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陰陽師の異世界騒動記〜努力と魔術で成り上がる〜  作者: 月輪熊1200
一章 遥か高き果ての森
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二十二話 出立と黒龍の子供

毎回投稿が遅くて申し訳ありません。

楽しんでいただけると嬉しいです。


  筋斗羽改め、〝フリューゲル〟と改名した魔道具を作成してから数日後。


  ずっと降り続いていた昨日の夜に無事雨も上がったので、『遥か高き果ての森』の北部、そこを統べる龍神の夫婦のところへと旅立つことになっていた。



 ピピピ……



  いつもよりかなり早めに設定していたアラームの音でぱちりと目を覚まし、もぞもぞと片手を動かして携帯を取りアラームを停止する。


《おはようございますね、龍人様》


  すると、どこからともなく頭の中に抑揚のない美しい少女の声が響く。それが誰だかすぐに見当がついた。


  ……ん、シリルラか。おはよう。今日はよろしくな。


《ええ、お任せくださいね》


  シリルラに挨拶をすると上半身を持ち上げようとして……ふと片腕が動かないことに気がつく。不思議に思い布団をまくってみれば、俺の腕を抱き枕にして気持ちよさそうに眠るレイの姿があった。


  初めて出会った時の険しい表情からは考えられない、どこか幸せそうな寝顔を見せるレイにふっと微笑み、その頭を撫でる。するとレイはくすぐったそうに身をよじった。おっと。


  慌てて頭から手を離すが、レイは少し体を動かしただけで起きることはなかった。そのことにホッと安堵し、なるべく一瞬でレイの両腕の中から自分の腕を引き抜く。


  すると今度は険しい顔をする。そんなレイの手の中に彼女のために作った枕を握らせると、それをぎゅうっと抱きしめてレイは元の穏やかな寝顔に戻り、静かに寝息を立て始めた。


  数秒待って起きる気配がないことを確認すると、枕元に置いていた髪飾りとヘアゴムを取ると両方とももみあげから伸びる長い髪につけ、後ろ髪を縛る。それを終えるとクローゼット(自作)から服を取り出してできる限り抜き足差し足で寝室から出ていく。


  ほとんど音を立てずに後ろ手で寝室のドアを閉じ、ズボンを履きシャツを着ると洗面所に行き顔を洗い、タオルで水滴を拭うとそのまま一直線にキッチンの方へと歩いていった。


  それにしても、こんな時間に起きたのはまだ地球で生きていた頃の真冬の頃に行った山籠りの時以来である。それゆえがいつもより顔を洗った時、水を冷たく感じた。


  ふぁ…と欠伸を噛み殺しながら、〝保存〟の魔術がかけられた棚を開け、中にある干し肉とパン、チーズ(ミスリルリザードのもの)を取り出す。


  それを片手に、壁に掛けてある入れ物から〝火炎〟の木札を取り出し、霊力を流し込む。


「〝急急如律令〟」


  小さくぽそりと呟くと木札に刻み込まれた紋章が輝き、かと思えば木札が朽ち果てる。代わりに指の先にまあまあな大きさの火が灯った。


  パンの間に干し肉とミスリルリザードチーズを挟み込み、霊力で維持されている火で炙る。途端にチーズがとろけ、パンが焼けて焦げ目が付いていく。


  その香ばしい匂いに口の中に唾がたまっていくのを感じながら、火で炙り続ける。やがて頃合いかなと感じたところで霊力の供給をやめた。途端に消える火。


  代わりに、手の中には簡易的なサンドイッチが出来上がっていた。様々な栄養素が詰まっているミスリルリザードの乳製チーズと、重要なタンパク質源であるイヴィルゴブリンの干し肉を使ったエネルギー補給にはちょうどいい一品である。


  後はそこに棚から取り出したレタスを挟めば完全に完成だ。皿の上に乗せ、コップとミスリルリザードの乳から作った牛乳……蜥蜴乳?と一緒にテーブルの上に置く。続いて自分も椅子を引いて座った。


「いただきます」


  誰に聞かれるでもなくそう呟くと、早速サンドイッチを手に持ちかぶりつく。


  その瞬間口の中に広がるはチーズの濃厚な甘さと噛めば噛むほど旨味の増していく塩気の多い肉の味、そしてそれらを引き立たせるレタスのシャキシャキとした食感。


  うむ、我ながらうまいな。


《……ごくり》


  ………なんだか今、唾を飲む音が聞こえたんだが。


《…さあ、気のせいじゃないですかね?》


  …前にもこんなことなかったっけ?確かこの世界に来た当初の頃。その時も俺が肉を焼いているときにお前……


《…それ以上言うとヴェルメリオ様達に有る事無い事吹き込みますが?》


  いやー空耳かなぁ! 最近ちょっと耳の調子がなぁ!


  シリルラと脳内でそんな会話をしながら、誰も起きていないリビングの中、久しぶりに一人の朝食を満喫した。


  十分ほどして完食すると、蜥蜴乳を飲み干して使った食器を簡単に水魔術で洗い流す。それが終わると今度は風魔術で乾かし、食器立てに置いておく。


  簡易的な朝食を終えたので、一回両腕を伸ばして伸びをすると出入り口のドアの隣の壁のフックに掛けられていたアイテムポーチとホルスターのついたベルト、コートを取る。


  足にホルスターをつけ、腰にアイテムポーチ付きのベルトをつけて灰狼のブーツ・疾風を履き、コートを着れば準備完了だ。


  しっかりとベルトにアイテムポーチとホルスターが固定されているのを確認すると、ふとそういえばエクセイザーはどこにいったのかとようやく思い至った。


  気配を探るが、ログキャビンの中にはない。とすると、外か?


  ドアを開いて外へと出る。するとテラスに誰かがいるのが見えた。まだ日も昇らぬ中、薄暗い闇の中立つのは……ヘアゴムで縛られた星空のような煌びやかな銀髪と、鮮やかな紫色のドレスを纏った美しい女性。


  女性はこちらに気がつくと、ふっと笑いながら近づいてくる。そして俺の前まで来て止まった。


「起きたか。おはようじゃ、主人」

「おう、おはようエクセイザー。調子はどうだ?」

「万全に決まっておろう。そういうお主はどうじゃ?」


  どこか挑発するような口調で不敵に笑うエクセイザーに、俺もニヤリと笑いながら親指を立てた。


「絶好調だ。腹ごしらえも済んだしな」

「そうか……それは頼もしいの。それでは、行くか?」


  そう聞くエクセイザーの顔には期待が満ち溢れていた。どうやら早くフリューゲルに乗りたいみたいだ。いや、飛んでる間は剣になってもらうけど。


「ああ」


  苦笑しながら俺は頷き、最終確認のためアイテムポーチの蓋を開けて中に手を入れる。すると中にあるものの状態を感じることができた。


  …よし、食料、武器、野宿用の道具、木札……全部十分に揃っているな。切り札の一つである鉄札も5枚とも感度は良好だ。


  状態を確認し終えると、フリューゲルの姿を脳内でイメージする。するとどこからともなく、アイテムポーチの中にある手に何かが触れた。そのまま引き抜く。


  四次元的な現象で、アイテムポーチからスケートボードのような長物が引っ張り出される。片側に宝玉のハマったこの板こそ、俺の作り出した魔道具の〝フリューゲル〟である。


  フリューゲルを床に寝かせ、上に乗って足から霊力を流し込む。すると宝玉が淡く輝き、フリューゲルは浮かび上がった。それをキラキラとした目で見るエクセイザー。うん、何度乗ってもワクワクするな、これは。


  少し上昇と下降をして稼働に問題がないと確認できたら一旦降りる。そして家の周りに張った結界に異常がないか確認した。念のため仕掛けて置いた木札による罠も見ておく。


  入念に確認を終え全て問題ないと確認できたので、テラスに戻りエクセイザーに頷く。もう準備万端、いつでも出発できるということだ。


  これまでの数日でまた侵入してきたダークゴブリン達は一匹残らず掃討しておいたし、家にはいつも以上に堅牢な結界をエクセイザーと一緒に張っておいたし、大丈夫だろう。


  既にヴェル達との挨拶も昨日の夜のうちに済ませておいた。見送りに来てほしくもあったが、話したりしたらここを離れるのが少し名残惜しくなってしまうのでこれでいい。


  再度フリューゲルに乗り込み、霊力を流して浮かばせる。そうするとエクセイザーに手を伸ばした。エクセイザーはこくりと頷き、短く詠唱する。


「〝転身〟」


  その言葉とともにエクセイザーの体が淡い光に包まれ、鞘に収められた一振りの剣と成る。剣化したエクセイザーはこちらにくるくると回転して迫ってきた。


  俺はそれを伸ばした手でキャッチし、鞘についたベルトを使いエクセイザーを背負うとコートについている金具でベルトを固定する。


「よし……これでオッケーだな。それじゃあーー」


  出発するか。そう言おうとした瞬間、ログキャビンのドアがガチャリと開いた。思わず反射的にそちらを振り向いてしまう。


  ドアを開け、目をこすりながら出てきたのは……デフォルメされたウサギが大量にプリントされたパジャマ(ユキさん製)を着た女の子……ヴェルだった。


「ヴェル? 起きたのか」

「…んー…ああ……もう行くのか……?」


  半分寝ぼけているような声ととろんとした目でヴェルはそう俺に問いかけてくる。どうやら起き抜けのようだ。


  俺は苦笑しながらフリューゲルから降りて、ドアに寄りかかってうつらうつらとしており、今にも倒れそうなヴェルの肩に手を回し、ログキャビンの中へと戻る。


  俺が肩を貸した時点で再び完全に眠りに落ちたのか、カクンと首を項垂れながらも無意識に歩くヴェルを支えながら奥に進み、ソファをどかして広げてある布団の一つ…ニィシャさんの隣にそっと寝かせた。


  その体に布団をかけ、踵を返そうとしたところで…不意に袖を引かれる感覚を覚えた。


  振り返れば、険しい表情のヴェルが俺のコートの裾をつまんでいる。一体どうしたのだろう?


「ヴェル?」

「…い…やだ……みんな……いかないで……」

「………!」


  悪夢にうなされているのか、目尻から一筋の涙をこぼし苦しそうにうめくヴェル。俺はそれに目を見開き……すぐにそっと目を伏せた。


  彼女の頭に手をかざし、霊力を放射する。気功術によりヴェルの体内の乱れている魔力を整え、精神の沈静化を図った。すると少しずつ穏やかな様子になっていき、最後には静かに寝息をたて始める。


  それを見届けると霊力の放射をやめ、立ち上がる。拳を強く握りしめ、天井を見上げた。そうすることで心の中に湧いた怒りを鎮めようとする。


  なんとか怒りを収めると、今度こそ誰も起こさないように極限まで気配も霊力も遮断して外に出た。そして未だ薄く宵闇が包み込む空を見上げる。


  …これまでヴェルは、俺の前で一度だって泣いたことはなかった。強いのだな、としかも思っていなかったが……そんなことなかったんだ。


  ……ヴェルの為にも、この戦争を早く終わらせなくてはいけない。一人でも多く死なせないために、そして死んでしまったヴェルの家族達のために。そのために、北部に向かう。


  テラスに置きっぱなしにしていたフリューゲルに再度乗り、浮かび上がる。そうすると全力で霊力を解放して急上昇した。


  一気に西部の森を上から見渡せるくらいの高度まで上昇すると、事前に教えてもらっていた方向に向かいフリューゲルを調整して前進するよう命令を送る。


  俺の命令に従い爆進石はその特性を遺憾なく発揮し、凄まじい速度で景色が流れていった。俺はそれを見ながら、じっと前だけを見据える。


「さあ、出発だ……!」






  そうして……俺はこの世界に来てから約7ヶ月過ごして来た西部を一時旅立つのだった。


 

 ●◯●



  フリューゲルで北部へ向かい飛行を始めてから、既に七時間ほどが経過していた。既に西部の地域の端っこに差し掛かる頃合いだ。


  その間に太陽は登り、フリューゲルの上から見た朝焼けはとても美しかった。少しずつくらい空が赤く染まり、陰に包まれていた世界が陽に照らされた世界へと変わる。


  地球にいた頃篭って修行していた山の山頂で見たことあるが、あれとは格別に違う。それは空を飛ぶという男のロマンを実現しながらというのもあるのだろう。


  あ、ちなみに朝焼けにテンションを上げてひときわ高い木に顔面から激突したのは内緒である。またエクセイザーに笑われた。


《思い切り大の字に地面に落下していましたしね……ぷっ》

『くくっ……主人は普段しっかりしておるからの、ああいうのは珍しいのう』


  え、ええい! 人の失敗をいつまでもやかましい!


  そんなこともありながら時々トイレ休憩がてら地上……浮島である『遥か高き果ての森』の地面を地上と呼ぶのかは疑問だが……に降り、見たことのない植物や食べ物などを少量採取したりもする。


  そんなふうに着実に進んでいると、不意にベルトに付けられた後ろ腰のホルスターがブルブルと震えた。


  一旦霊力の供給を止め、滞空する。手を伸ばしホルスターの留め具を外して携帯を取り出すと、昼を知らせるアラームが表示されていた。どうやら今のはバイブ音だったようだ。


「……そろそろ昼時か。なら下に降りて昼食とするかな」


  ホルスターに携帯を戻すと、フリューゲルに命令を送って下降して行く。緩やかな速度で空から離れていき、地面すれすれのところで止まった。


  フリューゲルから飛び降りるとその端っこを足で踏んで弾き、手でキャッチする。と、そこで背中のエクセイザーが発光した。そして背後に人化して現れる。


「あれ? エクセイザーも昼飯食べるのか?」

「うむ。主人の作る食事は美味しいからの」


  そう言うエクセイザーにそっか、と笑いかけ、フリューゲルアイテムポーチの中に入れて代わりに食料と土ツールを取り出した。


  手頃な大きさの岩を探し出して座ると、〝火炎〟の木札で火をつけ、〝固定〟の木札で空間に固定するとその上に台座とフライパンを設置。先ほど採取して食べられると判断したキノコをグレイウルフの油で炒める。


  その傍らで卵やあらかじめ持ってきていた調味料のストックを取り出し、卵焼きを作る。あとはそれと炒めたばかりのキノコ、レタスをパンに挟めば完成だ。


  皿に乗せてエクセイザーにも渡すと、いただきます、と小さく呟いてかぶりつく。うーん、キノコの食感と卵の甘みが合わさってうまい。


  俺がもぐもぐも口を動かしているのを見てエクセイザーもサンドイッチを口の中に入れる。そして咀嚼して……少し目を見開いたあと、比較的早いペースで口に運び始めた。


  たまに雑談を交わしながら食べ続けること十数分。サンドイッチを完食し、夜のおかずを作るためにまだ残しておいた火の周りに木を集め、持ってきていた魚をアイテムポーチから取り出して塩をふりかけ、焼き始める。


  火に炙られた魚の表面は身に詰まった脂が滲み出て、少しずつ焼けてゆく。その光景はどこか美しくもあった。


「シリルラ、北部まではあとどれくらいだ?」


  しばらくパチパチと魚の焼ける光景をじっと無言で見ていたが、ふと気になってシリルラに話しかける。


《そうですね……今のペースでいけば、同じ時間を飛べばつきますかね。夕方にはつくかと》

「夕方か……」


  案外時間がかかるものだ。まあ試験運転の時に何度も壁やら地面やらに激突した苦い思い出があるから安全運転を心がけてあんまり速度は出してないから仕方がないけど。


「それでも妾が一人で行っていた頃より断然に速いぞ? 妾が魔物態になって走り続けても丸二日はかかっていた」

「ふーん、てことは大体倍の速度かな?」

「そういうことになるの」


  まあ、何はともあれここまで順調だ。このまま無事に北部につければいいけどな……。


  そう思ったのがフラグだったのか、近くの茂みからガサガサと物音がした。俺はとっさにアイテムポーチからオールスを取り出し、エクセイザーも警戒態勢に入る。


  物音がした方の茂みに意識を向けると、そこに何かの気配があった。かなり大きい。その気配の持ち主は、こちらを狙うような目線を向けて来ている。思ったそばから敵か?


  気配の大きさからしてあったことのない魔物と思われるので最大限に警戒心を引き上げていると、その魔物が茂みを揺らす。



「クルルルル……」



  そして、鳴き声をあげながらそいつは姿を現した。



 ●◯●



  その魔物は、有り体に言えば小型のドラゴンだった。種類は翼竜とも呼ばれるワイバーンだろうか。瞳孔は細められ、まるでこちらを射抜くようだ。


  全身を包む鋭く黒い鱗、同じく鋭い形の面持ち、尖った耳、赤色の瞳、細くもたくましい四本足、長細い胴体に胴体の倍の長さはあるであろう尻尾、背中から生えた大きな二枚一対の翼。鼻先から尻尾の先まで背中を伝うように映える金色の鱗が特徴的だ。


  ドラゴンか……地球にいた頃〝龍〟は見たことがあるが、ドラゴンは見たことがないな。ファンタジーの代名詞とも言えるドラゴンを、まさかこんなところで見るとは。


  体長は三メートル程度で小型なものの、いったいどれだけの力を秘めているのかわからないので用心してその体を見渡すと…ふと、あることに気がついた。


「こいつ、怪我をしてる…?」


  そう、黒龍の子供は全身の鱗に擦り傷や切り傷と思われる傷を持っていたのだ。おまけに今気がついたが、全身に軽度の火傷をしている。


  極め付けに、その目線は俺たち…ではなく、俺たちの後ろの焚き火に炙られている魚に向いていた。心なしか、鼻をひくひくとさせている。


  もしやと思い、エクセイザーにアイコンタクトを取る。エクセイザーはすぐに俺の意図を察し、俺が黒龍に目を向けて牽制している間にちょうどいい具合になった魚をくしごと抜いて俺の手に渡してくれた。


  俺は渡された焼き魚を、黒龍の目の前に現した。するとまたクルルルルと喉を鳴らす黒龍。


  魚を持った手を右に傾ける。すると黒龍の目が頭ごとそちらに傾いた。元の位置に戻す。すると黒龍の頭がまっすぐに戻る。左に傾ける。黒龍の頭も傾く。


  なんだか少し楽しくなり、左右に振ってみた。すると黒龍も首を左右に振る。今度は上下させると、黒龍がウンウンと頷くように首を振った。なんだこれ、楽しいぞ。


《……何を遊んでるんですかね?》


 ハッ! つい夢中になってしまった。


  シリルラの声で我に帰ると、黒龍の鼻先に魚を差し出した。黒龍は俺の顔を一度見たあと、すんすんと魚の匂いを嗅ぐ。



 ガブッ



  かと思えばいきなり大口を開け、鋭い牙の生え揃う顎門を閉じて魚を串ごと持っていこうとした。


「うわっと!?」


  凄まじい力に引っ張られ、危うく持っていかれそうになったので慌てて手を後ろに引いて串を引き抜く。あっぶねえ、危うく前に倒れるところだった。


  そんな俺に構わず、黒龍は口の中に飲み込んだ魚を咀嚼し、バリバリと噛み砕いて飲み込んだ。そしてクルルルルと満足そうに喉を鳴らす。


  が、すぐにこちらに目を戻してまた喉を鳴らした。どうやらまだお腹が空いているらしい。それをエクセイザーもわかっているのか、タイミングよく魚を渡してくれた。


  先ほどの二の舞にはなりたくないので、串から外した魚を黒龍に放った。すると後ろ足で立ち上がった黒龍はそれを口でキャッチし、咀嚼して飲み込む。そしてまたこちらを見た。


  食いしん坊な黒龍に苦笑しながら、アイテムポーチから念のため持ってきていた魚のストックを取り出して〝火炎〟の木札も出した。


  木札で魚を簡単に焼き、黒龍の前に積み上げる。すると黒龍はそれに頭を突っ込み、バクバクと食べ始めた。


 ……なんかこれ、餌付けしてるみたいだな。


《まさにその通りかと》


  ホルスターにオールスをしまいながら、黒龍が魚に熱中している間に近づいて見る。すると体にある傷が割と深いことに気がついた。


「これは……武器による切り傷か。こっちはハンマーか何かで殴られた傷……」


  どうやらこの黒龍、武器を使える可能性の高い相手、それも複数の相手と戦っていたようだ。


「近くに相手がいないか、妾が見回ってこよう」

「すまん、頼む」


  気にするな、と言ってこの場から離れるエクセイザーを後ろ目に、ホルスターから〝治癒〟の木札を取り出して多めに霊力を込め、黒龍の体に押し当てた。


  すると、みるみるうちに黒龍の傷は癒えていった。黒龍は一瞬ピクリと尻尾を動かしたものの、魚の方が大事なのか大人しくしている。これ幸いと、俺は黒龍の傷の治療に専念した。


  数分ほどで黒龍の体は完全に治った。それと同時に黒龍が頭をあげ、ゲプとゲップをする。どうやら魚は全部食べ終わったらしい。


  やれやれと思っていると、不意に黒龍が体を反転させる。その拍子に振るわれた尻尾を慌てて回避しながら黒龍を見ると、先ほどまでとは違い瞳孔は丸くなり、俺にやや幼い声で喉を鳴らしていた。


 ベロンッ


「わぷっ!?」


  突然舌を伸ばし、俺の顔を舐めてくる黒龍。いきなりのことで対処できず、バランスを崩して地面に倒れる。


  すると黒龍は俺に覆いかぶさるようになってもっと顔を舐めてきた。なんだなんだ、餌付けして懐かれたのか?


  そうやってしばらく舐められ、ようやく抜け出したところでエクセイザーが茂みをかき分け戻ってきた。姿を見る限り、何も持っている様子はない。


「近くにそれらしきものはいなかったぞ」

「そうか、さんきゅ「クルル!」おぶっ!」


  後ろから飛びかかってきた黒龍に押し倒され、下敷きにされる。黒龍は楽しそうに喉を鳴らし、俺を前の脚二本で抱えるとゴロゴロとし始めた。


「ちょ、目が回るって!」

「……随分と懐かれたの」

「見てないで助けてくれ!」


  エクセイザーは呆れたような笑いを浮かべながらも、黒龍から俺を引き剥がしてくれる。黒龍は残念がるような声を出し、俺にずりずりと頬をこすりつけてきた。


  ちょっとザラザラとした感触の残る自分の頬をさすりながら、俺はエクセイザーとともに犬ならば「待て」に該当する体制でこちらを見る黒龍を見やる。


  さて、こいつは一体なんなんだろう。北部の野良の魔物だろうか。西部ほどは統制されていないという話だし、その可能性はありそうだ。


「じゃが、この『遥か高き果ての森』においても黒龍種というのは希少じゃ。そこらへんにうろついているような数はおらんぞ?」

《補足をいたしますね。エクセイザー様の言う通り、この『遥か高き果ての森』に生息する黒龍種の数はおおよそ百頭ほど。希少種故にほぼ全ての個体は特別に統制されており、それに対して北部地域に生息する他の竜種の数は数千……偶然出会うのは奇跡的な確率であると判断いたします》

 

 ふむ、なるほど……


「どうするのじゃ?」

「……一応、北部に連れていこう」


  何にせよ、こちらもちょうど北部に向かうところだったのだ。なんでこんなところにいてあんな怪我をしていたのか知らないけど、それならついでに北部に送り届けたほうがよさそうだ。


  そう言うわけで早速黒龍に歩み寄り……また舐め回される、あるいはおもちゃにされないよう警戒しながら黒龍と目を合わせた。


  黒龍は俺を見ながらフリフリと左右に尻尾を振っている。犬みたいとか思ったのは俺だけじゃないはずだ。


「んんっ……あー、えっと、俺たち北部に向かってるんだが…一緒に行くか?」

「クルルルル!」

 

  黒龍は嬉しそうな声を上げると、俺に頭を擦り寄せてくる。どうやらオーケーなようだ。また舐めまわされないように口元に注意しながら、その頭を撫でた。


  何回か撫でると、出発するために焚き木などを片付けようと振り返る。するともう片付けられていた。エクセイザーがぴしっと親指を立てている。


  空気の読める仲間に思わず微笑みながら俺もサムズアップし、フリューゲルを取り出すためにアイテムポーチに手を伸ばそうとした。


「クルッ」

「ぐえっ!?」


  が、突然襟首を黒龍に加えられ、おかしな声を上げてしまった。俺が動けないでいる間に、黒龍はそこまで長くない分筋肉の詰まってそうな首を使い自分の背中に俺を乗せる。


  黒龍はこちらに振り向き、クルルと機嫌良さそうに鳴いた。どうやら乗せてくれるらしい。シリルラ達によると生まれつき強い希少種みたいだし、人一人乗せても大丈夫そうだ。


  やれやれと首を振っているエクセイザーに手を伸ばす。すると彼女はこちらにぴょんとジャンプし、空中で剣になると回転して俺の手の中に収まった。エクセイザーを背中に装着する。


「それじゃあ、北部まで頼むぞ」

「クルル!」


  俺の言葉に任せろ!とでも言うように答えた黒龍は、折りたたんでいた翼を伸ばす。かなり大きいな。広げたら幅八メートルくらいありそうだ。


  黒龍が強く翼をはためかせる。すると少しずつ地面から足が四本とも離れ、上昇していった。俺を乗せて苦しそうな様子はなく、力強く翼が風を巻き上げる。


  翼に込める力が、尻の下にある黒龍の体の筋肉が躍動することによりどんどん強くなっていることに気がついた。やがて、先ほどまで俺がフリューゲルで飛んでいた高度まで上がる。


  そのままとある方向に向かい、凄まじい速度で黒龍は飛翔した。安全運転で半分くらいしか速度を出さなかったフリューゲルとは比べ物にならない爽快感が体を突き抜ける。


「うおお、これ気持ちいいな!」

『この状態では感覚はあまり働かないのじゃが……うむ、確かに良いな』

《現実に干渉できないのが悔やまれますね》








  三人でそんな会話をしながら、俺は黒龍の上でのフライトを楽しむのだった。


読んでくださりありがとうございます。

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