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第96話:フレイム・テンペスト

「「フレイムランサー!」」


 複数の炎の槍が屋上でさく裂し、大量の火花が石畳に落ちていく。

 自身の放った槍が砕かれたことを確認したノイズは楽しそうに笑いながら口を開いた。


「魔術の完成度と威力は互角か。これじゃ時間がかかりすぎるな」

「諦めて降伏する、というのはどうでしょうか」

「冗談でしょ? まあ互角というなら、アプローチを変えるだけさ」


 ノイズは二、三回ステップを刻むと、地面につま先が接触した瞬間シリルに向かってダッシュをかける。

 一瞬にしてシリルとの距離を詰めたノイズは、下から突き上げるようなボディブローをシリルの腹部に突き刺した。


「あぐっ!?」

「鈍臭いなぁナンバーゼロ。本ばかり読んでいたせいで体が鈍っているのかな」

「はや、い。それに、重い……!」


 呼吸困難に陥るシリル。苦しそうなその表情を見たノイズは小さく笑いながら言葉を紡いだ。


「魔術士を倒すにはそいつより強い魔術をぶつけるか、圧倒的な体術で詠唱前に倒せばいい。まあ君の場合は後者が有効みたいだね」

「はい……ですが私も、負けるわけにはいきません」

「面白い。じゃあこの蹴りは受けられるかな?」


 ノイズはニヤリと笑うと体を回転させ、回し蹴りをシリルの顔面に向かって放つ。

 鋭利な踵がシリルの顔面に迫り、風切り音がシリルの耳に響く。

 やがて何かに激突するノイズの右足。しかしその感触が顔面と違っていることに驚いたノイズは目を見開いた。


「確かにあなたの攻撃は避けられません。でも、受けることはできます」

「ストレングス……肉体強化の魔術か。やるね」


シリルは両腕によって、ノイズの強烈な回し蹴りを受け止める。

魔術によって硬化しているシリルの腕を見たノイズは楽しそうに笑いながら一旦距離をとる。

 退いたノイズの様子から、今度はシリルが攻勢に出る。シリルはノイズを中心として、屋上内を高速で移動し始めた。


「今度は、こちらかいきます!」

「クロックアップ。速度強化の魔術か」


 ノイズは左右に目を動かしてシリルの動きを追おうとするが、人間の視力で追える速度には限界がある。

 その速度を超えたシリルを捉えることはもはや不可能だった。


「ふむ。目で追えるのは残像までだね。でも―――」

「っ!?」

「術者の体が脆弱すぎる。強化しても、俺には一歩届かないよ」


 ノイズは再びステップを刻むと、シリルを上回るスピードで屋上を駆け抜けてシリルの眼前で狂気じみた笑顔を見せる。

 しかしシリルはそれでも動揺することなく、冷静に言葉を落とした。


「確かに速度でも、あなたには敵わない。ですが、この距離まで近づけました」

「っ!?」


 体の後ろに引かれていたシリルの右腕に、魔力が集中していく。

 やがてシリルの右腕からは青い稲妻によって生成された巨大な腕が分裂するように発生し、その拳はノイズに向かって真っすぐに突き出された。


「ナンバーワンのオリジナル魔術“クイーン・オブ・ライトニング”。なるほどこれならキャンセルできない。でも、何故君がこれを使えるんだ?」


 ノイズは後ろ飛びで突き出された拳を回避しながら、シリルに向かって質問する。

 距離が離れたことを確認したシリルは注意しながらノイズの質問に答えた。


「私は昔“本に書いてある技術を習得する”という能力を発現させました。私が使用する数多くの魔術はそのチカラを利用して、先人の皆様の知恵をお借りしているわけです」

「その情報は俺も掴んでる。でも、クイーン・オブ・ライトニングはまだ書籍化されていないはずだろう?」


 本になっていない魔術なら、シリルが扱える道理がない。

 ノイズの指摘に対し、シリルは淡々と返事を返した。


「私もまだ詳しいことはわかっていませんが……いつからか、ぼんやりと見える“人の姿”も文字として捉えられるようになったのです」

「!? なるほど、ね。要するに君は“人を本として読むことでその人物の能力を扱えるようになった”というわけか」

「まだ、完全ではありません。クイーン・オブ・ライトニングも、魔術の基礎知識があったからこうして使えているのでしょう」

「で、その情報を俺に話すってことは……勝つ自信があるから降参しろ。そういうわけだ」

「…………」


 沈黙をもって肯定するシリルに対し、やれやれと顔を横に振るノイズ。

 やがてノイズはニヤリと笑いながら言葉を発した。


「残念だけど、答えはノーだ。俺を止めたいならこの体を八つ裂きにするしかない」

「…………」

「やれよ、ナンバーゼロ! みんなを守りたいんだろう!? ためらえば君が死ぬ。君が死ねばこの国の人間全員が死ぬぞ!」


 ノイズはまるで挑発するような声色で声を荒げ、シリルの心をかき乱す。

 シリルは奥歯を噛みしめると、ノイズを確実に抹殺するその魔術を発動させた。


「くっ……フレイム・テンペスト!」


 シリルの言葉に反応し、ノイズの周囲に炎を纏った竜巻が発生する。

 熱い暴風を感じたノイズは頬に汗を流しながら言葉を発した。


「正面からは青い雷の拳。周囲からは炎と風の上級魔術を同時発動とは、本格的に化け物だなぁ。炎を守れば風に切り裂かれ、風を守れば炎に焼かれる。これは詰んだかな」

「……嘘、ですね」


 ノイズの言葉には、焦りが感じられない。

 違和感を感じたシリルが指摘すると、ノイズは楽しそうに頷いた。


「そう、嘘だ。何せ俺にはこれがある」

「なっ!?」


 ノイズはいつのまにか生成していた黒い大剣を肩に担ぐと、それを回転させるように振り回して全ての魔術を惨殺する。

 消されるはずのない魔術が、突然かき消された。

 その事実にシリルは言葉を失い、背中を嫌な汗が流れていった。


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