第85話:振り下ろされた杖
青白く輝く貴婦人の巨大な杖はボルトの頭部めがけて振り下ろされ、ボルトの体を影が覆っていく。
その時広場の入り口で、避難中に両親とはぐれた子どもがふらふらと歩いているのが横目に映った。
子どもを観たボルトは即座に判断して右手に雷を集め、その子どもに向かって雷を発射する。
そんなボルトの挙動を見たシロは大きなため息を落とした。
「はぁ。……無駄ですわ」
時が、静止する。
一瞬の活路を求めて雷を発射したボルトも、事態を理解していない子どもも、心配そうにシロを見つめるリセも、その動きを完全に止めている。
その静止した時の中でシロは発射された雷を貴婦人の杖でかき消すと、その雷の先に立っている子どもを横目で見つめた。
「限りなく愚かですわね。あなたには自らの死を噛み締める時間を差し上げますわ」
シロは自身が持っている杖を一度だけ横に振ると、その先端から4本の炎の槍を生成する。
その槍はボルトの四肢に突き刺さり、その動きを制限した。
やがてシロの上に浮かんでいる貴婦人は巨大な杖を振り上げ、それを確認したシロは時の静止を解除した。
ガクンという衝撃ののち、ボルトの四肢に炎の槍が突き刺さる。
おびただしい出血と圧倒的な熱に晒されたボルトはその表情を歪めた。
「あっぐ!? あああああああ!?」
激痛に悶えるボルト。シロは冷たい視線でボルトを射抜くと、貴婦人の巨大な杖を振り下ろした。
「馬鹿な。そんな。そんな馬鹿なぁあああああ!」
杖によって叩き潰されるボルト。シロはその姿を確認もせず、リセたちの元へと歩み寄った。
「し、ろ……」
近づいてくるシロに声をかけようとするリセ。
しかしその四肢にもはや力は入らず、前方へゆっくりと倒れる。
シロはそんなリセを抱き止めると、くすぐったそうに笑った。
「まったく、世話の焼ける子どもですわ」
シロは倒れているレウスを風の魔術で浮遊させると、リセを抱っこした状態で魔術協会本部へと歩き出す。
その目にはラスカトニアの周囲を囲う山々が映り、その山の表面は人影でびっしりと黒く染まっていた。
「どうやら、相手も本気のようですわね」
でも今は、それよりも優先すべきことがありますわ。と言葉を落とし、魔術協会へと歩いていくシロ。
ラスカトニアを包囲した黒の軍勢は不気味な呼吸を繰り返し、今や遅しと突撃の号令を待ちわびていた。




