えると、表面をダークゴブリン達に向け、腰を落として剣を構える。
「グルルルル…」
と、俺の横に黒龍が並んだ。驚いてそちらを見ると、ダークゴブリン達を唸り声を上げて威嚇しながら、瞳孔の細まった目で睨み据えている。もともとピンとたっていた耳が震え、全身の鱗が激しく逆立っていた。
驚いている俺にちらりと黒龍はこちらに目線をよこすと、任せろ、とでもいうように獰猛に笑った。どうやら一緒に戦ってくれるらしい。
「よし……行くぞ!」
「グォォオオオオオオオオオッ!!」
俺が走り出すのと同時に、雄叫びをあげた黒龍も電光石火の勢いでダークゴブリンに突撃した。ダークゴブリン達もまた、重装甲部隊が前に出る。
地を割り、雪を弾き飛ばしながら突進した黒龍が重装甲部隊の盾に思い切り頭を激突させた。だが、大きな反響音とは裏腹に少ししかよろめくことはない。
大盾と押し合っている黒龍に向けて、後ろでブツブツと詠唱していた魔法部隊が杖を掲げ、雷や火の玉を発射した。それに気がつかない黒龍。
だが、俺を忘れてもらっては困る。左手に装備した白銀の丸盾を自分の頭も守るように掲げて中級魔法と思われる攻撃を防いだ。
ガンッ!!
形状的に外に衝撃が逃がされ、最小限の振動が腕に伝わるのと同時に、魔法が消滅……いや、吸収されたように霧散する。
驚いたようにうめき声をあげるダークゴブリン達。自分の魔法に自信を持っていたのだろう。はたまた、この盾の正体に気がついたか。
どちらでも構わないが、俺は黒龍の背中に着地してエクセイザーを大盾に一直線に振るう。そうするといともたやすく重装甲は切り裂かれ、ダークゴブリンは真っ二つになった。
どさり、と転がるダークゴブリンの骸。それによって開いた防御の穴に、俺を乗せた黒龍が突撃した。しかし相手もなかなかのもので、すぐに重装甲部隊が背後に回って退路を塞ぎ、特攻部隊が奇声をあげながら短剣を振り上げる。
俺が黒龍から飛び降り、前に出て盾で防ぐ。するとメキョッ、という音ともに打ち付けられた短剣が両方ともひしゃげた。驚くダークゴブリン。
……そろそろ試すか、この盾の真の力を。
「……解放」
バヂ、バヂバヂバヂッ!!
俺がぽつりと呟いた瞬間、丸盾の表面に激しい雷が迸る。それはひしゃげた短剣を伝ってダークゴブリンの体を焼き、消し炭にした。後に残るのは、ガラガラと地面に転がるミスリルの鎧だけ。
一瞬で消滅した仲間に、ダークゴブリン達がこれまでで一番ざわめく。それに微かに不敵な笑みを浮かべながら、近くにいたダークゴブリンを二、三匹ほど切り捨てた。
動揺すればその間に自分たちが倒されるとすぐに理解したダークゴブリン達はすぐさま反撃に転じようとするが、しかしそれを許す俺たちではない。
ゴォォオオオオッ!
俺に飛びかかろうとしていたダークゴブリンが、重装甲部隊を蹂躙していた黒龍の口から吐き出された黒色の炎で消し飛んだ。後に続こうとしていたダークゴブリン達は後ずさりする。
対して俺は大きく踏み込み、丸盾の装着された腕を思い切り振り切った。超硬度の盾は一瞬で打撃武器と化し、ダークゴブリンの頭を破壊する。
「アノ男ヲ先ニ始末シロ!」
「風ヨ我ニ集エ、コノ手ニ望ムハ万物ヲ切リ裂ク力、〝ハリケーン〟」
「雷ヨ我ニ集エ、コノ手ニ望ムハ轟ク恐ロシキ力、〝ドラゴンライトニング〟」
どんどん減って行く特攻部隊のダークゴブリン達に、慌てた様子の魔法部隊が杖を掲げて魔法を放ってきた。だが俺はそのことごとくを丸盾で防ぎ、吸収する。
そのまま再度丸盾に霊力を流し込み、〝解放〟した。すると無数の鎌鼬のような突風が、龍の形をした純白の雷鳴が、燃え盛る炎が丸盾より発生し、ダークゴブリン達の命を一瞬で奪っていく。
丸盾の未知の力に混乱し、統率が少しずつ乱れ始めるダークゴブリン達。そのチャンスを逃さず、特攻部隊に切り込んで剣を振るった。
俺が斬撃を繰り出すたびにダークゴブリンは両断され、慌てて打ち込まれた魔法は全てそのまま丸盾から返ってくる。黒龍もまた鋭い爪と牙、大きな翼に炎のブレスを使い相手に反撃の隙も与えず消し炭へと変えていった。
「ナ、何ナノダアノ男ハ!」
「はぁぁああっ!」
「グルァァァァアアッ!!」
そうして普通なら圧倒的な数の暴力に為すすべのない戦いを、俺と黒龍は非常に優位に進めていったのだった。
●◯●
数分後。
「ふぅ……」
「クルルル!」
一つ息を吐く俺と、機嫌良さそうに嘶く黒龍。そんな俺たちの周囲にはダークゴブリン達の死骸が大量に転がっていた。ドス黒いが、純白だった雪を染めている。
《お疲れ様でしたね》
「ん、そんなでもなかったぞ。とはいえ、油断はできない相手だったけどな」
「クルッ!」
「お前もお疲れさん。ナイスバトルだ」
こちらに寄ってきた黒龍の頭を撫でる。黒龍は気持ち良さそうに目を細めて喉を鳴らした。思ったより戦闘するのがうまく、良い感じに連携できた。
『それにしても……その盾、想定以上に強力じゃな』
「ああ。実戦で使ったのは初めてだったけど良い出来だったよ」
エクセイザーの言葉にそう返しながら、未だ美しい銀色の丸盾を見る。かなり強力なアイテムではあると思っていたが、まさかあそこまでとは。
改めて説明しよう。この盾は、エクセイザーの亡骸から剥ぎ取ったミスリルの鱗…それも特別製のものを惜しみなく使い、錬成によって生み出した代物である。
だいたい百枚くらいのミスリルの鱗を一度全て霊力で溶かし、一塊にし、そこから錬成で他数種類の金属と混ぜ合わせて丸盾に整形した。以前この世界に来たばかりの頃、エクセイザー用の鞘を作った時より何倍も疲れたのをよく覚えている。
調整に調整を重ね、最終的にとても使い勝手が良いものが出来上がった。で、単純にその凄まじい超硬度による優秀な盾としても使えるのだが、これの真価はそこじゃない。
ミスリルは魔銀とも呼ばれるほど魔力伝導率が高い。それは俺のオールスやダークゴブリン達の杖などで証明されている。あのダークゴブリン達の魔法は中々に強力なものだった。
魔力電動率が高い。それすなわち、魔力を吸収する、はたまた魔力を放出する効率がとても良いということだ。それこそ、最上級に。
この丸盾はその特性を活かし、魔力による攻撃を完璧なタイミングで防ぐことにより吸収、好きな時に何倍にも増幅して放出するという力を持っている。
先ほどダークゴブリン達の魔法が消えたり丸盾が燃えたり放電したりしたタネはそういうことだ。エクセイザーに手伝ってもらってどんな攻撃でも防げるようにめちゃくちゃ練習した。
それはともかく、これがこの丸盾の力の一つである。他にも一つあるが…それはまだ温存しておこう。
『しかし……これは本格的にまずいことになってきたのう』
「……ああ、そうだな」
こんな強力そうな部隊が送り込まれているということは、この先にあるはずのあの足跡の正体は一体どれほどのものか……
それを確かめるためにも、一刻も早く北部に向かわなくてはいけない。助力を求めにきたのに到着したら北部が崩壊してましたなんて笑えないからな。
そういうわけでアイテムポーチに丸盾をしまい、エクセイザーを鞘に収めると悠長なことをしている時間はないのでダークゴブリン達の死骸を丸ごと武具も含めて呼びのアイテムポーチに詰め込んだ。
それが終わると道具類の方のアイテムポーチからフリューゲルを取り出し、地面に置いて足を置くと霊力を流し込む。
するとフワリ、とフリューゲルは浮かび上がる。するとダークゴブリンの死体を収納するのをじっと見ていた黒龍が低姿勢になり、警戒態勢に入る。
うーん、そりゃいきなり板が浮かび上がったら警戒もするか。
《では少し飛行して危険なものではないと認識させてはどうですかね? ついでに誘導し、そのまま共に北部に向かうことをお勧めいたしますね》
ん、それで行くか。サンキューシリルラ。
俺はシリルラに礼を言いながら黒龍の頭を撫で、フリューゲルでちょっと飛び回る。一回転したり何回か旋回したりしてただの道具であることを示した。
非常に物分かりのいい黒龍はすぐに警戒を解いて、自分も飛んで俺を追いかけてきた。よし、狙い通り。
脳内に流れてくるシリルラのナビゲーションに従いながら方向を微調整し、フリューゲルを北部へと飛ばす。ちらりと後ろを見ると、しっかりと黒龍は追いかけてきていた。むしろぐんぐんこっちに近づいてくる。
やがて、黒龍は全速力のはずのフリューゲルの横に並び、並行して飛行し始めた。ちらりとこちらを見て、得意げに喉を鳴らす黒龍に苦笑してしまう。
さすがは生まれた時から上級のポテンシャルを持つ黒龍種……と思ったが、どうやらそういうわけではないようだ。
ゴォオオ……
なんと、黒龍の翼の皮膜が薄く黄金色に輝き、そこから同じく黄金色の鱗粉のようなものが尾を引いているのだ。それはどうやら、黒龍の飛行速度を高めているようで。
これって…ブレイドドラゴンの加速魔力?さっきの刃王竜神も同じものを放出していた。なんで黒龍種のこいつがそれを使えているのだろうか。
《推測になりますが……おそらくこの個体は黒龍とブレイドドラゴンのハーフのようなものなのではないですかね?通常の黒龍種は鱗が黒一色ですし》
……ああなるほど、そういうことね。
黒龍の背中から尾の先まで稲妻のように走る金色の鱗。そこを目を凝らしてよく見ると、確かに少し逆立っていた。尻尾も先端に向けて細くなっていて、細剣に見えなくもない。
黒龍の正体についてちょっとした秘密を知りながら、俺はフリューゲルを全力で飛ばすのだった。
読んでくださり、ありがとうございます。
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