十五話 朝食と赤鬼兎
朝食。
それは基本一日中三食取る中でも特に重要な食事だと俺は考えている。なぜなら起床してから一日体を動かすための栄養をとるためにするその行為は、しっかり食べるか食べないかでコンディションがまるで違ってくるのだ。
俺は生まれてからこれまでほとんど朝食を抜いたことはないが、爺ちゃん曰く山の中に逃げ込んだ妖魔を連日追いかけていたりするとバランスの良い食事は取れないらしい。精々食べれるのは最低限のエネルギー確保をするための携帯食料。
そういう日は気分も体の調子も最悪らしく、ろくに戦うこともできないのだとか。
実際に俺も修行の一環として一日、二日ほど昼と夜の二食だけにしたことがあるのだが、爺ちゃんの言っていた意味がよくわかった。本当に何もやる気が起きないのだ。たとえ朝食分のエネルギーをその二回で補ったとしても、気分がまるで上がらないしむしろ体調を崩しかけた。
それに、俺は陰陽師の端くれだ。科学技術が発展した現代社会で残っている、本来なら人知及ばぬ魑魅魍魎を退治し影から日の本の平穏を守る数少ない戦士の一人。
それ故に霊力を扱い、そのぶんそれを扱う媒介である肉体の健康維持には人一倍…それどころか百倍くらい気をつけなくてはいけないのだ。怠ってしまえば、最悪霊力を扱えなくなることもあり得るほどである。
とまあ、そのような感じで朝食に限らず食事に他の人間より重きを置いている俺は、今日も今日とて自分で朝食を作っていた。
ジュー…
黒鋼で作られたフライパンの上で焼かれている卵が音を立てる。それを焦がさないようにうまく全体を半熟にしながら、その隣の土ツールの鍋の中の汁物の様子も見た。
今日のメニューは白米…探索で見つけた。この世界ではラスという穀物らしい…に貯水タンクにつながっている大河の支流で釣った川魚…鮎に似ていた…の塩焼き、豆腐(自作)とキノコ(自家製)の味噌汁…探索で見つけた色々な食材を使ってなんとか生み出した…、それに今こうして焼いている焼き卵。標準的な日本人の朝食だ。
《龍人様、そろそろ魚がいい頃ですね》
「ん、さんきゅ」
脳内に響いたシリルラの声で、立っていたキッチンの自分の腹くらいの高さにある黒鋼製の引き出しのようなものを引いた。
するとガーッという音とともに、同じく黒鋼製グリルが現れる。その上には、こちらの食欲を直接刺激してくるような豊潤な香りを漂わせる魚の塩焼きが。数は二枚。
一瞬だけ【影舞】を出現させて塩焼きを任せ、棚を開けて薄く白鋼.黒鋼の色が白いだけの色違い鉱石。こちらはほんのわずかに魔力吸収率が高い…をコーティングした長方形の土皿を二枚取り出して出してその上に箸で一匹ずつ塩焼きを乗せ、さらに皿の端に大根おろし…こっちではディコンというのだとか…を付け加えると机に置く。
それが終われば【影舞】を消して、卵焼きを作るのに戻った。
「よっ、ほっと」
それから数分もしないうちに、俺の理想の半熟具合となった卵を箸を使ってうまい具合にクルクルと巻いていく。
それが終わると表面が焦げないうちに予め用意しておいた皿の上に乗せ、土ツールの包丁で何分割かする。それでようやく完成だ。黄金色に輝く焼き卵は非常においしそうである。
卵の皿も机に置くと、茶碗を取り出してキッチンの一番左端に設置されている黒鋼製のかまどにはまっている石窯の蓋をあける。ちなみにこれの炎は〝燃焼石〟という魔力を込めると炎を発する使い捨ての鉱石でまかなっている。
木でできている蓋を開けた途端、ぶわっと煙が立ち上り白米が姿を現した。つやつやとした表面はやはりというべきか真っ白で、これぞまさに日本人の主食だ。ああ、見てるだけで食欲が……
こんなことを考えながら白鋼のしゃもじでご飯をよそって、テーブルの上に置いた。あとは味噌汁だけだ。コンロの上の鍋から味噌汁もついで、ようやく全部完成だ。
「よっしと。んじゃ、後は…」
はしを二膳引き出しの中よりとりだして、自分のものと向かいに置かれている美味しそうな匂いと湯気を立たせる朝食にそれぞれ一膳ずつ置いた。
最後にコップと水差しを置いて、使った食器や食材類を全て洗って片付ければ終了。食卓につき、そして実は今までずっとそばでそわそわしていたエクセイザーを手招きする。すると彼女はぱっとすぐに動いて、向かい側に座った。
そう、余分に作っていたもう一人分はエクセイザーのものだ。数日前から興味本位なのか、朝食を一緒にとるようになった。
ちなみにシリルラはそもそも今のところは声だけの存在で、現実にいないので食べることはない。なんかすごい食べたそうな雰囲気は声音から感じたけどな。
まあそれはともかく。今は朝食を取るのが先だ。手のひらと手のひらを合わせ、生まれてからほぼ毎日言ってきた言葉を言う。エクセイザーも慌てて真似をした。
「「いただきます」」
何かの命をいただいて、今日を生きる。それに感謝し、数秒ほど手を合わせてから食べ始めた。
まず最初に、好物である焼き卵を一切れ取って口に入れた。その後にすぐご飯も。うん、我ながらいい出来だ。口の中で白米と焼き卵の甘さが広がってとても美味しい。
それに気分を良くして、どんどん他のものも食べていった。ただし、急いで噛まずに食べても体に悪いのである程度の速度でだが。おっ、焼き魚も美味い。いい感じに脂がのってるな。
「む、むう…」
「ん?」
唸り声にふと前を向いてみれば、エクセイザーがはしを扱うのに四苦八苦していた。思わず苦笑してしまう。まあ、無理もないだろう。地球でだって外国人がはしを使うのには最初の頃は苦労するものだ。
エクセイザーはこの遥か高き果ての森から出たことはないみたいだし、外界の話を神鳥に聞いた中でもはしについてはそう言うものがある、と言った程度にしか聞いておらず、使い方などは聞かされていなかったようなので慣れるまで苦戦するのは仕方があるまい。
「…ああもう!やめじゃやめじゃ!」
やがて俺が自分のぶんをほぼ食べ終わった頃、ずっとはしをうまく使うことができずにいたエクセイザーはバン!と机にはしを叩きつけた。どうやら頭にきたらしい。
「ま、最初のうちはそんなもんだ。気にするなよ」
「だいたい難しすぎるじゃろうこれ。マスターするのにはひと月はかかる気がするぞ…」
「何事も精進あるのみ、ってな」
冗談めかしてそう言えば、エクセイザーは少し落ち込んでしまった。しかしすぐに何事かブツブツとつぶやき始める。なんか真剣な表情でちょっとだけ怖い。
「……そう… ……妾が使えな……ならば、使える…に食べ……て貰えばい…のじゃ……うん、そうじゃな」
「ええと、大丈夫かエクセイザー?」
「うむ、問題はない。して主人よ、一つ頼みごとを聞いてはくれまいか?」
「頼みごと?」
首を傾げて問い返せば、エクセイザーは黙って目を閉じ、突然こちらに向けて口を開けた。すると当然、犬歯の鋭く尖った歯並びのいい歯と、極小の鱗のようなものがある舌が見える。口内は唾液でわずかに光沢を放っており、恥ずかしいのか赤く染まった頰と相まって、思わぬ行動にドキッとする。
ええと…これは、そう言うことなのか?
とりあえずなんとか思考を正常に戻し、頭の中に浮かんだ仮定を証明するため急速に考察を始める。
先ほど断片的に聞こえてきた単語から推測するに、エクセイザーは自分がはしを使えないのならば使える誰かに何かをしてもらおう、というようなことを言っていた気がする。
そして今、彼女は俺に向かって口を開けていた。それはつまり、俺に食べさせろと、そういうことなのだろうか。いやいや待て待て、誇り高いエクセイザーがそんなことするか?
ああダメだ、考えてるだけじゃあらちがあかん。ここは本人に聞くのがベストだろう。
「えっと…エクセイザー?」
「…ん」
「あー、その、なんつーか…」
「…ん!」
口を開けたまま、片目を開けて早くしろとこちらにアイコンタクトを送ってくるエクセイザー。どうやら俺の予想は的中しているようだ。
はぁ、と一度ため息をつくと、仕方がないと言わんばかりに彼女の前に並んでいた皿たちを引き寄せ、その上から料理をはしで割って一口ぶんサイズにする。それを、恐る恐ると言った様子でエクセイザーの口の中に入れた。
エクセイザーは食べ物が舌に触れた瞬間、ぱくっと口を閉じる。そのまま俺のはしごと口の中で食べ物を転がし、なぜか満足げで、それでいて嬉しそうな顔をした。が、こっちはそれどころじゃない。はしを通じて口内の…主に舌とかその他もろもろの感触を感じてしまい、ピシッと硬直した。
「ん…は」
やがて咀嚼し終わるとエクセイザーははしを口から出した。ペロリと自分の下唇を舐めて、余韻に浸っているような感じだ。それが妖艶に感じる原因は唇の下のほくろか、それとも彼女自身の色気なのか。
「……えーと、満足したか?」
「…もう一度頼む」
「……ちなみにあと何回ほど?」
「全部食べ終わるまでじゃ」
マジか。
結局、俺はエクセイザーに用意したもの全部を食べさせることになった。途中から、心の中で経を唱えて煩悩退散に尽力していたことは、俺だけが知っていればいい。いや、シリルラとエクセイザーに筒抜けだけど。
●◯●
「ふぅ……」
ジャー…
ある意味拷問の時が終わり、ちょっと顔を赤くしながら俺は食器を洗う。エクセイザーは何かに満足したのか、未だ座りながらにこにこと笑っていた。そんなに俺の使った飯が美味しかったのか?
「…ん?」
そんなことを考えていると、不意に違和感が手を襲った。思わず食器を洗う手を止めてしまう。違和感の元は蛇口から流れる水だ。何かおかしい。
試しに意識を集中させてみれば、ログキャビンの裏手にある巨大な貯水タンクから蛇口に向かって水が流れているのがわかる。そこまではいい。問題はその先だ。より一層意識をそちらに絞り、何がおかしいのかを探る。これで貯水タンクの水漏れとかだったら修理すればいいんだが…
そう思ったものの、どうやら俺の望む通りに現実が動くことはないようで。ようやく違和感の正体を突き止めた。水の出元である大河の支流だ。そこで、何者が川の中に入って何かをしていた。そいつの霊力が水道管に流れている水を伝って感知できたのか。
もっと相手のことを探ろうと、目を閉じて蛇口に触れ、そこから水道管に霊力を流してみた。それは俺の擬似的な視界となり、どんどん移動していって、やがて行き着いた。
『はぁ、はぁ……ぐっ』
そこにいたのは、一人の女の子だった。年は俺と同じくらいで、ショートにされた赤髪は元は美しいのだろうが、今は彼女の全身もろとも薄汚れている。顔はかなり整っていた。地球のアイドルなど素足で逃げ出すレベルだ。
名も知らぬ正体不明の少女は所々破れている戦闘衣を着ていて、エクセイザーのも負けず劣らずの…まあ、なんていうかダイナマイトボディだった。
…後ろからギロッという擬音が似合いそうな視線を感じるが、これは決して俺のせいではない。視線がそっちにいってしまうのは男の性なのだ。
《変態ですね》
…すみません。
だが何より、擬似視界に移った中で俺が注目したのは……彼女の頭に生えたぴこぴこと動いているウサミミと思しきものと、額に生えた水晶のような赤い角、そして、彼女の真っ赤に染まった腹部だった。
なんと、彼女は大怪我をしているのだ。それも大量出血レベルの。それを苦悶の声をあげながらも水で傷口を洗い流し、戦闘衣を破いて止血しようとしている。だが、どう見ても彼女の顔色は最悪に等しかった。
《…龍人様》
「…主人」
「…ああ、助けに行くぞ」
脳内と現実、どちらともからかかったシリルラとエクセイザーの二つの声にそう答え、手早く食器を片付けると、椅子にかけていたチェスターコート風の防具…〝銀龍神の上着〟を取って羽織り、立てかけていたドラゴエッジを腰に装備。アイテムポーチからオールスMr.Iをベルトにつけたホルスターに移し、エクセイザーに剣になってもらうお背中に括り付けてログキャビンを出た。
ログキャビンの周囲を守っている結界を通り抜け、支流に向かってひたすら走る。あの傷だと、放っておくとそう時間がかからないうちに死ぬ。一刻も早く治療しなくてはいけない。
【身体能力超強化Lv7】をフルに使いながら、時折木や空間を【空歩】を使い蹴ってショートカットしながら向かう。まるで新幹線の窓から見える光景のようにどんどん周りの景色がうつろいでゆき、記憶にしっかりと刻まれている支流に近づいて行く。
《龍人様、見つけましたね》
「ああ!」
それから数分もしなうちに、支流にたどり着く。それと同時にシリルラの声が上がり、俺自身も河原に倒れ伏している少女を見つけた。最後のだめ押しと言わんばかりに強く空気を蹴り、少女のすぐ近くに着地した。体にブレーキをかけた際、土が抉れる。
「おいっ、大丈夫か!?」
「……う、あんた、は?」
「この近くに住んでるもんだ。あんまり喋るな、傷に響く」
足のホルダーから〝治癒〟の術式が組み込まれた木札を取り出し、霊力を流して起動してからうっすらと目を開けた少女の腹部に押し当てて聞く。そうすると、少しは楽になったのだろう、少女は先ほどよりは険しくない顔でこちらを見た。
「あんた、どこから来たんだ?」
「…あたし…東部から逃げてきて……」
「!」
「家族の…赤鬼族と兎人族も一緒で……でも追っ手の襲撃を受けて……そ、そうだ!なあ、あんた!あたしの家族を助けてくれよ!」
治療が進んで意識が明確になった少女は、俺の腕を掴んで懇願するような目を向けてきた。見ず知らずの俺に助けを求めるほどだ、この子とその家族はよっぽどな状況に置かれているんだろうが…
「…すまん、まだ明確に状況がわからないから、今すぐイエスとはいえない」
「っ……」
「でも、ちゃんと説明してくれたらーー」
「ミツケタゾ!」
「「!」」
そこで、また一つ新しいダミ声が割り込んできた。もしやこの子の家族か?と一瞬希望的観測が心に浮かぶが、しかし少女と同時に振り返った茂みの先にいたのは黒い肌、醜い顔、そして鉄の軽装鎧に身を包んだ一回り大きいイヴィルゴブリンだった。
《…いいえ龍人様、あれはダークゴブリンですね。イヴィルゴブリンの進化系であり、知能がより発達した結果言葉をも話せるようになった個体ですね》
解説サンキュー、シリルラ。
「てめぇ…!」
「フン、マダ死ンデイナカッタカ!マアイイ、今ココデ始末スレバ同ジコト!貴様ラ、ヤレ!」
少女は手で上半身を起こしながら憎々しげにダークゴブリンを睨み、ダークゴブリンは傲慢さが多分に混じった口調で後ろにいたイヴィルゴブリンたちに命令を下した。バンダナの色は全員紫、つまり魔法を使える個体か!
『火ヨ我ニ集エ、コノ手ニ望ムハ全テヲ焼キ尽クス力、〝ファイアボール〟』
十体のイヴィルゴブリン全員が全く同じ詠唱を唱え、その結果として手に持った木の杖に火の玉が出現した。だがいつものイヴィルゴブリン隊の比ではない。五倍くらいはでかかった。チッ、この子もろとも俺も殺す気かよ。流石にそれは御免被るぞ。
「焼キ尽クセ!」
ダークゴブリンの指揮に従い飛んできた火球を迎撃するため、立ち上がろうとしていた少女を抑えて後ろ腰からドラゴエッジを左手で逆手に引き抜く。ホルスターからオールスMr.Iも抜き、セーフティレバーを外して右手で持った。いきなり現れた正体不明の武器に相手も足元の少女も困惑したような顔をする。
「…レベル〝二〟」
ぼそりと、つまみの石に指を触れさせながら呟く。すると石が淡く光り、自動的につまみが一番左から二番目のメモリにセットされた。つまみには〝記憶石〟という事象や音声を記憶する鉱石が組み込まれており、こうしてロマン全開なこともできるのである。
ゴォォォ!
霊力を流し込まれたオールスMr.Iが放電を始めるのと同時に、すぐ目と鼻の先に火球たちが迫ってきていた。少女は絶望したように諦めの表情で目を瞑り、こけおどしだと思ったのだろう、ダークゴブリンは俺を見て得意げな笑みを浮かべる。おそらく、ダークゴブリンの頭の中には消し炭になった俺でも写っているのだろうが……
ゴバァンッ!!!
「「……ハ?」」
凄まじい破裂音を立てて、火球が全て吹き飛んだ。それだけにとどまらずに、周りの木が何本も木っ端微塵になる。うおっ、やっぱ威力おかしいわこれ。普通吹き飛ぶとかだろ。やっぱ下手にレベル一以上は使えないな。
「い、今何が……」
「あんた、そこでじっとしてろよ」
「え、あ、う、うん……」
「ッ!タ、隊列ヲ立テ直セ!」
「そうはさせるかっての!」
体制を整えられる前に殲滅するため、【身体能力超強化Lv7】を発動して飛び出す。素早くホルスターにオールスMr.Iをしまい、代わりに背中からエクセイザーを引き抜いた。そのまま全部で十匹いるうち一匹のイヴィルゴブリンの前に立つと、まずドラゴエッジを逆袈裟に振り抜く。
「一匹」
「ギッ!?」
高速で振るわれたエクセイザーがするりと通り抜け、ズルリとずれて落ちるイヴィルゴブリンの上半身。鎧など関係ない、まるで紙のようにたやすく切断できた。次は右足を軸にして三回転し、隣のイヴィルゴブリン二匹をエクセイザーでミンチにした。
「三匹、次は…」
「ギギッ!」
と、ダミ声をあげて一匹のイヴィルゴブリンが杖を捨て、短剣を抜いて突進してきた。それを腕ごと弾いて股間を膝で蹴り上げ、前に来たところでドラゴエッジの柄頭で頭部を粉砕。回し蹴りで頭部が潰れた死体を吹き飛ばす。残り、六匹。
ていうか、これ以上あの子を放っておくとあれだろう。外傷はなくなったとはいえ、臓器に傷でも付いてたから大ごとだ。さっさと終わらせるに限る。
そういうわけでドラゴエッジを後ろ腰に納刀した。いきなり武器の片方を収めた俺にイヴィルゴブリンたちが警戒心のこもった目を向けてくるが、俺の手が煌めいた瞬間そのうちの三つが顔ごとなくなった。
ゴパンッ! ゴパン! ゴパンッ!
鈍い発砲音とともに実弾がイヴィルゴブリンの頭部を吹き飛ばす。銃口から煙をあげるオールスMr.Iから空になった薬莢が排出された。クルクルと回してホルスターに収めた。
さすがにまだ一度の発砲音で三発同時に聞こえるほどの、とかそんな神業はできないが、これくらいなら容易いことだ。射撃術練習しといてよかった。
「ナッ、ナッ!?」
「「「ギギッ!?」」」
生物的な本能で死の危機を感じ取ったのだろう、後ずさるダークゴブリンとイヴィルゴブリン。しかしそれは命の奪い合いでは命取りだ。
「ほいっと」
ストンッという軽い音ともに、ホルスターから抜いた土ツールのナイフが三本飛んでいく。
「「「ギッ……」」」
残りのイヴィルゴブリン全部の頭に短剣が生えた。ていうか俺が生やした。絶命して倒れ伏すイヴィルゴブリン。思ったより弱かったな。
「ナ、何ナノダオ前ハ!?」
そんな俺を見て怯えるような声をあげるダークゴブリン。何か話すのも面倒なので、さっさと処理することにした。神速でエクセイザーを振るい、先ほどのようにチン、と背中に納刀する。
「これで終わりだ」
「ハヘッ?」
間抜けな声を最後にダークゴブリンは体に複数の切れ込みが入り、頭、胴体、下半身、四肢が分割されて息絶える。転がった頭を覗きこむと呆然とした表情で、何が起きたかわかっていなかったようだ。
「ん、こんなもんか」
「あ、あんた……」
震えた声をあげる少女を見れば、俺を声同様震える指で指差してありえないとでもいうように目を見開いている。はて、全部避けていたから血はついていないはずだが。
《…女性の前であれだけのことをすれば怯えるのは仕方がないのではないですかね……》
「あー……」
やらかしちまったか。なんか居心地悪くなってがりがりと頭をかきながら、外相はほぼ完治している少女に手を差し出した。
「えっと…立てるか?後、俺んとこに来いよ。治療してやるから」
「あ、うん……」
そんなんこんなで、俺は少女を保護した。
●◯●
「ほら、これ食べろよ」
「…ありがと」
差し出したお椀と白鋼のスプーンを若干赤い顔で大人しく受け取る少女。彼女は疲れ果てた様子だったので、お腹に優しいものとしてお粥を出した。
あの後ダークゴブリンとイヴィルゴブリンの死体をアイテムポーチに詰め込んで回収し、少女に肩を貸してできるだけ最速でログキャビンに戻ってきた。そしてシリルラに診てもらったところ、やはり内臓に傷が付いていた。後少しで手遅れだったという。
幸い、俺がこの世界に来てからの鍛錬の結果気功法をある程度マスターしており、霊力を使った治癒をした結果無事に治すことができた。肉体的疲労は取り除けないものの、命に関わるような傷は全て消したと思う。
で、今は治療が終わった途端可愛らしくお腹を鳴らした少女に飯をやっているところである。俺に聞かれた時殴りかかるような動きをして来たが、すぐにダウンした。よほどエネルギーを消費していたのだろう。
「…で、だ。なんであんなとこにいたのか、話してくれると助かる」
「……!」
しばらくちまちまとお粥を食べる少女を見守っていたが、ひと段落ついたところで話を切り出した。ビクッと肩を震わせた少女は、少し警戒心のこもった目で俺を睨んだ。俺は苦笑して頰をかき、机の上にドラゴエッジ、オールスMr.I、木札、ナイフ、全てを体から取り外して置く。少女は目を見開く。
「…!?」
「ほら、これでいいだろ?少しでも信用できなかったらどれでも使えよ」
「…わかった」
俺の言葉に偽りがないとわかったのだろう、ぽつり、ぽつりと少女は語り出した。
まずこの少女は、あの時自分でも言っていた通り東部生まれならしい。で、〝兎人族〟という獣人型の魔物と〝赤鬼族〟という種族のハーフなのだとか。
母親が兎人族で、父親が赤鬼族。兎人族は俊敏性と隠密性に優れ、赤鬼族はスタミナとパワー、タフネスさに長ける。全てにおいて優秀な素質を持って生まれた彼女は、生まれた当初いがみ合っていた兎人族と赤鬼族の架け橋になったという。
仲が良くなった兎人族と赤鬼族の中で、彼女はすくすくと育ち、弱きものには一切の慈悲がない東部で生き残るため、力を身につけていったという。だがそれが災いした。東部をまとめる黒い鬼神に目をつけられてしまったのだ。
鬼神は自分の軍門に下らなければ、兎人族と赤鬼族どちらともを滅ぼすと脅しをかけて来た。やむなく従った彼女は自分を育ててくれた両一族の安寧のため、鬼神に付き従って来たのだそうだ。
しかし、鬼神は最低最悪のことをした。今現在、東部では繁殖力の強い魔物の繁殖期に入っている。そうして大量に生まれた魔物達の経験値稼ぎ…要するにレベルアップのために、兎人族と赤鬼族を狩り始めたのだ。
「あいつは……戦わず守られているだけのもの達なんて、そこらにある餌と変わらないって…だから殺しても何も問題はないって……そんな、ふざけたことを抜かしやがったんだ!」
「………」
ガンッ!と強く拳を机に叩きつける少女。その顔には怒りが浮かび、しかしすぐにハッとしてここが俺の家だと思い出し謝って来た。俺も話を聞くだけでそのクソ鬼神にかなりイライラしていたが、なんとか笑顔で大丈夫だと返す。
勿論、約束を反故にされた少女が鬼神に従うはずもなく。少女は鬼神の顔面に一発かまして生き残っていた兎人族と赤鬼族を引き連れ、慈悲深いことで名の知れているエクセイザーに助けを求めに来たらしい。
だが、追っ手に追いつかれそうになり一人囮になって応戦した結果酷く負傷し、あの川で休息を取ろうとしていたところを俺が見つけ、そのあとはさっきの通り、と。
「…それが、あたしがここにいる理由だ」
「…そうか。なんつーか、よく頑張ったな」
俺は地球にいた頃親戚の妹のような子にやっていた感覚で、少女の頭を優しく撫でた。少女はボンッ!と顔を赤くして、振り払おうとする。だがそこは俺の人外のステータス、抗えなかったようでおとなしく撫でられていた。うん、サラサラしてて気持ちいい。あとウサミミモフモフ。
《…龍人様は救いようがありませんね。スケコマシ、女たらし、変態、ロリコンの四拍子とは》
だからロリコンじゃないからー!他のも違うし!それに、俺を好きになるやつなんてよほどの物好きか珍しいもの見たさなやつくらいだろうが!
《…………………物好きで悪かったですね》
なんかシリルラが小さい声で何事か呟いた気がするが、これ以上メンタルを削られたらたまったもんじゃない。なのでスルーすることにした。今は少女の方が先だ。
「あー…それで、だな」
「…何?」
「……すまん、今西部にエクセイザーはいない」
「っ!? ど、どうして!?」
「…俺が、殺したから」
そう言った瞬間、自分の顔が苦々しげに歪むのがわかった。あれは俺にとってちょっとしたトラウマになっている。
「はぁっ!?」
「でも安心しろ…ってのもおかしいか。とにかく、エクセイザーは俺の剣となって生きている。エクセイザー、出て来てくれ」
『承知した』
立てかけていたエクセイザーが浮かび上がって発光し、人間態となる。椅子を吹っ飛ばして立ち上がり、俺の襟首をつかんでいた少女はそれをぽかん、と呆然と見つめた。
「初めまして、じゃな。妾がエクセイザーじゃ」
「……はっ!! も、もしかしてインテリジェンス・ウェポン!?」
「正解じゃ。それでお主、妾や主人に何か頼みごとがあったのではないのか?」
エクセイザーの言葉に少女はようやく思い出したとでもいうように俺に向き直り、襟首をつかんでいた手を離してもう一方の手も机につき、深く頭を下げた。
「頼む! 兎人族と赤鬼族を助けてくれ!皆西部の中にいるはずなんだ!」
「いいぞ」
「あたしはどうなってもいい、だから………え?」
「いやだから、いいって。話聞いてるときからそのつもりだったし、一応今の西部の守護者は俺だしな」
「ほ、ほんとか!?マジでやってくれるのか!?」
「ああ……だが、一つだけ条件がある」
俺はやけに真剣な声でそう言い、机に両ひじをついた。手で口元を隠し、少女を射抜く。気分は某巨大な人型兵器で異形の使徒と戦うアニメのサングラスをかけた司令官だ。ゴクリ、と唾を飲み込む少女。
「お前、ここでしばらく暮らせ」
「…は?」
「両一族をつないだ希望みたいな子が一人だけ死んでたらその家族とやらも悲しむだろ?だから西部で落ち着いて暮らせるまではここで過ごしたらいい。それに、俺も話し相手が増えるのは嬉しいし」
「……本当に、いいのか?」
不安と期待の入り混じった目でこちらを伺う少女に、ポーズを解いて気にするなとひらひらと手を振った。すると少女は一瞬ものすごく嬉しそうな笑みを浮かべて、けどすぐにそっぽを向いて小さな声で「ありがとう…」と呟く。なんか、だんだんその子の性格がわかってきたな。
「ま、そんなわけでしばらくは同居人だ。あ、今更だけど名前は?」
「……ヴェルメリオ」
「ん。そんじゃヴェル、よろしくな」
立ち上がって、手を差し出す。少女改めヴェルはすぐには分からなかったようだが一つ前の会話で大体意味がわかったのだろう。おずおずといった様子で俺の手を握り返すのだった。
読んでくださりありがとうございます。
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