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第91話:バサークの脅威

「フォアラ。下がっていなさい。この人は危険だ」


ガルドレッドは素早くバサークとフォアラの間に割って入り、フォアラを庇うように立ちながら言葉を落とす。

そんなガルドレッドの言葉を聞いたフォアラは困ったように眉をひそめた。


「えっ、でも……」

「私の背後に大きな屋敷があるはずです。そこまでは1人で行けますね?」


フォアラの言葉を遮るように言葉を続けるガルドレッド。その目に確かな意思を感じ取ったフォアラは、クマのぬいぐるみを抱きしめながら大きく頷いた。


「ん。わかった。おいたんも気をつけてね」

「ありがとう。さ、行きなさい」


ガルドレッドは背後に立っている屋敷の影に隠れるよう指示すると、フォアラがそこまで到着するのを横目で見送る。

バサークはニヤニヤと笑いながら口を開いた。


「お優しいガルドレッド。どうせ全員死ぬのになぁ」

「バサーク。以前よりもさらに血の匂いが濃くなっていますね。その斧で一体どれだけの命を刈り取って来たのですか?」

「10から先は忘れた。数える気もねぇ」

「“数えられない”の間違いでしょう?」

「貴様……馬鹿にするな!」


ガルドレッドの言葉に反応し、その鋭く大きな牙を剥き出しにするバサーク。

そうしてバサークが一歩踏み出した瞬間、ガルドレッドは手を横に振って周辺に隠れていた魔術協会職員へと指示を出した。


「今です! 一斉攻撃!」

「撃てー!」

「っ!?」


バサークの出現によりガルドレッドは秘密裏に攻撃魔法を使える職員を呼び出し、バサークの周囲に潜伏させていた。

そんな職員たちの手から放たれた火球は一直線にバサークを襲い、全身を躊躇いなく焼き焦がした。


「ガルドレッド様、ご無事ですか!?」


火球を放った職員のひとりはガルドレッドへと声をかけ、状況を報告しようと口を開く。

しかしガルドレッドは油断した職員へと声を荒げた。


「報告は後でいい! 今すぐ第2射の準備をーーー」

「おせーよ」

「っ!?」


体を焼いていた炎を気迫で吹き飛ばし、バサークは巨大な斧をその肩に担ぎなおす。

バサークは職員たちを見下しながら口を開いた。


「あんなおもちゃみてーな炎で俺を焼けると思ったか? 舐められたもんだぜ」

「そん、な。あれだけの一斉攻撃を全方位から受けたのに」


職員は驚愕の表情を浮かべ、傷一つ負っていないバサークを呆然としながら見つめる。

ガルドレッドは警戒した様子でバサークを睨みながら職員に向かって言葉を紡いだ。


「彼の強度を考えれば当然です。それより今すぐに撤退してください」

「そんな、ガルドレッド様を置いていけません!」

「おいおい、俺を放って話を進めるんじゃねえよ!」

「うわっ!?」


バサークは巨大な斧を地面へと振り下ろし、職員たちの立っていた地面を粉々に粉砕する。

その衝撃波は真っ直ぐ地面を駆け抜け、その直線上に聳え立っていた屋敷を破壊した。


「そんな、あの巨大な屋敷が一撃で粉々に……」

「バサークはバーバリアンの中でも指折りの実力者です。人格は壊れていますが、その殺傷力は確かでしょう」

「じんかく? なんだそりゃ。意味わかんねーこと言うなよガルドレッド」


バサークは笑いながら斧を振り回し、職員たちを吹き飛ばしていく。

日頃の戦闘訓練のおかげか職員たちはかろうじて怪我で済んでいるものの、命中すれば遺体すら残らないだろう。


「とにかく逃げなさい! 市民の避難誘導をしつつ後退! バサーク出現の報をすぐ本部へ知らせるように!」

「は、はい!」


ガルドレッドの指示を受けた職員は統率の取れた動きで撤退を始める。

バサークは去っていく職員の背中を見送ると、嘲笑するような表情でガルドレッドを見つめた。


「お優しいなガルドレッド。どうせみんな俺にぶっ殺されるのによぉ」

「何故ですか、バサーク。種族戦争は終わった。我らが戦う理由などもう無いはずです」

「はぁ? ガルドレッドお前、それ本気で言ってんの?」

「???」


呆れきったバサークの言葉を受け、困惑した表情になるガルドレッド。

バサークはため息を落としながら言葉を続けた。


「俺たちバーバリアンはよぉ、奪い、犯し、殺すのが本分だろうが。人を殺したい、子どもの泣き叫ぶ声が聞きたい、それ以外に存在理由なんざねぇんだよ!」

「それは違う! 確かに種族戦争時代のバーバリアンはそうだったかもしれない。しかし貴方や私のように知恵を持つものが正しく導けば、バーバリアンもこの世界に順応することができる!」

「だーから、順応なんてする必要ねーんだよ。なんでかわかる?」

「…………」


肩にトントンと巨大な斧を乗せながら言葉を発するバサーク。

ガルドレッドが無言で続きを促すと、バサークはニヤニヤと笑いながら言葉を続けた。


「何故ならバーバリアン以外の生き物は全部、俺たちに殺されるため生きてるからだ。俺たちに殺され、奪われ、泣き叫ぶことが、奴らにとっての幸せなんだよ」

「馬鹿、な。歪んでる」

「歪んでるのはお前だガルドレッド。圧倒的チカラを持つ俺たちが、他の脆弱な雑魚どもを狩らない理由がどこにある。毎日食ってる家畜の肉と奴らの肉、何が違うってんだ?」

「違う。バサーク。間違っている。無益な殺生の先に未来はない。我らも進化しなければ、本能と戦わなくては生き残れない時代になっているんだ」


ガルドレッドは懸命にバサークを説得しようと言葉を紡ぐ。

しかしバサークはボリボリと頭をかき、つまらなそうに返事を返した。


「ガルドレッドよぉ。てめえがその進化の先だってのか? バーバリアンの里で最弱。誰にも勝てなかったお前が俺らの未来だと? 笑えるなカス」

「笑いませんよ。笑えるような状況でもない」

「それなら安心しろ。今すぐ泣けもしねえ体にしてやっから」

「…………」


斧を軽く振り回しながらゆっくりとガルドレッドに近づいてくるバサーク。

ガルドレッドは警戒心を働かせながら、少しずつ後ずさって距離を取った。


「てめぇは里にいた頃から臆病者だったよなぁ。いつも喧嘩には負けるし物は奪われる。里から逃げ出したのも、命が惜しかったからだろ?」

「…………」


バサークの言葉に返事を返すことなく、ジリジリとすり足で距離を測るガルドレッド。

バサークは巨大な斧を上段に構えると、ガルドレッドの隣にあった防御壁に向かって斧を振り下ろした。


「バーバリアンの世界は強さが全てだ。弱ければ全てを、時には命さえも奪われる。こんな風に、な!」

「ひっ!?」

「そんな。大砲の直撃に100発以上耐える防御壁が、一撃で!?」


バサークの振り下ろした斧から発生した衝撃波は重厚な防壁を紙のように吹き飛ばし、舞い上がった砂塵が通路の美しい石畳を茶色く染めていく。

粉砕された防壁を見たガルドレッドは声を荒げた。


「よせ、バサーク! 関係のないものを巻き込むな!」

「関係あんだよバァーカ。里を出たお前が大事にしてるもんなんだろ? だったら壊す価値あるじゃねえか」

「私を傷付けても、攻めてもいい。ですが関係のない人や物を壊すことだけはやめてください」

「嫌だね。お前がいなくても壊すけど、お前が大事にしてるならもっと壊す。それが俺の楽しみだからな」

「……どうしても、引き下がってはくれないのですか?」


ガルドレッドは俯きながら次第に右拳へチカラを集中させ、言葉を発する。

バサークは小さく落とされるガルドレッドの声に苛立ちながら口を開いた。


「しつけぇんだよ! いいからてめぇは一生寝てろや!」

「ひとつだけ、訂正させてください。私が里を抜けたのは奪われたからでも、死を恐れたわけでもない」


ガルドレッドは姿勢を低くし、握り込んだ右拳を体の後ろに引き付ける。

バサークはその巨体からは想像もつかないスピードでガルドレッドとの距離を詰め、雄叫びと共に巨大な斧を振り下ろした。


「ウォアアアアアアアアアア!」

「強すぎた。それだけの理由で、私は里を去ったのです」

「っ!?」


ガルドレッドの右拳は突撃してきたバサークの顔面を正確にとらえ、圧倒的な衝撃がバサークの体に響く。

カウンターの形で拳を受けたバサークの体は背後へと吹き飛び、何軒もの屋敷を粉砕する。

やがて何軒目かの屋敷に激突してようやくその勢いを失ったバサークだったがすでにその目に光はなく、一撃で意識を刈り取られていた。


「そん、な。あの巨体を吹っ飛ばした?」

「あ、あのバーバリアン、ピクリとも動かないぞ」

「やった! やりましたねガルドレッド様!」


遠目から様子を見ていた職員たちは次々とガルドレッドに駆け寄って声をかける。

ガルドレッドは右拳を開いたり閉じたりしながら悲しそうに目を伏せた。


「拳を本気で振るったのは何年ぶりか……しかし意外と、使い物になってくれました」

「使い物どころか一撃でしたよ! あんなにお強いとは知りませんでした!」

「ありがとう。でも今は避難を急ぎましょう。フォアラはどこにーーー」

「ガルドレッドォォアアアアアアアア!」

「ひっ!?」

「こいつ、まだ動いた!?」


バサークは雄叫びと共にふらふらと立ち上がり、瓦礫の砂塵の奥から鋭い眼光をガルドレッドへぶつけた。


「ふざ、けんな。ふざけんなよ。馬鹿にしやがってよぉぉ!」

「バサーク……」


顔面の半分を崩しながらも半狂乱になって叫ぶバサーク。その姿を見たガルドレッドはどこか寂しそうに眉を顰めた。


「てめえの大事なもん全部を壊せねえなら、一番大事なやつを壊してやるよ!」

「???」


バサークの言葉の意味がわからず、頭に疑問符を浮かべるガルドレッド。

その視界の隅に、転がるぬいぐるみを追いかけて屋敷の影から飛び出すフォアラの姿が映った。


「あっ。クマたん!」

「フォアラ!?」


屋敷の影から姿を表してしまったフォアラにガルドレッドが驚いたその隙に、バサークは最後の力を振り絞ってフォアラとの距離を詰める。

砂塵を巻き上げ、瓦礫を弾きながら走るバサークを誰も止めることができなかった。


「ひゃははははああ!」

「ひうっ!?」


突然目の前に現れたバサークに驚き、クマのぬいぐるみを抱きしめながら瞳に涙を溜めるフォアラ。

そんなフォアラにバサークの斧が振り下ろされた刹那、巨大な体がフォアラの体を庇った。


「くっ……!」

「おい、たん?」


突然現れたガルドレッドに驚き、ぽかんと口を開けるフォアラ。

ガルドレッドの背中には巨大な斧が刺さり、おびただしい鮮血が吹き出した。


「ぐっあ!?」

「おいたん!」


苦しそうなガルドレッドの表情を見たフォアラは心配そうにぬいぐるみを抱きしめ、真っ直ぐにガルドレッドを見つめる。

汚れのないその瞳を見返したガルドレッドは痛みに耐えるため、奥歯を強く噛み締めた。


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