十七話 鬼人族のニィシャ
数少ないお気に入り登録をしてくださっている皆様、毎回亀更新で申し訳ありません。
楽しんでいただければ幸いです。
シリルラの言葉に従い、俺の口から目覚めたことを聞いたウサギ四人を連れてぞろぞろと寝室に向かう。四人にしーっと指で静かにするように言い、病み上がりにあまり負担をかけないようにそっと扉を開ける。
すると、俺の毛皮の敷き布団の中で眠っていた鬼人族の女性が目を覚まし、上半身を持ち上げてぼんやりと窓から差し込む光を見ていた。水魔術で清潔にしたその鮮やかな赤い髪は陽の光に照らされて美しく輝き、タレ目と柔和そうな表情がその端正な顔立ちを際立たせる。
ちなみに、治療を施す際に細菌が入っては大変なので薄汚れた服は処分させてもらった。その時についでに風呂で刺激しないようにそっと体を綺麗にして俺の作った寝間着を着せたのだ。
こればかりは医療行為なのでシリルラ達が何か口を挟んでくることはなかった。二人も下級神と亜神とは言えれっきとした神、命が大切なことをよくわかっているのだろう。
まあ、それはともかく。つい数時間前まで瀕死の重傷を負っていた彼女は今、無事に目を覚ましていた。感極まったのか、ちびっこ三人組は今にも泣き出しそうだ。
そんな三人の頭をそれぞれ撫で、アイコンタクトをしてヴェルに任せる。彼女が頷いたのを確認し、俺は寝室の中に入った。
「初めまして。目を覚まして良かったです」
「……! あなたは……」
話しかけても数秒反応しなかったが、ハッとして振り返ったニィシャさんはその温厚そうなタレ目を見開き、俺を見る。
そして突然、深々と頭を下げた。これには流石に俺も驚いたが、まあ客観的に見れば彼女にとって俺は命の恩人なわけで。感謝するのはなんら不思議なことではないだろう。
「命を助けていただき、本当に、本当にありがとうございます……このご恩は、一生お忘れいたしません」
「頭をあげてください。俺は人として当然のことをしただけですから」
たとえどれだけひねくれたやつでも、そいつがよほどの悪人でなければ目の前で死にかけのやつがいたら欠片ほどでも同情、あるいは善意が刺激されるはずだ。ただ俺にそれが人並みにあって、それに従っただけだ。
それが何か偉いことであるとは俺は決して思ってはいない。人を助けることを生業とする陰陽師として………何より、〝大切な誰か〟を失った一人の人間として、救える命なのなら救いたい。
そう思うのはきっと、当たり前のことだ。まあ、それを言ったら助けられない命も出来る限りは助けようとも思っているが…言い出したらきりがないからこの話はこれで終わりだな。
俺は頭をあげたニィシャさんに近づき、その腕をとって脈を確認する。次に額の熱を確認し、最後に全身に流れる霊力を確かめた。全て正常。少し身体機能が落ちてはいるが、それは仕方がないことだろう。
あれだけの重傷を負って、治癒の木札を湯水のごとく使ったとしてもすぐに目覚めたことから考えると、二〜三日で問題はなくなるかな。
《少々訂正をしますね。鬼人族というのは元来、人間の約100倍の治癒能力を持ちます。これは吸血鬼族にも該当しますね。しかもこの森の鬼人族はそれのさらに数倍……そこに龍人様の霊力で促進された結果、ほんの1日程度あれば復活するかと思いますね》
おおう……マジか。すげえなそりゃ。まあ、それでももしもがあるから数日間はおとなしくしてもらっていた方がいいか。
それにしても従来の鬼人族のさらに数倍の治癒能力……これもこの遥か高き果ての森に住まうからこそ、なのか。多分、混血とかして混じりっ気がないからほぼ鬼人族の始祖らへんの能力のままなんだろうな。
考察はここら辺までにしておいて、少し困惑気味のニィシャさんの額から手を放して笑いかける。
「傷は概ね直せましたが、体力や身体機能は少し落ちています。なので数日間は安静にしててください」
「そうですか……何から何まで、ありがとうございます」
「いえ…会話くらいなら問題ないですから、レイたちと話してやってください。ずっと心配してたんですよ」
「っ………」
できるだけ優しく、警戒心を解かせるような笑顔で話しかけると、不意にニィシャさんが黙り込んでしまった。
「あの……?」
「……………」
ニィシャさんは俺の言葉に反応を示さず、何故だか俺の顔をぽーっとした表情で見ている。片手は胸を押さえており、少し顔が赤い。どうしたのだろうか。
……あ、もしかして起き抜けに色々とやったり話したりしすぎて混乱して体調が悪くなったか?なら、ここら辺で退散するか。
《『はぁ……………』》
なんかシリルラとエクセイザーがため息をついているが、一応スルーする。原因が不明なことにはむやみに突っ込むべきではない。特に女性に対してというのは、確か親戚の叔父の言葉だったか。
「すみません、起き抜けに色々と」
「…え? あ、い、いえ……」
「よっぽど急激に動いたりしなければ大丈夫ですから。おーい、レイ、アリィ、リル。入ってきていいぞ」
「「「ニィシャさんっ!」」」
俺がいいぞと言った瞬間、三人はドアを思い切り開け放ち、驚いているニィシャさんめがけて抱きついた。そして口々に無事を喜んでいる。
年相応に泣きじゃくる彼女たちを柔らかい笑みで迎え、抱きしめるニィシャさんを見て俺も少し微笑みながら、静かに部屋を出る。するとそこには、少しモジモジしているヴェルがいた。
どうやらレイ達と同じようにしたいのに、こちらは別の意味で年相応に恥ずかしがっているらしい。俺は苦笑しながら、彼女の肩をポンと叩いて行って来いと目で言う。
ヴェルは一瞬驚いたような表情をして、しかしすぐに頷くと恐る恐るといった様子で寝室に入っていった。それを見届けた俺は扉を閉め、リビングのテーブルの上にある自分達が使っていた食器を片付けて洗い始める。
それが終わるといつも通りコートを着直してエクセイザーやその他諸々を装備し、ログキャビンを後にすると、鍛錬の結果相当な広範囲まで感知できるようになった異質な気配に向かって歩き出した。
さあ、今日もこ害虫駆除に行くとするか。
●◯●
「本当に良かったよ……」
「あらあら、ごめんなさいね。心配をかけたみたいで…」
龍人がログキャビンを出た後。鬼人族の女性……ニィシャは、そう言って目の前で正座をしているヴェルメリオの赤い長髪をゆっくりと撫でた。少し前まで薄汚れていたそれは今はサラサラとしており、ヴェルメリオは少し恥ずかしがりながらもじっとしている。
本来なら、ヴェルメリオは他の魔物に体を触れさせることは許さない。それは誇り高い鬼人族の本能的な矜持もあるし、何よりこれまで散々嫌な思いをしてきたからである。一体何度イヴィルゴブリン達に襲われかけたか、もはや数えるのも馬鹿らしい。
兎人族というのは、地上にいる亜人としての兎人族も同様だが総じて見目麗しいものがほとんどだ。その理由は定かではないが、とにかく皆美しい。まあ、時々ゴリゴリマッチョの男の兎人族とかもいるが、そういうのは少数でほとんどは男の娘っぽかったり草食系のイケメンだったりするのだ。
その兎人族の中でもひときわ美しく、仲間内では限りなく温厚な兎人族達が血で血を争うほどの美貌を持った母から生まれたヴェルメリオもその例に漏れず、非常に端正な容姿を持っている。加えて、鬼人族由来の限りなく無駄を廃したしなやかな全身の筋肉、それが生み出すは完璧なプロポーション。これも母親由来で、胸も非常に大きい。
地上では帝国などでは愛玩奴隷としても人気の高い兎人族と、強力な冒険者として名を馳せる者もいる鬼人族のハーフ。まさにいいとこ取りをした存在だ。それに、亜神となり限りなく人間に近い思考を持つ黒鬼神や、本能的に優秀な子を産ませられる雌を感じ取れるイヴィルゴブリン達が反応しないわけもない。
幸い、その規格外の強さで全てはねのけてきたので貞操は未だ固く守られているが、イヴィルゴブリン達の臭い鼻息、ザラザラとした手の感触、黒鬼神の下卑た笑み。それらがヴェルメリオの脳裏にこびりついていた。
故にヴェルメリオは、極端に体に触れられることに拒絶反応を示すようになってしまったのだ。それどころか、見知っているものであっても異性だと半径二メル以内に入られると無意識に拒絶してしまう。
しかし、その拒絶反応は気を許した相手……つまり、一族全体を家族と称する兎人族や、人数は少ないながらも鬼人族のものならば起こらない。それは相手を信頼しているからこそであり、だからこうしてニィシャに頭を撫でられても避けることはしなかった。
だがしかし、普段とは違う点が一つだけ。ニィシャはヴェルメリオにとって少し年上の姉のような存在であり、そんな彼女に頭を撫でられれば気持ちよさそうに目を細めていた。生まれて数年も経たないうちに両親が死んでしまったヴェルメリオにとって、ニィシャは一番機を許せる相手なのだ。
だが、今はいつもと違い少し恥ずかしがっている。これは一体どういうことか。
その答えは簡単で、龍人のことを思わず思い浮かべてしまったのだ。あの人間に頭を撫でられた時、いつもなら感じる強烈な嫌悪感を感じなかった。むしろ、ニィシャや既にいない両親にされているような、そんな感じがしたのだ。
つまりは、どこか安心するような、身を任せたくなるような感覚。これには龍人が異世界人であるが故に純粋すぎる霊力を持っているので、それに魔物としての本能で惹かれているのもあるが、それ以上にあの優しげな笑顔がこちらの心を緩めるのだ。
おそらく、あの窮地から瞬く間に救い出されたこともあるだろう。むしろそれが一番大きい。命の恩人に対して変な態度を取るのも、という気持ちと純粋に撫で方がうまかったからだ。
ともかく、そんなわけで初めて同世代と思われる少年……それもかなりの強者である龍人の笑顔を思い出し、なぜだか恥ずかしさが押し寄せてきて赤面しているわけである。
そんなヴェルメリオにニィシャは少し首を傾げたものの、すぐにふっと破顔してレイ達を見る。
「三人もありがとう。私を守ろうとしてくれていたのでしょう?」
「当たり前だよっ!だって、ニィシャさんが死んじゃったら、あたし悲しいもん……」
「とっても心配しました……」
「本当に良かったの…」
「あらあら…」
また少し涙ぐむレイ達にニィシャは困ったように、しかしどこか嬉しそうに笑った。懐いてくれている幼子というのは、それだけで自然と心が温かくなるものだ。
けれど、レイも他の二人もいつまでも泣いていては収拾がつかないと思ったのか、ぐしぐしと目元をこすって涙をぬぐい、ニィシャを元気付けるために明るい声音で話し始める。
「それでね、リュー兄がすごかったんだよ!」
「あら、あの人間の方が?」
「うん、あっという間にニィシャさんをなおしちゃったんだ!」
「それに、私たちに美味しいご飯も食べさせてくれたの!」
「あのはんばーぐ?って食べ物、美味しかったです。そうですよね、ヴェル姉?」
「え、あ、ああ!そうだな」
「うふふ、そうなの。……ねえヴェルちゃん。あの人が、例の?」
ニィシャの問いに、ヴェルメリオは深く頷く。それにニィシャは、神妙な顔をして頷き返した。
以前にも言ったが、風の噂で東部にも龍人の存在は知られている。それの主な情報源はそれぞれの小隊の隊長と精神の一部をリンクしている黒鬼神と、遥か高き果ての森の北部、南部、西部、東部の全てに生息する【念話】のスキルを持つ噂好きの鳥型の魔物であり、その二つから東部全体に龍人はそれとなく知られていた。
曰く、最強の守護者。謎の武具と未知の戦闘技術を持ち、東部からの先遣部隊をことごとく打ち破っている。
曰く、魔人。どこからともなく突如現れ、その凄まじい強さで上位の魔物しか住まないこの秘境にて西部領域の守り人となった。
曰く、死神。音も立てず森の中を縦横無尽に飛び回り、気がつけば銀の剣閃とともにゴブリン達は首を落とされている。
そんな風に知られている龍人は、一応幹部の座に付けられていたヴェルメリオの耳にも届いていた。実際に噂に違わぬ龍人の強さを目の当たりにしたのも、ヴェルメリオが龍人を不思議と拒絶しない理由の一つであろう。
「今まで…って言っても1日だけど、あいつは信頼に値する人間だとあたしは思ってる。あいつなら、きっとあたし達を救ってくれると思うよ」
「あらあら……随分と信用してるのね?」
「まあ……あたしも危ないところを助けてもらったからさ。腹に大穴が開いてたんだ」
そう言って自嘲気味に笑いながら自分の腹部を指し示すヴェルメリオに、あらあらとニィシャは目を見開く。
心配そうな面持ちをするニィシャに苦笑しながらヴェルメリオは大丈夫と言い、そしてもう一度真剣な声音で断言した。
「それに、あの笑顔……あれは偽物じゃない。あいつは、信用できる」
「うふふ、そうね。それはそう思うわ。それに、あなた達もリュウトさん?のことが好きでしょう?」
「うん!リュー兄のナデナデ気持ちいいの!」
「「うんうん!」」
元気よく頷く三人、微笑ましそうに顔を和らげるニィシャとヴェルメリオ。三人の表情からは龍人への親愛が垣間見える。
ちなみにこれは余談だが、レイの父親は彼女の頭を撫でることを日課レベルにしていたのだが……後に龍人の方が気持ちいいと言われ、一騒ぎ起きることをここに記しておく。
「それに、私も……」
「? どうしたんだニィシャさん」
「うふふ……」
自らの胸に手を置き、少し頬を赤らめるニィシャ。それに首をかしげるヴェルメリオ達であったが、しかしこれが後にひどく後悔することになろうとは、この時のヴェルメリオは思ってはいなかったのだった。
●◯●
今日も近くに来ていたゴブリンの小隊をことごとく壊滅させ、帰り道でリィスのところに寄ってヴェル達を保護したことを伝えると少し話し合い、それからログキャビンに帰った。
日を経ていくごとに少しずつ入ってくる先遣部隊は強くなっている。まあ、鍛錬も欠かさず行っているし、イザナギ様のありがたいお節介のおかげでかなりの力を持っているので遅れをとることはない。
とまあ、それはともかく。強さが増しているということは、それにふさわしい武具を揃えているということで、まだ俺の知らない鉱石とかも使われていたのでこれはこれで役得ではあった。
そんなことを考えている間にログキャビンにたどり着き、結界を抜けて中に入る。自作の畑を抜け、テラスを登るとドタドタと中から足音が聞こえて来た。
そして、ガチャリと扉を開けて顔を出したのは、ちびっ子ウサギ三人組だった。
「おかえりリュー兄!」
「おっとと、ただいまレイ」
「おかえりなさいです!」
「おかえりなの!」
「おお、二人もただいま」
真っ先に腰に抱きついて来たレイの頭を撫でながら、他の二人にも返事をする。するとレイばかりずるいと言わんばかりに二人も飛びついて来た。思わず苦笑が漏れる。
三人の相手をしていると、ヴェルも出てきた。
「よう、帰ってきたか」
「まあな。ニィシャさんは?」
「ああ、寝てるよ……てかそれ、暑苦しくないのか?」
「別に?可愛いしな」
「「「えへへ」」」
ふにゃっと破顔する三人。うん、やっぱり可愛い。もっとナデナデしたくなる。けどあんまりやるといつまでたっても動けないので、レイを肩車して他の二人とは手を繋ぎ、家の中に入る。もちろんレイがいるので入るときに注意した。
両手がふさがっているので、少し下品だが扉を足で締めて三人から離れ、扉のすぐ横にある吊るしにコートを引っ掛けてエクセイザーを鞘ごと外す。するとすぐに人化して、ぶっすーとした表情のエクセイザーが出てきた。
「どうした?」
「いやぁ?随分と楽しそうだと思ってのう変態主人」
「……なあ、そろそろやめてくれねぇ?メンタルがブレイクしそうなんだけど」
いや、割とマジで。冤罪での変態や痴漢呼ばわりほど不名誉なことはない。それに俺は小さい子云々以前に多分、当分は誰かのことを好きになれそうにない。
これまでできるだけ気丈に振舞ってきたが、どうしても時折普段は無表情なあいつの、たまに出てきた笑顔が脳裏に浮かんでしまう。
あいつが俺をどう思っていたかなんてもうわからない。世界が違うから聞けないからな。もしかしたら気兼ねなく話せる相手程度にしか思っていなかったかもしれないし、あるいはもっと別の認識をしていたかもしれない。
でも、だからこそ。俺自身は簡単にこの大切な初恋を忘れてはいけないんだ。何を言ったって、俺はあいつのことがどうしようもないくらい好きだと思うから。いつか心の整理がついたとしてもこの気持ちは絶対に忘れない。
《……………》
なので、あいつが好きな俺としてはロリコン呼ばわりされるのは二重の意味で不名誉なのである。それを話すと、エクセイザーはなるほどと言って了承してくれた。まあ、もともと冗談みたいだったしな……冗談だよね?
というか、シリルラがずっとだんまりで話してないけどどうしたんだろう。まあ、そういう時もあるか。
《〜〜っ………この、バカ龍人様》
……なんでだ。
「さて、と。まだ時間はそう遅くないし、夕飯はいいか……四人とも、何かやりたいこととかあるか?」
「んーと、いつもはみんなで外で遊んでたりするよ」
「あたしはそもそもあのクソ野郎の所に監禁同然だったからな……」
「なんかすまん……」
うーん、それじゃあ定番だが、昔話でもするか。あ、いや、鬼が敵役系の昔話はやるとしたら改変しないとダメかな?ニィシャさんがいることだし。
そういうことで早速、四人を集めてニィシャさんを起こさないように小さな声で昔話をし始めた。ところどころ例の魔物図鑑で調べたこの世界の魔物に置き換えながら、ヴェルでも聞いていて退屈しないように。
例えば桃太郎は鬼を普通の鬼だと心象が悪くなりそうだから例の黒鬼神にしたりとか、浦島太郎だったら亀を全長5メートルもある大亀の魔物に変えたり、などなど。聞いたことのない昔話に四人は目をキラキラさせて聞き入っていた。
あ、あとただそれだけだとつまらないから日本バ◯昔話とかのストーリーも加えて。あれ面白いよな。前に読んだ時ずっと笑いをこらえてた記憶がある。
「……そうして肉体一つでブラッディベアーに打ち勝ったキンタローはブラッディベアーや他の魔物たちを和解させ、幸せに暮らしたのでした。めでたしめでたし」
「すごーい!」
「そのキンタローっていう人、すごい強いです!」
「ブラッディベアーを素手で倒すなんて、鬼人族でも難しいって前に聞いたの!」
「一体どれだけの修練を積んだんだ……」
それぞれの反応をする四人。ちなみにスキルやレベルなどの単語が出てこないのは、この遥か高き果ての森から出たことがない故に認識していないからだ。本能的にそれの使い方はわかるが、しかしはっきりとは知らないといったところか。
地上では数千年前に存在した賢者と呼ばれた人間が作り出した〝ステータスプレート〟という、なんともファンタジックなものでステータスを確認できるらしい。そしてそれを発行している冒険者ギルドは世界中に影響力を持っているのだとか。
それならステータスを直接見ればいいんじゃないか?と思うが、イザナギ様に連絡を取ってみたところ、そのシステムは亜神以下の存在だとこの世界を構成しているシステムの中でロックされているみたいで。俺は特別措置なようだ。
だが、そんなものはこの場所には存在しない。まあ、先ほど言った通り亜神へと至ったエクセイザーや黒鬼神は俺のようにステータスを直接見ることができるが。
次は何の話をしようかな、と考えていると寝室の扉が開く音がした。そちらを見れば、ニィシャさんが少しふらつきながら出てくるところだった。
そんなおぼつかない足取りで歩いているので当然、足をもつれさせて倒れかける。
「きゃっ」
「っと、大丈夫ですか?」
とっさにに移動してニィシャさんの腹部を支え、体重を移動させてもう片方の手で今度は倒れてきた背中を支える。
「ありがとうございますわ」
「いえ、お気になさらず。それより、もう大丈夫なんですか?まだ貧血気味だと思いますが……」
なにせ、アレだけの大怪我だ。失った血はあと少しで致死量を超えていた。少し治療が遅れれば、手遅れになっていた可能性が非常に高い。
だが、そこは回復力に優れた鬼人族らしく、ニィシャさんはだいぶ赤みが戻ってきた顔を微笑みに変え、こくりと頷く。
「ええ、私も鬼人族ですから。不甲斐ないところをお見せして申し訳ありません」
「いいんですよ。それよりも、あちらに座ってください」
「あらあら、何から何まで……ふふ、ありがとうございます」
その母性溢れる微笑みに少しどきりとしながら、ニィシャさんの足を持ち上げて最近完成したばかりのソファに座らせる。コの字型になっていて、そこで昔話をレイたちに聞かせていたのだ。
「ニィシャさん、大丈夫なのか?」
「ええ……それよりも、リュウトさん? 我儘で申し訳ないのですが、貧血で倒れたりしたときのために隣に座っていただけませんこと?」
「いいですよ。それなら俺もすぐに運べますしね」
ニィシャさんの要望通り、俺は彼女の隣に腰かける。すると、ニィシャさんがずっと体を寄せてきた。そのまま俺にもたれかかり、体重を預けてくる。
驚いてそちらを振り向けば、うふふと笑うニィシャさんの笑顔が。漂ってくる甘い匂いにどぎまぎしてろくに何か言うこともできず、とりあえず無理やり意識を切り替えて昔話の続きをすることにした。
それからまたレイたちに話を聞かせていたが、はっきり言って集中できなかった。それはなぜか。ニィシャさんが、俺の顔をじーっと見つめているからだ。
レイたちが話しかけると適当に応答を返しながら、また俺の顔をじっと見ている。しかも時折、なんでかこてんと頭を肩に乗せたり、耳元でうふふと笑うなど、爺ちゃんにより鍛えられた鋼の精神がなければちょっとやばいことになることをしてくる。
それに何か言おうとすると、またあの微笑みを浮かべられるので何を言うこともできずにひたすら無限ループと化していた。
しかもそれが絶妙な加減であり、他の四人に気づかれないようにやってくるのだ。それによって後ろから突き刺さるエクセイザーの極寒の視線もかなり耐え難かった。
結局それは話をしている時も夕飯をみんなで食べている時も変わらず、俺はリビングで川の字になって寝ているウサギ四人とニィシャさんに結界の護符を張って二階に逃げ込み、魔物の素材や鉱石の山の間で眠ることになったのだった。
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