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第93話:侵略者

「はぁ。ようやく到着しましたわね。疲れましたわ」


 シロはレウスとリセを抱えた状態で魔術協会本部のロビーに到着し、大きく息を落とす。

 先の戦闘で魔力を消費したせいか、疲労もかなり溜まっているようだ。

 ちょうど目の前を通りかかった魔術協会職員に向かって、シロは声を荒げた。


「そこのあなた! この子たちを休ませる場所を用意なさい!」

「へっ!? す、すみません。今忙しいので、とりあえずそこのソファを使ってくださーい!」


 突然話しかけられた職員は手一杯であることを理由に、ソファがある方を指さして自身の職場へと駆け出していく。

 シロはむっと口を一文字に結びながら言葉を落とした。


「無礼な職員ですわね。しかしまあ、いいですわ。このまま抱えているよりはマシでしょう」


 シロはゆっくりとソファにリセとレウスを寝かせると、傍にあった毛布をかける。

 もにゅもにゅと口を動かすリセを見たシロはくすっと笑うと、その頭を撫でて立ち上がった。


「それにしても状況がわかりませんわね。ちょっとそこのあなた! 戦況を簡潔に説明なさい!」

「ひぁっ!? え、ええと、魔術士の方でしょうか?」

「わたくしを知らないなんて本来なら極刑ものですが、まあ今はいいでしょう。さっさと報告なさい」


 近くを走り回っていた別の職員を呼び止めたシロは強引に状況の報告を求める。

 その身なりから魔術士であると判断した職員は、動揺しながらも口を開いた。


「え、ええと、国外の敵兵力は黒騎士様が抑えてくださっています。国内では合計4人の伏兵が発見されておりますが、いずれも撃退しています」

「こちらの被害は?」

「詳細は不明です。ガルドレッド様やジャスティス様は重症、リリナ様は魔力切れと傷を負っているということですので、少なくともこちらの戦力が大きく低下しているのは間違いないかと」

「敵もさるもの、ということですわね。それにしても、違和感がありますわ……」

「違和感、ですか?」


 顎の下に曲げた人差し指を当て、眉間に皺を寄せるシロ。

 職員がそんなシロの顔を不思議そうに見つめていると、シロはゆっくりと口を開いた。


「あれだけの兵力を有していながら、伏兵の数が少ない。少なすぎますわ」

「少数精鋭に絞ったのでは? 伏兵はリスクもありますし、大人数は投入できません」

「確かにそうですけれど、それなら出現した位置に違和感がありますわ。どうせ襲うなら王城かこの本部にするはず。これではまるで―――!?」

「あの、魔術士様?」


 突然顔を上げて目を見開いたシロ。そんなシロの様子に職員が疑問符を浮かべていると、シロは顔色を変えて言葉を放った。


「あなたはその2人を見ていなさい。怪我させたら殺しますわよ」

「ええっ!?」


 突然命令を受けた職員はわたわたとしながらレウスとリセに近づき、どうしたものかと視線をさまよわせる。

 シロはそんな職員に構わず言葉を続けた。


「襲撃はすべて、主要戦力となる魔術士が急行できる場所で行われていた。つまり敵の狙いは国民や建造物の破壊ではなく、こちら側の戦力を分散させること」

「!? そう、か。結果としてこちらの戦力は今大幅にダウンしています。この状態で本部を襲撃されればひとたまりもない」


 職員は何かに気付いたように目を見開き、シロに向かって返事を返す。

 そんな職員の言葉を受けたシロは、真剣な表情で天井を見上げた。


「この階に怪しい気配はない。ならば―――!」

「あっ!? 魔術士様!?」


 走り出したシロに向かって伸ばされた職員の手はそのマントに届くことはなく、シロは屋上に向かって階段を駆け上がっていく。

 速いテンポのヒール音が屋上に到着すると、大空の下でボロボロの服を着た黒髪の少年が振り返った。


「おや、ナンバーワン。お早い到着だ」

「ノイズ……やはり、ここにいましたわね」

「俺の名前を知ってるなんて光栄だなぁ。いや、ほんと。びっくりだよ」


 少年はおどけた様子で言葉を紡ぎ、にっこりと微笑む。

 シロは苦々しい表情を浮かべながら言葉を続けた。


「国王の席にいるものなら、知らない者はいませんわ。ノイズ=ブレイカー。種族戦争以降最悪の侵略者」

「ひどいなぁ。俺はただこの世界をより良くしようと思っているだけなのに」

「あなたの言う世界には強者しかいない。でもそんな世界、きっと退屈ですわ」


 シロは遠い目をしながら青空を見上げ、少し寂しそうに言葉を落とす。

 風に流される金の髪と赤いマント、そして切なそうな表情を見たノイズは微笑みを崩さないまま返事を返した。


「変わったね、ヴェリーミア。以前の君はもっと強かったのに」

「違いますわね、ノイズ。あなたはわかっていませんわ」

「???」

「わたくしは弱くなり、そして強くなったのですわ」


 シロはどこか誇らしげに胸を張り、言葉を発する。

 その心の奥には、黒髪をなびかせる女性の背中がしっかりと映っていた。


「ふふっ、謎かけか。確かに謎かけは嫌いじゃないよ。でも―――」

「っ!?」

「でも今はちょっと邪魔、かな?」


 ノイズは一瞬にしてシロとの距離を詰め、その右手に炎弾を宿らせる。

 シロは吸い込まれるようなその炎弾を見ると、苦々しそうに奥歯を噛みしめた。


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