第92話:フォアラ=ヒロイン
フォアラを庇うガルドレッドの背中を、バサークは容赦なく大斧で切り裂く。
ガルドレッドは背中から大量の鮮血を流しながら、フォアラを抱きしめる手に力を込めた。
「ほらほら、どうしたよガルドレッド。反撃もせずに死ぬ気かぁ?」
「ぐっう。あっ……」
「おいたん、血が、ちがいっぱいでてるよ。おいたん……」
「大丈夫ですよ。フォアラ。もっと頭を下げてください」
涙を浮かべながら震える声で言葉を紡ぐフォアラの頭を撫でながら、優しい声で言葉を送るガルドレッド。
バサークは攻撃のテンポを変えて巨大な斧を自身の背後に引いて力を溜めると、上段から振り下ろす形でガルドレッドの背中を切り裂いた。
「ふっぐぅ!?」
「おいたん!」
「フォアラ。貴女は我々の未来だ。希望だ。だから絶対に守ります」
「やだ、やだよおいたん。しんじゃやだ……」
「私が死んでも、貴女がいる。貴女がいてくれれば、希望は繋がるのです」
ガルドレッドは語りかけるように言葉を落とし、フォアラの濁りのない瞳を真っ直ぐに見つめる。
その様子をつまらなそうに見つめたバサークは両手で斧を再度振り上げた。
「ごちゃごちゃとうっせぇなぁ。今喋れなくしてやるよ!」
「フォアラ。元気で」
「め……」
「っらあああああああ!」
バサークの狂刃が、ガルドレッドの無防備な背中に振り下ろされる。
フォアラは両目を見開いてぽろぽろと涙を流しながら口を動かした。
「だめ……」
「死ねやあああああああ!」
バサークの赤く狂った目が、黒ずんだ刃が、ガルドレッドの命を刈り取る。
戦争で両親を失くした自分を拾い育ててくれた。文句を言いながらも、いつでも側にいてくれた。
その怖い顔を見て泣いたこともある。でもそんな時ガルドレッドはいつまでも自分の側にいて、必死に面白い顔をしたりお菓子をくれたりして、私に笑顔をくれた。
でもこの刃が振り下ろされたら、もうガルドレッドの笑顔を見ることはない。自分を抱き上げる強い腕も、優しい瞳も、永遠に失われる。
フォアラの中で何かが弾け、気付けばフォアラは叫んでいた。
「おいたんをいじめちゃ。だめえええええええええ!」
「なっ!? なんだこの光は!」
フォアラの体からは眩い黄緑色の光が溢れ出し、その光を直視したバサークは斧を落として数歩後ずさる。
自身の両腕の中で輝くフォアラを見たガルドレッドは「フォアラ……」と言葉を落として呆然と口を開いた。
「ああああああああ!」
「なっ……」
泣き叫ぶフォアラの頭上に突然、銀色に輝くドラゴンが出現する。
鎧のような銀の体は日の光を反射して輝き、鋭い青の瞳は中空を見つめる。
ドラゴンはその巨大な口を開くと、空が震えるほどの咆哮を響かせた。
「グォアアアアアアアア!」
「銀の、ドラゴン……」
ガルドレッドは呆然とした表情でドラゴンを見上げ、一国の城ほどもあるその巨体の眩さに目を細める。
ドラゴンは怒り狂うように咆哮を続け、その圧倒的なプレッシャーにバサークはその体を震わせた。
「なんだよ。なんだよこいつ!」
「フォアラには、召喚術の才能があった。それも、現実に存在する生物だけではない。彼女は空想上の生物すらも召喚する」
ガルドレッドはふらつきながらも立ち上がり、バサークに向かって説明する。
そんなガルドレッドの言葉を受けたバサークは、ワナワナと震えながら返事を返した。
「まさか、このドラゴンは……」
「そう。有名な童話に登場する幻のシルバードラゴン。この星を終わらせるほどのチカラを持つ、世界最強の生物だ」
「ふざ、けんな。そんなわけねえ。そんなわけねえだろうがああああああ!」
「!? よせ、バサーク!」
バサークはドラゴンのプレッシャーに負け、半狂乱になりながら斧を振り上げる。
そんなバサークの腹部に向かってシルバードラゴンは体を捻って尻尾を鞭のようにしならせ、バサークの腹部に強烈な打撃を打ち込んだ。
「ふぐあぅっ!」
バサークはラスカトニアの住宅街全てを突き抜け、国外の山の斜面まで吹き飛ばされる。
頑丈な骨格も筋肉もその全ては粉砕され、激烈な痛みにバサークは完全に意識を手放した。
「ひっ!?」
「ど、どうすりゃいいんだ!」
未だ消えることなく呻き声を響かせているドラゴンを見上げ、恐怖した職員たちが口々に叫ぶ。
そんな路の中心でフォアラは泣き続けていた。
「わぁあああああん!」
「グオアアアアアアアアア!」
シルバードラゴンはフォアラの鳴き声に呼応するように咆哮し、そのたびに大気を震わせる。
ガルドレッドはすぐにフォアラの元に駆け寄り、その体を抱き上げた。
「フォアラ! フォアラ! 私を見なさい!」
「おい、たん?」
「そうだ。おいたんだ。こうして元気だから、生きてるから、一緒に昼寝をしよう。フォアラも疲れたろう?」
ガルドレッドはできるだけ穏やかな声で、促すようにフォアラへと声をかける。
その体温を感じたフォアラは魔力消費のせいもあってか、すぐに睡魔を感じていた。
「んゆ……おいたん、げんき?」
「元気だとも。今すぐ走り出したいくらいだ」
ガルドレッドはにいっと笑いながら、フォアラの頭をぽんぽんと撫でる。
その背中には痛々しい傷が残っていたが、ガルドレッドはその痛みを欠片もその表情に写すことはなかった。
「ふへ。よかったぁ。おい、たん……」
「!? ど、ドラゴンが消えた!」
フォアラが安心して眠りにつくと同時に、咆哮を続けていたドラゴンは大人しくなり、その姿を消す。
危険が去ったことを認識した職員はすぐに声を荒げた。
「ひ、被害箇所の確認! 瓦礫に埋もれた人がいないか至急確認しろ!」
「―――ふう。なんとか落ち着きました、か」
ガルドレッドは腕の中で眠っているフォアラの表情を確認すると、力つきるようにその場に尻餅をつく。
座ったガルドレッドの腕の中では、フォアラがもにゅもにゅと口を動かしながら気持ちよさそうに寝息を立てていた。
「すぅ。すぅ」
「しかし私も、満身創痍だ。一体どうやってこの事態を収拾し、本部に帰ったものか」
ガルドレッドは困ったように笑いながら、瓦礫の向こうに広がる青空を真っ直ぐに見上げる。
フォアラは幸せそうに笑いながら眠り、ガルドレッドのスーツをしっかりと掴んでいた。




