十話 一ヶ月後とゴブ肉
「ギャギャギャギャ!」
「ギャ、ギャギャ!」
「ギャギャッ!」
俺は今、複数の魔物に囲まれていた。
そいつらは皆一様に同じ姿をしており、120センチほどの身長に黒い肌、醜悪な顔、そして要所を包む錆びた鉄製の軽装鎧。腰には短剣を携帯し、全員黒いハゲ頭に赤いバンダナを巻いている。
その魔物ーーゴブリンの上級種の一つ、『イヴィルゴブリン』たちは俺に警戒のこもった目を向け、およそ人では出せないような奇怪な声で話し合いながら俺の周りを取り囲んでいた。その数、およそ八匹。
そんな彼らに対して腰を落とし、右手に銀色に輝く長剣…エクセイザーを携え、臨戦態勢を取っている俺の足元には既に数匹のイヴィルゴブリンの死体が転がっており、まだ生き残っているイヴィルゴブリンたちは同胞を殺した俺へ怒りを瞳に宿している。
「ギャギャァッ!」
唐突に、俺の正面にいた青バンダナのイヴィルゴブリン…おそらくリーダーと思われる一匹が剣を振りかぶり、俺を斬殺せしめんと突進してきた。その右腕と剣にはそれなりの速度がある…が、遅い。
「フッ!」
俺はイヴィルゴブリンの何倍もの速度で右手を振るい短剣を弾き飛ばすと、そのまま返す刀でイヴィルゴブリンの体を両断する。エクセイザーはたやすく軽装ごとイヴィルゴブリンの体を斜めに切断し、同時に刀身を覆う猛毒によって即死させた。
「火ヨ我ニ集エ、コノ手ニ望ムハ全テヲ焼キ尽クス力、〝ファイアボール〟」
しかしゴブリンの死体が地面に落ちるのを見る暇もなく、背後から汚いダミ声で呪文と思われるものが聞こえてくる。そして次の瞬間、わずかに肌が熱を感じ取った。
『後ろじゃ、主人!』
脳内に響いた女性の声…エクセイザーの声と熱の気配を頼りに、エクセイザーを振り抜いた体制を直すことはせずに腰に手を走らせ、直径10センチほどの何かの紋様が刻まれた木の札を飛んできているであろう火球に投げる。
バチッ!
「ギッ!?」
すると、火球が木札に当たった瞬間弾くような音がし、火球は木の札とともに弾けた。
イヴィルゴブリンが奇声をあげて狼狽えている隙にもう一度素早く左腕を後ろ腰のホルスターに走らせると、おなじみ土製の投げナイフを一つ抜き出し、スナップをきかせて背後に投擲する。すると、「ギャッ!?」という断末魔の声とともに何かが地面に伏す音がした。
ゆっくりと左腕を下ろして立ち上がると、残りのイヴィルゴブリン達は酷く動揺した様子を見せる。チラリと後ろを見てみれば、今しがた倒したゴブリンのバンダナは紫色だった。おそらく、唯一《魔法》を使える特別な個体だったのだろう。どうやらリーダーと切り札、どちらともを失い統率が取れなくなったようだ。
俺はこれ幸いとおろおろするばかりでろくに動けていないイヴィルゴブリン達に高速で接近し、まず右の三匹に向かってエクセイザーを一閃。三匹とも上下真っ二つになったのを後ろ目に確認し、くるっと右足を軸にターンして残りの三匹に向かってあらかじめ抜いていた土ナイフを一本ずつ投擲する。
「ギッ!?」
「ギャッ!?」
「ギャギッ!」
すると左右二匹の頭部と胸部にそれぞれ深く突き刺さり、致命傷となったようでどさりと倒れふす。しかし真ん中の一匹は、なんとブリッジのような姿勢でなんとか躱わしていた。
が、それは思いっきり俺に隙を見せるということで。
俺はイヴィルゴブリンに近づき、大上段からエクセイザーを振り下ろす。当然ブリッジもどきをしていたイヴィルゴブリンに防げるわけがなく、あっさりと両断された。
「ギッ……」
イヴィルゴブリンが左右半分になって崩れ落ちると、エクセイザーを横に振るって血を取り、次にズボンのポケットから血拭き用の布を取り出して刀身をしっかり拭うと数度回転させてチン、と右肩に斜めがけされた鞘の中に収める。そして親指で鞘についているストッパーを鍔に嵌めた。こうすることで背後から武器を奪われたり、抜け落ちたりするのを防いでいる。
「ふぅ…今日は多かったな」
『そうじゃな。大事無いか?』
「おう。特に怪我はしてないぞ」
『そうか…ならよかった』
安堵したような息を吐くエクセイザーに少し苦笑し、俺はイヴィルゴブリン達の死体から武具を剥ぎ取ると近くに放っていた大きな荷物袋の中に放り込み、死体の方は腰のポーチに収納する。
《龍人様、お疲れ様ですね》
死体を全て収納し終わると、タイミングを見計らっていたエクセイザーとは別の抑揚のない少女の声…シリルラが脳内で話しかけてくる。
《おう、ありがとな。それと、戦闘中エクセイザーと一緒にサポートしてくれてサンキュ》
《いえ、大したことではありませんね》
シリルラと心中で会話をしながら、俺は袋を背負ってこの世界の我が家であるログキャビンの方向へ歩き出す。
木の葉の隙間から差し込む暖かい木漏れ日が支配する森の中を数十分ほど歩き続けると、やがて自分の作った木の柵が見えてきた。
柵に近づいていき、右手で触れて少し念じると張ってあった結界が少し揺れ、その後に目の前の部分だけ穴が開く。その穴を使って内部に入った。そしてそのまま自作の小さなキノコ畑の間を抜け、ログキャビンの横にある小屋の中に向かっていった。
やがて小屋の前にたどり着くと、右手でかすかに軋んだ音を立てながら扉を開ける。すると、種類別に分けられた鎧や留め具、川などの小山が目に飛び込んできた。そしてそれらが囲む小屋の中央には、小さな作業机のようなものが置かれている。
俺はその机に近づいていき、机上に袋の中のものを全てぶちまけた。それが終わるとエクセイザーを右肩から左脇腹にかけて斜めにT字型に巻きついているベルトごと取り外して立てかけ、近くにあった木製の椅子を引いて座る。そして鎧の解体を始めた。留め具や体に固定するための皮ベルトを剥ぎ取っていく。
もう何回も繰り返したものだから手馴れたもので、すぐに解体は終わり、分けられたパーツ類をそれぞれ同じものが積み重なっている山の中に放り込んだ。
それが終わると袋を片付け立ち上がり、エクセイザーを持ってさらに小屋の奥にある大きな毛皮に向かっていく。そして今度は腰からパッチンボタン式のポーチを取り外し、毛皮の上で留め具を外して口を開けると、先ほど収納したイヴィルゴブリンの死体がごろごろと転がり落ちてきた。
ポーチを振り、全部出たことを確認すると死体をひとまとめにして自分が座れるスペースを確保する。そうすると毛皮の上に座り込み、エクセイザーを抜いた。
さあ、楽しい解体の時間だ。
『…妾は全く楽しくないがな』
うっ…ごめん。でも、お前でやる時が一番早く終わるからさ。
『当然じゃ。この妾がたかが土で作ったナイフに負けられるか』
で、ですよねー!
エクセイザーと心の中でそんな会話をしながら、イヴィルゴブリンの死体を次々と解体していく。全員の首を切り落とし、毛皮の横に空いている穴の中に流れ出てきた血を落とし込む。
数分経ってほとんど抜けると、今度はスキル【解体師】を発動させながら皮を剥いでいった。そのまま全身の肉を削ぎ落とし、歯や爪、目などの細かいものをえぐり出したりする。すると骨と内臓だけになるので、肉と骨はあらかじめ蓋を開けて置いておいたポーチの中に放り込み、内臓や細かいものは血だまりのできている穴のなかに捨てる。こっちは何にも使い道がないからな。
その作業を、死体の数だけ繰り返していった。全部で十五体だったが、五匹目くらいから脳内にエクセイザーの『うぅ…ぬめぬめして気持ち悪いのう…』という言葉が繰り返し流され、けっこうな精神ダメージを受けた。本当にごめんなさい。
心の中でエクセイザーに謝り倒しながら作業を続けていると、紫色のバンダナをしていた個体の死体…その頭部を解体した時に、脊椎らへんから手の中にころりと紅蓮色のビー玉のようなものが転がり落ちてきた。
「おっ、ラッキー。《霊石》があったとは」
しかも色からして、多分これは【火魔法】のスキルだ。
《よかったですね。これで龍人様の苦手な火の魔術を上達させることができますね》
「う…」
それを言われると痛い…
シリルラの言葉にちょっと苦笑しながら、上着のポケットの中に霊石…そのものの持っていた才能、要するにスキルが物質化したもの。この世界では魔石と呼ぶらしい…を血を拭ってねじ込み、作業を再開する。
それから十数分もすると全ての解体が終わり、しっかりエクセイザーを布と魔術による水で綺麗にしてから鞘に収める。そしてポーチの蓋を閉めて持ち上げ、エクセイザーをもう一度肩にかけると小屋を出てログキャビンの方へ移った。
小屋から出はしたがログキャビンの中に入ることはせず、テラスに置いてあった椅子にすとんと腰を下ろす。そして近くに置いてあった土ツールの鍋を取り、椅子の横に設置してある直方体型の土台の上に乗せる。
しっかり土台に固定すると中に魔術で水を張り、エクセイザーを抜いて話しかけた。
エクセイザー、頼めるか?
『承知した。…〝火よ我に集え、この手に望むは全てを焼き尽くす力、ファイアボール〟』
エクセイザーがイヴィルゴブリンと全く同じ呪文を唱えると、エクセイザーの刀身の切っ先に火球が出現する。それをそのまま土台の下に持って行き、また腰から木札を取り出して火球の下に設置する。
「〝固定〟」
〝霊言〟を唱えると、木札に掘られた先ほどとは別の紋様が光る。それをしっかり確認してエクセイザーを体に引き寄せると、火球のみが木札の上の空中で留まっていた。
よし、うまくいったな。
エクセイザーを鞘にしまい、そのまま水が沸騰する前にやるべきことがあるのでログキャビンに入る。
中に入ると大きな棚に直行し、引き出しの一つを開ける。そしてそこから〝塩〟と彫られた木製の瓶を取り出し、更にその横の引き出しから同じく木製のまな板を持つとテラスに戻った。
ちらりと鍋の具合を見ると、水はまだまだ沸騰していない。確認し終えると一つ頷き、一度鍋に近づくと水の中に塩をある程度ふりかける。それが終わるとテラスを移動し、鍋の乗っている土台をそのままでかくしたようなものをテラスの端から引っ張ってくるとその上にまな板とまた取り外したポーチを置き、ポーチの蓋を開けて中にあるイヴィルゴブリンの肉を出す。
さて。エクセイザー、もう一回仕事だ。
『またかぁー!』
エクセイザーのシャウトをBGMに、彼女の刀身を頼んで縮小してもらってからイヴィルゴブリンの肉を油の部分を取り払い、スライスして一口サイズにしていく。全部厚さが均一になるように、注意してやらなければいけない。
やがて、イヴィルゴブリンの肉を全てスライスし終えた頃、タイミングよく背後からぼこぼこという音が聞こえてきた。顔だけ振り返って見れば、水が沸騰して熱湯になり、ばっちり沸騰している。
今食べるぶん以外のスライス肉をポーチに放り込み、肉をまな板ごと持って鍋に近づく。そして熱湯の中にダイブさせた。
「…っと、これも忘れちゃいけないよな」
危うく忘れる寸前だった霊石をポケットから出し、肉と同じく鍋の中に放り込む。こうすることで、肉と霊石についているであろう目に見えない細菌やらなんやらを煮沸消毒するのだ。ついでに肉は干し肉にする。
あとは特にやることがないので、まな板をおなじみ水魔術で綺麗にし、片付けてくると椅子に座り込んでぼーっと待つ。
「…んー」
《どうかしたんですかね?》
肘を足につき、顎を手で支えて鍋を見つめながら声を漏らすと、シリルラが不思議そうに問いかけてくる。
「いや、もう一ヶ月も経って慣れてきたなぁ、と思ってさ」
《なるほど…》
俺はシリルラにそう答えながら、一ヶ月前のことを思い返したーー。
●◯●
自分の中に沸いた疑問により考えが危ない方向へといったところをシリルラに諭され、そのあと今更になって気づいて失恋したりなんかもしたが、なんとか立ち直って俺は本来の目的である『小人の森』へと向かった。
そして、出発してから約三時間後。
「これは……?」
俺の目の前には今、半透明の壁のようなものが存在していた。壁の向こうには今立っている場所と変わらない森が広がっているように見える。
それは左右両端を見ても端っこが見えないほどの規模で張られており、本来陰道が主である陰陽師であるがゆえに、これは結界なのだと直感的に悟った。
『この結界は、区域ごとによって妾が区別のために張ったものじゃ。妾が許可ものしか通れんようになっている。当然、妾本人がいるのだから通れるぞ』
お、そりゃよかった。ぶっちゃけ、俺には結界をどうこうするなんてことはできないからな。
…もしもの時のために、陰道ももう少し修行したほうがいいだろうか。エクセイザーにも強くなるって約束したし。
まあ、それは今悩むことじゃないだろう。まずはここを抜けて、『小人の森』にたどり着かなくてはいけない。
恐る恐る結界に右腕を伸ばし、触れようとする。一瞬抵抗感があったものの、すぐに右腕はするりと結界を抜けた。
これ幸いと足を踏み出して結界を越える。また抵抗があったが、数秒前と同じようにほんの少しの瞬間で何も感じなくなった。
「…って、あれ?」
再び足を動かしていざ先へ進もうとしたところで、ふと足元に違和感を感じる。視線を地面に落とせば、その理由はすぐにわかった。
なんと、俺が立っている場所にはしっかりとした〝道〟があったのだ。木や草、石ころなどが除かれ、舗装がされている。
『この区域は人型のものが多いからのう。移動がしやすいようにゴーレムたちと作ったのじゃ』
なるほどな。こういう細かい気配りができるところも、エクセイザーが『女皇』として慕われていた理由の1つなのだろう。
そう考えながら、石でできた道を進んでいく。道は俺が進んでいる中央の道から所々枝分かれでしていて、エクセイザー曰くその先にはそれぞれの魔物の集落があるらしい。そして中央の道の先には西武で一番の大樹と、件のハイオークがいるのだとか。
一体どんな魔物なのだろうなあ、と考えながら歩いていると、ふと周囲の森の中から俺に向かって視線が向けられていることに気がついた。
《おそらく、この森に住む魔物たちかと。初めて見る龍人様に、興味を引かれたのでしょうね》
シリルラの説明に頷きながら、内心納得する。この『遥か高き果ての森』には今まで人間がたどり着いたことはないからな。見たことのないやつがいたら、そりゃあ多少は気を引かれるか。
魔物たちの視線を受けながらも歩き続けると、やがて開けた場所に出た。見上げるほどの大きな木を中心に円形になっているその場所は、一面の花畑……ではなく、キノコ畑だった。しかしジメジメしているわけではなく、俺の世界のキノコと育ち方が違うのか空から落ちる陽光に照らされ、目に見えるほどの胞子を空中に発している。
どこか幻想的なその光景に見とれ、視線巡らせていると、大樹の根元に何かがいるのに気がついた。
一瞬ためらったものの足を踏み出し、その存在へ近づいていく。
「スゥ……スゥ……」
近くに寄って見てみると、それ…というか彼女は、あぐらをかいて静かに寝息を立てていた。その近くにはなぜか、大きな銅鑼がある。
茶色いつなぎのような服に同色の作業帽子、服の裾から見える手は健康的なピンク色で、帽子で隠れているので顔は見えないもののその中からしまわれずに垂れているセミショートの髪は艶やかな黒。
そして…その、なんだ。つなぎを盛り上げる胸の大きな2つのモノにより、女性だということがわかった。べ、別にジロジロ見たりなんかしないからな、うん。
《………》
それにしても、この女性(?)はいったい誰だ?ここにいるってことは人間じゃなくて魔物…だよな?
あ。もしかして、この女性(?)が件のハイオーク?
『正解じゃ』
《女性だったのですね》
『うむ…それにしても、またこんなところで居眠りしおって。すまぬが主人、起こしてもらえるか?』
おう、わかった。
エクセイザーの言葉に従い、ハイオークの女性(?)の肩を揺さぶる。数度揺すると、わずかに呻き声を漏らしながらハイオークが動いた。
「んぅ……うう〜ん…あと五時間…」
「いや、寝すぎだろ!」
「……む? あれ、その声は……誰?」
ハイオークがこぼしたセリフに思わずツッコミを入れると、彼女は目を覚まし、ぱっと頭を上げてこちらを見てくる。そして俺の顔を覗き込み、不思議そうに首をかしげた。
その拍子に見えた彼女顔に、俺は心底驚く。それによって、思わず硬直してしまう。
別に醜いから驚いたのではない。むしろその逆で、あまりに彼女の顔が可愛らしかったから驚いたのだ。
帽子と髪で影になって若干見にくいが、くりっとした大きな2つの黒い瞳。すっと通った鼻筋に手同様健康的なピンク色に染まった肌。ほっそりとした顎に、ちょこんと小さな桜色の唇の両端から可愛らしく飛び出た小さな牙。
魔物であり、日本語で直訳すると高位の豚人と書くはずのハイオークの少女は紛れもない、美少女と言っていい美しい顔立ちをしていた。
「ちょっと、聞いてる〜?」
「……はっ! え、えっと…初めまして、か?」
「うん? そうだね〜、とりあえず、初めましてかな〜。それで、君は誰〜?」
なんとか我に返って言葉を絞り出し挨拶をすると、ハイオークは間延びした声で聞いてくる。本当にのんびりとした性格みたいで、口調にもそれが現れているようだ。
「俺は皇 龍人、人間だけど…ハイオーク、でいいんだよな?」
「そうだけど〜…君、人間〜?」
「え、う、うん」
「そっか〜人間か〜!初めて見たなぁ〜!」
間延びした口調はそのままに、両目をキラキラ光らせてハイオークの少女は笑う。そんなに珍しいだろうか。いや、間違いなく珍しいんだろうな。
「私はオグ、この『小人の森』の管理者みたいなことしてるの〜。これからよろしくね〜。呼び名や口調は好きな形でいいよ〜」
「よろしく、オグさん。俺のことも好きに呼んでくれていいけど、口調はこのままで構わないかな?」
「いいよ〜。リュートも素の方が話しやすいだろうしね〜」
立ち上がったハイオーク…オグさんが手を差し出してきたので、俺はそれをしっかりと握る。っていうか、オグさんってかなり身長高いんだな。俺より10センチ以上はでかい。それと、オグさんは気配りができる人(魔物)だった。
「それで〜、リュートはなんでここにいるのー〜?」
「あっ、そうだ。それが実はーー」
ここで俺は本来の目的を思い出し、ここにいる経緯この世界に転生してからやってきたこと、そして…エクセイザーのこと、俺の固めた決意をオグさんに語る。
転生したことは秘密にした方がいいか、とも思ったが、この『遥か高き果ての森』から出ない限りは俺が転生者だということはこの森に住んでいる魔物達以外には誰にも知られないだろう。
俺は正直、話しながら内心怯えていた。なにせ、この西部で一番大切なやつを殺してしまったのだ。今ここで嬲り殺されても何も文句は言えない。
別に死ぬことはあまり怖くないし、それで俺が許されるのなら安いものだが、今の所好印象な彼女に憎しみの目を向けられるのが、少し怖かった。
「ーーそういうわけで、俺はここにいる」
「………」
俺の話を静かに聞いていたオグさんは、瞑目して何かを考え込んでいた。
俺はぐっと手を握りながら、それでも口を開いて言葉を吐き出す。
「…許してくれなんて言わない。俺を殺したいならやってくれ。でも、1つだけ言わせてほしい。今言った俺の決意は本当だ。それでも許せないなら…この命を差し出す」
「……そっかぁ」
そう言って頷く彼女の顔に浮かんだ表情はーー侮蔑でも憎悪でも、ましてや殺意でもなく、柔らかな笑みだった。
「リュートの事情はわかったよ〜。それで〜、私はリュートの決意、応援するよ〜」
「…許して、くれるのか?」
「正直、ちょっと怒ってるかな〜」
やっぱり、そうだよな…
「でもね〜、リュートは逃げないでいてくれたから〜」
「……え?」
突然の言葉に呆けた声を出す俺に、オグさんは柔和な笑みを浮かべてから語り出す。
「もしリュートがただの快楽で殺したなら私は本気で潰したけど〜、リュートは後悔した上で前に進むって、逃げないって選択したから〜。だから、頑張ってねリュート〜!」
「……!」
言いながら、彼女はにっこりと笑った。
口調はそのままだった。それでも、その目と声音は真剣で、俺に向かってエールを送ってくれた。それが、無性に嬉しかった。
涙が目にたまりそうになったがぐっとこらえ、俺はオグさんに向かって笑顔を返す。
「…ああ!これから頑張るから、期待しててくれ!」
「うんうん、期待してるよ〜。…さてと、それじゃあ他の子達にも伝えないとね〜」
オグさんはくるりと体を反転させ、大樹に立てかけてあった大きな棍棒を持つ。その高身長な体に全く予想を反さず、片手で棍棒を持ち上げると、オグさんは思い切りその棍棒を近くにあった銅鑼に叩きつけた。なんであるのか不思議に思っていたが、そういうふうに使うのか。
その身を震わせて発せられた銅鑼の大きな音はおそらく『小人の森』全体に響き渡り、数分もすると、わらわらと周りの森からこの広場へ魔物達が集まってくる。その中にはハイゴブリン、コボルトと思われる見た目の定番の魔物もいた。
ここでもう一つ、俺は驚愕に値することに出会った。なんと、ハイゴブリンの見た目が可愛いのだ。
醜悪な見た目で人間の女をさらい孕ませる…というのがファンタジーのゴブリンの設定のド定番なのだが、今目の前にいるゴブリン達は肌は緑色なもののサラサラの黒い髪を持ち、低身長なことと口の端から生えている牙以外は人間の子供となんら変わりない容姿をしている。
どうやら、この世界でのゴブリンは俺の知っているゴブリンとは違うようだ。俺の中にあった固定観念が、いい意味で崩された瞬間だった。
銅鑼によって集められた魔物達は一体どうして呼びかけがかかったのか理由を聞くこともせず、ただ静かにじっと俺とオグさんの方に目線を向けている。
そんな魔物達をオグさんは見渡し、一つ頷くと口を開いた。
「みんないきなり呼んでごめんね〜。今日はお知らせがあったから来てもらったんだ〜」
「オグ様、お知らせってなんですかー?」
手を挙げて尋ねられたハイゴブリンとおぼしき男の子の質問に、オグさんは鷹揚に頷いた。
「実はね〜、今日、『女皇』がお隠れになったの〜」
『『『ーー!?』』』
魔物達は先ほどまでの様子は何処へやら、ざわっと騒ぎ出す。仕方のないことだろう。お隠れになった…それはつまり、死んだことを意味するのだから。
「じ、女皇様は何かの病でお隠れになられたのですか?」
「ううん、違うよ〜。彼女は、ここにいる人間に倒されたんだ〜」
『『『人間っ!?』』』
魔物達全員の声がハモった。これってよくあるけど、割とすごいことなんじゃないだろうか、そんなくだらないことを考える。
「彼の名はリュート、つい先日ここに来たの〜」
「ま、まさか地上から!?」
「だとしたらもっと大勢の人間が来るかも…」
「ううん、それはないよ〜。彼は特別な方法でここへ来たから〜、他の人間が来るどころか、ここから出られないの〜」
「ここから…」
「出られない…」
「それでね〜…」
それからオグさんは、俺が転生した存在であることを抜き出し、残りの部分をうまくつなぎ合わせて魔物達に説明をした。最初の頃はこちらにちらほらと殺気が叩きつけられたが、話が進むにつれ少しずつ緩和されてゆく。
「…だから〜、彼はしっかり命を奪ったことへの責任を感じてるの〜。みんなも彼のことを見守ってくれないかな〜?」
「…オグ様がそう言うのなら、僕は賛成です」
「僕も」
「私も!」
「俺も!」
あれよあれよと言う間にどんどん魔物達が手を挙げ、賛成の意を示していく。やがて、その場にいた全ての魔物が賛同の意を声高に叫んでくれた。
「みんな、ありがとう〜…それじゃあリュート、次は君の番だよ〜」
オグさんに促され、俺は魔物達の前に立つ。俺を見つめるその瞳には期待と、少しの複雑さが混じっているような気がした。
「えーっと、ご紹介に預かった皇 龍人だ。まず最初に、もう一度みんなに謝らせてくれ。謝って済む問題じゃないけど、それでも受け入れてくれると嬉しい」
そう言って深く頭を下げると、魔物達はそれぞれの反応を示す。好意的なものもあれば、どこか納得しきれていないと言うものも多数あった。
俺はそんな彼ら彼女らの感情を受け止めながら顔を上げ、自分なりに真剣な顔で声を張り上げる。
「もうオグさんが言ったけど、俺はこれからこの西部のためにこの身の全てを尽くそうと思う! そしていつか必ず、エクセイザー…女皇に胸を張って並び立てるような存在になってみせる! だから、俺のことをしばらく見守ってくれないか!それが俺の、心からの願いだ!」
俺の言葉に魔物達は一瞬静まり返り…しかしすぐに大きな声援の声を上げてくれた。
「頑張ってね、人間さん!」
「期待してるぞー!」
…これが、エクセイザーの守り続けていたものだ。これからは俺が努力して、いつか守っていかなければならない。
魔物達の声を聞きながら、俺は再びそう決意したのだったーー
●◯●
あれからもう、一ヶ月もだったんだなぁ。
この一ヶ月の間、俺はできる限りのことをして来た…と思う。
様々な器具を作ったり森を探索して資源を集めたりと生活水準を向上させながら、もとよりやっていた修練に加え、爺ちゃん考案のトレーニングなどもこなしている。ステータスそのものはレベルアップか何かを装備することでしか変動しないが、それはあくまで目に見えるものの話で、鍛錬をすれば肉体的な能力は向上するのだ。だから地道に訓練を続けている。
でも逆に、ステータスの上昇により知力も上がったおかげで今まで苦手だった陰道の鍛錬も少しずつだがうまくいっていたりもするんだよな。その証拠に、エクセイザーの助けがあるものの〝消滅〟、〝固定〟、〝結界〟の術式を込めた使い捨ての木札が作れたし。それに、エクセイザーの【時空魔法】スキルのおかげでこの世界では大量の荷物を運ぶ時に使う〝アイテムポーチ〟も作れた。
他にも普通にレベルアップでスキルが増えたりと、順調に強くなっていってるはずである。
一つ悪い変化と言えば…ここ一ヶ月で、このログキャビンの周囲によく魔物がうろつくようになった。
別に何もおかしいことはないではないと思うが、そうではない。ここ付近はエクセイザーの縄張りで、基本他のミスリルリザードのみが生息している。だから転生した初日、あの場所にグレイウルフがいたのはおかしいことなのだ。たまに迷い込んでくることがあるそうだが、それは生まれたての子供の話。だが、あの時俺が倒したのは成熟した個体だった。
それを踏まえて色々話し合った結果、もしやあのグレイウルフは東部からの密偵なのではないか?という結論に至った。そしてそれを正解とでもいうように、先のイヴィルゴブリンなどの西部には生息していない魔物がここらをうろついている。日によってその数はバラバラだが、決まって西部には確認されていない魔物だった。
その魔物達は、近くで徘徊しているだけのこともあれば、結界を破ろうと攻撃してくる魔物もいる。
さすがに自分に危害を加えてくるような相手にまでいちいち悩むほど俺は殊勝な人間ではないので、今はその魔物達を狩ってタンパク質である肉の確保、ついでにレベル上げと修練しているスキルの試験運用をしていた。
最後に一番重要なこと、この一ヶ月でできる限り西部の中を回っていったんだけど…魔物達との関係は概ね良好だ。当然当初は警戒されたものの、定期的に足を運んで接することで、少しずつだが緩和されていると思う。
『魔物達が心を開いてきているのは間違いないじゃろう。なにより、その上着が証明じゃな』
確かにな。
エクセイザーに言われ、無意識に紫色の上着を触る。袖や縁のところが銀色の金属で装飾されたスーツコートみたいなこの服は、仲良くなった魔物の一人がエクセイザーの皮と鱗を使って作ってくれたものだった。
《龍人様、そろそろいいのでは?》
シリルラの言葉にふと鍋の中を見ると、肉がいい感じになっていた。木札をとって炎を消し、中から肉と霊石を取り出す。
霊石をポケットにねじ込むと取り出した肉を台の方へ持って行き、エクセイザーに頼んで風魔法で濡れている肉を乾かしてもらう。数分もするとすぐに肉は乾き、ついに完成した。
テッテレー、ゴブリン肉の干し肉〜。
『…何をやってるのじゃ?』
…いや、なんでもない。ちょっとやってみたかっただけだ。
出来上がった干し肉を一つ、口の中に放り込む。まだ少し熱が残っていたが、干し肉特有のパサパサ感と塩味がマッチしてかなりいい出来具合だった。食感や味は鳥のささみに近い。
『ふむ……なら、妾も食べてみたいのう』
ん、いいぞ。さすがにこんな量、一人じゃ食べきれないしな。
『ではお言葉に甘えて……〝我今身を変じ、原初へと回帰せん〟』
そばに立てかけてあったエクセイザーが呪文を呟いた途端、鞘ごとその身が浮き上がる。そしてアイテム化した時のような、眩い光を放った。かなりの光量に、思わず手で顔をかばう。
やがて光が収まると、エクセイザーが置いてあった場所には、代わりに紫色のドレスを纏った絶世の美女が佇んでいた。
「……ふぅ」
その女性は一つ息を吐き、美しく長い銀髪を片手で纏めるともう一方の手でヘアゴムのようなものをどこからか取り出して縛った。
「ん、これでよしと」
髪を綺麗な形のポニーテールにまとめ上げると女性はどこか色気のある声で頷き、切れ長の瞳を開ける。その奥には、黄金なんて陳腐に思えるほど魅惑的に輝いている二つの金眼があった。
「……のう主人、何度言ったらわかるのじゃ?この状態でも心の声は聞こえるのじゃぞ?」
「……えっ、あ、ご、ごめん」
うっすらと頬を赤く染め、恥ずかしそうにその身を手で抱く女性ーーエクセイザーに、この一ヶ月で何回も見たはずなのに性懲りも無く見惚れていた俺は慌てて謝る。
「全く…美女などと、恥ずかしいであろう…」
そもそも、本心読まれたら言わないも何もない気がするんだが…まあ、それは置いておこう。
「っ……そ、そういうのはずるいと思うのじゃが…!」
「えっ?」
エクセイザーが何事か呟いたが、小さすぎてよく聞こえなかったので首をかしげる。すると、さらに顔を朱に染めながらエクセイザーはこちらに手を突き出した。
「っ! も、もうよい!早う肉を食べさせてくれ!」
「お、おう?」
これ以上会話しているとさらにどつぼにはまっていきそうだったので、さっさと思考を切り替えてエクセイザーに肉を手渡す。
「ふむ…確かに美味しそうじゃのう。では、いただくとするか」
受け取った干し肉を少し観察したあと、エクセイザーはぱくりと一口食べる。そしてもぐもぐと咀嚼し始めた。
「うむ、おいしいのう」
「おっ、そりゃよかった」
言いながら、俺も二枚目を口に入れる。うん、我ながらなかなかいい出来だ。
「それにしても、面白いものじゃな」
「ん?何が?」
干し肉を食べ終わり、指についた塩を舐めているエクセイザーが声を発する。その仕草にちょっとドキッとした。下唇の下の左側にあるホクロが余計に蠱惑的に見せる。
「………聞こえておるぞ」
「……それで、何が面白いって?」
また若干顔の赤いエクセイザーの咎めるような目をなるべく見ないようにしながら答える。
エクセイザーはしばらく俺を見ていたものの、一つ嘆息してから口を開いた。
「妾がまだ弱かった頃…つまり、ただのミスリルリザードだったときにハイゴブリンを食らったことがあるのじゃが、筋が多く、苦くてとても食べられるものではなかった。しかし、見た目とは裏腹にイヴィルゴブリンの肉が美味だったのが少し面白くてな」
へえ、そうなのか。見た目が普通なハイゴブリンの肉はまずくて、醜悪な見た目のイヴィルゴブリンの方が美味しいとは。
この世界には、地球と同じように知ると面白いこともあるのだな、と思った。
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