最終話:私にお手伝いできること、ありますか?
魔術協会本部の中央広場では、週末恒例の食事会が開かれている。
フォアラは食べ物を両手に持ちながら楽しそうに会場を走り回り、職員たちの笑顔を引き出していた。
「フォアラ! 食事中に走り回るのはやめなさい!」
「あはははっ! おいたんおそーい!」
ガルドレッドは懸命にフォアラを追いかけるが、まだ傷が癒えていないせいか動きが鈍い。
追いかけっこをする二人を見たリリナは頭の後ろで手を組み、口をωの形にしながら言葉を紡いだ。
「おやおや、ガルガルもフォアラちゃんにはタジタジだねぇ」
「リリナ様は見てないで手伝ってください! そして魔法少女を引退してください!」
「やだ!」
リリナは口を3の形にしながら、速攻でガルドレッドの意見を却下する。
ガルドレッドは「じゃあせめて魔装なしで魔術を使ってください……」とつぶやきながらがっくりと項垂れ、そんなガルドレッドの様子を見たリリィはその肩をぽんっと叩いた。
「相変わらず苦労しているようだなガルドレッド卿。どれ、私もフォアラの食事を手伝おう」
「ふぇっ? あ、リリィおねえたんだ!」
「そうだぞーフォアラ。一緒にごはん食べようか」
「うん!」
先の戦闘以降、リリィはよく魔術協会に顔を出すようになった。
今ではフォアラもすっかりリリィに懐き、楽しそうに日々を過ごしている。
もっとも基本的にはやはりガルドレッドがいないと落ち着かないようで、相変わらずガルドレッドの傍をちょろちょろと走り回っている。
「まったく。私の時もあれくらい素直なら良いものを」
「それだけ懐かれているということだろう。悪い方に考えるのは貴様の悪しき習慣だな」
「ジャスティス! 傷はもう良いのか?」
食事会に招待されていたのか、片腕を鋼鉄の義手に改造したジャスティスは帽子の位置を直しながらガルドレッドに話かける。
ガルドレッドの言葉を受けたジャスティスは相変わらず不愛想な表情で返事を返した。
「問題ない。多少バランスは悪いがな」
「隊長! まだ右腕の義手が馴染んでないんですから、安静にしていてください!」
ジャスティスの隣に立っていたキセは心配そうに眉を顰めながら声を荒げる。
ジャスティスは大きく息を落とすとキセに向かって返事を返した。
「やかましいぞキセ。本部では静かにしろ」
「えぅ。で、でも、今日は帰ってもらいますよ!」
「はぁ……わかった。ガルドレッドに報告したらな」
キセの勢いに押されたのか、ジャスティスはガルドレッドへと再び向き直る。
ガルドレッドはジャスティスの意図をくみ取り、先に質問した。
「街の様子はどうなっている?」
「以前報告した通り修繕はほぼ完了している。周囲に残党兵の姿もないし、とりあえずは問題ないだろう」
「そうか。それは良かっ―――」
「あー! 警備隊のおっちゃんだ! 元気かよ!?」
「貴様は相変わらず元気すぎるようだな、レウス」
ジャスティスを見つけたレウスはタックルするように飛びつき、ジャスティスは動く方の腕でその進行を阻む。
そんなレウスの隣ではリセがキセに向かって深々と頭を下げていた。
「キセさんも、こんにちは」
「あっ、こ、こんにちは」
消え入りそうな美しい声と容姿。何度も見ているはずなのに未だ慣れることができない。
むしろ慣れているみんなが変なのではないか? と感じながら、キセはぽりぽりと頬をかいた。
「あの戦いからもう一か月、か。裏魔術協会は解散したとはいえ、まだまだ油断はできんな」
「ふむ。ナンバーゼロが愛したこの国を、我々が守らなければ」
ジャスティスは天窓から入ってくる光を真っ直ぐに見返し、言葉を落とす。
その言葉にガルドレッドが同意すると、レウスは楽しそうに笑いながら頭の後ろで手を組んだ。
「あーあ。姉ちゃん、今頃なにしてんのかな」
「お姉さんのことだから、きっと……」
「―――そだな。きっと、誰かを助けてるだろ」
リセの言わんとすることを感じ取ったレウスは、にいっと笑いながら言葉を紡ぐ。
そんなレウスの言葉を受けたリセは、目を細めて穏やかに微笑んだ。
とある商業都市の一角で、少女が泣いている。
その衣服はボロボロで、見るからに裕福な家の子ではない。
「ひっく。ひっく……」
『おい、話しかけてみろよ。泣いてんぞ?』
『やだよ。見ろあの恰好。どんな病気を持ってるかわかったもんじゃないぞ』
周囲を歩く人々は少女を気にしながらも一歩踏み出せず、結局は歩き去っていく。
泣きじゃくる少女の心は今、どれほど孤独だろうか。
そんな少女の心に手を差し伸べるため、一人の女性が膝を折って少女の前にしゃがみこんだ。
「どうしました?」
「ふぇっ?」
突然話しかけられた少女は呆然としながら、女性の顔を見返す。
女性はぽんっと両手を合わせると、道具袋の中をごそごそと探り始めた。
「あ、そうだ。いいものがあるんです」
「???」
少女が女性の動きに疑問符を浮かべていると、女性は道具袋の中から何枚かのクッキーを取り出した。
「はいっ、今朝焼いたクッキーです。食べてみますか?」
「んむ……おいふぃ!」
「ふふっ。よかった」
クッキーの甘みが口の中に広がり、少女の瞳にキラキラとした輝きが戻る。
女性はその光は見ることができないが、その声色から感情は察することができる。
少女の元気が出たことが嬉しくて、女性は歯を見せてにいっと笑った。
「ちょっと、またですの? これではいつまでたっても家に着きませんわ」
「ご、ごめんなさい。放っておけなくて……」
二人の元にやってきた金髪の女性は両腕を胸の下で組み、呆れた様子でため息を落とす。
まるで母親に怒られる子どものように眉を顰めている女性を見た金髪女性は、諦めたように肩を落とした。
「はぁ。まあ、いいですわ。言ってもどうせ聞きませんし」
「あの。おねえたん、だぁれ……?」
少女はぎゅっと握った両手を胸の前に当てながら、おずおずと目の前の女性に質問する。
女性は少女の小さな手を両手で優しく包みながら、やがて返事を返した。
「私の名はシリル。シリル=リーディングです」
「ふぁ」
にっこりと微笑んだシリルの笑顔に、少女は目を奪われる。
またかと頭を抱えるミアをよそに、シリルは大きく息を吸い込んで、その言葉を紡いだ。
「私に何かお手伝いできること……ありますか?」




