第90話:交差する刃
住宅街の避難はガルドレッドの指揮によってスムーズに進められ、多くの人でごった返していた通路もかなり余裕が出来てきた。
年老いた魔術士は先行して避難させていたおかげもあり、この後の避難はさらに速く進むだろう。
「だいぶ落ち着いてきたな。若い魔術士はまだ少し残っているが、もうすぐ避難も完了するだろう」
「おいたんがんばったねー」
「あ、ありがとうフォアラ。でも撫でなくていいから」
肩車状態のフォアラはぽわぽわとした笑顔を浮かべながら、ガルドレッドの頭を小さな手で撫でる。
ガルドレッドは大粒の汗を流しながら、そんなフォアラを苦笑いで見つめた。
「おいたん。今日のごはんはなぁに?」
フォアラはにぱーっと笑いながら、お腹の音と共にガルドレッドに尋ねる。
間の抜けたフォアラの雰囲気にガルドレッドは眉を顰めながら返事を返した。
「緊張感がないな……夕飯はハンバーグの予定でしたが、この状況では難しいでしょう。しかしフォアラも魔術士としての自覚をもって、有事の今こそしっかりとした行動を―――」
「あの、ガルドレッド氏」
「ん?」
「もう寝てます」
「ぐー」
「自由か! ああもう、よだれが!」
職員からの指摘を受けたガルドレッドが頭部に意識を移すと、生ぬるい涎が付着していることに気付く。
フォアラは幸せそうな笑顔で眠りについていた。
「なんか気が抜けますねー」
職員はぽりぽりと頬をかきながら、楽しそうにフォアラを見つめる。
ガルドレッドは大きなため息を落としながら口を開いた。
「君まで呑気なことを言うな。とにかく今は残りの魔術士の避難を―――」
「うわっ!? なんだ!?」
「建物が崩れるぞ!」
「何!?」
突然地面が揺れ、住宅街の家々が崩れていく。
その時ガルドレッドの正面に立っていた巨大な屋敷が粉々に粉砕され、その奥から巨大な斧を背中に背負ったバーバリアンが歩いてきた。
瓦礫を粉砕する巨大な足は大地を揺らし、吐く息は熱く空気を熱する。
禍々しいそのオーラは、一朝一夕で身に付くものではない。大量の血を啜ってきた斧には黒ずんだシミが多く付着し、近づくだけで強いプレッシャーを感じた。
巨体のバーバリアンは鋭い目でガルドレッドを射抜くと、低い声で言葉をぶつけた。
「良い気なものだなガルドレッド。こんなところで職員ごっこか?」
「あなたは……バサーク」
バサークと呼ばれたバーバリアンと視線を交差させるガルドレッド。
二人のバーバリアンの視線は激しく重なり、不穏な空気を街路に呼び込んでいた。




