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陰陽師の異世界騒動記〜努力と魔術で成り上がる〜  作者: 月輪熊1200
一章 遥か高き果ての森
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十一話 門番と剣

 


  俺は今、ログキャビンのテラスにて座禅を組み、瞑想をしていた。他人が見れば、胡座をかきぴんと背筋を張って目を瞑っている体制で、全身から灰色の光が吹き出している風に見えるだろう。


  瞑想は皇ノ術…否、霊力を扱うものなら必ず通る基本の修行である。己という〝個〟を限りなく排し、自然の霊力と自らのうちに存在する霊力を同調させる。そうすることで、大気に漂う霊力をより精密に操ることが可能になるのだ。同時に、自然の管理者である精霊たちと親和性を高め、肉体的な恩恵を取り込んでより体を使いやすくすることもできる。


  何も物理的に鍛えるだけが、強くなる方法ではない、というわけだ。ステータス、そしてレベルアップという概念があるこの世界で爆発的に上昇した身体能力を完璧に使いこなすには一番この方法が手っ取り早い。


  しかし、本来なら座禅には自然から霊力を体内に取り入れ、自分の霊力として絶対量を増やすという目的もあるのだが、感覚的に霊力が増えた感じはしない。おそらく、増えてはいるものの、元の量が多すぎて実感ができないのだろう。


  ついでに言うと、どれだけ修行してもステータスに変動はない。基礎能力の積み上げはたとえレベルアップしても目には見えないのだ。まあ、もともと地球にはそんな概念そのものがなかったわけだし、別にいい。修行の成果は自分自身で自覚できているしな。


  そんなことを考えている間にも、俺は『遥か高き果ての森』に存在する大海のような霊力の奔流を体感し、それに対して己の中から溢れ出る地球にいた頃より何十倍にも膨れ上がった霊力を外に吐き出しては周囲の霊力と混ぜ合わせ、調和させて体の中にまた取り込む、ということを繰り返す。瞑想をやり始めた時に比べると、荒れ狂うような霊力は随分と穏やかに循環していた。自分の今の能力…ステータスも感覚に馴染んできている。


  よし、かなり順調にいっているな。最初にステータスを見たときは卒倒しかけたが、このままうまくいけばエクセイザーとの約束を果たせるようになるはずだ。


  …それに、いつかは〝あれ〟の制御も……


  そう考えた瞬間、脳裏に『あの時』の光景が思い浮かぶ。怒り、狂い、目に映るもの全てを破壊し尽くそうとした幼い自分と、それを見て恐怖に顔を歪ませていた奴の…〝俺が呪い殺したあの男の顔〟が。


「ッ……」


  短い人生の中で最大のトラウマを思い出してしまったことにより、集中が乱れて霊力が霧散してしまう。近寄ってきていた精霊たちも驚いて離れてしまったので、感じ取れていた自然の霊力とも繋がりが切れてしまった。こんなこと、いつぶりだろうか。幼少期、最初に座禅をやり始めた時以来かもしれない。


「畜生…今更、あの時のことを思い出すなんて」

『…お主、今のは』

《………》


  今まで俺が座禅をしているのをそばに立てかけられて静かに見守っていたエクセイザーが、わずかに驚愕と困惑が入り混じった声を発する。

  俺ははっとし、エクセイザーとシリルラには俺の内心や思い浮かべたことが筒抜けなのを思い出してしまったと思った。


「い、いや、今のはなんでもないから気にすんな!ちょっと前に見た映画を思い出しただけだから!」

『……………そうか』


  誰がどう聞いても嘘だとわかる言い訳をして慌てて誤魔化すと、無理やり話を終わらせて立ち上がった。そして数度頭を左右に振って頭の中に燻るものをかき消し、気持ちを切り替えて周辺を続けることにする。


  一度乱れてしまった以上、俺の心と精霊たちが落ち着くまで座禅をすることはできないだろう。なので、立てかけてあったエクセイザーを持ち上げると背中に装着する。そして腰と膝を沈め、左腕を前に、右手をエクセイザーの柄にかけ、静かにもう一度目を瞑る。すると、自然と先ほどまで高ぶっていた心は一切の波紋のない水面のように穏やかなものとなり、感覚が研ぎ澄まされていく。


「ふっ!!」


  次の瞬間、俺は刹那の間に鞘にかかっていた止め金を親指で弾き、自分の出せる最高の速度で抜刀、そこからの袈裟斬りを繰り出した。力をほんの少ししか込めず、ほとんどが腕の振るわれる速さのみでできたにも関わらずその斬撃はしかして空気を切り裂き、この世界では本来の限界以上の俊敏値による補正で地球にいた頃であれば切り札となっていたであろう凄まじい斬撃となった。


  しかしそれで満足するはずもなく、そこから逆袈裟斬り、薙ぎ、突き、と次々と斬撃を重ねていく。目の前に俺以上の強者……今も昔も変わらず爺ちゃんがいると想定し、本気で斬り殺すつもりで攻撃を放つ。


  が、しかしちっぽけな俺の想像でできた本物よりもはるかに弱いだろう幻影でさえ、一撃も当てることができずことごとく躱され、それどころか何十回もカウンターを叩き込まれる始末だった。

 

  先のことによる精神的なものもあるが、元よりまだまだ未熟な俺が爺ちゃんに勝てるはずがないようで。それはたとえステータスという特異なアドバンテージがあったとしても覆らないようだ。


  たとえそうだとしても、それでも俺は幻影へ攻撃を繰り返す。がむしゃらにではない。それも時には悪くはないが、今回は相手が相手だ。より効率的に、確実に当てられるように動きを洗礼していく。少しでも鋭く、強く、そんな一撃を放てるように試行錯誤を繰り返していく。




 ーー『もう、仕方がないですね龍人センパイは。そんなことで、私があなたを軽蔑するわけがないですよね?』




  ふと、研ぎ澄まされていた思考の中にある光景が割り込んでくる。


  それは、まだ地球で生きていた頃の温かい記憶。『あの時』のことをあいつに話して、それなのにいつも通り笑って受け入れてくれたときの、俺が救われたと思った瞬間。そんな記憶が、唐突に思い出された。


  けれど、余計なことを考えていたバチが当たったのか、なぜか幻影なのに額に擬音にするならば『イラッ』としたような青筋を立てた爺ちゃんが意識が外れた俺にアッパーカットを放ってきた。これまた実際に受けたわけでもないのに俺は吹っ飛び、テラスの上に叩きつけられる。


  一瞬空気が全て肺から抜け、次に背中を打ち付けた痛みに悶え苦しむ俺を見て爺ちゃん(幻影)は満足そうに頷くと、腕を組んだ体制のまま消えていった……あれ、本当に幻影だよな?


《…大丈夫ですか、龍人様?》


 ああうん、一応大丈夫。一応ね。


  珍しく心配のこもった声で聞いてきたシリルラにそう返し、俺はごろりと体の向きを変えてテラスの上に仰向けになる。すると雲ひとつない真っ青な空が視界に飛び込んできて、なんとなく立ち上がる気にならなくてエクセイザーを手放し、そのまましばらくぼーっとした。


  ……それにしても、幻影の爺ちゃんにすら負けるなんて。やっぱり俺は、まだまだ未熟なようだ。いや、むしろステータス的にはこの世界ではほとんど最上の部類に位置する俺を拳一つでぶっ飛ばした爺ちゃん(幻影)が強すぎるのだろうか?


「…うーん、どっちもどっちだな」


  そう結論をつけ、また青空を見上げてぼーっとする。

  しばらくそうしていると、唐突にまた別の考えが浮かんで来た。


  …そういえば。さっきの記憶。あいつが俺の中の『闇』とも呼べるべきものを受け入れてくれたのが、好きになった大きな要因の1つかもしれない。今思えば、あの時から後、あいつとの距離が結構近くなっていたような気がするし。


「…って、あぁ〜…」


  そこで、また自分があいつのことを考えていたことに気がつき、俺は頭を抱えてうめき声を上げる。


  死んでこの世界に転生してから、もう一ヶ月以上も経ったんだから吹っ切れたと思ってたんだが…やはり、俺を構成する根元の部分にあいつの存在は深く根付いていたらしい。


  あいつが好きだったというのは、紛れも無い事実だ。エクセイザーに言われて初めて自覚した時からいろいろ悩んでいたが、それに変わりはない。それでももう会えないのならと諦めがついたはずなんだけどな。


  もちろんこの気持ちをなかったことになんてしないし、ましてや忘れることなんてできない。でも、ここまで引きずっていたとは。こういうところが俺の未熟なとこなんだろうな。早い所けじめをつけなくちゃいけない。


  また湧き上がって来たあいつへの気持ちを無理やり押し込め、エクセイザーを拾い鞘に収めて立ち上がると、シュトッ!とテラスの手すりにどこからか飛来してきた一本の矢が突き刺さった。


  近づいて見てみると、その矢には紙が縛り付けられている。いわゆる、矢文というやつだろうか。


  矢を引き抜いて紙を取り、広げる。すると紙の中には、およそ日本語とは到底思えないくさび形の文字が羅列されていた。この世界の全大陸で使われている共通言語である『コモン』だ。


  この世界に転生してから一ヶ月と一週間ほど、シリルラにヒュリスの一般常識や文字などを教わっているのでコモンを読むことは容易で、すぐに文章の意味を理解することができた。


  読み終わると紙を綺麗に折りたたんでアイテムポーチの中に入れ、作業小屋の中から土ナイフや携帯食料(ゴブ肉の燻製)などを詰め込んだホルダーを取って必要最低限のものを持つとログキャビンを後にした。


  目指すのは西部領域南部、ゴーレムの鍛治師たちが住まう地だ。



 ●◯●



  ログキャビンから移動を開始して二時間ほど歩いた頃。


「…おっ、見えてきたな」


  俺の視線の先には、岩と金属で構成された全長十メートルはあるのではないかというほどの巨大な壁。『小人の森』に張ってあったエクセイザー特製の結界とは違い、これはしっかりと実物として存在しているものだ。結界は既に通り過ぎた。


  おそらく南部全体をぐるっと一周囲っているであろうその巨壁に何度目かになる感嘆のため息を漏らしていると、不意に壁の一部に開けられたアーチ型の穴の両隣にいた二つの影が自分に高速で接近してくるのを視界に捉えた。すわ敵襲か!?と思うかもしれないが、〝そいつら〟をよく知ってる俺は肩に担いでいた道具袋を手放して腰を低くし、衝撃に備えて構えた。


「リュー!」

「トー」


  予想通り、〝そいつら〟は容赦なく俺の腹部めがけて突進…否、抱きついてきた。普段から鍛えているのとステータスの恩恵もあり、受け止めることに成功する。が、ちょっと内臓に衝撃がきた。一瞬息がつまる。


「久しぶりー!」

「元気にしてたー?」


  が、そんな俺に構わず〝そいつら〟…紫色のメッシュの入った黒髪を持つ童子と幼女はきゃっきゃっと嬉しそうに声を上げ、かたやテンション高く、かたやテンション低い音程でそれぞれ俺に話しかけてきた。


「…おう、おかげさまでな。お前らこそ相変わらず元気だな、〝オルス〟、〝トロス〟」


  そんな二人…眠たげな半眼をした童子のほうがオルス、元気たっぷり幼女の方がトロス…の頭を撫でながら、俺は自分なりに優しげな笑顔を向けた。すると、二人は何が嬉しいのかすりすりと俺の腹に頰を擦り付けてくる。…一般人が受ければすりすりよりグリグリが似合いそうな圧だけどな。


  改めて、この二人…いや、二体はこの南部を取り囲む壁の番犬、オルスとトロス。見た目はちょっと髪色が特異なただの双子だが、実は『オルトロス』というウルフ系統のほぼ最上位に位置する二つ首の魔物であり、こいつ以上に適任な奴はいないだろうという最強の番犬だ。今は子供の姿をしているが、本来は二人で一匹。魔物の時は非常に凶悪な見た目で、前に俺も一度見たことがあるが、明らかに強者のオーラを醸し出していた。



  そういえば、魔物は進化すればするほど当然強くなっていき、それぞれ無数の姿形を持つわけだが、ある一定の強さに達すると必ず『人化』というスキルを覚えるのだとか。


  なぜかというと、シリルラ曰く、進化して生物としての格が上がれば上がるほど、万物の創造主であり、生態系の頂点どころか生み出した張本人…ていうか神…であるイザナギ様たちに魂の質が近づくためだという。だからどんな魔物も、最終的には人型に近い姿を取れるようになるらしい。まあ、そのあと魔物の姿でいるか人型でいるかはそいつら次第なようだが。


  そしてその『人化』を取得できるラインは相当高いらしく、つまり二人が人型となっているのはそれ相応の強さを持っているということだ。決して見た目で侮ってはいけない。


  だが、せっかく懐いてくれているのに警戒を続けたりとか無下にしたりとか、そんなことは当然しないけどな。


  あ、ちなみにもともと人型の魔物は『身体調整』と言うスキルを覚えるらしい。


「どうしたのー?」

「僕たちの顔に、何かついてるー?」

「ん? いや、ちょっとお前らのことを可愛いなって思ってさ」


  いつの間にかじっと見てしまっていたようで、不思議そうに首をかしげるオルスとトロスにそう言うと、「ふふん、そうでしょー!」「当然ー」なんて言いながら胸を張った。うん、やっぱり可愛い。


  …っと、危うく本来の目的を忘れるところだった。


「今日はここに用があるんだけど、通っていいか?」

「うん、いいよー!」

「どうぞどうぞー」


  お許しをもらったので道具袋を拾い、アーチをくぐり抜ける。すると今度は、多くの家が立ち並ぶ様が視界に飛び込んできて、どの家からも煙突から煙を吹き出し、中からはカンカンと何かを打つ音が聞こえてきた。


  壁の中に広がる街は大きな一本道を大通りとして、その途中に幾筋もの岐路があり、その岐路と帰路の間に沢山の家が建っている。上空から見れば蜘蛛の巣のように張り巡らされた道とその道々の中に寄せ集まっている家だったり鍛冶場だったりがよくわかるだろう。


  耳に聞こえるのは金属で金属を打つ澄んだ音、肌で感じる熱気、目に映るせわしなく動き回るゴーレムや、金属と思しきものを飛んで運んでいる蜂型の魔物などの姿が見て取れた。華やかさは欠片も感じないが、まさに鍛治師の街といった様子だ。


「っと、危ねえ」


  いろいろな方面から飛んでくる荷物運搬中の蜂型魔物を回避し、仕事を邪魔しないようにしながら石畳で整備された大通りを進んでいく。俺が目指している場所は、大通りの中央に設置されているこの街の中でもひときわでかい工房だ。


  やがてたどり着いた円形の広場に建つその工房は、何度見ても無骨で、それでいて力強い雰囲気を醸し出していた。石造りの外観に、これまたアーチ型の両開きの木扉が取り付けられた入り口。建物自体の高さは壁といい勝負をするくらいはある。

 

「すいませーん」


  挨拶をしながら扉を開けると、ぶわっと熱気が体に襲いかかってくる。しかしそんなことは気にせず、木材で作られたカウンターに近づいていった。カウンターの奥には、むき出しの鍛冶場が見える。


  ちなみにこれは余談だが、あのカウンターやこの街の建物などを造る技術は魔物達が自分達で発展させていったのもあるが、例のごとく世界を旅している神鳥からもたらされた知識のおかげでもあるらしい。


  ある程度近づくと、カウンターに座っていた茶髪に褐色肌の、一見人間の少年に見える土の精霊…ノームが俺に気づいてぱっと顔を明るくする。


「あっ、リュートの旦那」

「よっ、〝ノズ〟。例のものを受け取りに来たぞ」


  俺の言葉に頷いたノーム…ノズはこちらへ、と言って鍛冶場の中へ入っていく。俺もカウンターの横にある腰下までの高さの小さな引き戸を使って中に入ると、ノズの先導で内部を進んでいった。


  鍛冶場の中では様々な姿形をしたゴーレム達が武具や農具などを造っており、極限の集中状態にいるためか、俺たちが背後を通っても全く反応しない。


「親方、リュートの旦那が来ましたよ」


  相変わらずすごい集中度合いだな、なんて考えながらゴーレムたちを見ていると、いつの間にか最奥部についていたようで、そこにいた魔物にノズが声をかける。俺も意識をこちらに引き戻し、所狭しと鉱石や素材、鍛治器具が乱雑に散乱している、ひときわ大きな円形の部屋の中央にある炉の前で他のゴーレムたち同様鍛治をしている魔物へ向けた。


  『彼』はちょうど打ち終えたのか、高熱で刀身が真っ赤な剣を水桶に浸し、ゆっくりと立ち上がってこちらを振り返る。


「……そうか、来たか」


  鮮烈な赤の光を宿す隻眼を光らせ、厳かな声で答えたその魔物……アーマードドラゴニックゴーレムの〝ガルス〟さんは、一言で言うと戦士だった。いや、龍人型のゴーレムといった方が正しいだろうか。もちろん太く長い尻尾も臀部に生えている。


  しかし、『彼』は決して鎧を着込んでいるわけではなく、あれは皮膚そのもの。加えて、全身にはおびただしい量の傷が刻まれており、それは顔にもあった。左顔に縦一直線に走る傷は、彼の本来あるだろう左目を完全に潰している。これで手に持った槌と鎧のような体の上に鍛冶用の作業服を着ていなかったら、どこからどう見ても武人にしか見えない。まあ、有事の時は魔物としての力を全力で発揮し、切り込み隊長をするようだが、普段はほとんど力を出さず、鍛治のことしか頭にないらしい。


  この一ヶ月と少しで西部領域に住む多くの魔物たちと知り合い、全員が全員人間っぽいというのは知っているが、その中でも群を抜いてガルスは人間くさいと思う。例えば、今俺の方を見ながら腕を組む仕草をするところとか。あとは鍛治のこと以外だと細かいことは気にしない大雑把な性格だとか。これで髭も生えてたら、完璧に堅気な職人だ。もしくはドワーフ。


「…久しぶりだな」

「はい、久しぶりですガルスさん」


  年齢的にはエクセイザーと数十年程度の差しかない、つまり相当年上なので敬語を使って返す。するとガルスさんはこくりと小さく頷き、目線でついて来いと俺に言う。それじゃ、俺はこれで、と言いながらカウンターに戻るノズを見送り、俺は部屋の奥へと向かったガルスさんを追いかけた。


「…これだ」


  近づくと、ガルスさんはこれまた乱雑に置かれ、積み重ねられていた武器やら防具やらの山の中から一つの長方形の木箱を探し出して持ち上げていたところだった。そのまま体を反転させ、俺に木箱を差し出してくる。道具袋を床に置き、両手で木箱を受け取った。そして右手でゆっくりと蓋を開けると、中には一振りの納刀された剣が収められていた。


  剣を取り出して、木箱をガルスさんに返す。左手でくすんだ灰色の皮が巻かれた柄を握りしめ、一気に抜き放った。現れたのは、精緻な彫刻の施された曇りひとつない美しい銀色の刀身。くさび形文字の刻み込まれた刀身の根元には両面とも、龍を模した彫刻が刻み込まれている。刀身側に両端から小さな牙が飛び出た長細い鍔は灰色に染められ、竜の牙のような装飾の彫り込み。小ぶりな球型の柄頭には、見るものを萎縮される金色の瞳がはめ込まれていた。


「…ガルスさん、この剣の名前は?」

「…灰龍の銀刃。お前にもらった『女皇』の鱗、牙、骨、瞳、後は耐久性に優れた灰龍の皮を使った。儂の持てる全てを使い尽くして打ち上げた一振りだ」

「…ああ、よくわかる」


  尋常でない、しかし引き込まれるような雰囲気を持つ剣に見惚れながらガルスさんに言葉をこぼす。すると、ガルスさんは龍を模した兜のような顔であるが故に表情はわからないが、満足そうに一つ頷いた。


  それを横目に見てやはり人間ぽいな、と思いながら剣を軽く振ったりジャグリングしたりして重さを確かめ、しっかりと手に馴染むことを確認すると納刀し、鞘についていたパーツを使って左腰に括り付ける。ミスリルが主材料とはいえ、それなりの重さが体にかかる。


「満足したか?」

「当然。これで一歩、皆の期待に応えるのに近づきました」

「フン…ならいい」


  この剣はガルスさんと知り合ってしばらくした頃、予備の武器として製作を依頼した物だ。あの矢文に書いてあったのは、この剣が完成したので取りに来いということ。もしもエクセイザーが手元になかったり、戦闘中に弾き飛ばされた時に使うものとして作ってもらった。


  それとその他にもうひとつ。エクセイザーやオグさん、その一部に限らず転生してから今までで会いにいった魔物たちにした約束…エクセイザーの代わりに、俺が西部を守るという目標のために出来る限りの事をしようと思った結果、持っていたエクセイザーの素材を惜しみなくガルスさんに渡して〝守る力〟足り得るものを、という意味がこの剣には込めてある。


  そしてこの剣は充分、いやむしろ最高以上にそれに値する力を持っていると直感できた。


「ありがとうございますガルスさん。このお礼は必ず未来で」

「…期待しておこう」


  それだけ言うと、ガルスさんは炉の前に戻って冷却していた剣を水桶から引き上げ、また熱して打ち出してしまった。どこまでも鍛治一筋の様子にまた苦笑いをこぼし、俺はその大きな背中に一度深く頭を下げると部屋を後にした。


  ノズにも挨拶をすると工房を出て、帰るために街の出口に向かって歩く。


「じゃーんけーん!」

「ぽーん」


  やがて出口にたどり着き、アーチを潜ると、すぐ目の前でオルスとトロスが俺の教えたじゃんけんをしていた。結果はどうやらトロスが勝ったようで、いつも通り元気いっぱいに嬉しげな勝鬨をあげる。それを見てオルスは眠たげな目に悔しそうな炎を浮かべていた。


「残念だったな、オルス」

「あっ、リュートだ!」

「用事は終わったのー?」

「ああ…っと、そうだ」


  俺はアイテムポーチの蓋を開け、中からゴブ肉の燻製を何切れか出す。すると、二人は燻製肉を見て目を輝かせた。

  そんな無邪気な番人たちに今日三度目になる苦笑を呈しながらゴブ肉を差し出した。


「ほら、どうぞ」

「「いいのー!?」」

「いいよ。二人とも大好物だろ?」

「「大好物です!」」


  オルスも珍しくハイテンションに答え、俺の手からゴブ肉をかっさらう。そして一枚一枚美味しそうに食べながら「ぱさぱさしてておいしー!」とか、「いいかんじにしょっぱいー」なんて、ある意味犬が餌付けされてるっぽい感想を言っていた。



  二人の楽しそうな様子に新しい武器も手に入り、気分が良かった俺は二人がゴブ肉を食べ終えた後、しばらく体一つでできる遊びをしてからログキャビンに帰った。




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