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第94話:予感

 魔術協会本部の中央ではシリルの指示のもとラスカトニア全土の避難誘導を行っている。

 山のようにやってくる報告を全て聞きながらシリルは頭をフル回転させて適切な指示を出していく。

 普段はおっとりとしたシリルからは想像のできない姿に唖然とする職員もいたが、有事であることを自覚してすぐ仕事に戻っていた。


「ナンバーゼロ! 避難はほぼ完了しましたが、各区間に甚大な被害が出ています! 特に建造物の破損は絶望的です!」

「人命の保護を最優先にしてください! その後伏兵と戦闘を行った皆さんの安否と治療をお願いします! 建造物の再建は本件が収束したのち対処します!」

「はっ! 了解しました!」


 シリルの言葉を聞いた職員は再び状況を確認するため、他の地区へと駆け出していく。

 最初やってくる報告は絶望的なものばかりだったが、今は比較的状況はよくなっているように思える。

 施設等の被害は甚大だが、奇跡的に人命の被害はほとんど出ていない。そのことにシリルが小さく胸を撫で下ろしていると、一人の職員がシリルに向かって駆け寄ってきた。


「ナンバーゼロ! 本部入口のソファで2人の子どもが眠っていると報告が!」

「!? まさか、レウス君とリセさん!? すみません、ここ少しお願いします!」

「はい! 了解しました!」


 シリルは現場で最も経験の長い職員にこの場を任せ、報告のあった入り口へと急ぐ。

 途中転びそうになりながらもどうにかたどり着いた入り口のソファでは、レウスとリセが穏やかな寝息を立てていた。


「すう、すう」

「んがが……」

「ああ、よかった。お二人ともご無事だったんですね」


 本部を飛び出してからずっと、心配していた。追いかけられない自分の不甲斐なさを攻めもした。

 でも二人はこうして無事に、帰ってきてくれた。

 シリルはリセからの手紙を思い出し、少しだけ涙ぐむ。

 それにきっと、二人の後を追いかけたリリナやシロも懸命に二人を守ってくれたのだろう。

 大きな感謝の心と共に、今度はその二人の安否が気にかかる。

 シリルが近くを走っていた職員に声をかけようとすると、逆にその職員が先に口を開いた。


「ナンバーゼロ、この子たちは一体? それにこの子たちを連れてきた魔術士様もどこかに行ってしまいましたし」

「魔術士というと、リリナさんでしょうか?」


 最後に会ったシロはまだ、ネコの姿だった。だとすれば恐らく、一緒にいた魔術士というのはリリナの方だろう。

 シリルは単純に考えて職員へと質問した。


「いえ、リリナ様には一度お会いしておりますが、違います。金色の髪をした美しい方でした」

「シロさん、ですね。でもそれなら、今は一体どこに―――!?」

「ナンバーゼロ?」


 突然はっとして顔を上げたシリルの様子に疑問符を浮かべる職員。

 シリルはその顔を青ざめさせながら、天井を見上げた。


『この気配は、なに? 黒くて重くて、それに強い。息が苦しくなって、涙が出そうになる。それに、そのすぐ傍で今にも消えそうな魔力を感じる』


 シリルの背中に、冷たくて嫌な感触が走る。

 嫌な予感がする。ラスカトニア自体の被害は抑えられたが、自分は大きな見落としをしているのではないか。

 そう考えたシリルはいてもたってもいられず、その黒く重い気配のある方向へと駆け出していた。


「すみません。お二人のことお願いします!」

「ええっ!? またですか!?」


 シリルの言葉を聞いた職員は驚きに目を見開くが、シリルは構わず屋上に向かって駆け出していく。

 跳ね上がっていく心臓の鼓動と反するように、どんどん体温は下がっていく。

 シリルはかつてない感情をその胸に抱きながら、屋上へ続く階段を駆け上がった。


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